「本当に?するの?」

真菜は小谷に確認していた。
「嫌なの?」 小谷の返答に真菜は断れずにいた。



真菜と小谷はもともと友人の間がらだった。

そもそも、真菜は小谷の個性や真菜の苦手分野を補完してくれる相談相手として尊敬の念を抱き友人として
付き合っていたが、

その気持ちが、尊敬から淡い恋心に発展しそうな頃だった。
小谷もその気持ちがなんとなく解り始めていた。

事の発端は、何時もの通り二人で食事を取っていた時の戯言から始まった。
それは、食事と共に頼んだワインのボトルがほぼ底になりかけたころだった。

きっかけは、真菜から話した何気ない会話だった。
「こないだ、電車に乗っていたら、変な人に会って嫌な思いをしたんです..」

「変な人?どうしたんだい?」
小谷は、真菜の話を確認する様に詳細を求める。その言葉に真菜は一瞬ためらうが、
話を続けた。

「電車に乗っていたら、後に変な人が居て..触ってくるんです。」
それは、真菜の痴漢の体験の様だった。
「大丈夫だったの?」
小谷は、心配そうに真菜を見る。

「ええ。まあなんとか...けど、スカートの中にも手を入れられて..」
真菜は嫌悪の表情を浮かべる。
「まじ? まさか、直接触られてたとか?」
小谷は少し酔いにも助けられて、真菜の話に過剰に反応した。

その小谷の言葉に、真菜は首を横に振る。

「それ以上は、どうにか避けれたんですけどね。女の子の日だって事向こうが気付いた見たいで。」
真菜は少しはにかんで、答えた。

「良かったね。まあ、嫌な思いでだろうけど」
小谷が慰める。

「はい。  けど、その後なんか手に押しつけられて...」
真菜は、その時の感覚を思い出したのか、身震いをする。
「多分、あれだと思うんです。 スカート汚されないか、そればかり気になって。」

小谷は真菜の話を聞きながら、思わずその場面を想像してしまった。
もちろん、真菜は嫌な思い出だろうし、小谷も真菜に嫌な思いはさせたくないとは思ったものの、
目の前の真菜の指に変質者の物が押し付けられているそのシーンが頭をよぎった。

「結局どうなったの?」
小谷は思い出させたくないという思いもあったが、自分の興味が勝ってしまう。
その質問に、真菜は
「結局大丈夫だったんですけど、結構多いんです。」

真菜は、それ以外の被害の事もちらつかせた。
「まだあるの?..どんな?」

小谷は、真菜に話を続ける様に促してしまった。
「両手を吊革に捕まってるんですけど、体をくっつけてくる人とかいました。」

そして、真菜は、自分の痴漢の体験話をする。
そんな真菜を小谷は少しからかった。

「もしかしてまんざらでも、なかったりして。」
小谷は意味心な笑顔を作った。
真菜は、それを直ぐに否定した。

「本当に嫌ですよ! 変な人なんですから、恐怖の方が強いです。」
それはそうである。
実は小谷にも経験があった。

「気持ちはわかるなぁ。実は僕も若いころ、変な女性に何回かあった事ある。」
小谷は自分の経験も話し始めた。
「まだ20才位の頃の学生の頃だけと、満員電車で結構きれいなOLさんにたまたま密着してね。
 まあ、ぶっちゃけ胸が僕の腕に当たって、ラッキーって思ってたんだ。」

小谷は、真菜を見ながら良い訳を話し始める。
「もちろん、こっちは硬直不動だったよ。本当に混んでいたし、内心はドキドキだけどね。」

「綺麗な人で髪から良い香りがしてさぁ」

「その日は良かったんだけど、その女性には翌日も会ったんだ。
案の定また胸が当たって....こんな偶然ラッキーって良い方に考えていたら、降りる間際に、

”また明日ね..”
 

って耳元で囁かれた時は、身震いしたね。」

小谷は思わず、その時の事を考えてぞっとした表情を作る。
今思えば、誘っちゃえばよかったって少し思うけれど、当時は、恐怖だった事を話す。

「あんな美人なのに、変な人なんだ...って。男って美人はそんな事しないって妄想があってね」
小谷は笑って話した。

真菜は小谷のそんな話を聞くと、
「小谷さんは年上にもてそうだから..夏は気を付けてね。」
と笑って話す。

そこで、話が変わればよかったのだったが、小谷は、痴漢話を続けてしまった。

「自分は、痴漢の気持ちはわからないなぁ。 ”痴漢です!!”って叫ばれたら、人生終わりなのに、よくやるなぁって。」
素直な小谷の感想だった。
「どうせ痴漢やるなら、そういうリスクを無くしてやりたいよね?」

小谷は、真菜が同意もできそうにない事を尋ねる。
「..はぁ。  そうなんですか。」
真菜はそう答えるしかなった。

「真菜も美人だから、もしかしたら、エロいの好きかな?って」

古谷は、笑って冗談めいた言葉を口にする。
そんな言葉に、

「私はエロくないです!!」

直ぐに真菜は反応した。

ただ、真菜には思いもよらない小谷の答えが帰ってくる。

「今度、一緒に満員電車乗らない?」
小谷が笑いながら、真菜を誘った。

「駄目です。そんな事して、知らない人が小谷さんの事、”痴漢です”って言われちゃったらどうするんですか!?」
真菜は、笑いながら冗談をかわす。

「そうなったら、 ”すみません。この人が触られるの好きな性癖で..頼まれたんです”って言うから。」
小谷は真菜を指差しながら、返答する。

真菜は、一瞬戸惑うような表情をみせる。
思わず、想像してしまったのか

「....無理。」

と恥ずかしそうに答えた。
小谷はその恥ずかしそうな真菜の笑顔に思わず止めれなくなってしまう。

「意外に好きなんじゃない? 明日、一緒に会社に行こうか?僕の乗る電車は満員だから。」
小谷は真面目とも冗談とも取れる顔をした。

その後は、二人は普通の会話で、食事を楽しんだ。

「今日は、ごちそうさまでした。」
真菜が、何時通りに、帰り際の挨拶を小谷にする。

”じゃあ。また。”
何時もは、それで別れるのだったが、小谷の返事は、何時もと違っていた。
「真菜は遠回りになるけど、明日は、○×線経由で出勤ね。僕の駅7:42の急行。3両目の一番前のドア。」

「えっ!」
真菜は、それが、先ほどの戯言の続きという事を認識したが、冗談なのか理解できなかった。

「本当に?するの?」
真菜は小谷に確認していた。

「嫌なの?」 小谷の返答に真菜は断れずにいた。

「今晩ゆっくり考えて。 僕は何時も通りの電車に乗るから。」
小谷は、真菜の返事を待たず、夜の街に消えて行ってしまった。


”な、なにこれ...”
”冗談でしょ?”

真菜は自答するが、答えが見つからなかった。
思わず、自分が満員電車で小谷に痴漢される事を想像してしまった。

今までに経験した痴漢とは違い”恐怖”という感覚が無い分、どうしても性的な感覚が残ってしまった。
もし、周りに気付かれたら。

真菜はそう思う。
ただ、”全否定の嫌”という気持ち以外の思いが小さく募ってしまった。

今まで、小谷とは路線が違い一緒に出勤した事はなかったが、少し早起きして、
路線を合わせれば、同じ電車で通える事を認識する。

”一緒に通勤できる”

真菜はそう思う事にする。
まさか、小谷が本当にそんな事をするとは思いたくなかった。
”小谷さん、そんな事する様な人に見えない....??”

真菜の脳裏に帰り際の小谷の妖しい笑顔が浮かぶ。
”見えちゃうかも....”

少し不安であったが、”一緒に通勤できる”という事に、真菜は考えをまとめ始めた。


翌日は、少し早く起きなければならなかったが、真菜はそれ以上、かなり早く目覚める。
”小谷さん...本当に痴漢してきたらどうしよう...”

朝から、真菜は想像を巡らしてしまった。
”やばいかも...”
真菜は身支度をしながら自分が軽い興奮状態にある事を認識してしまう。

その感覚を引きずったまま、駅に向かってしまった。

そして、普段とは違う逆側のホームに降り立つと、小谷の利用する路線に向かった。

”....”
真菜は何も考える事ができず、ネットで調べた路線に乗り換える。
そして、遂に小谷の利用する路線に来ていた。

2本ほど、乗り過ごせば指定の電車であった。真菜の乗り換え駅から二駅ほどで、小谷が乗車するはずだった。

”私、この電車に乗るのかしら...”
真菜はそう思う。
”変な事されたらどうしよう..”

そんな事が頭をよぎるが、
”普通の小谷さんが好き...けど会えるならどんな小谷さんでも...”
真菜は、自分の感覚が可笑しな方向に流れているのに気付かなかった。

二本の列車はあっという間に真菜の前を通り過ぎる。
そして、指定の電車のドアが空いた。

”三両目...”

真菜は、小谷の指定した列車に乗り込んだ。
まだ満員では無く、奥の吊革に捕まる位置に立つ事ができた。

「ドアが閉まります!!」
駅員の声を共に、ドアが閉まった。そして、電車が動き始める。

真菜の前には、真菜と同世代と思われる女性が本を読みながら座っていた。
一瞬その女性と真菜の視線が合った。

”....無理。”
真菜は早くも自分の体が反応している事に気付く。
車窓の景色が流れる様に通りすぎるが、そんな景色も真菜の脳裏に収まる事は無かった。

「間もなく○駅。ドアが開きます。」
車両のアナウンスが小谷が乗車する駅名を告げた。

”小谷さん...”
真菜は小谷を確認しようとするが、朝のラッシュの急行停車駅だった。
波の様に我先と乗り込んでくる人で、或る程度空いていた車両が一気に満員状態になる。

真菜の横にもサラリーマンが押し込まれた様に押してくる。
そんな中で、真菜は吊革を維持する事に必死で、小谷を確認することなどできなかった。

”凄いラッシュ..”
真菜がそう思った時だった。

「真面目に乗ってきたんだ。」
小さな声が、耳元に聞こえた。小谷の声だった。
振りかえろうとした時だった。

「こっちを見ない。今日は赤の他人だからね。そっちの方が楽しいでしょ?真菜。」

小谷は、ゲームを始める様な素振りで真菜だけに聞こえる微かな小声で声を掛けた。

「無理なご乗車おやめください!! ドアが閉まります!」
駅員のアナウンスと共に、列車のドアが閉まった。


”...小谷さん。無理”

真菜があまりの緊張にそう思った時、
真菜は、自分の臀部に何者かの手が触れる感触を覚えた。

 

 


二話に続く。