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報告3:サルの行動・群のまとまり
<目的>
 ヤクシマザルを直接観察することで、その特徴や行動、群のまとまり方やその手段についてしらべる。

<方法>
 西部林道上を車で走り、サルを目撃した地点で静止観察をする。ただし、一度は群の移動の追跡を行った。

<直接観察の地点>
7月19日 09:12-09:20 観音崎-永田岬 A地点
10:30-11:27 半山1号橋北100m B地点
7月20日 08:45-09:12 ハサミ石南200m C地点
7月21日 05:40-05:42 永田岬 D地点
05:45-08:00 シイノ穴北200m E地点
09:37-10:00 川原南尾根 F地点

<ヤクシマザルの形態的特徴について>
1.ホンドザルとの違い
本土では京都の嵐山の餌付け群を見たことがあるが、特に気づいたことは
a)毛の色が黄色みを帯びていてふさふさとしている。長い。ホンドザルではもっと黒っぽい。
b)アダルトではオス、メスともに体が小さく、むくむくしてる。
  『ヤクシマザルを追って』によると、他にヤクシマザルでは
    アダルトのオスの頭にもも割れ
    アダルトのメスの頭にウェーブ
    目と目の間が平たい
    顔の周りの毛が長い
    体型はずんぐりしていて、頭とお尻が大きく手足は短い
  などの特徴がある。

2.性別の見分け手段
性器・性皮の形と色
体の大きさの違い(メス<オス)
メスの乳房(小さい乳首は思春期、大きい乳首は経産)
顔つき(オスは犬歯が大きく、口元が前に出て、彫りが深い)

3.年齢の見分け手段
大きさ
顔つき
顔の毛の色(子供では黒い毛が残っている)
オスの性器の形と色

<サルの行動観察で気づいたこと>
1.個体の行動
a)見張りもどき行動
観察開始時など、人に出会ったとき、群や他の個体が姿を隠しても一匹のアダルトオスだけが残って様子を窺っているように見えることがあった。
b)木ゆすり
オス、メスに関りなく、調査中にサルが木に登って枝を飛び跳ねるようにして木を揺らすことがあった。人間の観察者に対して行われた。頻度はオスの方が多かった。
c)自己接触行動
自分でうずくなって脇をかいたり、足を触ったりする行動がよく見られた。近くで人間に見られているときや、他のサルが近くに接近したときなどによく見られる。緊張したときによく発現する行動のようだ。
d)ババザルの単独行動
B地点で、群が緊張状態にある時(車の通過、調査員の存在)、フルアダルトのメスが単独で木を伝わって道路を横断するのが見られた。群とは別行動をすることがババザルにはよくあり、時には群をリードすることもあるという。
e)威嚇
観察者が近寄って目を見つめたとき、歯をむき出し、目をむいて前に身を乗り出して威嚇した。

2.個体間、群の行動
f)警戒音(ギャッ)
個体間のちょっとしたいさかいの時、人の近づいた時などに1個体がギャッという声を出すことが何度もあった(しかし、これは警戒音ではなく、少々おびえをともなった叫び声であるそうだ)。
g)クー・コール(クー、クー)
群れの中で1個体がクー・コールをはじめると、他の個体もそれに同調してクー・コールすることが多い。またB地点では、少し尻上がり気味のクー・コールの後に移動がはじまった。クー・コールの頻度や同調の仕方などは群によって異なっていた。
h)グルーミング(毛づくろい)
母娘など母子間で行われることが多い。同じ木で食時をしていた時に突然し始めたりするのが見られた。道路の上や地面など平らなところで行うことが多いが、樹上で抱き合っていることもあった。グルーミングは交代で行われ、交代の合図としてクーと鳴くこともあったが、たいていは無言のうちに行われ、している個体が横になるとされている個体が今度はグルーミングし始めるというようにスムーズな交代であった。E地点での観察時の母娘間グルーミングは40分以上続いており、その間2、3分おきに頻繁に交代が行われた。途中、フルアダルトオスがグルーミング中の2頭にグルーミングを求めてそばに横になったことがあったが、母娘は無視してグルーミングを続けた。その後しばらくたってから、彼はやっとグルーミングをしてもらった。体の大きなオスといえどもグルーミングを相手に強制することはできないようだ。
i)休憩時
各個体が一定の間隔を保ちながら互いに干渉せずに行動していることが多く、互いに近づくのはグルーミング時や授乳時などの母親の育児の時に限られた。授乳は今年生まれがほとんどだったが、1、2歳の子供でも乳首をくわえているのが見られた。
j)移動
B地点では移動の追跡調査を行ったが、クー・コールの後、仲間が尾根を上がっていくのを見て互いにクー・コールをかけ合いながら、すばやく移動していった。ルートや行き先なども確認したかったが、調査する側の経験が未熟だったこともあり途中で追跡を断念した。

<考察>
a)について
結果的には見張りのようにも見えるが、そのオスが特別群に合図を送ったりしているわけではないので、ワカモノオスの自己誇示行動だと思われる。ワカモノオスが自分の度胸の強さ、向こう見ずなところを見せ、生存能力の高さを誇示しているのではないだろうか。
b)、c)について
人の接近など、サルが緊張しているときに見られる行動なので、自分の気持ちを静め、安心するためのものだと思われる。人間の行動の貧乏ゆすり、体をかく行動にも共通していると思われる。
d)について
年齢の高いメスは長年の経験から適切な判断を即座に下すことができるので、安全だと判断して渡ったのだと思われる。このようなメスは慎重な他のメンバーと比べると特異な行動をするように見えるが、結果的には群を安心させる役割を持っているらしい。そういった役割のために、ニホンザルでは閉経後もメスが数年長生きするのではないかと考えられている。しかし、経験だけが特異は行動の原因だとすれば、フルアダルトのオスなどにもそのような行動が見られてもいいと思うが、今回の調査ではそれが観察されなかった。オス、メス間の行動の違いなどについてもっと調べても興味深いと思う。
e)について
サル間で目を見つめるという行為は相手を威嚇することなので、それに怒って反応したようだ。ということは、人とサルと同等に見ているということかもしれない。サルはシカに見つめられた場合にはおそらく反応しないだろう。
g)について
クー・コールは個体間の注意をうながす合図として用いられ、状況に応じて移動の合図などの意味を持ち、それを仲間がくみ取って了解の合図を送っているのではないかと思う。
h)について
グルーミングの時間の長さ、交代の頻度、などから考えてグルーミングは毛づくろいのためだけに行われているのではなく、コミュニケーションや友好など社会的な行動らしい。また、スキンシップによる緊張緩和の役割も持っていると思われる。フルアダルトオスが拒否されたことから、この行動は優劣に関係なく行われているようだ。より信頼できる親子間、特に子育てにより幼児期に共にいる時間の長かった母親と行うことで親子の絆の確認をしているのか、または子供の甘え、母親の母性本能の充足なのかもしれないと思った。交代を常にともなうことから、グルーミングはする・されるの両方を行って初めて成り立つものだと考えられる。
i)について
個体は基本的には群に共通の利益を考えるのではなく、利己的、つまり自分自身がいかに有利に生き、子孫を残せるかが重要なので、同じ群にあっても他個体と近くにいることは、同じ餌や場所を取り合ったりする可能性が高く、ストレスのかかることだと思われる。グルーミングはそういった緊張状態を緩和し、群を保つための大事な役割をしているようだ。2歳の子供への授乳のような行為は、子供がすでに自分で採食できる年齢なので、子供の甘えと母性本能の充足であると思われる。

<まとめ>
 ヤクシマザルは基本的に他個体と一定の距離を置いてそれぞれ別々の行動をしていることが多い。しかし、そういった緊張関係を緩和し、群内の関係を良くしていく手段としてグルーミングや音声によるコミュニケーションを行っていると思われる。


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