高次脳機能障害の典型的な症状
◆失語症・・・話す、読む、書くことができなくなります。
◆失行症・・・動作をまねたり、物の使い方がわからなくなります。
◆半側空間無視・・・左右どちらか半分しか認識(見えなく)しなくなります。
◆失認・・・視覚、聴覚、触覚などの対象が認知できなくなります。
◆記憶障害・・・憶えられなくなります。
◆感情障害・・・無関心、無欲になります。場合によって性格も変わります。
◆痴呆・・・記憶障害に様々な障害(失語や失行など)が複合します。
高次脳機能障害の回復
概ね、発病後半年から年単位で回復すると言われています。よく身体的な回復は発病後から半年が目安と言われますので、高次機能の回復はその後からのようです。もちろん同時並行的にでしょうが、概ねそのようです。そして様々なリハビリ訓練によって回復も促進されます。このへんのことは書籍やHPで確認してください。

■脳損傷の原因:
 脳卒中(脳梗塞、脳出血)、外傷(外傷性脳損傷、脳外傷),低酸素、疾病(脳腫瘍、インフルエンザ脳症)などがある。

■脳損傷の頻度:
脳外傷では交通事故、転落や暴力によるものがあり、英国では年間10万人に10から15人が重症、15から20人が中等症、250から300人が軽症となる。また米国では毎年100万人が脳外傷になり、5万人が死亡、23万人が入院の後生存し、8万人が長期の障害を残すといわれている。
 熊本県頭部外傷データバンクによる1993年から5年までの調査では、年間発生率は人口10万人対27で、男性が女性の2倍であった。また、交通事故とそうでないものの割合はほぼ半々であった。

■脳損傷後の状態:
●昏睡(coma)
 脳が炎症,出血、挫傷,低酸素などにより,強度の損傷を受けると,脳は全体に機能低下に陥り,意識喪失状態になる。この特徴は,命令に応じることがで きない,発語がなくなる、開眼しない,睡眠−覚醒のサイクルしがない,つまり脳波による睡眠パターンが見られない。 このあと,生存可能な患者は,睡眠−覚醒の脳波的なサイクルを示すようになるといわれている。
●遷延性意識障害
 外界に対する適切な反応が欠如しており,知覚しているという何らかの根拠も欠如しているが,睡眠−覚醒のサイクルの存在が確認できる状態と定義できる。
 1972年にJennett and Plumによって臨床像が記述され、彼らによって提案された名称「vegetative state」が国際的には通用している。しかしわが国では、この日本語訳である植物状態という名称は、患者家族から嫌われており、医療者も遷延性意識障害という名称を使用することが多い。
 Dolce D, Sazbon L著「The Post-traumatic Vegetative State」Thieme 2002 は遷延性意識障害の症状、検査、経過から治療にいたる総論をよくまとめている上に、意識障害の患者への優しいまなざしを感じるテキストである。 本書は、ベジテイティブ状態を長期間フォローしているイスラエルと、イタリアの研究に基づいてまとめられている。
Jennettによる同名の著書「Jennett, B The Vegetative State Medical Facts, Ethical and Legal Dilemmas Cambridge Universal Press 2002」はアメリカ、英国、オランダなどによる遷延性意識障害者に対する延命治療中断の裁判などの経過を詳細に記述しているが、いつ、治療を止めるべきかという議論に集約されているようである。
ドルチェらの著書の、倫理的観点の章から一部抄訳する。
 “植物状態にある人の命の価値を評価”するのに、二つの対立した考えがある。
 植物状態の人の命を、意識のある人の命と同様に、譲渡し得ないとする考えは、フランス、ドイツ、イタリアそしてスペインにおいて、支持されている。一方、英国、北米、オランダ、そしておそらく北ヨーロッパの人々は、意識がある人とない人の命とでは、異なった尊重の仕方をしている。こういった患者の命を生きる価値がないという考え方は、きわめて危険である。
 1935年、300,000人のドイツ市民(重度の精神、神経病のある人々,多くは水頭症のこどもであった)が生きる価値がないとして積極的に抹殺された。この政策は,民主的に選挙された国会議員によって決定された。これは、さもなければ無意味に苦しむだけの患者への愛情深い行為として提案されたのである。
●高次脳機能障害
 認識する、話す、書く、記憶するといった機能は、脳の中でも高度な機能であり、これらの機能を高次脳機能と呼んでる。脳のこれらの機能をつかさどる部分が、病気や外傷により傷つくと、高次脳機能障害という症状を呈する。しばしば身体障害を伴うが、全く伴わないことも多く、その症状把握には専門家による診察だけでなく、時間をかけた行動観察や心理テストなどを要する。
 主な症状としては、記憶障害、言語障害、相貌失認、半側空間失認、左半側身体失認、失行、無関心、自発性低下、遂行障害などがある。
 特にわが国における障害者福祉サービスは,従来から手帳による分類に基づいて提供されてきた経緯があり,手帳発行の対象とされてこなかった高次脳機能障害が社会問題となってきた。
 一方,交通事故による後遺障害としての救済や,労災の補償などにおいても,高次脳機能障害を認定する必要に迫られており、当初は個別に対応が進められてきていた。
 厚労省ではこうした背景を受けて平成13年度より高次脳機能障害モデル事業を開始した。当モデル事業は、全国12の拠点病院等と国立身体障害者リハビリテーションセンターにおいて実施され、平成15年にはその中間報告が出されている。ここでは各地での取り組みを支援しながら,当事者家族の問題点,診断基準,支援策などの検討を目的としている。その中で診断基準が提案されている。
『「高次脳機能障害」という用語は、学術用語としては、脳損傷に起因する認知障害全般を指し、この中にはいわゆる巣症状としての失語・失行・失認のほか記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などが含まれる。
 一方、平成13年度に開始された高次脳機能障害支援モデル事業において集積された脳損傷者のデータを慎重に分析した結果、記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などの認知障害を主たる要因として、日常生活及び社会生活への適応に困難を有する一群が存在し、これらについては診断、リハビリテーション、生活支援等の手法が確立しておらず早急な検討が必要なことが明らかとなった。そこでこれらの者への支援対策を推進する観点から、行政的に、この一群が示す認知障害を「高次脳機能障害」と呼び、この障害を有する者を「高次脳機能障害者」と呼ぶことが適当である。その診断基準を以下に提案する。云々』としている。
 確かに、旧来より比較的知られている巣症状に加えて、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害あるいは人格障害などはあまり知られておらず、本人や家族を困られていることが判明した。高次脳機能障害を考えるときにはこういった症状を、旧来の巣症状などに加えて治療やリハの対症としてゆくべきであろう。また、今後の研究で進めるべきは、問題行動の裏に存在する高次脳機能障害のアセスメント、つまりそれらを同定しうるテストや診断法を開発し、そのリハビリの方法を発展させることである。
 また、学術用語としての定義と行政的定義はできるだけ一致する方が望ましい。でなければ、日常診療にあたるリハビリ医,リハビリ従事者,神経科医,心理士,精神科医などにもわかりずらいのであろう。
「崩れた脳 生存する知」山田規畝子著・講談社 は脳損傷とくに高次脳機能障害と言われている症状を自らの体験として活写している。
 著者はモヤモヤ病で3回の脳出血を起こし、高次脳機能と左半身に障害を持った医者である。だが私たちにとって幸運だったのは、著者に残された言語機能が崩れた脳から見える世界を本に綴ってくれたことだ。
 右大脳半球の大きな損傷から生じる症状の記述には、教科書では得られないリアリティがある。靴のつま先とかかとを反対に履こうとする、和式の便器に足を突っ込む、途方もない失敗にへこんでも、幼い息子に励まされ筆者は果敢にリハビリに取り組む。 交通事故や脳卒中による脳損傷は誰にでも起こりえる。ユーモアを交えて前向きに語られる闘病記は私たちの備え、待望の書である。
 この本の解説を書いている山鳥重の神経心理学関係の本は数多く出版されているが、特に「神経心理学入門」医学書院 1985は古典的教科書である。(右)
●身体障害  四肢麻痺、視力障害、てんかん、嚥下障害失禁などが見られる。

■脳損傷の家族の体験談、事例集が数多く出版されている。以下はその一部である。
生きるってすばらしいね 植物状態からの脱出 望月春江 日本看護協会出版会 1981
いのちある限り 植物状態患者家族の手記 宮城県ゆずり葉の会編 中央法規出版1993 
生きててもええやん―「脳死」を拒んだ若者たち 頭部外傷や病気による後遺症を持つ若者と家族の会編 せせらぎ出版 1999
がんばれ朋之!18歳 植物状態からの生還 265日の記録 宮城和男 あけび書房1999 
脳外傷 僕の頭はどうなったの?! 交通事故などの後遺症に悩む若者たち 原口三郎 明石書房 1999
リハビリ医の妻が脳卒中になった時 発病から復職まで 長谷川幸子 長谷川 幹 日本医事新法社 1999
知られざる高次脳機能障害 その理解と支援のために 松崎有子 せせらぎ出版 2002
 (本書の資料にある神奈川リハビリテーションセンターの生方克之の高次の制度活用のポイントは役立つ情報である)
パパの脳が壊れちゃった ある脳外傷患者とその家族の物語 キャシー・クリミンス 藤井留美訳 原書房 2001
--------------------------------------------------------------------------------
■リハビリテーションについて
リハビリテーションには大きく分けて、半身不随などの身体障害に対するリハビリテーションと記憶障害、言語障害などに対する認知リハビリテーションもしくは神経心理学的リハビリテーションがある。
 リハビリテーションという言葉には、反発があることも事実である。一生リハビリテーションばかりとか、リハビリテーション漬けといった批判、リハビリテーションよりも生活重視という考え方があるが、当ネットワークでは,そういった意見を踏まえた上で、脳損傷のリハビリテーションを中心において,治療や生活を考えていく。
 療育でも同じであろうが、リハビリテーションも明るい未来を信じて行なうとはいえ、短期ならまだしも、かなり長期になる場合には、楽しみながら、体力づくりといった取り組みが必要になる。
●脳損傷の身体リハビリテーション
 脳損傷に伴う身体のリハビリテーションは、成人の場合には、脳卒中による運動機能不全に対するリハビリテーションと同様であるといって良いのではないか。また、小さな子供の脳損傷のリハビリテーションは、療育という分野と区別して行なわれるほど十分な実践があるとはいえない。
 家族や初心者が身体リハビリテーションのイメージを得るには、リハビリテーション医学会の大御所、上田敏の本を見ることが手っ取り早い。
●意識障害のリハビリテーション
 コーマ(昏睡)から遷延性意識障害にいたるリハビリテーションについては、前出の Dolce D, Sazbon L著「The Post-traumatic Vegetative State」Thieme 2002 がある。痙性麻痺の治療、紙谷克子でおなじみの沐浴療法などが具体的に写真入りで紹介されている。
またLevin, SL et al 「Catastrophic Brain Injury」Oxford 1996 (下左) は本ネットワークの家族が、急性期の意識障害に対し、何をすれば良いのかと米国外傷性脳損傷協会に訪ねた際、紹介されたテキストである.意識障 害時の検査や薬物療法など、気質的なアプローチに詳しい。
つぎに、Garner, R.「Acute Head Injury Practical management in rehabilitation」 Chapman and Hall 1990 (下右)はOTの立場で、意識障害の人への音楽療法や早期のリハビリテーションを明解に指導している。自分の座り慣れた椅子にPTの指導を得てきちんと座らせ、それに看護師らが習うべきであるとしているあたりは、いかにも椅子社会のリハビリテーションである。

■脳損傷急性期に家族にできること
  (あくまで一般論ですから、医療者側と良く相談してください。)
ICUにいる間には家族のすべきことは、まず自分を大切にすること、休養を取ることである。これからの長い道のりを考え、ご自分の体力を上手に使いましょう。
医療者との折衝の役割はばらばらに複数人にならない方が良い。もし代理の場合には、中心になる人にきちんとメモ付で報告をすること。
脳損傷の可能性の予測は極めて困難である。医療者の希望のない予測にめげないこと。できるだけのことをして欲しいことを十分に伝えること。
医師、事務、警察などとの会話は全てメモを取って保管すること。早期に毎日日記を付けよう。そこに、メモを張り付けよう。混乱の中で直ぐに思い違いが起こる。
家族がICUにいるあいだに、脳損傷、外傷性脳損傷について、本やインターネットで勉強しよう。 一人ではないこと、たくさんの家族の会があること、先輩が大勢いることを知って欲しい。 友人などが何かして上げられることはと聞かれたら、遠慮せずに、犬の散歩やゴミ出しなど頼めることは頼もう。 ゆっくり、そっと、あなたの脳損傷をおった家族に語りかけよう。決して泣いたり、恨みを言わず、前向きに、心配しないで、必ず良くなると言おう。 意識の回復は、15分といった短い昏睡の場合を除いて、映画のように私は何をしていたのと急に目覚めることはない。次第次第に混乱をともないつつ、本人らしさがまるで池のそこから浮かび上がるように現れてくるのである。
本人への語りかけや刺激に対する本人の反応を一番に察知するのは、本人の背景や癖を一番良く知っている家族である。慎重に見極めた上で医療者に報告しよう。しかし直ぐに認めてもらえなくてもめげる必要はない。次第にはっきりしてくれば、医師や看護師にもわかってもらえるものである。
救命救急は早ければ数週間、救急病院でも3カ月で退院、転院を考えるべきと言われることが多いので、次の行き先を病院の医師、SWなどと相談して探し始めること。その際、合併症などが重い場合にはその治療が優先するが、合併症が少ない場合には、リハビリ専門病院を検討すべきである。
生命の危機を脱した場合には、医師や看護師とも相談しつつ、家族にできることはすべきである。現在の完全看護というのは、意識のある人を基準にしており、意識がないか、十分でない場合には不完全である。 治療者にお願いをして、できるだけ早期に人工呼吸器、中心静脈カニューレ、点滴、経鼻チューブ、膀胱カテーテルなどは外して行くべきである。
髪の毛、皮膚、口腔などの汚れは早期に看護師にお願いをして清潔に保つことが重要である。 本人の元気なときの、本人らしい写真を数枚枕元においたり張り付けたりして、どんな人かを判って貰うことも大切である。 動かすことが生命の危険などにならないようになれば、リハを開始すべきである。PTやベテランの看護師に習って、家族も手伝うようにする。 先ず、関節可動域訓練(ROM)は関節を一つずつ10回程度ゆっくり曲げていく。どうすればいいのか迷ったときにはPTに訊たり、自分たちの関節で試してみるが、正常の80%位に止めておくのが無難である。1回10ないし20分、一日数回を行う。そのうち1回くらいはPTにお願いして家人が習う。
口腔衛生に気をつける。ガーゼやウエットティシューを指に撒いたりして、口腔を拭き取る。意識がなくても、かみつく反射がある場合があるので、指を噛まれないように気をつける。
陰部は清潔に保つ。看護師に清拭の方法を習って家族も手伝う。平おむつを敷いて、上からボトルシャワーを掛けるのもすっきりする方法である。手や足も臭くなるので、マッサージをかねてお湯で洗うと良い。 早期に、シャワー、お風呂に入れる。特にお風呂好きの人には、意識がなくても入浴は可能である。浅い余り熱くない風呂に入れて、ゆっくり体を動かすことが良い。しかし気切部位など感染などに気をつける。
医療者と相談して、ベッドをしだいに起こし、急激な血圧低下による危険がないことを確かめた上で、車椅子や両側に手摺のある椅子に移す。その際、骨盤が上向かず、直立するよう、膝、踝は概ね90度で足底が床や車椅子の足起きにしっかりと着くようにしたい。気切がある場合には、閉じていても、首を余り上向けると呼吸が困難になったり、むせることがあるので要注意。 男性の場合、尿がリハビリパンツから漏れて困るときなどには、コンドーム型の集尿器具の使用を検討する。
えんげ訓練。ベテランの看護師、ST,OTなどにえんげ訓練をお願いしたい。
刺激について。生命の危機にある間や、脳に炎症があり高熱のある間は、余り大きな音や強い刺激は避け、そっと包み込むような対応がよい。しかし開眼などがでたり、生命の危機を脱したような場合には、ある程度の刺激が必要と言われている。音楽はかけっぱなしではなく、適宜数分を聞かせたり、止めたりするのが刺激になる。その他、子ども、ペット、臭い、いろいろな味などの刺激を与える。騒音や、数種類の音がないように気をつける。 指示ははっきり、ゆっくりと時間を掛けて行う。また、テーブルとタオル、タオルと洗面台などはできるだけ異なった色を用いると、混乱しにくい。
服を脱いだり、スプーン使ったりする練習では、逆行性の連鎖をたどることが有効である場合がある。つまり、最後の袖を抜くところ、またスプーンを口から抜くところからしだいに逆にたどって自分でやらせる方法である。

■高次脳機能障害のリハビリテーション
心理学、精神医学、職業訓練、作業療法、心理療法などいろいろな分野、アプローチがあるが、今、もっとも注目されているのは、神経心理学的リハビリテーションである。その中で、下記の本は、専門家はもちろん、リハビリテーションに期待している家族などにも読んでいただきたいので紹介する。
  Wilson, Barbara A.(1999 )「Case Studies in neuropsychological Rehabilitation」Oxford University press (右)
「事例で見る神経心理学的リハビリテーション」バーバラ・ウィルソン著 鎌倉矩子、山崎せつ子訳 三輪書店 2003 (右)
本書は、実証的で知られる英国心理学会が誇る、高次脳機能障害のリハビリテーションの金字塔である。著者の600人を超える症例の中から、20人の症例が選ばれている。まず、症例の脳損傷発生前の状況が語られ、そして脳損傷発生の状況、急性期の後に、当事者が、家族が何を問題にしているかに目が向けられる。そして、本人の状況に応じた様々な心理テストにより、脳の残された能力と隠された障害が明確になってゆく。これを踏まえて、リハビリの計画が、主として行動療法を駆使してたてられる。目的は、少しでも本人が、家族とともに、あるいは自立して生活がしやすくなることである。アセスメントに詳細なテストが行われるが、著者は、テスト結果を良くするための訓練は無意味だと言う。あくまでも本人の生活の質を向上させることがリハビリの目的である。各症例の現状をフォローした記述に、読者はほっとしたり、悲しみに涙することもある。20例の、科学的で、治療的で、そしてこころ優しい治療者の態度に、専門書とも思えない感動がある。
 それだけではなく、英国に治療法がなければ、スウェーデンでの手術費用が税金で出ること、英国脳損傷協会ヘッドウェイの創設、カシオやキャノンの電子機器の利用、著者の広範な知識を駆使した治療へのアプローチなど、脳損傷関係者の興味のつきない記述にあふれている。特に、記憶障害の症例には、当て物風に答えを絞り込むやり方よりも、正解を提示するエラーレス学習が遥かに効果的であるという指摘は、脳損傷者の学習は子供のそれと同じようにはいかないことを示している好例であろう。
 我が国においても、本書に示されているような評価法と治療的アプローチが、せめて各府県の専門機関で実施される日が来ることを期待したい。

■ポーテージ早期教育法の脳損傷への応用
ウィルソンの特徴は、症例の症状やテスト結果を単に列記するのではなく、事例の持つ障害を軽減し、障害者の人生を少しでも生きやすくするため、最大限の治療的努力をしていることである。
 ウィルソンは本書の中で、脳損傷者の行動やセルフケアの治療リハビリテーションについて次のように述べている。
「行動療法に用いられている多くのストラテジーは、元々の対象者である精神病の患者や学習障害者に対する場合と違って、脳損傷患者を対象とする場合、変更や修正が必要となるかもしれないが、それでも神経学的な機能障害患者の治療に関して豊富なアイデアを与えてくれるものである。正の強化刺激、シェイピング、モデリング、系統的脱感作、プロンプティング、フェイヂング、といったストラテジーはすべて、脳損傷の患者に対して成功裡に用いられてきた。
 脳損傷患者のリハビリテーションに応用できるもうひとつの行動技法にポーテージ幼児教育プログラムがある。ポーテージはもともと学習障害がある就学前の子どもたちのために作られた在宅教育の技法である。ホームアドバイザーが子どもの両親を補佐し、週に1回家庭を訪問する。5つの発達スケール、(運動、言語、身辺自立、社会性、認知)で初回評価を行い、発達の不均衡を正確に捉え、遅れの部分を集中的に治療する。……
 私は1980年代初頭からポーテージの修正版を成人の脳損傷患者に用いてきており……」と述べ、ポーテージ早期教育の脳損傷者への応用を、本書の中でも2つの事例に用いて、例えばコップから牛乳を飲むという課題を再教育する方法を具体的に示している。
 ポーテージは1970年頃から知的障害のある子どもたちの早期教育法としてアメリカ合衆国において用いられ始め、現在英国では国を挙げて組織的に利用され、公費による援助が行われている。
 我が国においても、日本ポーテージ協会がその普及に努めている。
 「ポーテージで育った青年たち 発達に遅れのある子の乳幼児からの成長の歩み」山口 薫監修 日本ポーテージ協会編著 ぶどう社 2002 (右)
Prigatano, GP 「Principles of Neurological Rehabilitation」 Oxford University Press 1999(下左)は神経心理的リハビリテーションにもメンタルなケアが重要であることを述べている。下右は翻訳版。
 脳損傷のリハビリテーションの入門書としては武田克彦「脳のリハビリQ&A」講談社 1998(下左)は平易に書かれている。
 また、神奈川県リハビリテーション病院、脳外傷リハビリテーションマニュアル編集委員会編「脳外傷リハビリテーションマニュアル」医学書院  2001(下右)は我が国における脳外傷リハビリテーションのもっとも有名な大橋正洋を中心に、脳外傷、脊髄損傷の専門病院である神奈川県リハビリテーション病院総力を挙げて、多くの症例を引きながらまとめられている。