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the first volume...
むかしむかし。遠い異国のある国に。
ティーダという少年がおりました。
彼はとある下流貴族のお屋敷で、掃除や洗濯、小間使いといった雑用・・・。そう、下人として働いていました。
そのお屋敷の、立派な血族であるにも関わらず。
本当のお母さんは、彼が小さい時に天国に召されました。その後、今の継母であるユウナレスカが、二人の娘を連れてお屋敷に入りました。ユウナレスカと二人の娘は、ティーダに冷たく接しましたが、お父さんだけはティーダの味方でいてくれました。姉たちに苛められた後は、お父さんがこっそりとティーダにだけお菓子をくれたり。ティーダはお父さんが大好きでした。
だけど、昨年。
その大好きなお父さんも、病に倒れ、お母さんの元へ旅立ってしまいました。
ティーダの味方は、この世に誰一人居なくなったのです。
それからティーダは、その継母ユウナレスカの元で、お屋敷の後継者としての位を忘れられ、古くぼろぼろになった衣服を着せられ、お屋敷に居る数少ない他の使用人よりも酷い生活を強いられていました。部屋すら与えられず、台所の釜戸の傍が彼の寝床。そのため体中を煤や灰が覆い、皆から「灰かぶり」と蔑まれていました。
それでも前向きで優しく明るい性格の彼は、逆境にも屈する事無く、継母や姉たちからの辛い仕打ちにも耐えて暮らしていたのでした。
そんなある日。
今日も朝から継母ユウナレスカの言付けで、ティーダは庭の掃き掃除をしていました。掃いても掃いても舞い散る落ち葉。加えて空腹は、ティーダの体を思うように動かしてはくれません。
少しだけ休憩を、と冷たい地面に座り込むティーダ。
「あー・・・、腹減ったッス。朝からパン一切れって・・・ケチケチしやがって、あの継母。たまには腹いっぱいゴチソウ食べたいッス・・・。」
健気なティーダはそれでも、継母を責める事はしないのでした。溜め息をひとつ付いて、空を見上げます。空には大好きなお父さんとお母さんがいると信じていたからです。
「ったく、あんな継母を後釜に入れるなんて。見る目無さ過ぎなんだよクソオヤジ。お陰でオレの苦労が絶えないっての!」
空にいる二人に話しかける事は、ティーダの寂しさを少し紛らせてくれるのでした。いつか優しかった両親に、想いが届くかもしれない。彼はそう信じていたのです。
暫く空を見上げて、ティーダが体を休めていると、そこへ継母であるユウナレスカがやって来ました。
「いつまでサボっているつもりなのですかティーダ。貴方の食い扶持だってタダではないのですよ?少しはその無駄についている筋肉を駆使して、ここまで貴方を育ててきた私に恩を報いようとは思わないのですか?」
「アンタから恩を受けた覚えはねーっての!大体腹減って動ける訳ねーじゃん、メシもロクに食ってねーのに。つか庭師くらい雇ったら?」
疲れきったティーダに鞭打つようなユウナレスカの冷たい言葉に傷つきながらも、心優しいティーダは決して反抗する事はないのです。
「私は無駄な出費は好みません。それよりも。私たちは明晩行われる次期国王の聖誕を祝う舞踏会出席の支度で忙しいのです。貴方と無駄な会話をしている暇は無いのですから、これ以上余計な手間は掛けさせないで頂けますか。今度仕事をサボっている所を見かけたら、ただでは措きませんのでそのつもりで。」
忌々しそうな表情でそう言うと、ユウナレスカは足早に屋敷の中へと戻って行きました。ティーダは静かに「やってみやがれ」とだけ告げて、その姿を見送りました。
次期国王、つまりこの国の王子様の誕生日をお祝いする舞踏会。それが明日の夜開かれる事は、継母や姉たちのはしゃぎ様から、ティーダも何となく知ってはいましたが、勿論ティーダが連れて行って貰えるはずもなく。
けれど。華やかなお城の舞踏会。年頃のティーダが憧れを持たないはずありません。
「城の舞踏会かぁー。・・・ゴチソウいっぱい出るんだろうなー。いいなーオレも何とかして潜り込めないかなー。」
決して叶わない夢だと知りつつ、舞踏会への憧れは募りました。そうして自分の身なりを見て、結局諦めるしかないティーダ。
「どっかで従者か何かの服、ちょろまかせば何とかなるかも。」
悲しげにそう呟いて、また空を見上げるのでした。
あくる日。
お屋敷の中でティーダも舞踏会の支度を手伝わされていました。それは継母のティーダに対する当てつけでした。
「その紫紺のドレスはルールーに、桜桃色のドレスはユウナに渡して下さい。あくまで貴方は男性なのですから、着替えの際は部屋から出るように。」
「ンなの言われなくても分かってるっての!」
そう言って素直に二人の姉にドレスを渡すティーダ。本当はどれだけ自分も行きたいか。健気な彼は、それを押し殺して支度を手伝うのでした。
「それにしても三十路越えてるんでしょう?『王子』なのに。私イヤよ?媚売ってまで、そんな所に嫁ぐなんて。」
上の姉ルールーが言いました。
「わたしも・・・ちょっとイヤだなあ。でも王子様って凄く変わり者なんでしょう?王家の正装はいつも着崩してて、ケンカが強くて、毎晩街で博打やお酒。ちょっとカッコイイよね。友だちにならなりたいな、わたし。」
下の姉ユウナが言いました。
「何を言っているのですか。見初められれば一生の安泰が約束されるのですよ、我が家の台所が潤うのです。貴女方には期待しているのですから、是非頑張って頂かなくては。」
三人とも舞踏会の事で舞い上がっていました。ティーダは横で、その様子を眺めながら、自分は行く事の出来ない舞踏会に思いを馳せていました。
「・・・城に潜り込む下準備はバッチリ。一年分くらいは食ってやるッス!」
「アンタも女なら、連れてってお母様の野望の犠牲に差し出せたのにねぇ?ティーダ。」
「でも見た目可愛いから、ドレス着て紛れ込んでも分からないと思うよ?」
「・・・性質の悪い冗談はお止めなさいユウナ・・・。ティーダ、留守を頼みますよ。」
煌びやかに着飾った三人は、いつものように辛辣な一言をティーダに残して、舞踏会へと出かけて行きました。
残されたティーダは、慌しくお屋敷を後にした一行を見送りながら、溜め息をつき、遠いお城を眺めて呟きました。
「オレが行くまで待ってろよゴチソウ!テイクアウトも容赦しないッスからね!」
夢のような城の舞踏会。止む事のない憧れに、彼なりに衣装を探してはみました。しかしティーダの手元にあるのは使い古された白い使用人の服。舞踏会にはおよそ相応しくない衣装でした。
「城のコックの制服、ちょろまかすなんて簡単、簡単。これ着てりゃゴチソウにありつけるッス!」
その時。
遠い舞踏会を夢見て一人心躍らせるティーダの目の前に、突然瞬く光の粒が現れました。
それはやがて数を増して集まり、大きくなり、人型をとって。
驚いて声も出ないティーダの前に、白いローブを纏った、一人の男を作ったのです。
「・・・コックか。それもいい案だと思うけど、どうせなら金品も狙えるような衣装にしたらどうかな?」
古木で作られたであろう大きく長い杖を持ち、白のローブはまるで賢者を思わせるその男は、人好きのする優しい笑顔でティーダに話しかけます。どうやら夢ではないようです。
「な、な・・・なんスか!城にチクる気ッスか!?つか誰ッスか!!」
「あははは。そんな事するはず無いじゃないか。私は君の味方、大魔法使いブラスカ。初めましてティーダ君。今宵は君が舞踏会に出られるように協力しに来たんだ。」
自分を『魔法使い』と言うその男は、優しい笑顔のままティーダの横に腰掛けて、懐から高級そうな金の懐中時計を取り出して続けました。
「君が堂々と舞踏会に行ける様、魔法をかけてあげよう。日頃いい子にしていたご褒美だよ。」
「マジッスか!?・・・いやっ・・・たー!ゴチソウー!!」
ティーダは魔法使いブラスカの心優しい申し出に、心から感謝しました。夢にまで見た憧れの舞踏会に出席できるのです。
それを見て魔法使いブラスカは嬉しそうに微笑むと、ただし、と付け加えます。
「魔法がかけられるのは12時まで。12時になったら魔法が解けちゃうから気をつけてね。それまでに戻ってくるのが約束。偉大な私が夜遊びを推奨する訳にはいかないからね。」
そう言って懐中時計の文字盤をティーダに見せました。
「どうかな?約束は守れるかい?」
「うーん・・・ちょーっとキビシーかもだけど・・・分かった。努力する。」
「ははは。まぁ期待はしないでおこう。但し私は責任持たないからね。」
「な・・・なんスか、気になる発言・・・。」
ブラスカは懐中時計の蓋を閉め、また懐にしまいました。そしておもむろに立ち上がり、杖を優雅に一振りしました。すると、杖の先からは金色の光の粒が零れ出しました。綺麗な光の粒にティーダが見惚れていると、それは次第にティーダを包むように流れてきます。一層輝きを強くしながら、完全にティーダを覆い隠し、夜の暗闇をそこだけ明るく照らしました。
余りの眩しさにティーダは目を瞑ります。その内にティーダの衣服に纏わりついた光の粒は、そこから繊維の色を変化させていき、見る見るうちに全く違った衣に変えてしまいました。不思議な光の粒は熱を発しながらティーダの肌に吸い付き、そこからティーダの体の中へと入り込んでくるようです。ティーダは少し怖くて、ギュッと目を閉じたまま、瞼ごしに見える光が止むのを待ちました。
やがて、瞼の向こうがまた、夜の闇に戻っていく頃。
自分の身に何が起きたのか分からぬまま、ティーダは恐る恐る目を開きました。そこには先ほどと変わらず、ニッコリと笑った魔法使いブラスカ。
「あの・・・。・・・ん?んん?」
「さぁ、それで堂々と舞踏会に出席できるね。上手くいけば玉の輿だって夢じゃないよ?ああ、お礼はいいからね。」
「な・・・なんスかー!コレー!」

自分の目に飛び込んできたのは、此れまで見た事も無いような、華やかで美しいドレス。紛れも無く、それを纏っているのは、ティーダ自身なのです。驚くのも無理はありません。
「なっ、何で女物のドレス!?・・・つかっ!うわっ何コレ!!」
「何って、それが無いと可笑しいだろう?私は完璧主義者だからね。やるからには徹底しないと。」
「・・・む・・・・・・ムネーーーーーーー!!!???」
余りの夢のような出来事に、ティーダは鼓動が高まるのを押さえられません。自分の胸を押さえて、すっかり貴族の装いとなった我が身をまじまじと見つめています。
「な・何も女に変えなくても!うあっ!コッチも付いてないし!!」
「だーいじょうぶ。12時になれば魔法も自然と解けて、元の姿に戻れるから。さてと、後は馬車と従者だね。」
「こんなんで人前に出れっかよ!恥ずかしい!他にも方法あるだろ!?」
「かぼちゃ・・・と、ネズミと・・・。」
「人の話を聞けー!」
近くにあったかぼちゃにも同じ様に魔法をかけ、側を走っていたネズミにも光の粒が降り注ぎ。ティーダの目の前には立派な従者の着いた馬車が現れます。更に魔法使いブラスカは、「コレは私からのプレゼントだ」と、美しいガラスの靴をくれました。
「こんな小さい靴履いたまま元の姿になんか戻ったら、足ヒドイ事になるんじゃない?」
「だからそれは警告代わり。痛い思いしたくなかったら、12時までに戻るんだよってね。」
「・・・優しい顔して、結構厳しいッスね。」
「これが大人の義務というやつだよ。」
そう言ってティーダを城へと送り出してくれました。
城への道中、まだ自分の身に起こった事が信じられないティーダは、夢見るような気持ちで馬車の中で物思いに耽ります。
「こんなか弱そうな女のナリじゃ・・・ゴチソウいっぱい食えないんじゃ・・・。」
お城に着くと、そこには美しいドレスや正装を纏った紳士淑女でいっぱいでした。見た事も無い城の内装や、置物に目を奪われながら、ティーダはフロアの中ほどへと進み入ります。まるで夢の世界にいる様な気持ちだったので、美しい女性が沢山いる中、一番ティーダが綺麗で輝いている事に、まだティーダ自身は気付いていませんでした。会場にいる人が次第にティーダの美しさに目を奪われ、ティーダの話で持ちきりになっていきます。
勿論その会場に来ていた継母たちも。
「ドレスは極上、顔立ちもまあまあですけど・・・髪も結わずに。どこの田舎の娘でしょう。」
「あら・・・あの顔、どこかで・・・。」
「ティーダにソックリだね!」
「・・・また、ユウナは下らない冗談を。」
そんな事とは知らず、ティーダは夢見心地のまま、フロア隅のテーブルまでやってきました。
「ひゃー、こんな隅っこのテーブルのメシが一番美味そうだなんて。ここのシェフ何か間違ってねーッスかね?」
夢にまで見たお城の舞踏会場に、今自分がいる。それだけで充分満足なティーダなのでした。
「んじゃ、早速。いっただっきまーっす!!・・・んぅ、うめーッス!サイコー!」
美しい音色に合わせて踊る人々の輪から離れて、暫くティーダがそのテーブルにいると。
いつの間に自分の隣りに来たのか、一人の男性が話しかけてきました。
「よぉ。そんなにウメェか?ここの料理。さっきからオメェ美味そうに食ってんな。」
「うめーッスよ、サイコー!つか腹減ってッから何食っても美味いッス!」
「女の割りに良い食いっぷりしてんな、オメェ。名は?」
「・・・んぐっ、ティ、ティーダっス。アンタは?」
その男性は、ティーダの素直な質問に、高らかに笑いを零しながら答えました。
「俺か?俺様はココの城の持ち主のジェクトだ。気に入ったぜオメェ。俺の部屋に来ねぇか?美味い酒があんだよ。」
「ぶっ・・・!アンタ、王子!?・・・つかコレ、アンタの誕生日祝うパーティーだろ?居なくていい訳?」
「かぁーったりー、少々何てことねぇだろ。実は抜けたくてウンザリしてた所だ。」
そう言って多少強引に、ジェクトはティーダを引っ張って行きます。ダンスフロアの人込みを縫って横切る二人の姿は、まるで華麗にダンスを踊っているようでした。
舞踏会に出られるだけで幸せだった筈のティーダ、王子と一緒に過すなんて夢にも思っていませんでした。
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