
穿たれた刻印〜独白・完結編〜 何から話し始めればいいのか。どこから話せばいいのだろうか。 自分の冒した罪をそのままに、洗いざらい打ち明けてしまえばいいのか。 思い悩み、アーロンは乾いた唇を開こうとする。 「ティーダ…俺の話を聞いてもらえるか?」 「うん、いいよ。あ…ちょっと待って。ここじゃアーロンが遠いや」 そう言うなり、ティーダはアーロンが寝ているベッドの上によじ登り、端に座り込んで彼と同じ目線に顔をもってきたのだった。 唖然として見つめるアーロンに、ティーダが無邪気に微笑んだ。 「これでアーロンのお顔が良く見える。お話ってなぁに?」 その真っ直ぐな瞳と欠片も自分を疑っていないティーダの素直さが、アーロンの心を振るわせる。 こんなにも自分を慕ってくれるティーダにしてしまった自分の罪の深さを思うだけで、居たたまれなくなるほどに。 ジェクトを死に至らしめ、さらには母親までも病の床に伏せる原因を作ってしまったのが自分だと知ってしまったらティーダになんと思われるのか、それも口を重くする要因だった。 そう…。 改めてアーロンは自分が意識するよりも、真っ直ぐに自分を見つめるティーダの瞳を無くすことを畏れていたのだ。 この子に嫌われたくない。 ティーダの側にいられなくなってしまうことを何よりも畏れていた。 家族を亡くした自分にとって、ティーダが今はたった一人だけの家族になっていたのだろう。だからこそ、この子だけには嫌われたくなかったのだ。 ティーダが可愛かった。 兄弟のいなかったアーロンにとって、まるで弟のような存在だったから。 誰よりも可愛くて、愛おしくて、慈しんだ。 やんちゃで、そのくせどこか頑固で意固地なところもあったけれど、それすらもアーロンには微笑ましかったのだ。 だからこそ…そんなティーダの側にいられなくなってしまうのが辛いのだ。 それでも自分は話さなくてはいけないのだ。 何が起こったのかを。 そして自分が何をしてしまったのかをだ。 「ティーダ…ジェクトに何があったのか、お前に話しておこうと思う」 沈痛な面持ちで話し出すアーロン。 ティーダも子供心にも、彼が重大な事を自分に打ち明けようとしていたのかを察したのだろう。 いつもは煩いくらいにやんちゃで一時もじっとしていない性分なのに、この時ばかりはおとなしくアーロンの言葉に耳を傾けていたのだった。 アーロンは語り出す。 「お前も分かっているだろうが、ジェクトはもう…帰ってこない。彼は…きっと…いや、多分死んだのだと思う」 「うん」 絞り出すようなアーロンの声音に、ティーダはただ静かに頷いた。 むしろ言った本人が驚くくらいに、穏やかにだ。 「お父さんが死んだかもっていうのは、ブラスカのおじさんに聞いた。魔物と戦って、それで死んじゃったって」 どこか寂しそうに。淡々とティーダは話した。 なるほどブラスカはある程度はティーダに事の次第を話していたと言うことかとアーロンは察する。 「ブラスカ様は死んだ理由も言っていたのか?」 それにはティーダはいいやと首を振った。 「ううん。おじさんはお父さんはもう死んじゃったってだけ言ったの」 そして首をちょっとだけ傾けながら、ティーダは続けた。 「アーロンの怪我もその時にしたんだって。とっても大変な怪我だったから、だからそれでお家に帰ってこられないって。お医者さんに見てもらないといけない怪我だから、直るまでいっぱい時間がかかるんだって言ってた。お話しすることも出来ないくらいに大変な怪我だから、アーロンがもうちょっと元気になるまでここに来ちゃ駄目だって。僕ね、お見舞いにいきたかったんだけど、そうおじさんに言われちゃった。アーロン…まだ怪我、痛い?」 アーロンの体のあちこちにある傷と包帯にまかれた体を見つめ、ティーダが不安そうな瞳をさせていた。 こんなにも自分を慕ってくれているティーダ。改めてこの子が愛おしいと思わざるを得ないアーロンだった。 そっと手を伸ばし、ティーダのさらりとした癖のない髪を撫でた。 「俺の怪我はもう大丈夫だ。心配してくれて有り難う」 アーロンの大きな手に頭を撫でられて、ティーダがくすぐったそうな笑みを浮かべた。 「じゃあお怪我はもう大分いいんだね?もうすぐしたら、お家帰れる?」 他意のない言葉なのだろう。ティーダにとっては。 けれど今のアーロンにとっては、この無邪気さがたまらなく辛すぎるのだ。 優しい、あどけないティーダ。 そんな彼を誰よりも愛しているのだから。 家に帰ってくるのかというティーダの問いかけに、アーロンはただ首を振るだけだ。 その様子に、ティーダがあからさまに寂しそうな顔を見せた。 「まだ帰れないの?お怪我、まだ直んない?」 出来るならアーロンだとて帰りたいくらいなのだ。 だけど…自分はティーダの側にいていいのかどうか。いる資格があるのかと自問自答せざるを得ないのだ。 「俺は…ティーダ。お前に謝らなくてはいけないんだ」 いきなり謝るというアーロンの言葉に、ティーダは本気で首を傾げる。 「アーロンが僕に?どうして謝るの?アーロン…僕に内緒でいけないことしたの?」 子供らしい無邪気なティーダの問いかけに、アーロンは暗い表情のままに頷いた。 「そうだ。とてもいけないこと…をした。俺はお前にとって、とても悪いことをしたんだ」 「アーロン?」 酷く思い詰めたような表情で語るアーロンに、ティーダは目を大きく見開いて彼の顔を見つめている。 どうしてアーロンがこんな事を言うのか。何を言い出そうとしているのか、まるで検討がつかないのだろう。 それでもおとなしく彼の言葉を聞こうとしているその態度に、アーロンの心の傷痕が再度疼いてくる思いだった。 「ジェクトはもう戻らない…あいつが死んでしまったかもしれないということは…ブラスカ様から聞いただろう?」 その言葉にティーダが大きく頷いた。 「うん」 「ジェクトは俺を助けるために死んだんだ。俺が自分の力を過信して、俺の力では倒せない魔物なのにジェクトの忠告も聞かずに突っ走り、魔物を止められずに逆に怪我を負わされてしまった。ジェクトは…俺を助けようとして一人で魔物に立ち向かってそのまま…自分の身を犠牲にして、俺を救ってくれたんだ。だから…ジェクトが死んだのは俺の所為なんだ」 それは辛い告白。 自分の過ちを、罪を真っ正面から見つめ直す告白。 苦しそうに息を吐きながら語るアーロン。 「…ティーダ。お前の父親を殺したのは俺なんだ」 言葉をはき出すのさえ辛かった。 自分が語る言葉一つ一つが自らの体を苛んでいるようだ。 「アーロンがお父さんを死なせちゃった…の?」 「そうだ」 「お父さんは魔物と戦って死んだんだって、ブラスカのおじさんは言ってたよ」 「確かにジェクトは魔物と戦ったが…その原因を作ったのは俺なんだ」 「アーロンを助けようとお父さんが?」 「ああ、俺の身代わりにあいつは…ジェクトは犠牲になったんだ」 胸の奥が締め付けられるようだった。 唇が震える。 シーツを握りしめる指さえも震えていた。 「すまんティーダ。お前になんと言って詫びたらいいのか分からない。本当にすまない」 相手がまだ幼い子供とか言う意識はアーロンにはなかった。 自分がしでかした罪は罪としてありのままを言わずにはいられなかったのだ。 心の傷が広がっていく。 体の傷は塞がっているのだろうけれど、心の傷が血を流す。 ジェクトが死んだのが自分の所為だと分かればティーダはなんと思うのだろうかと、考えるだけで身のうちが冷えてきそうだったから。 そう…こんなにも俺はティーダを思っていたのかと、アーロンは今更ながらに自覚していた。 家族を亡くしたアーロンにとって、ティーダは無くした家族の全てのようなものだ。小さなティーダを心のよりどころとして、自分は今まで生きてきたのだろう。 その愛するティーダの父親を自分は殺してしまったのだ。 たとえあれが不可抗力の上の事故だといっても、結果的に彼を死に追いやったのは自分なのだから。 だから詫びたのだ。詫びずにはいられなかった。 「ティーダ…すまない」 「アーロン泣いてるの?」 ティーダが不思議そうな声を出していた。 声を殺し、肩を振るわせて…アーロンは泣いていた。 自分の家族が死んだとき、あの時以来彼は泣くことを由としなかった。 心に覆いを被り、あまり感情を表に出さなくなってしまったアーロンが泣いていたのだ。 子供の前で恥ずかしいとか、そんな思いはなかった。 ただ自分が不甲斐ないから。 情けなくて、悔しくて、気が付いたら涙が溢れていたのだ。 「すまない」 只それだけを繰り返すだけ。 他に何も言うべき言葉が思いつかなかった。 すまないと、悪かったと言うだけだった。 「アーロン」 その時…悲しみにうちひしがれていたアーロンの名前をティーダが呼ぶ。 そして、ふわりとお日様の匂いがアーロンの腕の中に飛び込んできたのだ。 「…ティーダ?」 大きなアーロンの背中まで腕が回らないだろうけど、それでも賢明に腕を伸ばしティーダはアーロンにしがみつくように彼を抱きしめていた。 「大丈夫だよアーロン。お父さんがいなくなっちゃったのは寂しいけど、僕そんなことでアーロンの事嫌いになったりしないから。嫌いに何て絶対にならない。だから泣かないでアーロン」 小さなティーダが自分の倍くらいの背丈のアーロンを抱きしめる。 そして彼はこう続けるのだ。 「どんなことがあっても、僕アーロンの事大好きだよ。お父さんが死んだのは魔物の所為だってブラスカさんが言ってたもん。それにブラスカのおじさんがね、アーロン怪我してたのに、お父さんを助けようとして魔物に向かっていって、もっと怪我が酷くなったんだって言ってた。アーロンもいっぱい痛かったんでしょ?体中、傷だらけだもんね」 アーロンの大きな胸に頭を擦りつけるようにして、ティーダがすり寄ってくる。 彼のその温もりが、冷え切った心を溶かしていく。 「ティーダ…俺を許してくれるのか?」 「うん。だって僕、アーロンの事大好きだから。アーロンがいなくなっちゃったら、とっても寂しいもん。だから早く良くなって、お家帰ろう?アーロンの作るご飯、また食べたいな」 欠片も疑うこともしないで自分を信頼し、慕ってくれるティーダ。 腕の中の小さな温もりをアーロンは抱きしめる。 このまま離したら、この温もりがまるで消えてしまうかもしれないとでもいうように。 「また…俺と一緒にいてくれるのか?」 「アーロンと一緒がいい。アーロンが大好きだから。ねぇ…だからもう、泣かないでアーロン。お父さんがね良く言ってたよ。男が人前でべそべそ泣くもんじゃないって。アーロン、大人なんだからそんなに泣いちゃいけないんだよ」 「格好悪い俺は嫌いか?」 「ううん。大好き」 そう言って、さらにアーロンにしがみついてくるティーダ。 愛おしい。 腕の中のこの子が何よりも愛おしかった。 ジェクトとティーダはあまり仲がいい親子とは言えなかった。 むしろ子供の扱いに不慣れなジェクトを、ティーダが避けているようでもあったのだ。 それでも…ティーダにとってはたった一人の父親でもあるのだ。寂しくないと言えば、嘘になるだろう。 それを飛び越えても、ティーダは自分を好きだと言ってくれた。 ティーダの優しい心に救われる。 こんな幼い子供の言葉に心が癒される自分が不甲斐ないとも思った。 けれど今はこの温もりを感じていたかった。 家族を亡くしてからは、あまり人をと係わりを持たなくなっていた自分をアーロンは知っている。 それは自分のこの忌まわしい力の所為で無関係な人を巻き込みたくないという思いと、もう一つは誰も失いたくなかったからだ。 愛する人を、家族をもう失うことに耐えられなかったから。 あの辛さをもう味わいたくなかったのだ。 だから人と深く接する事を畏れるようになってしまった。 でも自分はティーダを知ってしまった。 この子を誰よりも愛おしいと思っている。 そう…この瞬間、アーロンは決意したのだ。 俺のこれからの人生はこの子に捧げようと。 この子を守り、育てていこうと。 それが今の自分に出来る精一杯だと思うから。 償いでも何でもいい。生きる望みを無くしかけていた自分だからこそ、ティーダを守る事をこれからの生きる目的にしようと決めたのだ。 俺はジェクトに一度救われ、また命も救われた。そしてティーダに心を救われた。 二人に命と心を救われたのだと、アーロンは認めていた。 救われた命だから、自分の全存在をかけてティーダを守ろうと決めたのだ。 「ティーダ」 優しく呼びかける。 「なぁに?」 満面の笑顔で答えるティーダ。 「早く怪我を治して、家に帰ろうな」 アーロンのその言葉に、ティーダが嬉しそうにさらにアーロンに抱きついてくる。 「うん待ってる。早く帰ってきてねアーロン」 腕の中の小さなティーダを抱きしめて、アーロンは心に誓ったのだ。 俺の命はお前に捧げようと。 お前を傷付ける物全てから、俺は戦ってやる。 それが俺に出来る、唯一の償いなのだから。 だからアーロンは心密かに決意する。 ティーダ、俺の命はお前の物だと。 二人に救って貰った命は命として返そう。 この子を傷付ける全てのものから自分は守って見せようと誓う。 その為に俺は生きよう。 ティーダの為に俺は生きようと………。 秘めた決意を胸に抱えたままで、アーロンはティーダを抱きしめる。 この温もりを、決して忘れまいとするかのように。 それから…。 アーロンがジェクトの跡を継いでティーダと暮らすようになるのはこの後の話。 ティーダが魔物に付けられた刻印をアーロンに打ち明けるのは、さらに後になる。 「穿たれた刻印〜独白完結編〜」END BACK |
人は人を思う。思う気持ちが強ければ強いほどに、辛い事に立ち向かっていける。
私はそう考えています。
昔、どこのTV番組だったのか忘れましたが、ある自衛官の男の人が言った
言葉が妙に心に残って離れませんでした。
「死ぬのは怖いし、戦うのも嫌です。でも愛する家族を守る為になら、戦える」
そして彼は続けました。「その為になら死ねる」と…。
誰かの為になら強くなれる。誰かの為になら戦える。
思いは人を強くもするし、弱くもする。
だから人は人を思うのかな…と。
この小説を書きながら思ったのはそんなこと。
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