翌日の朝早く。いよいよルークが不動剣を習得するための修行が始まった。
「いいか、よく聞け」
 伝次郎は例の森の道を抜けた道場にルークを連れてきて、座らせていた。今日が稽古の日ではないせいだろう、道場の中や回りに人は居なかった。伝次郎の声は朝早い冷たい空気に乗ってルークの耳に響く。
 ルークは洋服を着て(やはり使い慣れた物の方がいいらしい)正座で座っていたが、その声を聞いて背筋を思わず延ばした。いよいよ最高奥技の習得のための修行が始まるという事で、緊張していた。
「不動剣は力技ではない、と言う事をまず肝に銘じておけ」
 伝次郎は微動だにせずに、ルークに背を向けたまま厳しい表情で話していた。
「不動剣は不動の心で構え、相手の刹那の隙を見つけてこれを斬る。口で言うのは簡単だが、これが簡単ならすぐに剣聖だ」
「・・・・?」
「技自体は普通の逆袈裟斬り(腹からななめ上へ、肩に向かって斬りつける)だ。しかし不動剣の神髄は、不動の心をもって相手の隙を斬りつけることにある」
「不動の心・・・・」
「うむ、いかなる事があっても、決して動かぬ心だ。無の心、とも言う」
「先生、何でその不動の心が必要なんですか?」
「何で、と言うと?」
「隙を見つけるならば、別にそんな事をしなくてもいいと思うんですが」
 ルークにはその点が不可解だった。事実、隙を見つけて闘うなどというのは基本の基本だ。今更念を押されることはない。
「確かに、素人・・・・いや、並の人間が相手ならばそれでよかろう。しかし、お前の相手する物は並外れている。そんな相手は見えるような隙を出してはくるまい」
「・・・・」
 確かに、とルークは思った。
「そこで不動心に頼るのだ。普段我々が使っているこの目、これで見える物など我々の生きる世界の中のほんのごく一分に過ぎん。不動の心を持ってすれば、生死の周期のほかに、木々の息吹、風の流れなど目では見えなかった見えざる物も見えてくる」
「先生は一昨日の不動剣を打った時、目をつむっていましたが・・・・あれが不動の心ですか?」
「うむ」
「目をつぶって物を見るなんて、こりゃすげえ」
「いや、別に目で見えるような事を見る訳ではない」
「へ?」
 ルークは伝次郎の矛盾した言葉に戸惑った。
「人の場合を話そう。お前も知っておるだろう、気は万人に流れている」
「はい」
 これは十兵衛に初めに教わった事だった。
「その気は、常に生と死の流れを繰り返している。この流れの周期はまさに刹那と言うべき短い間隔だ。目で見えざる物、とはこの生と死の周期の事だ」
「じゃあ、不動剣というのはその死の周期の時に相手を斬る技なのですか?」
 ルークはだんだん話の内容を飲み込んできた。
「そうだ、最終目標はそれにある。最初からそう言えばよかったかな」
「分かりました。で、不動心を習得するにはどうすれば・・・・?」
「心構えだ。集中力と・・・・活人の心得だ」
「活人?」
 ルークは聞き慣れない言葉を繰り返してみた。
「簡単に言うと、人を生かす心だ」
 伝次郎は短く、ぽつりと言った。
「ふーん・・・・まあそれはいいとして、もう一方の集中力を養うには?」
 ルークはさほど活人についてこだわらずに、もう一方の方に関心を寄せた。
「わしが石舟斎様に教わった時は、とにかく座禅させられた」
「ざぜん?」
「瞑想とも言う。床に座り、心を落ちつけて精神を統一する事だ。簡単そうだが、かなり難しい。まあ、まずはやってみろ」
「は、はい」
 ルークは言われた通りにする事にした。まず座り、息を整える。
「座る時は座禅といってな、足を組むのだ」
 伝次郎は自ら床に座り、手本を見せた。
「こうですか?」
 ルークは自分の足もそうするように努力した。少し苦労したが、体が比較的柔らかい事もあって何とか組めた。
「じゃあ次に呼吸だ。普段我々が行っているような浅い物ではなく、腹の底から深く呼吸して、体の力を抜く」
 伝次郎はこれも自分でやって見本を見せた。すると伝次郎は静かになり、何か近寄り難い雰囲気が短いながら感じられた。
−−−集中力を持ってするとこれぐらいお手のものってか
 ルークは感心してそれをぎこちなく真似する。形だけは何とかできた。
「そして何も考えずに無の心でいる。これが座禅だ」
「それだけですか?」
 ルークは座禅とはもっと何か難解な物なのかと思っていたが、足を組むのと呼吸だけで他に特にないと知ると少し気を緩めた。
「馬鹿者、もう気がゆるまっとるぞ!」
 伝次郎はそんなルークを一喝した。
「は、はい!」
 慌ててルークは気を集中させた。
−−−でもまあ、そんなに難しい事ではないな。これで不動剣が身に付くとなれば、楽なもんだな
 ルークはやはり少しばかり高をくくっていた。

 しかし三時間後・・・・ルークの顔は苦痛に満ちていた。
−−−し、死にそう・・・・
 ルークはほとんど限界に達していた。足がしびれ、もう間隔がない。しびれた痛みで集中する事もできなくなると、深い呼吸すらままならなくなる。額からは汗が滝の如く流れ落ちていた。
「余計な事を考えるな!集中しろ!」
 ルークの姿勢が崩れるたびに後ろに立っている伝次郎から檄が飛んだ。
「はい・・・・!!」
 ルークは必死に返事をして、姿勢を直そうとするがやはりうまく行かない。
「こら、しっかりせい!」
 その度に伝次郎はルークに怒鳴った。
−−−ちくしょう、これ位の痺れが何だ、耐えてやるぜ! 耐えて、不動剣を・・・・
「ぐわっ!!」
 ルークは再び体勢が崩れた。心で思っていても、なかなか体はうまく反応しないようだ。
「よし、もういいぞ」
 その修行は丸一日続いた。外はもう日が沈みかけている。朝からやっていたので、相当な時間になるのは容易にお分かり頂けると思う。
「は、はい・・・・」
 伝次郎がそう言うや否や、ルークはうつ伏せに倒れ込んでしまった。
「お、おい、大丈夫か?!」
 伝次郎は驚いてルークに近寄った。
「・・・・」
 ルークは寝息を立てていた。疲れ果てて寝てしまったようだ。
「仕方のない奴だ。もっとも、当たり前ではあるな」
 伝次郎は仕方なく、寝ているルークを体ごと何とか家まで運んだ。そして伝次郎と小夜子の手によって布団の中に入れられた。布団に入れられたルークはその晩、足が金縛りにあった夢を見てうなされていたらしい。
 翌日も、その次の日も座禅の修行は続いた。


 三日後・・・・
「君も知っているだろう、法術は妖精によって使われていると言うのが一般的な考えだ」
 ここはジパングの町外れ。前島空牙のあばら家で、熱い講義は続いていた。
「はい、存じております」
 サーラは頷いた。ここ三日彼女が頑張った甲斐あって、家の中はすっかりサーラの手によって綺麗に整理されていた。
「しかしだ、これについては色々議論がある。否定的な奴は妖精なんか居ないと言い張る奴も居るのは知っていると思う」
「ええ」
「で、君はどうかな」
 空牙はぐいっと顔を近づけてサーラの迫った。
「え、私ですか・・・・?」
 普通の者なら驚いてしまうが、空牙のそのような行動はこの三日で慣れてしまったようだ。
「私は、いると思います」
「ほう、その訳は?」
 興味深げに聞く空牙。彼は常に、サーラの意見を引き出そうとする。サーラとの議論を楽しんでいるようだ。そんな態度に、彼女は好感を持っていた。
「この力・・・・魔法は妖精の力かどうかは正直言って分かりません。でも少なくとも人間の力では絶対にないと思います。使っていて分かるわ、こんな強力な力は誰でもコントロールできるものではありません」
「うむ、その力を制御してんだから、君はたいしたもんだ」
 空牙はそう言うと元の位置に座り直し、音を立ててお茶を飲んだ。
「そんな事は・・・・」
「謙遜しなさんな。まあ、俺は見た事ねえから何とも言えねえんだが・・・・俺もそう思っている」
「・・・・」
「しかし、この議論に終止符を打たれる日が来た!!」
 空牙は突然叫びだした。
「終止符・・・・? じゃあ先生はこの力が妖精の物なのかどうか知っているのですか?」
 サーラは不思議そうに聞いた。空牙はそれを聞いてニヤリと顔を歪めた。
「聞きたいか?」
 空牙の口調は出し惜しみするような感じだ。
「ええ」
「じゃあ話してやろう。妖精は、いる!!」
 空牙は大声でサーラに強調した。
「いる、ですか・・・・でも、証拠は?」
 サーラは冷静に聞いた。
「しょうこ?」
「そのお話、根拠無しで言っている訳はありませんよね?」
 サーラの自信のこもったその言葉を受けて、空牙は軽く笑った。
「あんたは実に鋭いお嬢さんだ。感心するね」
「だって、勘だけにしては先生の今の言葉、自信がありすぎですもの」
「その通り! 俺が言い切るのはちゃんとした根拠あっての話だ」
 空牙はそう言うと立ち上がって本棚から本を探した。が、なかなか見つからないようだ。
「うーん、君が掃除してしまったからどこに何があるのか把握できねえな・・・・」
 空牙は中々探し当たらないので困ったような声を上げた。
「だって先生、あれは人の住む環境じゃありませんよ、本当に・・・・」
 サーラはつい三日前の、ゴミための様なこの部屋を思い出した。思い出すだけでうんざりする。
「俺はあの方が暮らしやすかったんだが・・・・おっとあったあった」
 空牙はその本を掴んで無造作にサーラの前に置いた。
「これは・・・・?!」
 サーラはその開かれたページを見て、言葉を失った。


 六日後・・・・
 ポールは木が生い茂っている森の中にいた。
「せいやぁ!!!」
 左足を踏み込み、体をひねって上段蹴りを太い木に向かって繰り出す。と、同時に今度は高速で左足から蹴りが打ち出されていた。
「はあ、はあ・・・・」
 二つの蹴りの後、ポールは大きく息をついた。この森に入って既に一週間、同じ様な事をずっと繰り返してきた。顔には汗が目に見えるほど流れていて、足にも拳にも無数の切り傷がある。天翔連撃を身につける特訓は続いていた。
「まだまだだな・・・・」
 ポールは一言呟くと、休憩を入れるべく歩き出した。この先には小さな湖があり、ポールはその周辺で寝泊まりしている。
「ふう」
 ポールはその湖に着くと、まず顔を洗った。暑くなった顔を冷たい水で洗うと、何故か心まで引き締まってくる。
−−−それにしても、うまくいかないな・・・・
 ポールは顔を洗って少し落ちついてから、湖畔に足を投げだし座って休憩を取る事にした。
−−−天翔連撃を使うとなれば、必要な物は速さだ。しかし、そうすると威力がなおざりになってしまう・・・・
 この事はポールにとって森の修行での大きな課題だった。一週間近くの間、何度この事を考え、頭を痛めた事か。
−−−速さだけでたたき込むのは簡単だ。だけどそれじゃあ相手に致命傷を与えられない。それなら清流脚や連舞脚を使えばいいんだ
 ポールはふ、と目をつぶった。さらさらという風の音や、ちちち、と言う小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
−−−ふう、落ちつくな・・・・
 ポールはそんな中で自然と思った。
−−−速さを重視すれば必然的に威力が落ちる。威力重視なら全くその逆だ。当たり前だが、しかし・・・・その両立が出来なければ天翔連撃は打てない・・・・
 そう思うと気分は沈む。この一週間で湖の事を何度と無く考えた。果たして自分に、必殺のを自在に操るだけの力があるのだろうか、と。
−−−まあ、考えても仕方ないか。ルークも頑張ってるんだ、俺もやらなきゃな。それに・・・・
 その沈んだ気分を振り払うようにすくっと立ち上がった。
「一回できたんだ、絶対にできる!!」
 ポールは決意を表すかの如く叫んだ。その声は森に広く響きわたった。
−−−よし、頑張るぞ!
 内なる力が、彼を再び修行へと連れ出す。


 そして九日後・・・・
 昼下がり、小夜子は木刀を持って森の道を通り、道場へ向かっていた。
「やっぱりあそこだと気が入るもんね」
 小夜子は歩きながら辺りを見回した。風がそよそよと吹いていて、回りの木々や小夜子の髪をを軽く揺すった。小夜子はそんな風景を見ていると心休まる思いになる。そんな事を考えているうちに道場が見えてきた。
「・・・・?」
 小夜子は道場から何か不思議な気配を感じた。小夜子も気の技を使う者、そういう事はルークや伝次郎ほどではないが分かる。
−−−誰かいるのかな? 誰だろ?
 小夜子はそーっと道場の扉を開けた。中ではルークが目をつぶり、木刀を下に下げる姿勢・・・・不動剣の構えをしていた。
−−−まさか、ルークは不動剣を打てるように・・・・!!!
 小夜子は目の前のルークに驚いた。が、そんな小夜子の予想とは裏腹に、ルークはその姿勢から何もせずに目を開けた。
「ちくしょう!」
 次の瞬間、ルークは腹立たしい怒りをぶつけるように、木刀を地面に投げつけた。大きな音を立てて木刀が跳ね、転がる。ルークはそれを厳しい表情で睨んでいた。
「ルーク!!」
 小夜子は思わず叫んだ。
「ん、小夜子か・・・・」
 ルークは怒った表情のまま小夜子を見た。
「どうしたの、何かあったの?」
 小夜子はそこまで履いて来た草履をぬぎ、道場に上がってきた。
「何だ、見てたのか・・・・」
 ルークは少し落ちついて、転がっている木刀を拾い上げた。
「びっくりしたよ、いきなり怒りだすんだもの・・・・」
 小夜子はまだ少し驚きの余韻が引きずられていた。
「まあ、色々あってな・・・・」
 ルークは元気無さそうな表情で下を向いていた。
「何かあったの? 変だよ、あんた」
 小夜子はそんなルークが気にかかった。小夜子の知ってるルークは、いつも明るく、謙虚ではあるが、自信を持っている。そんなルークと今のルークは、正反対に見えた。
「何もねえよ。ただちょっと疲れただけだ」
 ルークはそんな小夜子の心配をはね退けるように言った。
「何もない・・・・? 本当に?」
 小夜子はそう言われてもやはり気にかかった。
「うるせえな、ねえったらねぇんだよ!!」
 突然、ルークは大声を上げて小夜子に叫んだ。
「何よ、その態度は!! 人が心配してるのに!」
 いきなりの事に少し驚いたが、小夜子も負けじとつい大声を張り上げた。
「・・・・すまねえ」
 ルークはその一撃で落ちついたのか、口調を元に戻した。
「大人げなかったな、馬鹿くせえ」
 今度のルークの口調は、自暴自棄といった感じさえ出てきた。
「ねえ、本当にどうしたの? 変だよ、さっきから」
 本格的におかしい。小夜子は粘り強く問いただした。
「笑わねえで聞いてくれるか・・・・?」
 ルークは小夜子の目を見て、神妙に話した。
「え、ええ」
 小夜子はそんなルークを見て、ますます疑惑の念を強めた。
「実はな・・・・」
 ルークはその場に座り込んだ。小夜子もその横に座った。
「・・・・」
 しかしルークは暗い顔でうつむいたまま、なかなか話そうとしなかった。
「話しちゃいなよ、気が楽になるよ」
 小夜子はそんなルークを見てるとじれったくなってきて、急かし始めた。
「実はな・・・・」
 ルークは何とか気持ちを整理して、重い口をゆっくりと開いた。
「不動剣が、わからねえんだ・・・・」
「え・・・・?」
 小夜子はルークの言葉の真意を掴みかねた。
−−−打てないってのは分かるけど、分からないっていうのは・・・・?
「俺はここ十日ぐらい、不動剣を打つべく修行を積んできた」
 ルークの言葉に偽りはなかった。彼は二日目以降も集中力を養うために座禅に取り組み、終わった後も衰えがちな体力、筋力を必死に維持してきた。
「だけど、何も見えてこねえ。風の流れも、木々の息吹も・・・・これだけやってるのに、不動剣が何一つとして見えてこねえ・・・・!!!」
 ルークはそう言うと、顔を歪めて床を殴った。
「ルーク・・・・」
 小夜子はその話を聞きながら、一昨日、伝次郎と交わした会話を思い出していた。


「ルークは不動剣を習得できるの・・・・?」
 洋服姿の小夜子は伝次郎に向かっていった。
「うむ、少し難しいかもしれん・・・・」
 伝次郎は苦悩の表情を浮かべつつ言った。
「やっぱり、あの事なんでしょう?」
「その通りだ」
 伝次郎は机の引き出しからキセルを取り出し、それをくわえた。
「ルークは、神影流の根源を知らぬまま成長してきた」
 伝次郎はそれに火をつけ、話しつづけた。
「小夜子、神影流の根源、お前ならば分かるだろう?」
 伝次郎は小夜子に試すように聞いてから、煙をふかした。
「もちろん、神影流の根源・・・・それは人を活かす剣、すなわち活人剣です」
 小夜子は少し改まった口調で言った。
「その通りだ。神影流の根源はあくまで活人にあり、殺人ではない。戦乱のない今の時代、この心構えは更に重要だ」
「それで、やっぱりルークは・・・・」
「ああ、この点で大きく欠落していると言わざるをえない」
 苦渋の表情のまま伝次郎は話し続けた。
「あいつを剣を交えた時、お前も分かっただろう」
「ええ。ルークの剣は、殺気に満ちている。だからこそ強いのかも知れないけど‥‥」
「うむ。彼が神影流を習得した理由、これは仇であるガルロイを殺めるためだ。活人よりも、殺人の気の方がはるかに強いのは明白だ。昨日聞いたルークの経緯でも、それが現れている」
「・・・・」
「これは、あの時に感じた物とかなり似ている・・・・」
「え、もしかして・・・・」
「そう、十兵衛のあの時の感情とな・・・・」
 伝次郎はキセルを吸った。心無しか、苦い味が口の中に広がる。
「二十年前、千代子さんを殺された十兵衛はもはや人ではなかった。奴は殺人鬼となって帝国陣営に突進していって。わしは奴の顔を見た瞬間、いかんと思った。奴は殺気に満ちあふれ、活人の心など遠く彼方に行ってしまっていたすぐに判断できた」
「・・・・」
「だが、わしが動いた時は遅かった。奴は三万の帝国兵をなぎ倒した。そして今まさに帝国の大将ブルダルと相まみえようとしたあの時・・・・」


 帝国兵の生々しい死体が大量に横たわる広場の真ん中に、三人は立っていた。
「止めろ、十兵衛!!!」
 若き伝次郎は殺戮の鬼となった十兵衛に必死に叫んだ。
「止めてくれるな、伝次郎!!! こ奴だけは、絶対に俺が斬る!!!!」
 まだ右目のあった若き十兵衛は、修羅の顔で抑制する伝次郎を振り払った。
「貴様如きがこの俺様を斬るだと?! 片腹痛い!!!」
 帝国部隊長、ブルダルは十兵衛に向かって笑った。二十ちょっとの若さにもかかわらず、その目には人を何十人とあやめようが心を痛めない、狂気が隠されていた。
「てめえ、余裕みせてんのはここまでだ、我が柳生神影流最高奥技で全てを終わらせてくれる!!!」
 十兵衛はそう言うとすっと目をつぶった。
「十兵衛、それは!!」
 伝次郎は十兵衛が何をやろうとしているのか瞬時に理解できた。そして、その技が十兵衛自身を窮地に招く事も。
「戦闘放棄か、それは潔い!!!」
 ブルダルは猛烈な速さで十兵衛に突っ込んだ。
「かかったな!!」
 十兵衛はそれを感じ、かっと目を見開いた。
「柳生神影流最高奥技、不動剣!!!!!!」
 十兵衛は気を一気に刀に移し、ブルダルの刹那の隙を斬り刻む・・・・はずだった。
「!!!!!」
 十兵衛はすぐに異変に気がついた。彼が目をつぶって感じたブルダルの死の周期と、踏み込んで斬りつけたタイミングとが、全然違う事に。
「十・・・・!!!」
 その時、伝次郎がもっとも恐れていた事が具現化した。
−−−不動剣、いや神影流の根底の活人の心なくして、その技が打てる訳がない!!!
「ぐあああああ!!!」
 事は伝次郎が予想していた「悪い方向」へと走っていった。ブルダルの一撃が十兵衛の顔を襲った瞬間、左目から血が吹き出しながら、絶叫を上げて十兵衛は倒れた。
「十兵衛!!!!」
 伝次郎はすぐさま十兵衛の側により、彼を介抱した。
「で、伝次郎・・・・」
 十兵衛は血が溢れる左目を押さえながら、苦しそうにうめいた。
「しゃべるな!」
 伝次郎はそんな十兵衛をそっと地面に横にしてから立ち上がった。
「貴様ぁ・・・・許さんぞ!!!!!」
 伝次郎は怒りの表情を露にしてブルダルの方を向いた。
「ぐ、くそ・・・・!!」
 が、伝次郎が思っていた以上に十兵衛の力量は凄かったのか、ブルダルの方も腹から血が垂れ流れている。
−−−相討ちか!!
 伝次郎がそう思うや否や、ブルダルは口を開いた。
「貴様ら、俺ら帝国の力を甘く見るな!! 今度ばかりは引き下がるがな、次は絶対に貴様らの息の根を止め、ジパングを我が物、いや帝国の物にしてくれる!」
 ブルダルは負傷しながらも苦し紛れにそう叫んだ。そしてすっと手を上に上げると、突然その場から姿を消した。
「!!! 奴は・・・・?!」
 伝次郎はその怪現象を目の辺りにし、茫然とした。回りには兵士達の無数の死体と、気絶して動かなくなった十兵衛が横たわっていた。
「お、おい十兵衛!!!」


「十兵衛はあの時、不動剣を打つ事が出来なかった・・・・ひとえに活人の心を無くしたからだ。傷が直った奴は傷心を癒すためと自分をもう一度鍛え直すため、旅に出た」
 伝次郎は淡々と話した。それはもう既に何回か小夜子に話されていた事だったが、小夜子は黙って背筋を延ばしつつ聞いていた。
「あれから二十年・・・・まさか十兵衛の弟子がわしの元を訪れるとは思いもしなかった。しかも皮肉にも、あの時の奴と同じ精神を抱えてな・・・・」
「じゃあやっぱり、ルークに不動剣は・・・・」
 小夜子は身を乗り出して伝次郎に聞いた。
「わしも教えると言ったからにはしっかりとやる。いや、彼にはぜひ不動剣を習得してほしい。だが、彼が根源の精神・・・・剣は人を斬るためでなく、人を活かす為にあるという事に気づかん限り、不動剣習得は難しいとしか言いようがない・・・・」


−−−やっぱり、予想通り・・・・
 小夜子はルークの顔を覗いた。小夜子と違って原因が分からずに苦しむルークの姿は、出口のない森をさまよう旅人のようだった。
「俺は今まで勝ち続けてきた」
 ルークは小夜子の胸の内などまるっきり分からずに話を続けた。
「今までかつて、苦戦ばっかりだっだが勝てなかったのは先生だけだ。それは当然だからまだ良かった。だが、ここに来て今まで戦った誰よりも強い敵が現れたような気がする・・・・」
「それは、一体・・・・?」
「自分だ」
 ルークははっきりと口にした。
「これは、自分との戦いだ。自分に勝った時、きっと不動剣習得がなるんだろう。だけど・・・・俺は、俺に勝てねえ、どうしても・・・・」
 ルークの口調がどんどん悔しさを増していくのが小夜子にも手に取るように分かった。
−−−ああ、ルーク・・・・悩んでいるんだね・・・・
 小夜子はそんなルークに同情せざるを得なかった。ルークはそこまで言うと、ふ、と元の表情に戻った。
「っと、すまなかったな、こんな愚痴くせえ事・・・・」
 ルークはテレ笑いをしながら頭をかいた。が、やはり心の奥底にある悔しさは小夜子には隠せなかった。
−−−どうすれば、ルークを慰められるだろう、どうすれば・・・・
 小夜子は必死に考えた。が、そんな経験が一度もないので、いい言葉がなかなか頭に浮かんでこない。
「何考えてるんだ?あ、もしも今の話がつまらなかったらごめんよ。こんな泣き言、聞いたって面白くもクソも・・・・」
「ルーク・・・・」
 ルークの悲しそうな言葉を遮って、小夜子は口をはさんだ。
「あなたがそれだけ悩んでいても、私は、頑張ってとしか言えないよ」
「ん、そうだろうな・・・・」
 小夜子はそこまでいうと、ルークの右手を両手で掴み、自らの胸に寄せた。
「?!」
 ルークはそんな小夜子の思いも寄らぬ行動に行動に戸惑った。小夜子はルークにかまわずにかつて無く女らしく、優しい口調で言葉を続けた。
「だけどこれだけは言えるよ、一生懸命やっていれば、きっと何だってできる。私も長い事こう思ってやってきたんだ、ルークだって一生懸命やれば絶対実現するよ! だから、そんなに焦らないで。一歩一歩努力してれば、きっと・・・・」
 小夜子はそこまで言うとルークの手を放し、立ち上がった。
「私からはそれだけだよ。本当に、頑張ってね」
「あ、おい・・・・」
 ルークが話しかけようとする前に、小夜子は走って道場の外へ消えていった。
「・・・・」
 ルークは小夜子が消えてから、握りしめられていた右手を神妙な顔つきで見た。と同時に、胸の奥から今までになかった小夜子に対する謎の感情が突然こみ上げてきた。
−−−な、何だ・・・・?
 ルークは胸を思わず抑えた。彼のそれはいつもより激しく鼓動していた。

 小夜子は家と道場をつなぐ森をかなりの速さで走った。そして道の途中で突然足を止め、大きく深呼吸した。
−−−あれで、良かったのかな・・・・?
 小夜子はルークに言った慰めの言葉の内容を思い出した。思い出すといい内容とは思えなかった。
−−−気休めだったかな・・・・頑張れば絶対にできるって言ったけど、ルークが活人の心に気づかない限りは不動剣習得は無理だし・・・・ああ、私のばかばか!!
 良く思い出せば出すほど、恥ずかしさと後悔がこみ上げてくる。しばらくそんな事を考え落ちついた後、小夜子は空を見上げ、心の中でこう繰り返した。
−−−ジパングの神、神鳥様・・・・何とぞ、ルークの力に・・・・

 ルークはそれから更に五日間、修行を繰り返した。が、一向に不動剣習得への光は見えてこなかった。しかし、ルークの心は相変わらずそれが大半を占めていた事には変わりないが、それに加えて更に新たな感情が生まれてきた。それは、小夜子と五日前道場で二人っきりで話した時生まれた感情だった。
−−−・・・・
 ルークは、その感情が何を意味するかもう分かっていた。そして、日増しにその思いを強くしていき、行動もそわそわとなり、どうにも思っているだけでは収まりが着かない所まで行ったようだった。
−−−俺は・・・・
 ルークは明日でちょうど修行開始二週間後という日、家と道場を結ぶ森の道の真ん中で立ち止まった。そして大きく息をつき、ある事を決意した。


 ルークが修行を開始してからちょうど二週間後、ジパングの領主の屋敷がある街と、伝次郎の家がある田舎町を結ぶ街道を歩く二人の姿があった。
−−−二週間振りね
 一人は和服姿のサーラだった。
「こっちの方にくんのは、かなり久し振りだなぁ」
 その側を歩いているのは、だらしがない(それでもサーラが何とか見栄えするようにした)着物を身に着けたサーラの魔法の教師である前島空牙だった。空牙は物珍しそうに回りの田畑をきょろきょろ見ていた。
「それにしても、いきなり先生が行ったらきっとみんな驚きますよ」
 サーラは歩きながら笑いつつ空牙に行った。
「うーん、そうだろうなぁ。でも、伝次郎さんにも久し振りに挨拶したいし、その打倒帝国をするために頑張ってるえっと・・・・」
「ルークです」
「そうそう、そのルーク君とやらをぜひ俺は会ってみたいぞ」
 空牙は声を弾ませた。
「会ってみれば分かるけど、ルークはかっこいい人ですよ」
 サーラは明るい声で空牙に言った。空牙はそんなサーラを見て軽く笑みを漏らした。
「そうかもな。とにかく、早く会ってみたい物だ」
 サーラ達はそんな会話を交わしているうちに、伝次郎の家に着いた。
「サーラです! 今戻ったわ!」
 サーラは家の扉を開けて大きな声で言った。が、反応はない。
「誰も居ねぇのかな・・・・?」
 空牙は不安げな声を上げる。
「きっと道場の方ですよ、取り合えず上がりましょう」
 サーラはそう言って空牙を落ちつかせると靴を脱ぎ、玄関を上がった。


 サーラが到着したのを知らないルークは、森の道の真ん中で立ち止まっていた。
「・・・・」
 ルークは険しい表情で黙ったまま上を見上げている。
「ねえ、ルーク」
 後ろから声が掛かった。普段用の着物を着た小夜子が立っている。
「こんな所に呼び出して、何か用?」
 今言った通り、彼女は朝ルークに呼び出されてここに来ていた。
「ああ、用はある」
 ルークは振り返らずに小夜子に言った。その口調は心無しか緊張気味だった。
「実はな、その・・・・」
 ルークは何かを言おうとしていたが、背しか見る事のできない小夜子は何を言おうとしているのか分からなかった。
−−−ええい俺、言っちまえ!!
「実はなっ・・・・!!!」
 ルークは鼓動する心臓を押さえながら振り返った。そこには不思議そうな顔をして立っている小夜子がいた。
−−−う、いざとなるとやっぱり・・・・
 ルークはそんな小夜子の何気ない表情を見ていると言葉に詰まった。
「ねえ、何なの、さっきから。どうかしたの?」
 小夜子は少しいらいらしながら聞いた。性格的に、はっきりしない会話は嫌いだ。
−−−まずい、俺が妙な事をしているから・・・・
 ルークはそんな小夜子の気配を敏感に感じた。
「と、とりあえずこっちに来てくれよ」
 ルークは緊張しながら道の横の草の背丈が低い場所に進んでいった。小夜子も不思議そうな顔をしながらそれについていった。
−−−腹は決めたぞ、どうにでもなれ!!!
 ルークは歯を食いしばった。

「やっぱり、これだと落ちつくわ」
 その時サーラは小夜子の部屋で着替え終わった所だった。
−−−和服は綺麗だけど、動きづらくて駄目ね
 サーラはそんな事を考えながら脱いだ和服をたたみ、小夜子の着物箪笥(タンス)にそれをしまった。
「さて、と」
 それからサーラは部屋から出て、居間へ向かう。居間では空牙が煙管を吸っていた。
「先生」
 サーラは部屋の外から空牙を呼んだ。その声を受けて空牙はサーラを見た。
「お、それが外国の服かい! なかなか綺麗じゃねえか。別嬪さんが、より映えるぜ」
 空牙は好奇心に溢れた声を出した。
「ありがとうございます。あ、それで私は道場の方を見てきますね。みんないると思いますし・・・・」
 サーラは褒められて少し嬉しそうに言った。
「そうか、分かった」
 空牙がそう言ったのを聞いて、サーラは例の庭に下り、そこから道場へと向かう森の道を歩きだした。
−−−ん?
 その途中、ルークと小夜子が道からはずれた所にいるのが見えた。二人はこっちに気づいていないようである。
−−−何を話しているのかしら?
 のぞきは悪いと思いつつ、姿が見えないように木に身を隠しながら二人の会話を聞く事にした。

「小夜子、今から俺が言う事を黙って聞いていてくれ・・・・」
 ルークはやはり後ろを向きながら話し始めた。
「・・・・? うん」
 小夜子はルークの口調がさっきからいつもとは違う事に気づいていたので、不思議に思っていた。ルークは道から少し奥の森に入っている。小夜子はそれに比べれば道寄りだ。そして木を二三本隔てて、サーラが立っていた(勿論二人はサーラに気づいていない)。
「五日前、俺はお前と話をしたよな。あの時、お前は俺に励ましの言葉を送ってくれた」
「ええ・・・・」
「あの時、俺は凄く安らいだ気分になった。お前に、優しい言葉をかけられて」
「・・・・」
−−−あ、そんな事があったんだ
 サーラはその会話を聞いて初めてその事を知った。
「あの日以来、俺は・・・・」
 ルークは必死に何か気の効いた事を言おうとした。が、元より語彙が少ない彼にはそんな事は到底無理だった。
「俺は?」
 小夜子はルークに聞き返した。
−−−俺は、何かしら・・・・
 サーラは聞いていてなぜか不安な感情に突然襲われた。ある予感。ルークの次の言葉に対するある予感が心の中に急激に広がる。
−−−ええい、こうなりゃそのままだぁ!!!!
 ルークはそう思うとばっと小夜子の方を振り向き、叫んだ。
「俺は、俺は、お前が好きなんだ!!」
 一瞬、ルーク、小夜子、そしてサーラの三人の時間が止まった。
「え、今なんて・・・・?」
 小夜子はルークの言った事を全く理解できずに聞き返した。
「だから、お前が好きなんだよ、俺は!!」
 ルークは顔を真っ赤にし、再び声を大にして言った。興奮が持続しているようである。
「・・・・本当に?」
 それを聞いて、小夜子は静かに聞き返した。
「俺はこんな嘘はつけねえ」
「・・・・」
 小夜子はずっと黙っていた。
−−−ち、ちょっと、ちょっと、どういう事なの?!
 当の本人より取り乱していたのは、サーラだった。顔をルークや小夜子より真っ赤に染め、頭の中がどう考えてよいか分からず、ぐちゃぐちゃになっていた。
−−−私がいない二週間の間に、そんな話になっていたの?! そんな・・・・!!
「俺の話はここまでだ。こんな事言われたらお前は迷惑だろうが、俺はそれでも、自分の気持ちには逆らえねえ・・・・」
 ルークは興奮を少し落ちつけながら、言った。小夜子は相変わらずうつむいて黙ったままだ。
「えっと、その・・・・」
 ルークは小夜子が何も反応しないので、次第にバツが悪くなってきた。
「・・・・」
 それでも小夜子は黙ったままだ。ルークはどうしてよいか分からなくなった。
「う・・・・」
 少しの間の後、小夜子は何かを口にしたようだった。が、声が小さすぎてルークやサーラには聞こえなかった。
「え・・・・?」
「うれ・・・・しい・・・・」
 小夜子はかすれた声でそう言うと顔を上げた。ルークはその顔を見た。頬を真っ赤に染め、目に涙を溜めている。
「本当なんだね、信じていいんだね・・・・?」
 小夜子はそのかすれた声のままルークに聞いた。
「ああ本当だ、命でも何でも賭けてやる」
 ルークが同意すると、突如小夜子はルークの胸に顔を埋めた。
「・・・・!!!!」
 ルークは小夜子の超がつく大胆な行動に、戸惑いを大きく越えて混乱した。
「ルーク、ありがとう・・・・私、女として・・・・」
 小夜子は顔を埋めたまましゃべった。
「お、女として・・・・?」
「今初めて、本当に女として生きてきてよかったと思ったよ・・・・」
 小夜子はそのまま声を上げてるの胸の中で泣きだした。
「・・・・」
 そんな小夜子の姿に、ルークも胸が詰まった。なんと言っていいのか、分からなくなった。
「ルーク、ありがとう、ありがとう・・・・」
 小夜子は泣きながら必死に言葉をつなげた。
「ああ・・・・」
 ルークはそう一言言うと、右腕で小夜子の頭をギュッと抱き寄せた。その表情は安堵の間で一杯だった。
−−−そうなっちゃったんだ・・・・
 サーラは二人のそんな行動を見ていたが、途中でそれに背を向けて空を見上げた。
−−−良かったね、ルーク・・・・小夜子・・・・
 サーラは青い空を見ながら心の中で呟いた。が、すぐに自分の異変に気がついた。
−−−え、涙・・・・?
 サーラはそっと目に手を当てた。そこには涙があった。自分の心を写す涙が。
−−−やっぱり、私・・・・
 それに気づくと、後は堰を切ったように涙が溢れ出た。頬を伝い、どんどん涙が地に落ちてゆく。
−−−・・・・!!!!!
 サーラは両手で目を押さえ、その場にしゃがみ込んだ。強烈な悲しさがサーラを襲う。次に、様々な念がサーラを襲った。ルークに対する事、小夜子に対する事、そしてこんな場面に出くわしてしまった自分の不運・・・・
−−−ううっ、ううっ・・・・
 絶望を目の当たりにした今のサーラは、何もかもが暗かった。そんなサーラを知らずに、ルークと小夜子の二人はサーラと反対の感情に時間を止めて浸っていた。小夜子の涙とサーラの涙・・・・二人のそれはまさに光と闇であった。


 ルークが小夜子を呼び出す十分ほど前、伝次郎は道場の真ん中に座っていた。
−−−あの日から二週間か、時が経つのは早い物だ・・・・
 伝次郎はそう思うと溜め息をついた。
−−−ルークは結局活人の心に気づかぬまま、二週間を過ごしてしまった・・・・その間、何度となくその事を言おうと思ったか・・・・しかし、この問題が奴の胸の奥底にある以上、他人が言ってもまるで意味はないだろう・・・・
 伝次郎がそこまで考えた時、突然道場の裏手で、ばきばきっと木がなぎ倒される音がした。
「・・・・?」
 伝次郎は横に置いてあった刀を取り、立ち上がって道場の外へ出た。かなりの大音量だ。一体、何が起きたのか。
「これは・・・・!!!」
 道場の裏手に回った伝次郎は、絶句した。半径五、六メートルくらいの空間の木という木がなぎ倒されていたのだ。
「一体、誰が・・・・?」
「貴様が八坂伝次郎か・・・・」
 伝次郎が根源を探ろうと左右を見渡した時、その声は突如発せられた。
「!!!」
 伝次郎は自分の耳を疑った。その声は、空中より聞こえてきたからだ。伝次郎は驚きの表情を持ったまま上を見上げた。
「どうやら、そのようだな・・・・」
 伝次郎は今度は我が目を疑った。巨大な白色の鷹のような鳥が、羽を広げているのだ。回りに人が居ない以上、声の主もそれと疑う余地がなかった。
「き、貴様は、一体・・・・?!」
 伝次郎は驚愕の連続だった。道場の裏に回ると木が大量になぎ倒されていて、声をかけられたと思ったらそれが鳥という、通常考えうる事を大きく逸した事態を目の当たりにしたのだ、無理もない。
「我が名は・・・・ジパングの者ならば知っているはずだ」
 鳥は巨大な目を伝次郎に向けながら言った。
「ジパングの者なら・・・・?ま、まさか!!!!」
 伝次郎はそこで思い出した。
−−−そう、ジパングの東、上条山には人の言葉をしゃべる白き神・・・・神鳥がいると・・・・!!
「し、神鳥様ですか!!!」
「その通りだ」
 神鳥はそこまで言うとゆっくりと下りてきて、倒されている木の上に止まった。伝次郎はすぐに膝をつき、頭を下げた。
「神鳥様、何故私などの目の前に・・・・?」
 伝次郎は頭を少し上げて言った。
「聞きたいか」
 神鳥は嘴(くちばし)を伝次郎に向けたまま言った。
「はい」
「ならば言おう。貴様をこの世から葬るためだ」
 伝次郎はその言葉を聞いて頭を上げた。
「え・・・・?」
「分からぬか。わしはお前を殺しに来た」
 神鳥はもう一度繰り返した。
「殺す、だと・・・・?!」
 伝次郎の口調は既に変わっていた。
「その通りだ。後十分もしないうちに、貴様はあの世の住人だ」
 神鳥がそう言うと同時に、伝次郎は立ち上がり、叫んだ。
「貴様、神と崇められながら帝国に魂を売ったか!!」
 何故突然このような事になったか、伝次郎にはすぐに分かった。
「・・・・」
「帝国皇帝に指図され、ジパング征服には邪魔な存在であるわしを殺しに来たのだな! 貴様がそのような下等な心の持ち主であったとは、神の鳥が聞いて呆れるわ!!!」
 伝次郎は顔に怒りを露にし、声を大にして叫んだ。
「帝国皇帝だと・・・・?」
 神鳥は伝次郎の言葉を嘲るように言った。
「あんな小物のために、このわしが動くと思ったか。見くびられた物だな」
「小物、だと・・・・? では貴様、一体誰の命を受けて!!」
「わしに指図できるのは、後にも先にもあの方だけだ・・・・」
「あの方・・・・?」
「お喋りはここまでだ、貴様には死んでもらう!!!」
 神鳥はそこまで言うと羽を広げ、舞い上がった。
「たとえ神と言えども、降りかかる火の粉は払うまで!!!」
 伝次郎は神鳥の言葉を気に掛けながらも、戦闘に突入すると瞬時に判断し刀を抜いた。
「黙れ、人間!!!!」
 神鳥は上空で羽を広げた。するとそこから、無数とも言える羽が伝次郎を襲った。
「むう!!!」
 伝次郎は刀を寄せ、それを防ごうとした。が、数が半端ではないため、鋭利な羽が伝次郎の体に傷を付けていく。
「死ね!!!」
 神鳥はそれを見て更に羽を多く飛ばした。
「こしゃくな!!!!!」
 が、伝次郎も負けてはいない。その防御体制のまま、気を溜めた。
「月花刀!!!!」
 そして、上空の神鳥目掛けてそれを打った。
「なっ!!!」
 伝次郎の気は神鳥の羽をすべて貫き、神鳥本体へ目掛けて猛烈な威力で飛んでいった。慎重はそれを羽を使い、防いだ。
−−−今だ!!!
 伝次郎はそれを見るや否や、まだ倒れていない木に向かって走りだした。
「人間がぁ・・・・!?」
 神鳥は防いだ後、再び羽攻撃を打つべく地上を見た。が、そこには伝次郎の姿はなかった。
「一体、どこへ・・・・!?」
 神鳥がそう口にする前に、伝次郎は神鳥よりも高く飛んでいた。伝次郎は倒れていない木を使って大きく飛んだのだ。年を取ったとにもかかわらずこんな動きをするとは、驚異と言えよう。
「せいやああああ!!!!」
 伝次郎は落ちる威力を加え、刀を振り下ろす。その一撃は神鳥の右の羽を直撃した。
「ぐああああああ!!!」
 神鳥の羽から赤い血が吹き出した。伝次郎は両手を使い着地して、上を見上げる。そこには苦しみもがいている神鳥があった。
「空中とて、貴様が有利とは限らぬぞ!!!」
 伝次郎は神鳥に向かって叫んだ。
「さすがはあの御方がわしを指名するだけあるな、一筋縄では行かぬか!!!」
 神鳥はそう言って再びゆっくり降りてきた。
「ならば本気を出そう。本気を出して貴様を抹殺するのみ!!!!」
 神鳥はそう言って羽を広げた。
「ほざくな!!!」
 伝次郎は刀を構え、地上に降りた神鳥へと突進した。
「クエエエエエエエエ!!!!!」
 神鳥は突如、嘴を大きく開けて甲高い鳴き声を発した。
「うお!!!」
 伝次郎は思わずその声に足を止め、耳をふさいだ。
「食らえ!!!!!」
 神鳥はその隙に、先程の羽攻撃を再び打った。
「ぐあああ!!」
 無数の羽は伝次郎を直撃した。鋭利な羽に着られた着物はぼろぼろになり、所々から血が出た。
「ケエエエ!!!!」
 神鳥はそれを見て、更に攻撃の手を強めた。倍とも思えるような数の羽が伝次郎はもう一度襲った。
「ぐおおおおお!!!!」
 が、伝次郎もこのまま負けてはいない。気を全開にして、身を防いだ。
「月花刀!!!!」
 そしてその身を防いだ気を今度は正面へと打った。先程と同じように羽を蹴散らし、神鳥の本体を直撃した。
「ぐっ!!」
 神鳥もさすがにこの時は攻撃の手を止め、それを防御した。
「やるな!!! しかし、次で最後・・・・」
 神鳥はそれを防いでから伝次郎に向かって叫んだが、途中で異変に気がついた。伝次郎は目をつぶり、構えていた刀を下ろしているのだ。
「・・・・」
 伝次郎は黙ったいた。神影流最高奥技不動剣。伝次郎は、この一撃に賭ける覚悟を決めた。
−−−わしも歳だ、長期戦は出来ん。こうなったら・・・・一撃で決める!!!!
 伝次郎は息を落ちつけ、不動の心を保った。
「諦めたか、賢明な事だ!!!!」
 神鳥はそれを見て羽を大きく羽ばたき、突っ込んできた。
−−−今だ!!
「不動剣!!!!!」
 伝次郎は目を開け、大きく踏み込んで突っ込んでくる神鳥に向かって一撃を放った。
「!!!!!」
 神鳥はそれをなす術なく食らった。が、敵とて只者ではなかった。不動剣を食らうと同時に、嘴での強烈な一撃を伝次郎に放っていたのである。
「ぐああああああ!!!!」
 二人(?)が同時に後ろへ吹っ飛んだ。伝次郎は肩から、神鳥は左の羽に付け根から血を吹き出した。
−−−年は取りたくないものだ、ほんのわずかな動きの鈍りで相討ちになってしまうとは・・・・
「き、貴様、やるな・・・・!!!」
 神鳥は動きがままならなくなりながら肩を押さえながら立っている伝次郎に言った。
「が、貴様もこれで最後だ・・・・一両日中にはわしの勝ちが決まる・・・・!!!!」
 慎重はそう言うとうまく動かない羽を何とか使い、空へと飛んだ。
「貴様、待て!!勝負はまだついておらん!!!」
 伝次郎は歯を食いしばり、痛みに耐えながら上空に叫んだ。
「勝負はついた!!!わしの勝ちは動かん!!!!」
 神鳥はそう言うと、東の上条山に向かって飛んでいった。
「勝負はついた、だと・・・・?」
 伝次郎は茫然としながら上を見ていた。が、我に返るとすぐに強烈な痛みを改めて感じ、倒れ込んだ。肩口からの血が止まらず、着物を黒く染めていた。
「ぐ、くそ・・・・」
 伝次郎は刀を杖にして何とか立ち上がり、道場へ戻ろうとした。が、入口の所に差しかかった時、異変に気がついた。
「!!!!」
 伝次郎は突如胸を締められるような痛みに襲われた。それだけではない。強烈な頭痛もする。
−−−な、何だ・・・・?
 伝次郎は何とかそれを押さえようとした。が、痛みは増す一方だ。吐き気もある。視界が定まらず、足もふらついてきた。
「くっ・・・・!」
 伝次郎は道場に誰もいない事を一目見ると、急いで森の道を引き返し家へと向かった。それらの症状はもう一人ではどうしようもないくらいになってきた。伝次郎は必死に道を歩いた、いや体を動かしたといった方が正しかった。
「ぐっ!!」
 とうとう伝次郎は道に倒れ込んだ。それでも何とか体を引きずり、一歩でも家に近づこうとした。が、症状はもう伝次郎の強烈な精神をも倒し、伝次郎は手も足も動かなくなってしまった。
−−−だ、誰か・・・・!!!!
 伝次郎は声に出して叫ぼうとした。が、声ももう出なかった。そして、意識も同時に途切れていった。


 サーラは声を出さずに泣いていたが、ようやく少し落ちついてきた。
−−−ううっ・・・・
 サーラは両手を目からはなし、腕で両目を擦った。そして、この場から離れようとした。
−−−ルーク達に見られたら、何も言えないもんね・・・・
 そう思い、いったん家へ戻ろうと道に戻った時であった。
「きゃあああああ!!」
 サーラは自分でも信じられないほど大きな声で叫び、その場に倒れ込んだ。彼女の目には、倒れて動かなくなった伝次郎が移っていた。
「誰か、誰かぁ!!」
 サーラは伝次郎の側に寄りながら、半狂乱で叫んだ。
「どうしたぁ!!」
 その声を聞いて真先に森からルークが飛びだしてきた。
「ルーク!」
「サーラじゃねえか・・・・せ、先生!!」
 ルークもその伝次郎の姿を見て大声を上げ、走って近寄った。
「お、お父様ぁ!」
 小夜子も森から出てきてそれを見、叫び声を上げ、その場に座り込んだ。
「とにかく家に!」
 サーラはとっさにそう考え、ルークの助けを求めた。
「ああ!!」
 ルークは伝次郎の体をおぶると、家に向かって走りだした。
「お父様ーー!」
 小夜子はその場でただ泣き叫ぶことしかできなかった。




第六話に続く




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