

伝次郎の家から歩く事一時間、回りからは田圃も消えて、それに反比例するように人が多くなってきた。
「そろそろなのか?」
ルークはそれを見て小夜子に聞いた。
「うん」
小夜子は歩きながらルークの方を向き、返事をした。
「で、どうしようか」
小夜子はそのままルークに聞いた。
「どうしようって?」
「まずどこへ行くか、だよ」
「その前に、行く所っていくつあるの?」
サーラが聞いた。サーラも最初は初めての和服のせいか、歩き方がぎこちなかったが、今は大分慣れてきた。
「うーんと、三つかな」
「じゃあ、お前が決めてくれよ。俺らはわかんねえしな」
ルークはサーラの方を向いていった。サーラも小さくそれに相づちを打つ。
「わかった、えっと……」
小夜子は歩きながら少し考えた。
「じゃあ、まず領主様の屋敷に行こうか」
その後に言った言葉はこれだった。
「領主様って、師匠の親父……えっと誰だっけ」
「宗矩様でしょ。最初にあそこに行こう」
「で、次は?」
「領主様の所で色々話せばお昼頃になってると思う。そしたらどっかでお昼にしよう。その後に二手に分かれる」
「二手?」
「まず、サーラは空牙先生の所に行きましょう」
小夜子はサーラに同意を求めた。
「ええ」
「その時私が送って行くよ」
「うん、ありがとう」
サーラは微笑を浮かべながら言った。
「で、私とルークはお父様のお使いを果たそう」
「お使い……お前のその荷物の事か?」
ルークは小夜子の抱えている荷物を指差して言った。
「うん。これを藤堂様の家に届けなきゃなんないの」
「その藤堂って人の家に俺も行くのか?」
「そうね」
会話をしている内にも人は更に増えていく。
一行は街に着いた。ルークは回りの人や道沿いに軒を連ねている店を物珍しそうに見ている。回りの人々は当然丁髷に和服という、ジパング独特の恰好だ。それの中にはルークやサーラの事を少し珍しそうに見ていく者もあった。特にサーラは、髪の毛が黒でないので目立つ。
「そうだね。ここまで来ると領主様の屋敷ももうすぐだよ」
小夜子は人の多い十字路を右に曲がった、ルークとサーラもそれに続く。
「しかし、師匠の親父ってどんな人なんだろうなぁ」
ルークは上を見上げながら言った。雲が所々あるだけで、空は青く晴れている。
「宗矩様は、六十、いや七十位じゃないかな。でもすごく威厳のある人で、お屋敷の中でも重役なんだよ」
「師匠は四十位だったからな、それ位の歳で当たり前か」
そんな事を言っている内に、豪勢な門構えの屋敷が見えてきた。
「もしかしてあそこが領主様のお屋敷?」
サーラはそれを何となく感じ、小夜子に聞いた。
「うん、そうだよ」
さらに歩くと、その屋敷の正面に来た。正門がかなりの大きさで、初めてのルークやサーラを圧倒する。
「ほお……」
小夜子は二人をそこにとどまらせたまま門の前の侍に何かを話しかけた。少しばかりやり取りがあった後、小夜子は戻って来て言った。
「じゃあいくよ」
小夜子はそれだけ言って門の方へ歩いた。ルークとサーラもそれに続く。門の前の侍は正門の横の扉を開けた。三人はそれをくぐり、屋敷の中へ入った。
「すげぇ……」
ルークは再び驚嘆した。屋敷の中はかなり広く、建物と門の間の庭もかなり豪勢な作りだ。
「伝次郎さんの家の庭も凄かったけど、ここの庭はもっと凄いわね」
サーラも感心したように言った。
「赤川様はこういう事に余念のない人だから」
三人はその庭を横切り、建物の中へと入っていく。中には使いと思われる女性がいた。
「赤川様はどちらに?」
小夜子は丁重にその女性に尋ねる。
「領主様は奥の間にいます」
女性はそう言ってから三人の先頭に立ち、その奥の部屋へと導いた。
「こちらです」
女性が部屋の障子の前でそう言うと、小夜子は障子の前に座った。
「赤川様、八坂伝次郎の娘、小夜子でございます」
そして中に向かってそう言った。
「おお、小夜子殿か。入りなさい」
すると、中から少し年取った声が聞こえてきた。
「失礼します」
小夜子は座ったまま障子を開け、中に入った。中の部屋もかなり大きく、敷きつめられた畳の奥の一段高い場所に初老の男が座っていた。
「久し振りだな、小夜子殿」
初老の男は小夜子を見てそう言った。
「御機嫌うるわしゅう、赤川様」
小夜子はそう言って頭を下げた。ルークは、この男がジパング領主赤川か、とちらり、と相手を見る。
「まあ、ちこう寄りなさい」
赤川は小夜子を手招きした。その口調からは別段悪い印象を受けない。ルークはわずかにあった警戒の念を解いた。
「もう少し奥に行くよ」
小夜子は立ち上がり、後ろの二人を見て言った。
「ん、そちらは……?」
赤川はここで初めてルークの存在に気がついたようだ。
「この方々は、外国より参りました父の客です」
小夜子は赤川に近寄り、畳二枚分位離れた所に座って言った。
「ほう、外国とな」
赤川は少し物珍しそうに二人を見た。
「俺はルークです」
「サーラです」
二人は順番に自分の名を名乗った。
「この方々は、帝国を倒すための旅をしているんですよ」
「帝国を」
小夜子がそう言うと、赤川の目が少し細くなった。
「はい、日々帝国を倒すために各地を歩き回っています」
ルークは堂々と赤川に言った。
「そうか、それは凄い事じゃ、大変じゃろう」
赤川は感心したように言った。
「小夜子殿もいる事だし、お主達になら言ってもいいだろう。ここだけの話をすれば、この国ももはや帝国と無関係でない。この間も帝国の連中は、兵を寄越してここを保護下に置けと言ってきおった」
「え、それは本当ですか!」
今度は小夜子が驚いた。
「うむ、わしは無論断ったが、そうすると帝国の連中、言う事を聞かなければ国に災いが降り注ぐぞ、と不気味な捨てぜりふを吐いて帰っていきおった」
「帝国の野郎……!」
ルークはそれを聞くと、再び腹の底から怒りがこみ上げてきた。
「正直に言ってこの国にはもう強い侍もおらん。昔は十兵衛や伝次郎も若かったがの……」
赤川はかなり困っている事が、話の口調からも容易に分かった。
「十兵衛様と言えば、宗矩様は今日はお出でになりますか?」
小夜子は思い出したように聞いた。
「うむ、いるが、何か用か?」
「ええ、実は……」
言いかけた小夜子をルークは制した。ここから先は自分で言うというルークの自己表現だ。小夜子もそれを理解し、首を小さく縦に振った。
「その宗矩さんの息子、十兵衛さんに俺は剣を教わりました」
ルークはその言葉を又しても堂々と言った。
「な、なんと!!! 十兵衛と会っているのか?!」
赤川はその言葉を聞いて、大声を上げて驚いた。
「ええ、それは父も私も証明済です」
「そうなのか、こうしちゃおれん!」
赤川はすぐに使いの者を呼んだ。
「おい、すぐに宗矩を連れてくるんじゃ!」
使いの者は赤川が何故慌てているのか良く理解しないうちに部屋の外に消えた。
「おぬし、十兵衛の弟子となれば神影流の使い手か」
赤川は少し落ちついてからルークに聞いた。
「はい、その通りです」
「ううむ、十兵衛の弟子とは……世の中は狭い物よのぉ……」
「殿」
赤川がそう感慨深く言った時、障子の外からかなり歳がいっている声がした。
「おお宗矩か、入れ」
赤川がそう言うと、障子が相手一人の男が姿を現した。頭は白髪で背中が少し曲がっている。顔も皺がかなり目立つ。そして、目鼻だちがやはり十兵衛に似ている。
「何か、御用でしょうか?」
ルークはその言葉を聞いて、宗矩が見てくれはともかく、中身は只者でない事を瞬時に感じた。その言葉には強靱な生命力が感じられたのだ。
−−−やっぱり、師匠の親父だけあって只者じゃねえ……
「実はな、そこの外国の少年がだな」
赤川がそう言うと、宗矩はルークの方を向いた。
「外国の方が、わしなどに何か用ですかな」
宗矩はゆっくりとルークに尋ねた。
「ええ、俺はあなたの息子……十兵衛様の弟子のルークと申します」
ルークはそう言ってゆっくりと頭を下げた。
「な!」
宗矩はその言葉に先程の赤川同様、いやそれ以上の驚きの表情を見せた。
「そ、その話本当なのか?!」
「はい、そうです。父も間違いないといっていますので、彼の言う事は本当だと思います」
小夜子が横から宗矩に言った。
「そうか……」
宗矩は複雑な表情をした。
「あいつは、十兵衛は元気でしたかな?」
そしてしばらくして出てきた言葉は父親としてもっとも気になる事だった。
「ええ、俺が剣を教わった時はとても」
「剣を……お主、神影流だな」
「はい」
「うむ……」
宗矩はいろいろ考える事があるようだ。
「宗矩、彼らは帝国を倒すために旅をしているそうじゃ」
赤川はそんな宗矩に言った。
「帝国を? だとしたら、相当なる使い手なのでしょう」
宗矩は改めてルークを見た。
「まだまだ、修行が足りません。師匠にはとてもとても……」
ルークは謙遜して言った。
「ええ、そうです。彼は父と試合をしてほぼ引き分けたんです」
その横から、小夜子が宗矩に言った。
「お、おいおい……」
ルークはその言葉が少し誇張しているように聞こえた。
「伝次郎殿と。お主、素晴らしい才の持ち主ですな。十兵衛も運がいい」
伝次郎は感慨深そうに言った。
「いえ、そんな……ここまで来れたのも、師匠のお蔭です」
かなり褒められたので、ルークは本格的に顔を赤くして照れた。
「いや、あいつなどは大した玉ではない。お主の才があってこそだ」
宗矩は見たびルークを褒めた。
「へへ……」
ルークはもう言葉もうまく言えないほど照れた。
「殿」
宗矩はそこまで言って赤川の方を向いた。
「ルーク殿ともうしばらくお話したいのは山々ですが、実は某は用がある故にもう行かねばなりません」
「そうか、忙しい所すまなんだな」
「いえ、某も十兵衛が無事にやっているようで一安心しました」
「ならばよかった」
赤川のその言葉を聞いて、宗矩は改めてルークを向いた。
「今の通り、わしはもう行かねばならぬ。すまぬな」
「いえ、俺も貴重な時間を持てて光栄です」
「そうか、それならばよかった。今度十兵衛に会うような事があったら、わしの事も言っておいてくれ」
「ええ」
宗矩はその言葉を聞くと安堵の表情を見せ、立ち上がった。そして障子の前で一礼してからその外へと消えていった。
「さて、じゃあ外国の事でもお聞きしようかの」
赤川はそれを見てから言った。
「ええ、俺に分かる事なら何でも」
ルークはそれに笑顔で答え、話し始めた。十兵衛の事、ナーサルの事、大陸に来た事、サーラとポールに会った事、大陸西側での激しい戦い……ルークはそれらの事をサーラに同意を求めながら熱っぽく語った。ルークが一生懸命に話すのが嬉しいのか、赤川は目を細めて口もとに微笑を浮かばせながら聞いていた。
「とまあ、そんな所です」
ルークは一通り話し終わってから、少し深く息をついた。
「なかなか興味深い話であった。わしもよい勉強になりましたぞ」
赤川は満足そうな顔でルークを賞賛した。
「こんな話でも、喜んでもらえれば嬉しいです」
「うむ」
赤川は一息ついてから続けた。
「楽しい話も聞いた事だし、そろそろお開きにするか。小夜子殿はまだ用事があるようだしな」
そういった赤川の視線の先には小夜子の伝次郎より預かった荷物があった。
「はい」
「短くて何もお持てなしできず、すまぬの」
「いえ、とんでもございません」
小夜子は短く返事した。
「ではルーク殿にサーラさん、これからも頑張ってくだされ。わしも心から応援しますぞ」
赤川はそう言ってルーク達を見た。
「有り難いお言葉です」
ルークは赤川に頭を下げた。サーラもそれと同じようにした。
「じゃあ、失礼致しました」
小夜子は立ち上がり、もう一度赤川に礼をした。ルークとサーラもそれと同じようにする。
「うむ、またこの街に来るような事があれば、わしを尋ねてくれ」
赤川は少し名残惜しそうに言った。
「ええ、必ず」
ルークはそれに爽やかな笑顔で答えた。
その後、三人は「めし」と大きく書かれた看板がある飯屋に入った。
「うめえ、うめえ」
大衆向けなのか、店の中には町民とおぼしき人々のがやがやとざわめき声が聞こえてくる中で、ルークは一人がつがつと猛烈な勢いで飯を食っていた。ルークのその勢いに、回りの人が物珍しそうに見てくる。
「そんなに食べるものじゃないわよ」
サーラはその視線を感じると気恥ずかしくなってルークを止めようとした。
「ああ?」
ルークはそんな事は全くお構い無しだ。
「こんなうめえ飯はなかなかねえぞ、お前もどんどん食え」
「あなたねえ、小夜子の御馳走なのよ」
サーラは小夜子の方を気にしながらルークにささやいた。
「いいよいいよ、それくらい」
小夜子はそんなサーラを笑いながら答えた。
「お父様からは結構貰ったし、他に使い道もないからね」
「そうか、じゃあもう一杯だ!」
ルークは大声で店の人に声をかけた。これには店の人間もかなり驚いた表情を見せた。
「ルーク!」
サーラはそんなルークに真っ赤な顔で大声を上げる。
「あっはっは!!」
小夜子はそんな二人を見ているとつい笑い声が口から出てきた。
「んだよ、何かおかしいか?」
ルークは飯を喰いながら小夜子をにらみ付けた。
「だってぇ」
小夜子は笑いながら答えている。
「はぁー……」
騒いでいる二人を横目に、サーラが溜め息をついた。
「で、小夜子よぉ」
ルークは運ばれてきた飯の茶碗を受け取りながら言った。
「何?」
「さっき俺とお前はサーラを送りがてら先生のお使いに行くっていったよな」
「そうだけど?」
「俺ゃいいや」
ルークはこれもまたがつがつと飯を口の中に放り込みながらあっさりと言った。
「え、いいって?」
小夜子はルークの言葉に真意を掴みかねた。
「だから、俺はお前と一緒にいかねえ」
「いかねえって……じゃあどうすんの?」
「街を歩き回ってみらぁ。面白そうだ」
「でも、あんたここは初めてでしょ?迷っちゃうよ」
「へーきへーき、気にすんな」
「平気って……」
小夜子が言いかけた時、サーラがそれを制した。
「大丈夫よ、この人は」
サーラの顔には余裕の笑みすらある。
「そう? ならいいんだけど」
小夜子はサーラの言葉と顔で納得したようだ。
「じゃあ決まりだな」
ルークはそう言うと茶碗を乱暴に机に置いた。
「そうなりゃ早くいこうぜ!」
ルークは既に立ち上がっている。
「気が早いわねえ」
サーラは呆れ顔でいった。
「ま、いいじゃねえか」
そんなルークを見てから、サーラと小夜子も立ち上がった。そしてルークとサーラは勘定をしている小夜子を置いて先に店の外に出た。人通りが多いのは相変わらずだ。
「魔法の研究してる奴の所に行くんだろ?」
ルークは店を出るや否や、不意にサーラに聞いた。
「え、ええ」
サーラは一瞬とまどったが、すぐに答えた。
「俺はよくわかんねえけど……頑張ってくれ」
ルークはサーラに真顔でそう言った。
「任せておいて。きっとあなたの足を引っ張らないぐらい勉強してくるわ」
サーラはルークに自信ありげに答えた。
「あなたも不動剣……だったっけ、それのため修行するんでしょう?」
「ああ、そうだ」
「あなたこそ頑張ってね」
サーラは爽やかな笑顔でルークに声援を送った。
「わかってらぁ」
ルークは鼻の下を軽く擦りつつ、笑みを浮かべながら言った。
「ふふふ」
サーラはそれを見ていると何となく気分が朗らかになった。
「お待たせ」
そこまで言った時、小夜子が店から出てきた。
「じゃあ行こうか」
小夜子はサーラを見ながら言った。
「ええ」
「もう行くのか」
ルークはサーラに聞いた。
「そうよ、早い方がいいでしょう?」
「そうか、じゃあ」
ルークはそう言うと自分の右手をすっとサーラの前に出した。
「さっきも言ったけど、頑張れよ」
「ええ」
サーラも右手を出し、それを掴んで握手した。
「あなたもね」
「ああ」
ルークとサーラはお互いに目を見ながら言った。
−−−何か強い絆で繋がっている二人……いや三人か、これが仲間なのかな
小夜子はそんな事を思うとふと心温まる思いがした。
「じゃあ小夜子、行きましょう」
サーラは小夜子の方を向き直った。
「わかった」
小夜子は軽く相づちを打つ。
「じゃあね、ルーク。気をつけてね」
サーラはルークに軽く手を振った。
「おう、十日後にな」
ルークもそれに手を振って答えた。
「じゃあルーク、一刻(約二時間)位でここに来てよ」
小夜子はルークに念を押した。
「はいよ」
ルークはそれを軽く受け止めた。小夜子はそれを見て一抹の不安を感じはしたが、気にせずに振り返り、歩きだした。
「それじゃあ行こうか」
「ええ」
サーラも振り返り、それについていった。
「……」
−−−頑張れよ、サーラ! 俺もやるからな!
ルークは人込みの中に消えていくサーラの背をじっと見つめていた。
「ねえ、その空牙先生ってどんな人なの?」
サーラは魔法(この国では法術というようだ)研究家の前島空牙の家に向かっている途中で歩きながら小夜子に聞いた。
「そうねえ……」
小夜子は少し考えた。
「はっきり言って、変な人かな」
「は? 変な人って……」
サーラはその小夜子の言葉に耳を疑った。
「四六時中家に閉じこもってたり、時々訳のわかない事を叫んだり、家の中から変な煙が出たり……」
「……」
サーラは小夜子の言葉を聞いて、奇妙な想像を急速な速さで広げ、ぞっとして言葉を失っていた。
「ははは、大丈夫だよ」
小夜子はそんなサーラを笑った。
「ほら、あるでしょ? 天才と何とかは紙一重ってね」
「でもなぁ……」
サーラは少しここに来た事を後悔していた。
「基本的にはいい人だし、何より頭がいい。まあ、会ってみれば分かるよ」
「そう……?」
小夜子のフォローはありがたかったが、それでもサーラはまだ不安だった。
「ほら、ここだよ」
そんな事を話している内に小夜子は足を止めた。
「ここ?」
サーラはその家を見上げた。回りと余り変わらない、木で出来た平屋のジパング様式のものだ。ただ、その家の見てくれはかなり古びた、いや崩れた感じすらある。
「ごめんください」
小夜子は扉を叩き、返事を求めた。
「金ならねえぞ」
すると中から、野太いぶっきらぼうな返事が帰ってきた。サーラはそれを聞いて、更に不安になった。
「借金取りじゃないですよ。八坂小夜子です」
「八坂……おお、八坂さんか」
小夜子がそういうと、その扉が開き、男がふらりと出てきた。髪は長くぼさぼさでそれを後ろで無造作に束ねてあり、顔はやつれている。着物はよれよれで、正直みっともない。
「お久し振りです」
小夜子はその男に頭を軽く下げて挨拶した。この男が前島空牙である事はサーラには容易に理解できた。
「何年ぶりだったかな……まあ上がってくれ」
空牙はふらふらと小夜子を中へ案内した。サーラは中をさりげなく見た。
−−−う……!
サーラはその惨状に思わず目をつむった。暗い中は屑だらけでおよそ人が住む場所とは思えなかった。
「お邪魔します」
小夜子は中へ入っていった。サーラもいつまでも外で立っている訳にはいかない。少し勇気を出して中へ入っていった。
「汚え所だけど、勘弁してくれ」
空牙は入口近くの一角の屑を手で払った。そこに座ってくれという事だろう。
「ん……?」
それが終わって空牙が顔を上げた時、初めてサーラと目が合った。
「あ……」
サーラはいきなりの事にびっくりして、何を言おうかと戸惑った。
「小夜子さん、後ろの方は? どうやら外国の人みてえだけど……」
空牙は小夜子に説明を求めた。
「彼女はサーラ。外国の人よ」
小夜子は空牙とサーラを見ながら言った。
「ふーん……まあ外国の人も座ってくれや」
小夜子とサーラは空牙の作った場所に座った。空牙はその場所よりも少し奥に無造作に座った。
−−−あれは……
サーラは再び回りを見た。すると中からは見えなかった無造作に積まれた本の山が視界に入ってくる。一見する限りでも、紙を紐で綴じたジパングの本だけでなく、外国(つまりサーラたちが来た国)の本も多数見つかる。サーラはそれを見ると、この家がただ汚いだけという印象が薄れてきた。
「で、今日は何の用で?」
空牙は小夜子を見て聞いた。
「ええ、実はこの外国の人が先生に用なんです」
小夜子はサーラをちらりと見ながら言った。
「外国の人が、俺なんぞに何の用ですかな」
それを聞いた空牙はサーラを見た。
「え、えっと、あの……」
サーラはいきなりの事に口が回らなくなった。
「ほら、しっかり言いなよ」
小夜子はそんなサーラを声で押した。
「せ、先生は魔法を研究してらっしゃるとお聞きしましたが?」
サーラは少し落ち着きを取り戻し、空牙に聞いた。
「魔法? ああ、法術の事か。確かに俺は法術を研究している。一応医者が本業ってことになってるが、俺としては法術研究の方が面白いね。最も、法術研究じゃ一銭も儲からねぇから医者もやらなきゃならねぇんだけどよ」
空牙は苦笑しながらそう言った。その顔が、またサーラを安心させる。
「私、先生の所で少しお勉強がしたくて」
サーラのこの言葉は真実であった。サーラは日夜自らの鍛練に励むルークやポールを見ていると自分ももっと頑張らなきゃ、と思う事がよくある。その頑張る、と言う事はサーラにとってはやはり魔法を勉強し、もっと強い魔法が使えるようになる事他ならなかった。
が、旅している時は常に動いている訳であって、たとえば魔法の本を読むとか人に話を聞くとかは全く出来なかった。であるから、サーラが魔法を勉強したいと言ったのは本心からである。
「法術をねぇ……普通の人には面白くないよ、はっきり言って」
空牙はぶっきらぼうに言った。
「そんな、だめなんですか?」
「駄目とは言わねえが……第一、あんたなんで法術なんか? いやそれより、なんで法術の事を知っている?」
魔法の事を知っている人間にとってはそれは一種の関心事であった。
「私、魔法が使えるんです」
「なにぃ?!」
サーラの言葉に、空牙は驚いて大声を上げた。
「法術が使える?!そりゃどういうこった!」
「どういう事って……そのままですよ」
サーラはどう答えていいか分からないので、曖昧な返事の仕方になってしまった。
「そりゃほんとなのかい?」
「ええ」
「信じ難いな……」
空牙は頭を振って考えていた。
「口だけじゃしょうがありませんね」
サーラは空牙が信じてくれぬと見て、実際に見せる事にした。着物の左腕の襟を下ろし、肘までが見えるようにして、その左手の平を上に向ける。
「これでもまだ信じて頂けないでしょうか」
そして、そこからブリザド、レベル1を、それもかなり力を抑えて、打ちだした。小さな氷の固まりがかちんと言う音とともに出現した。
「!!」
「!!!!!」
小夜子と空牙はそれを目を丸くして見た。小夜子は魔法の事を昨日の夜に詳しく聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだったので目の前で起きたそれに驚いた。が、その小夜子よりももっと激しい驚嘆を示したのは空牙だった。
「おおおおおおおおおお!!!!!!」
空牙はいきなり大きな声で叫びだした。サーラと小夜子はその声にびくっとして、思わず後ずさった。
「とうとう、この目で法術を見る日が来たとは!!!!!」
空牙は絶叫した。
「あ、あの、これで信じてもらえましたか……?」
サーラはそんな空牙に恐る恐る聞いた。
「君!!!」
空牙はすさまじい速さでサーラの手を掴んだ。
「ひっ!」
サーラはいきなりの事に驚いた。
「素晴らしい、素晴らしすぎる!!! 疑った俺が馬鹿だった!!!!」
空牙は極度の興奮状態にあった。その目はさっきまでのぼうっとしたそれとは大分違い、子供が新たなる興味にぶつかったような新鮮な目をしていた。
「ええ……」
サーラはそんな空牙に圧倒されるばかりであった。
「おお神よ!! 俺にこの機会を与えて下さり感謝します!!!!」
空牙はサーラの手を話したかと思うと今度は天に向かって手を合わせ、拝み始めた。
「ね、変な人でしょ……?」
小夜子は小さな声でサーラに声をかけた。
「うん……」
小夜子はその言葉の真意を身に染みて理解した。空牙はしばらく天に向かって拝んでいたが、その後サーラの方を向き直した。
「いや、良くぞ来てくれた!! あんたのような人を俺はずっと待っていたんだ!!!」
「は、はあ……」
「これで俺の研究も無にはならねえ!!」
サーラはその研究という言葉で、はっとここにいる意義を思い出した。
「じゃあ、お勉強させてもらえますね?」
「もちろんだとも!! いや、ぜひ俺の話を聞いて言ってくれ!!!」
「よかった!」
そこで初めてサーラの顔から笑みが漏れた。
「そうだな、十日どうだ?」
「十日……?」」
「ああ、俺の話を全部するにゃそれくらいかかっちまう。少しばかり長えが、あんたにそれぐらい暇があるかって事だ」
「十日ですか」
サーラはそこでふとルークの事を思い出した。ルークは不動剣の修行を十日行う。それに合わせてポールも天翔連撃の修行を十日行う。
−−−十日、ちょうどいいじゃない
「はい、結構です」
「そうか!!!! じゃあまずあの事を話すとするか!!」
空牙はそう言うと屑だらけの部屋を走り回り、本を捜し出した。
「小夜子」
サーラはその間に小夜子の方を向いた。
「よかったじゃない、お勉強できて」
小夜子も無事に事が進んで嬉しそうだ。
「ええ」
「うらやましいな、頭のいい人は」
「そんな事無いわよ。それよりも……」
「それよりも?」
「十日、先生に話を聞かせてもらうけど、その間はこの家に寝泊まりするわ。だから……」
「ルークに伝えておいて、でしょ」
「うん」
「わかったよ、ちゃんと伝えておくね」
「ありがとう」
サーラはほっとした顔をした。
「あったぞ!! じゃあ始めるか!!!」
空牙は興奮を維持したまま本を抱えてきた。
「じゃあ、私はこれで失礼させてもらいますね」
小夜子はそれを見て立ち上がった。
「あ、もう行くの?」
サーラは座ったまま聞いた。
「ええ、私もお父様の用事を済ませなきゃなんいないからね」
「そうか、八坂さんにもよろしく言っておいてくれ!」
空牙はその本を床におき、自分も座った。
「ええ。じゃあサーラ、頑張ってね」
小夜子は玄関で笑顔でサーラに言った。
「ええ。ルークにも頑張ってって言っておいてね」
サーラも爽やかな顔でサーラに言った。
「じゃあ」
小夜子はそれを聞いて外へ消えていった。
「あの、先生」
サーラは小夜子が消えていったのを見てから部屋を見渡しつつ空牙に話しかけた。
「なんだ?」
「お話を早く聞きたいのは山々ですが……まずお部屋を掃除しませんか?」
さて、サーラがそんな事をしている時にルークはジパングの街をうろうろしていた。
「うめえうめえ」
その右手には小夜子からわずかに貰った金で買った団子があった。
「うまい物がたくさんあって、ジパングっちゃいい国だな」
ルークはそれを食べながら小さな店が立ち並ぶ道をゆっくり歩いていた。人込みは相変わらずだ。
「ん……?」
ルークは団子の最後を食べ終わり、前を改めて見た。すると、前の店の看板に刀の絵が書いてあった。
−−−刀屋……? 面白そうだ
ルークは団子の串を捨てるとその店に近づいて行った。その店の前には「鍛冶 葵」というのれんが掛かっていた。
−−−鍛冶ってなんだ……?
ルークはそんな疑問を胸にしつつ、そののれんを潜って扉を開けた。
「らっしゃい」
その店は外から見ての通り余り広くなかった。少しはげが進んだ、目つきがいいとは言えない親父が作業着のような和服を着てキセルを吸いながら店の真ん中に座っている。その前には台のような物があった。また、店の壁には所狭しと鋭い光を放つ刀が飾られていた。
「刀屋、だよな」
ルークは店を見渡しながら言った。
「刀屋じゃねえ、鍛冶屋だ……お前、外国人か?」
男はルークを見るなりいきなり聞いた。
「やっぱり分かるか」
サーラと違ってルークは黒目に黒髪だ。だから和服を着ればすぐに外国人とは分からない。それをこの親父は一発で見抜いたのだ。
「馬鹿言うな、こっちゃ鍛冶屋だぞ。てめえの国の刀とよその国のもの見分けつかなくてどうする」
「あ、これか……」
ルークはそういわれてから自分の剣を見た。
「もっとも、よその国じゃ刀は剣って言うんだったよな……ん?」
親父は得意気に言った後、もう一度ルークの腰に視線を当てた。
「おい、それ……」
「え?」
親父はルークの腰にあるもう一方の物……木刀を指差した。
「木刀じゃねえか、ジパングのか?」
「ああ、これは俺の師匠から貰った奴だ」
ルークは剣と木刀を着物の帯から抜いた。
「ちょっと見せてくれ」
親父は手を差し出した。
「何するんだ?」
ルークはその手に木刀を乗せながら言った。
「いや、なかなか年季の入った良さそうな物だったものでよ、そういう物みてっとちょっと見たくなるのが、武器扱う奴の人情……!!!!!」
親父の木刀を見たかった理由は全然深くなかった。が、これも運命のいたずらだろう。
「そりゃそうだ、俺の師匠はジパングの剣豪……」
ルークはその言葉に少し得意気に言おうとした時であった。
「お前の師匠って、八坂伝次郎か?!」
親父は目を丸くしてルークに叫んだ。
「え、違うけど……?」
ルークは親父のいきなりの言葉にびっくりした。言葉を掛けられた事ももちろん、驚いたのは中身もだった。
−−−何でこの親父、伝次郎さんの事を……?
ルークはその事が不思議だった。が、親父の次の言葉はもっとルークの事を驚かすのに十分だった。
「じ、じゃあまさか……柳生十兵衛か!!!」
親父は信じられなさそうな顔で聞いた。
「え、何で師匠の事を知ってんだよ……?」
ルークはずばり当てられ、戸惑った。
「ほ、本当か! こりゃすげえ!」
親父はかなり興奮して立ち上がって叫んだ。
「で、何で師匠の事を……」
「知ってるも何も、おりゃあいつらのダチだ」
「なんだってぇ? ちょっと、最初から詳しく話してくれ」
ルークは親父の話で頭がこんがらがってきて、理解しようにもできなかった。
「分かった。まあ座ってくれ。おいお前、お茶!」
親父は少し興奮気味になりながらルークに小さな作業用と思われる椅子を差し出した。
親父の妻とおぼしき女性が奥から茶を持ってきて、ルークの前に差し出す。ルークは軽く礼を言ってそれを受け取った。
「で、もう一度聞くけど何で親父さんは師匠の事を知ってるんだ?」
「さっきも言っただろう、あいつらは俺のダチだ」
親父は側にあった茶を啜った。
「まだ名前を言ってなかったな、俺は川井弦次郎。見ての通りしがねえ鍛冶屋だ」
「俺の名前はルーク。訳あって諸国を旅している」
「ルークか。じゃあ俺と十兵衛の事を話すがな、あれは随分前の話になる。俺が十二、三の頃か。俺とお前の師匠十兵衛、そして八坂伝次郎の三人は一緒に剣を習っていたんだ」
「え、そりゃ本当か?」
「信じてくれねえなら証拠を見せてやろう」
親父は立ち上がり、店の奥でごそごそと何かを探していた。そしてしばらくして右手の木刀を持ってやってきた。
「!!!」
その木刀はルークを驚かすのに十分だった。それはルークの持っている十兵衛より授かったものと酷似していたからだ。
「これがその証拠だ」
親父はルークに木刀を手渡した。
「俺のものとそっくりじゃねえか」
ルークはそれを目の近くでよく見た。見れば見るほど良く似ている。
「これはその時に師である石舟斎様から三人が授かった物だ。ほら見てみろ、ここに石舟斎様の銘と、俺たちの名前が彫り込んである」
「言われてみれば……あっ」
ルークはその言葉を聞いて、伝次郎がルークの木刀を見て十兵衛の弟子であると認めた時の事を思い出した。
−−−だから先生は俺が師匠の弟子だって分かったのか……
「そうか、十兵衛め、外国で剣を教えていたとはな……」
親父も昔の事を思い出したのか、感慨深そうだ。
「伝次郎先生もこの木刀を持っているのか?」
ルークはその木刀を返しながら言った。
「何だお前、伝次郎とも知り合いか」
「今は先生の家にお世話になっている」
「そりゃ奇遇だ。伝次郎も十兵衛も元気か?」
「ああ、師匠はしばらく会ってないけどね」
「なら良かった」
弦次郎は旧友の無事を知り、少しほっとした表情を見せた。
「十兵衛の弟子なら、さぞかし剣の腕も立つ事だろう」
「そんな事はない。この間も先生に負けちまって……」
「当たり前だ、伝次郎に勝ったなら、そりゃ十兵衛に勝つ事につながる。師匠を越すにはお前はまだ若すぎるな」
「やっぱり、二人は同じ位強いのか?」
ルークは前々から疑問に思っていた事を聞いてみた。
「そりゃそうだ。石舟斎様の弟子は数多くいたが、あの二人は突出していた。二人は天才だよ」
「そうだったのか」
「俺みてえな凡人なんか、足元にも及ばなかったよ……」
親父はそういうと、少し寂しそうな顔をした。
「親父さん……?」
ルークは親父の顔の変化に疑問を持った。
「俺とあいつらは同じ頃剣を始めた。最初はみな同じ、いや俺が強い時さえあった。だけど、時間が経つに連れて奴らの才能は、俺なんかを大きく凌駕した」
「……」
「そして十兵衛はとある事件があってこの国から出ていき、奴が着くはずだった職……領主剣術指南役だな、には伝次郎がついた。俺はそのころようやく自分が剣じゃ才能がねえから食っていけないと感じ、やめた。元々武家って訳じゃねえからな、やつらと違って。だが、俺はやつらと何も接点がなくなるのは嫌だった。才がなくても、剣に係わっていきたい……そう思い、鍛冶の道に入ったのさ」
「そうだったのか……」
「あいつは偉くなっちまったが、俺は今でもこの通りへぼ鍛冶屋さ。昔は同じだったのに……情けねえなぁ」
弦次郎はそういうと溜め息をついた。顔には寂しそうな、いや寂しさが現れていた。それは取り残されたという劣等感故か。
「そんな事はねぇよ」
「え……」
「親父さん、俺ら剣士はどうやって生きていくと思う?」
「どうやってって……?」
「簡単さ、剣を使うんだ」
ルークは弦次郎にさらりと言ってのけた。
「剣士は剣がなきゃ生きてけねえ……つまり、親父さんみたいな武器屋がいなきゃ俺らは何もできねえ……例え、師匠や先生みたいな強者でもな」
「……」
弦次郎は黙って下を向いていた。
「だから、そんな事言うなよ。俺もそうだし……きっと先生だって親父さんの事情け無いなんて思ってねえよ」
「小僧……ありがとうよ……」
弦次郎は頭を下げたままそう小さな声で言った。
「……?」
「おりゃあ今まで、今日ほど鍛冶をやってて良かったと思ったこたあねえよ……」
弦次郎は顔を上げた。その目には涙があったのだ。
「お、親父さん、泣くなよ……」
ルークは予想外の事態に少し慌てた。
「わりいな、涙もろくてよ……」
弦次郎は横にあった汚い布で自分の目頭を押さえた。
「それにしてもよ、お前……」
「何か?」
「師匠の友人なんだ、敬語を使いやがれ」
弦次郎は顔に笑いを浮かべながら言った。
「口が悪いのは親父譲りだ、勘弁してくれ」
ルークは申し訳なさそうに言った。
「ははは、しょうがねえなあ」
「そうなのか、お前、大変だったんだなあ……」
弦次郎はルークの剣を研ぎながらしんみりと言った。弦次郎はあの後、喜びのお礼としてルークの剣を研ぐ事にしたのだ。ルークは弦次郎の好意に甘える事にした。
「でも、何とかここまで来れたのは師匠のお蔭だな。いつも苦しい時、そう思うんだ」
ルークはその間自分の経歴を話した。帝国に自分の村をやられた事、サーラ、ポールに出会った事、各地で帝国の勢力を潰してきた事、そして十兵衛や平八郎の事……。
「でもなんだ、本当にあいつはいい男を弟子にしたもんだなぁ」
弦次郎は話しながらでも仕事の腕は休めない。
「よしてくれよ親父さん……褒めても何も出ねぇぜ」
ルークは照れながら言った。歳の離れた二人は十兵衛や伝次郎という接点やさっきの会話を持って、かなり親しくなっていた。
「いやいや、自分の意地を突っ張れる奴ぁ強い奴だ。生半可じゃできねえ」
「そうか……?」
「ああ、そうだとも。よし」
伝次郎は仕事を終わらせたようだ。
「できたのか?」
「ああ、こりゃかなりいい刀……おっと剣だな。輝きがそこいらの物とは違う」
弦次郎は研いだ剣をかざしてみた。
「それは砂漠の町でもらった物なんだ。そこの親父さんは親切な人だったな」
ルークは少し思い出しながら言った。
「ふーん、そうか……」
弦次郎はそれを聞いて少し何かを考えていたが、口にはしなかった。
「まあ、俺がここまで来れたのもその剣のおかげだよ」
「謙遜するな。腕は剣を何倍もの力にするが、剣は腕を伸ばさねえ。俺は鍛冶をやっていていつもそう思うぞ」
「そうかな……?」
「そうだとも、ほれ」
弦次郎は剣をルークに渡した。
「ありがとう、おっさん」
言葉こそ汚いが、ルークのその台詞には彼流の感謝が一杯であった。ルークはそういってから剣を鞘に収めた。
「おっと、そろそろ行かなきゃなんねえ」
ルークは小夜子と一刻ほどで戻れと言われたのを思い出した。
「何だ、もう行くのか」
親父は少し名残惜しそうだった。
「ああ、でも絶対にまた来るよ、ここに」
ルークは店の扉を開けながら言った。外は相変わらずの人込みだ。
「じゃあ、伝次郎によろしく言っておいてくれ」
親父は店の中からルークに声を掛けた。
「わかったよ。剣、本当にありがとう」
「気にすんなって、あれぐれえ何でもねえや」
親父は少し得意そうに言った。
「じゃあ、さようなら」
ルークは頭を下げてから、振り返ってさっきの飯屋の方へ向かった。
「じゃあな、頑張れよ!」
親父は人込みを縫ってルークの背に声を掛けた。ルークはそれを聞いて、嬉しそうに小さく手を振った。
「偶然ってのは、面白えや」
ルークは空を眺めながら、心から一言嬉しそうに呟いた。
ルークは飯屋に向かって歩いていたが、途中でふとある重大な事に気がついた。
「しまった、迷った……」
ジパングの町は領主の家を中心として回りに店、家が連なっている。その大半は小さな建物が中心だ。その一つ一つは特に目印がある訳ではない。ルークはその落とし穴に引っ掛かったのだ。
「ちくしょう、たしかこの家の三本後の道を右に来たような気がするんだが……」
ルークはきょろきょろと右左を見回した。それらしいものは見当たらない。あるのは同じ様な家と店だけだった。ルークは時間が経つに連れ、焦りが出てきた。
−−−くそ……!
ルークは多少やけになりながらもう一度同じ道をたどる事にした。その時、どんと肩が何者かに当たった。
「いってえな、誰でぇ!!」
その人相の悪い男はルークに向かって大声で叫んだ。が、いらついていたルークはそんなものを無視して歩いていった。
「おい、てめえ!」
男は押しの聞いた声でルークの肩を掴み、引いた。
「ああ、なんだよ」
ルークは不機嫌そうに言った。道に迷った事でいらついていた上に、そんな事をされたのだから当然だろう。
「何だよじゃねえやろうが、小僧、ぶつかっといてその言いぐさは何や。あぁ?」
男はルークを睨みつけながら言った。
「ぶつかった? ああ、済まなかったな」
ルークは一言だけ言うと、再び歩きだした。
「てめえ!!」
男は怒りだして再びルークの肩を掴んだ。
「何だよ、まだなんか用か?」
ルークもいらつきが大分溜まってきた。
「何だおめえ、その態度は!」
「だから、謝ってんじゃねえかよ」
「誠意が足らん、誠意が!」
「誠意って……どう見せりゃいいんだ?」
「土下座せえ」
「土下座ぁ?」
「そうじゃ、俺を怒らせたくなかったら土下座せえ。さあ、はよせぇ!」
男はむきになってルークに怒鳴りつけた。その男の声が大きいので、回りに野次馬が集まってきた。
「わりィが俺はそんな事に付き合ってるほど暇じゃねえんだよ」
ルークは面倒臭そうに言った。それが男を更に怒らせた。
「んだと、てめえ!!」
男はルークの胸ぐらを掴んだ。
「なめんのもいい加減にせえよ、俺を誰だとおもっとるんや!!」
「誰って……短気なおっさんだろ?」
「てめえ、俺はまだ二十八でおっさんちゃうど!」
「とにかく知らねえよ!」
「じゃあ教えといたる、悪辣組の佐治や、今度から顔見たら逃げとけや!」
「なんで逃げなきゃなんねえんだよ、馬鹿らしい」
ルークは胸ぐらを掴まれたまま呆れた。
「てめえ、やさしくしてりゃつけあがりやがって!!」
男は言い終わる前に右の拳をルークに振ってきた。が、そんな物を食らうルークではない。ひょいと首を倒し、それをかわし、その反動で足がふらついた男からするりと抜け出した。
「乱暴な奴だな、いきなり殴んなよ」
ルークは落ちついたまま男に言った。
「てめえ……本気で怒ったで!!」
男は恥をかかされたという思いと怒りとで顔を真っ赤にしていた。
「俺の前でそう言って沈んだ奴ぁたくさんいるぜ」
ルークはそんな佐治の前で余裕そうに言った。事実、今の彼にとってこんな奴は敵でなかった。
「うるせえ!ヤクザなめたからにゃー覚悟しとけや!!」
男はそう言って懐から一寸位の棒を出した。
「棒切れか、それで勝てると思ってるのか?」
ルークは男がどんな凶悪な武器を出してくるのかと思いきやただの棒だったので、内心ほっとした。
「クソがぁ、これを知らんのけ!」
男は棒の両端を持って引いた。すると、そこから鋭い刃物が出てきた。
「!」
刀の短い物、短刀だ。ギラリと光るそれを見て回りの野次馬は悲鳴を上げた。
「死ねやぁ!!!」
男はそれを右に持ってルークに向かって突進してきた。
「おっと!」
ルークはそれを余裕を持って軽々とかわす。
「てめえ!!」
男は少しよろけたが、すぐに体制を立て直した。
「危険な奴だなぁ。刺さったらどうすんだよ。まあ、お前が使うなら俺も使うぞ!」
ルークはそう言って木刀を抜いた。
「てめえ、馬鹿か?!」
それを見た途端、男は笑いだした。
「何がおかしい」
「こっちゃドスやで、わかっとんのかい!そんな木刀如きで太刀打ちできると思ったんけえ?!」
「お前程度には、これで十分だ」
ルークが平然と言ったので、男の怒りは最高潮に達した。
「いい加減にせいやぁ!!!!」
男は今度はドスを振り回してきた。周囲の野次馬の悲鳴が一段と増した。
「ふん!!」
ルークはそれを気を込めた木刀で払った。気を込めた木刀はそこらの剣など物ともしないのはこれまで述べてきた通りだ。男のドスは宙に舞う。野次馬達はそれを見てまた悲鳴を上げ、逃げまどった。
「て、てめえ!!」
男は明らかに動揺していた。
「どうすんだ、まだやんのか?」
ルークは木刀を下げながら男を睨みつつ静かに言った。男はそのルークの迫力に押されていた。
「何やってんの!!!」
が、そこに乱入者の登場だ。
「おお、小夜子か!」
ルークはその声の方を明るい顔で振り返った。
「おお、じゃないでしょ!」
小夜子は怒った声でルークに近づいてきた。
「何で喧嘩なんかしてるんだよ!」
「バカ、俺じゃねえ。あいつから売ってきたんだ、俺はなんもしてねぇ!」
ルークはそう言って男を指差した。小夜子はゆっくりと男の方を見た。
「あんたは悪辣組の!!」
小夜子は男の事を見て驚きの声を上げた。
「げ、八坂の娘だ!!」
男は小夜子の顔を見るや否や、ドスを拾って逃げだした。
「あ、待て!!」
小夜子は男の背に叫んだが、男は無視して逃げていった。
「知り合いか、あいつ?」
ルークは木刀を収めながら小夜子に聞いた。
「この界隈であこぎな事やってるんだよ、連中は」
小夜子は忌ま忌ましそうに言った。
「この間懲らしめたと思ったら、まだ懲りてなかったみたいね!」
「俺は被害者だよ、まったくよぉ……それよりも」
ルークは小夜子の方を向き直った。
「いや、道に迷っちまってさぁ、困ってたんだ」
ルークはバツが悪そうに小夜子に言った。
「探したんだよ、あんたの事。全く、見知らぬ町を一人で歩こうとするからだよ」
小夜子は少し怒った顔でルークに文句を言った。
「すまねえ、俺が悪かった。勘弁してくれ」
ルークは頭を下げて謝った。
「まあ、いいよ。無事だったんだから」
小夜子はそれを見たら気が済んだようだ。
「それよりももう帰ろう。早くしないと遅くなっちゃうよ」
「わかった」
小夜子は元来た道を戻り始めた。ルークもそれに続いた。
「サーラは十日間先生の家で勉強するって」
小夜子は歩きながらルークに話しかけた。
「そうか、あいつは頑張り屋だから、きっと大きな収穫を持ってくるだろうぜ」
ルークは自信を持って言った。
「それと、ルークによろしくって」
「ああ、わかった」
ルークは辺りを見回した。元々街の外れだったのか、もう人通りが疎らになってきた。
「中々面白かったぞ、この街は」
ルークは過ぎ行く街の事を思い出しながら言った。
「来てよかった?」
「ああ、良かったよ」
ルークは満足そうに小夜子に言った。小夜子はそれを見ると嬉しそうな顔をした。西の方を見ると、日がそろそろ落ちそうだった。ルークはその太陽をまぶしそうにみつめた。
−−−太陽は、どこの国でも同じか
ルークは違った文化を体験した満足と、どこも違わぬ自然を見て安堵した。
もう夜も遅くなってきた。ルークと小夜子は既に伝次郎の家に帰ってきて、遅い夕食を取っていた。
「ふむ、弦次郎がそんな事をな……」
伝次郎は飯を食べながらルークの今日の出来事を聞いていた。その名を呼ぶ伝次郎の顔はどことなく嬉しそうだ。
「はい。でも、本当に弦次郎さんっていい人ですね」
「ああ、あいつは昔からそうだった。お蔭で皆に好かれていたな」
伝次郎は飯を食い終わり、茶碗を置き、ルークの方を見た。
「さてルーク、明日からは分かっているだろうな?」
ルークはそれを受けて、食いかけの茶碗を置いてから伝次郎を見た。
「ええ、もちろん」
ルークのその目は気合が溢れていた。
「……そうか」
伝次郎はそれを見ると少し何かを考えていたが、すぐにまたルークの方を向いた。
「修行は厳しいぞ、分かっているな」
「はい、どんな厳しい修行でも俺は耐えます! それが……」
「それが?」
「それが、俺の仲間のためにできる事です」
「うむ」
伝次郎はそれを聞いて立ち上がった。
「明日は早い、早く寝ておく事だ」
そう言うと、伝次郎は今の外へ消えていった。
「お休みなさいませ」
「お休み、お父様」
ルークと小夜子は伝次郎の背に挨拶をした。
「さて、俺もそろそろ寝るか」
ルークは茶碗の残りの飯を口にかき込み、立ち上がった。
「じゃあごちそうさま、とおやすみな、小夜子」
「お休み。明日から頑張ってね」
「ああ」
そう言ってルークも意気揚々と居間の外へと消えていった。
伝次郎は自分の部屋で正座をしたまま厳しい表情で何かを見つめていた。
−−−十兵衛、ルークはお前と似すぎている……ここまで似ているとなると、やはり……
伝次郎は大きくため息をついた。
−−−ルークは、果たしてこの大きな試練を乗り越える事が出来るだろうか……わしはあいつ自信を信じるしかない
伝次郎はその姿勢のまま、動かなかった。まさに不動であった。
−−−神よ。我等に、ルークに光を……
伝次郎は目をつむり、天に祈った。しかしその夜、伝次郎の心は休まる事がなかった。
第五話に続く
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