頭部外傷 - Head Injury

概要 概説 / 症状 一般的な治療法 病後の経過 / 生活上の注意 関連情報

概説

 頭部外傷は、ごく軽微な外傷も含めると日本全体で推定年間30万人発生するといわれています。厚生省(現厚生労働省)による平成9(1997)年度の人口動態統計によれば、1〜24歳人口の死因の第1位は不慮の事故であり、年間約45,000人がこれにより命を失い、このうち約15,000人は交通外傷によるものです。また、交通外傷の約60%は頭部外傷が致命傷となって死亡にいたるといわれています。死亡にいたらないまでも、この2〜10倍の頻度で脳損傷により植物状態となったり、日常生活に支障をきたすと推測されます。

症状

 頭部外傷は、種々の因子もありますが、主にその衝撃力や加速度により決定づけられます。標準治療の分類の項に述べるような病変が頭蓋内に生じますが、その病態は共通であると考えていいでしょう。頭蓋内に生じた病変は、周囲に脳浮腫や脳腫脹を伴う占拠性病変となります。一定以上にその体積が増大した場合、頭蓋内は閉鎖空間であるため、占拠性病変は周囲の脳組織を圧迫、頭蓋内圧が上昇(頭蓋内圧亢進)し、圧排された大脳組織はテント下へ嵌頓し脳幹を圧迫します。この状態を脳ヘルニアと呼びます。脳ヘルニアによって圧迫された脳幹は機能低下を生じ、呼吸停止や心停止にいたります。ここでは、頭蓋内圧亢進、脳ヘルニアから呼吸停止、心停止にいたるまでの過程を「最悪のシナリオ」と呼ぶこととします。

診断

 頭蓋内の環境は、頭蓋内圧亢進、脳ヘルニアという「最悪のシナリオ」に向けて刻々と変化します。頭蓋内環境を的確に把握するには、まずバイタルサイン(呼吸、脈拍、血圧、体温)や瞳孔の時間的変化を把握することが最も重要です。頭蓋内圧が亢進した場合、頭蓋内に血液を送り込もうとする生体反応ため心拍出量が増加し、血圧上昇(脈圧増大)、徐脈(圧脈)となります。これをクッシング現象(cushing phenomenon)と呼びます。また、延髄付近の病変では呼吸中枢が障害されるため呼吸が微弱になり、視床下部の病変では体温中枢の障害により過高熱となります。左右の瞳孔径に差が生じることは、散大側の動眼神経麻痺を意味し、切迫脳ヘルニアの兆候です。
 画像診断では、頭部単純X線撮影や頭部CTスキャンを頭部外傷のスクリーニングとして行うのが一般的です。頭部単純X線撮影は頭蓋骨骨折の診断に有用であり、頭部CTスキャンは頭蓋内病変の検索や頭蓋底骨折の診断に有用です。頭部CTは、頭蓋内病変の診断に極めて有用で、治療方針の選択や重傷度の判定、予後判定などに極めて有用な情報を提供します。頭部MRIは、緊急で施行できない場合も多く、また仮に行ったとしても施行に際し制約があることから、び漫性軸索損傷(DAI)などの特殊な病態以外では緊急に行うことはあまりありません。また、血管性病変の疑われる症例では脳血管撮影を、重症頭部外傷で頭蓋内圧亢進が著しい例には脳虚血の評価のため、脳血流SPECTを行うこともあります。また交通外傷や転落外傷などでは、病変は頭部のみとは考えず、常に多発外傷の可能性を考え、頸部の安静を保つこと、胸部や腹部の内臓損傷の有無、骨盤や大腿骨骨折の有無の確認を怠ってはなりません。

モニタリング
 近年の医療機器の発達に伴って、バイタルサインや瞳孔所見、画像診断以外にも頭蓋内環境を各種方法によって経時的に測定することができるようになりました。脳循環・代謝モニタリングとして、頭蓋内圧(ICP)、脳還流圧(CPP)の測定、Xe-CT(キセノンCT)やSPECTを用いた脳血流量(CBF)、脳酸素代謝率(CMRO2)の計測、頸静脈球酸素飽和濃度(SjO2)、動静脈酸素含有量較差(AVDO2)、近赤外線スペクトロスコピーによる局所酸素飽和度(rSO2)、経頭蓋ドプラー超音波(TCD)などがあります。また電気生理学的モニタリングとして、脳波、聴性脳幹反応(ABR)があります。重症頭部外傷では、特にICPやCPP、SjO2のモニタリングは重要です。

頭部外傷 - Head Injury

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標準治療
 重症頭部外傷では、病院に搬送される以前のプレホスピタルケアの段階から積極的な治療が必要であり、場合によっては蘇生術を診断と並行して行っていく必要があります。
 治療の基本は、頭蓋内圧亢進、脳ヘルニアという「最悪のシナリオ」に向けて刻々と変化する病態から脱却を図ることです。これには頭蓋内圧を低下させるような対策を講じるのが効果的で、具体的には、頭部を高く保つ(約15から30度)、急性期の過換気、浸透圧利尿剤(マンニトール、グリセオール)、低体温療法、バルビツレート療法があります。これらの治療法によっても頭蓋内圧がコントロールされない場合、もしくはされないと予想される場合に外科的療法が考慮されます。占拠性病変となっている血腫を除去する開頭血腫除去術、穿頭血腫除去術、頭蓋骨を一部除去することによって減圧を図る外減圧術、脳実質を除去することで減圧を図る内減圧術などがあります。

分類
 「ちょっと頭をぶつけた」というごくごく軽微な頭部打撲から、脳実質の損傷を意味する脳挫傷、頭蓋内の占拠性病変となる急性硬膜下血腫や急性硬膜外血腫まで様々です。これらを理解するには、頭蓋内の解剖学的構築を理解するのが早道です。頭皮、皮下組織の下には頭蓋骨があり、頭蓋骨と脳との間には3枚の膜があって脳を保護する構造となっています。最も外側の膜が硬膜、2層目がクモ膜、最も内側にあるのが軟膜。したがって頭蓋骨と硬膜との間に生じた血腫が硬膜外血腫、硬膜とクモ膜との間の血腫は硬膜下血腫、クモ膜と軟膜との間の血腫はクモ膜下出血(本来髄液が循環する部位なので血腫は形成されにくく、出血と呼ぶ)です。軟膜と脳との間には一般に単独病変は生じません。

[1]頭蓋骨骨折(Skull Fracture)
 骨折の性状と部位により分類されます。性状として、線状骨折、陥没骨折があります。線状骨折はいわゆる「ヒビ」ですが、部位によっては血管損傷を伴い、急性硬膜外血腫を併発します。陥没骨折は骨が柔らかい小児に多く発生します。部位として円蓋部骨折と頭蓋底骨折に分類されます。頭蓋底骨折では、髄液鼻漏や耳漏を生じ髄膜炎や気脳症の原因となります。また視束管骨折や眼窩底吹き抜け骨折には注意が必要です。さらに頭蓋底骨折では顔面骨の骨折を伴っていることが多く、形成外科的処置を要する場合もあります。

[2]急性硬膜外血腫(Acute Epidural Hematoma)
 頭蓋骨と硬膜との間に生じた血腫が硬膜外血腫です。一般に頭蓋骨骨折を伴っていることが多く、頭蓋骨骨折によって損傷された中硬膜動脈や静脈洞からの出血に由来します。青壮年の男性に多く、受傷から血腫形成までに時間を要するため、一定の期間、意識清明期を伴うのが特徴的です。頭部CTで凸レンズ型の血腫がみられます。治療は開頭血腫除去術を行います。

[3]急性硬膜下血腫(Acute Subdural Hematoma)
 硬膜とクモ膜のと間に形成されるのが硬膜下血腫です。一般に受傷の部位とちょうど反対側に形成されることが多く、脳表の静脈や架橋静脈からの出血により生じます。脳挫傷を伴うことが多いため理論上、意識清明期はありません。頭部CTで凹レンズ型(三日月型)の血腫がみられます。治療は穿頭血腫除去術や開頭血腫除去術を行います。脳挫傷が強い場合には外減圧術を行います。死亡率が高く予後不良です。

[4]慢性硬膜下血腫(Chronic Subdural Hematoma)
 [3]と同様に硬膜とクモ膜のと間に形成されますが、急性硬膜下血腫とは病態が異なります。アルコール依存症や老人に多く、痴呆症状で発症することもあります。軽微な外傷後3週間から数カ月後に発症します。頭部CTで凹レンズ型(三日月型)の血腫がみられ、両側性は約10%存在します。穿頭血腫洗浄除去術が行われ、予後は良好です。

[5]外傷性クモ膜下出血(Traumatic Subarachnoid Hemorrhage)
 クモ膜下腔への出血であり、一般に急性硬膜下血腫や脳挫傷を合併することが多い疾病です。外傷性クモ膜下出血のみであれば保存的治療で構いません。

[6]脳挫傷(Cerebral Contusion)
 脳実質の損傷を意味し、急性硬膜下血腫や外傷性クモ膜下出血を合併していることが多い疾病です。脳浮腫、脳腫脹を伴い、頭蓋内圧亢進により脳虚血を生じることもあります。まれに癒合して脳内血腫となることもあります。保存的治療で効果がみられない場合には、外減圧術、内減圧術を行うこともあります。

[7]び漫性脳損傷
 回転性加速度により生じ、脳室上衣下、基底核、脳梁、脳幹の小出血が特徴的でび漫性軸索損傷(DAI)とび漫性脳腫脹(DBS)に分類されます。保存的治療が効果を示さない場合には、外減圧術を行うこともあります。

※「標準治療」は診療活動をする専門医により行われている一般標準的な治療法の解説です。厚生労働省や学会で作成した「ガイドライン」そのものではありません。
ESから大脳細胞を作成 治療薬開発、知能研究にも

 胚性幹細胞(ES細胞)から大脳のさまざまな細胞になる大脳前駆細胞を効率よくつくることに、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の笹井芳樹グループディレクターらが世界で初めてマウスで成功、米科学誌ネイチャーニューロサイエンス(電子版)に七日、発表した。
 アルツハイマー病やプリオン病など大脳が関係する病気の解明や治療薬開発、大脳ができる様子や知能の研究にも役立つのではないかとみている。一年以内にヒトES細胞でも試みたいとしている。
 笹井さんらは、神経細胞への分化を抑制するようES細胞が出しているタンパク質に注目。タンパク質の阻害剤を入れ、ほかの分化促進物質は加えず、液体中に浮かせた状態で培養する方法を開発した。
(共同通信) - 2月7日3時30分更新