屋久島フィールドワーク講座 「命をむすぶサルの糞−センチコガネとヤクザル−」 参加者: 奥山明仁、大西瑞木、上林洋平、根津朝彦 講師: 丸橋珠樹 はじめに この実習では「命は全て繋がっている」という観点から、植物(イヌビワ、アカメガシワなど)とヤクザル、そしてヤクザルとセンチコガネの糞の繋がりに注目した。図1は、ヤクザルによる植物の種子散布と、それによる種子の生存率を模式化したもので、サルの移動とその糞が種子の生存に大きく関わる可能性を示唆している。今回の実習では、種子の生存率についてはデータがとれなかったものの、サルの食べこぼし跡、糞の内容物、その糞に関わるセンチコガネについて調査することによって、植物からサルへ、サルから昆虫へという関係の一端を垣間みることができた。 図2はセンチコガネの糞の扱い方を大きくふたつに分けて説明したもので、日本のセンチコガネはころがし型ではなく、あなほり型である。この場合、センチコガネは糞の下から糞に穴を掘り、そのまま地中に埋め込むか、適当な場所にまで引きずって地中に埋めるかを行う。そこで糞を食べながら産卵する。今回の実習では、糞の下に潜って3cm×4cmぐらいの平らな糞の破片を25cmも引きずっていくのを目撃した。また、深いものでは、地中7 -8cmの穴を掘るものもいた。 調査地と方法 この調査では以下のことを明らかにするように実験を設定した。
調査は、図3に示されるような4つのsiteで行った。Site AとSite Bはいずれも尾根にあり、風通しがよく、Site AはSite Bよりやや樹木が茂っている。Site Cは落葉樹の二次林で。日当たりは樹木の葉の陰で暗くなっている。風通しもよくない。スロープになっていて、設定した場所から10m西側に谷がある。地面には、アブラギリの果実や落葉樹の葉がたくさん落ちている。 Site Aには重さがほぼ同じ糞を、Site Bには重さが大きく異なる糞を設置した。この両者では、重さの異なる糞が引き付けるセンチコガネの個体数の差を観察しようとした。Site Bと Site Cでは、尾根とスロープという地形の違いを比較しようとした。 <1日目(7月23日)> 1. アカメガシワの食べこぼし調査
<2日目(7月24日)> 1. Site Aの実験
結果および考察 <センチコガネの種組成と行動> 今回の実習ではFigure 1のNo. 3からNo. 8の6種のセンチコガネが得られた。種名は以下のとおりである。 Onthophagus lenzii O. fodiens O. nitidus yakushimanus O. atripennis Caccobius brevis Aphodius maderi 表2はセンチコガネ各種の活動時間帯を示したものである。この表から今回調査した6種のセンチコガネは昼夜どちらも行動しているものと考えられる。つまり、糞を設置した時間帯によるセンチコガネの種への影響はない。 <糞に集まるまでの時間と場所による違い> グラフ1から、予想より短時間でセンチコガネが集まってきて、時間の経過とともに減少することがわかった。48時間後のSite A, B, C間の比較から、AとBの尾根どうしでは差がなく、Cの谷ではずっと少なくなっている。個体数が少ないので確かなことはいえないが、尾根の風通しのよさが糞のにおいを広げ、多くのセンチコガネを誘因していると考えられる。 <表面積の違いによる糞の誘因力の違い> グラフ2は糞の形の違い(いげた、5つのボール、ボール)で表面積を変化させ(表面積の比は2.72 :1.7 : 1)、引き寄せられたセンチコガネの個体数を調べたものである。若干の右上がりの傾向、すなわち、表面積の大きな糞のほうが多くのセンチコガネを引き寄せる傾向がみられた。また、数は少ないが丸と平らの糞をくらべる別の実験を行った(グラフ3)。わずか2時間の実験であるが、同じ重さでは明らかに表面積の広いほうに多くのセンチコガネが集まっていた。しかし、すべてを表面積に換算すると、無相関となった(グラフ4)。 つぎに重さとセンチコガネの個体数の関係をみた(グラフ5)。Site Bと Site Cの48時間後の結果であるが、どちらも数が少なく、明瞭な結果は得られなかった。しかし、Site Bでは重い糞ほど、集まるセンチコガネの数は増える傾向が見られた。 以上のことより、センチコガネが多く集まるのは、糞の設置から2〜12時間後で多く、より表面積の広い糞ではないかと考えられる。余談だが、ポーク(奥山)が踏んで広げてしまった糞には、ときに多くのセンチコガネが集まっていた。 <イヌビワの糞散布> 観音岬の群れで、朝、道で採取した64個、重さの合計が736.5gの糞の重さの頻度分布はグラフ6のとおりであった。糞ひとつあたりの平均の重さは11.5gで、頻度ではより小型の糞が多かった。 また、糞に含まれていたイヌビワの種子の数は、糞の重さの合計24.2gのなかに3417個で、糞の重さと含まれる種子の数は、グラフ7のような線形の相関があった。糞1gあたり、141個の種子が含まれることになる。ちなみにイヌビワの果嚢1個あたりには、種子が118個含まれていた。平均的な糞(11.5g)のなかには、1621個のイヌビワの種子が含まれていて、イヌビワの果嚢14個に相当している。このことは1回の糞をするのに、14個のイヌビワの果嚢を食べたことを意味している。さらに、糞の重さの合計736.5gには、1,195,929個のイヌビワの種子が含まれていて、これは10,135個のイヌビワの果嚢に相当する。1本のイヌビワの木に300個の熟した果嚢があるとしたら、この群れによって1度に34本のイヌビワの木が食い尽くされた計算になる。 <アカメガシワの食べこぼし散布> 図4は、宿子(ヤドゴー)の道路で観察したアカメガシワの食べこぼし散布の例である。この例では移動距離760mに計343個のアカメガシワの種子が散布された。アカメガシワの果実は堅く、サルは噛み潰そうとするときに、こぼしてしまうようだ。この食べこぼし散布と糞による散布のどちらが重要であろうか?アカメガシワ1房に231個の種子がある。前の糞の内容物では、アカメガシワの種子は、糞24.2gで8個のみであった。つまり糞1gあたり0.3個である。これは糞736.5gあたり245個のアカメガシワの種子となり、こぼれ落ちた種子の数より少ない。種子の数でいえば、多くの種子が消化されて、群れ全体でも糞で散布される種子の数は房1つ分でしかない。このことは、アカメガシワの種子はサルの糞によって散布されるというよりは、サルの食べこぼしによって散布されているのではないかという予想を生む。 まとめ 自然に生きる動物や植物は連関しており、一見、無駄にみえるものでも、実はいろいろと活用されている。サルは植物の果実をおいしく食べて、糞をしたり食べこぼしたりすることによって、種子を親木から離れた場所に運ぶ。その糞をセンチコガネなどが分解し、食料にしたり卵を産んだりする。そして分解された糞や埋め込まれた糞に含まれていた種子は発芽して、植物を殖やしていく。植物が殖えればサルの餌が殖えるという循環する関係である。糞は自然界ではゴミではなく、生物の連鎖を築く宝なのだ。 目次に戻る |