<後半>

-目的
屋久島は、鹿児島県大隈半島佐多岬の南南西約60kmの洋上に浮かぶ、周囲約130km、面積約500km2のほぼ円形の島である。屋久島は、その地理条件から雨が多く、最も多いところでは年間8,000mmにも達する。島の中央部には1935mの宮之浦岳を始め1800mを超える峰々が連なり、沖には暖流である黒潮が流れている。そのため、海岸沿いには亜熱帯の植物が生育し、標高が上がるにしたがって照葉樹林帯・スギ樹林帯・ヤクシマダケ草原帯(風衝林帯)と植生の変化(垂直分布)が顕著に現れるといわれている。
そこで後半植物班は前半植物班に引き続き、屋久島の垂直分布とは、どのようなものなのかを見ることを目的に調査を行った。また、垂直分布に加えて、得られたデータを様々な角度から考察した。

-方法
調査地の概要:調査場所、標高、コドラートの面積は表1のとおり。

表1 調査地の概要

調査地 標高 地形 方角 コドラート長 調査面積 調査日
女川左岸 20m 平坦地 北東方向 20m 0.008ha 8月9日
愛子岳山麓 160m−200m 尾根 北東方向 100m 0.04ha 8月3日
愛子岳山麓 360m−390m 尾根 北東方向 100m 0.04ha 8月4日
愛子岳山麓 460m−480m 尾根 北東方向 50m 0.02ha 8月5日
愛子岳山麓 760m−780m 尾根 北東方向 30m 0.012ha 8月7日
白谷雲水峡 770m−800m 尾根 北東方向 50m 0.02ha 8月8日



女川左岸は、近隣に民家があって薪炭林として使われていたと思われる。しかし、愛子岳山麓と白谷雲水峡は人の手の入っていない原生的な森林である。

調査の方法:調査は、最初にコンパスで北東方向をとり、その方向へまっすぐにコドラート長分だけメジャーを伸ばし、左右2m(合計4m)のコドラートを設置した。設置したコドラート内に根元がある、もしくは樹冠がかかっている樹木を調査対象として、毎木調査を行った。
胸高直径(DBH)が5cm以上の樹木については、胸高直径と樹種、樹高、位置を測定した。位置については、標高の低いほうにメジャーの0mを置き、根元位置のメジャーの値を読んだ。
胸高直径が5cm以下のものについては、それが含まれる区画と樹種を調べた。区画は、コドラートを10m×10mのさらに小さいコドラートに分割したもの。
また、林相の全体像をとらえるために、各調査地でプロファイリングも行った。プロファイリングでは、胸高直径5cm以上の樹木について樹種と根元位置、樹高、枝張りなどを記載していった。

-結果と考察
得られたデータを標高別にまとめたものが表2である。ここでは、出現した個体の胸高直径(DBH)を種ごとに累計した値を用いている。ここで、BAは胸高断面積のことである。材積は、胸高断面積と樹高の積を種ごとに合計したものである。BAによる相対優占度とは、各樹種のBAを全種でのBAの合計値に対する比で表したものである。

1.標高別の種多様度とバイオマス

表2を元に胸高断面積による種多様度をShannon-Wienerの多様度指数H'を用いて表したものを、バイオマスとともに表したのが図1である。ここでバイオマスとは、胸高直径5cm以上の樹木の材積の合計とした。
これをみると、種多様度はどの標高でも相当高い値である。参考までに、山形県で調査したブナ林の種多様度は0.12であった。僕たちは、多様度指数は標高が上がるにしたがって下がると予想していた。それは標高の低い照葉樹林帯では、一見しただけである特定樹種が目立つということはなかったのに対して、スギ樹林帯ではスギ、モミ、ツガ、ヒメシャラの大径木が目立っていたことによる。ところが、結果はそうではなかった。
しかし、特に標高460m−480mで多様度指数が落ち込んでいるのは、BAにおける相対優占度で49.4を出している一本のツガの影響が大きいと考えられる。確かにこのツガを抜いて試算してみると多様度指数は2.97まで上昇する。そう考えると、やはりスギ樹林帯は多様度指数が低いのかもしれない。
種多様度を考えるときにもうひとつ考慮しなければいけないことがある。それは、種数−面積曲線である。一般に面積が大きくなると、それだけ出現種数は多くなる。しかし、ある面積以上になると新たに出現する種の数が頭打ちになる。この出現種数と面積との関係を曲線で表したのが種数−面積曲線である。赤道に近い森林ほど種の数が頭打ちになるまでに大きな面積が必要となる傾向がある。それを考えると、屋久島の照葉樹林帯で調査面積0.008haというのは小さいと思われる。調査プロットをもっと大きく取ればさらに出現種数が増えると予想される。
さて、もうひとつのパラメータであるバイオマスをみてみる。これについてもある一定の傾向というのは読み取りにくい。しかし、大まかな傾向として右上がりということもできる。なぜなら、標高770m−800mのスギ樹林帯のバイオマスが一つ抜きん出て大きく、それに対して、女川左岸のバイオマス量は極端に小さいからだ。                                            
この理由として、スギ樹林帯については、特に針葉樹が樹高・胸高直径ともに、他の2調査地の樹木を凌駕して大きかったことが考えられる(プロファイリング参照)。また、女川左岸のバイオマスが小さいのは、樹高が低かったのと、胸高直径が小さかったからだと考えられる。この地域の樹木は、同一樹種の小径木が同一座標から多数出現しており、それらは萌芽株立ちと思われた。

2.標高別の個体数と材積の関係

図2−1から図2−6までは、標高別に個体数と材積を表したものである。ここで、材積は常用対数をとっている。
この図は、棒グラフと折れ線グラフとの離れ具合で大個体が少数存在するのか、小個体が多数存在するのかを表している。
この図を見ると、どの標高帯でも個体数、材積ともに多いか少ないかに分かれていて、中間的な値が少ないのに気付く。これは、その標高で優占する種と、そうでない種がはっきりしているということを表わしているのではないか。その中でも特に、図2−1のウラジロガシや、図2−3のスダジイなど、材積・個体数ともに大きい樹種は、その標高帯で最も成功しているといってよいと思う。
このように、図2からはそれぞれの樹種がどのような個体群構成で存在しているかがわかる。

3.出現種で見た垂直分布

DBH≧5cmの個体について、各調査区の出現種とその個体数を図3に示した。これより観察された樹種は、ひとつの調査区にのみ出現した種と、複数の調査区にまたがって出現した種とに分けてみることができる。前者を狭標高幅タイプ、後者を広標高幅タイプとよぶこととする。
狭標高幅タイプ(図3のα,β,γ,δ)は、その標高域を特徴づける森林構成種と言える。例えばカンコノキやヤマモモ(α群)は標高20m域を、ハイノキやモミ、スギ(γ群)は760m〜の標高域を特徴づける種と見ることができる。
一方、広標高幅タイプはその分布から、A:20m〜480m、B:20m〜800m、C:160m〜800m、D:360m〜800mの4群に大別される(図3)。これよりA、Bの種から始まり、標高が上がるにつれてAの種が欠落していく一方、C、Dの種が順次出現してくる様子を見ることができる。
 以上より、出現種で見た垂直分布は、ある標高域に特有な種の出現と、広い標高幅に生育する種群の移り変わりによってあらわされると言える。

  注)調査区760m〜780mと770m〜800mは、調査区が離れた別尾根上にあることから環境の違いは否定できないものの、標高に関しては大きな差はないため、一つの標高域と見なし、サザンカ〜リンゴツバキをγ群として狭標高タイプとして扱った。ただし、これより高標高での分布についてのデータがないため、γ群に関して狭標高幅タイプというよびかたは便宜的なものである。

4.構成種の体積比率で見た垂直分布

森林構成種が各調査区内で占める体積の百分率を図4に示した。先の広標高幅タイプ、狭標高幅タイプの区分と合わせて見ることとする。
 狭標高幅タイプが各調査区で占めた体積率は、ヤマモモ(20m区:23%)、スギ(770m〜800m区:21%)、モミ(770m〜800m区:20%)などの大きなものから、1%に満たないものまでの幅があった。同様に広標高幅タイプでは、スダジイ(460m〜480m区:66%)、ウラジロガシ(160m〜200m区:50%など)、ツガ(770m〜800m区:78%など)が大きな率を占めたが、個体数の多かったツバキ、サカキ、ヒサカキなどのツバキ科やシロダモ、ヤブニッケイ、サクラツツジ、タイミンタチバナなどは体積率としては10%に満たなかった。これより、狭標高幅タイプ、広標高幅タイプともに各調査区内で占める体積率には幅があったと言える。
 各標高域での狭標高幅タイプと広標高幅タイプの体積比率は、後者に偏っていた(表3)。これは広標高幅タイプが、種数においては一調査区を除いて半分以下であるものの(表4)、個体数割合では160m〜200m区を除いて多数を占めること(表5)、及び、スダジイ、ウラジロガシ、マテバシイ、ツガなどの大木の存在に因るものと考えられる。
 これより、体積比率の垂直分布は、狭標高幅タイプと広標高幅タイプのどちらかが一様により大きいということはなく、しかし両者間では各標高において広標高幅タイプに偏っているといえる。

表3

広標高幅タイプの体積比率

調査区 20m 160〜200m 360〜400m 460〜480m 760〜780m 770〜800m
体積比率 62% 74% 83% 96% 84% 55%

表4 全種数に対する広標高幅タイプの種数

調査区 20m 160〜200m 360〜400m 460〜480m 760〜780m 770〜800m
種数 8/14種 9/23種 7/23種 7/17種 4/17種 9/18種

表5 全個体数に対する広標高幅タイプの個体数

調査区 20m 160〜200m 360〜400m 460〜480m 760〜780m 770〜800m
個体数 35/46 35/117 140/162 108/113 44/53 49/71



5.科で見た垂直分布

 各標高について、出現した樹木(DBH≧5cm)について科を調べ、標高別に各科のBAをそれぞれの標高のBA全体量で除した値を並べたのが図5である。
 これをみると、満遍なく分布しているのがブナ科とツバキ科とクスノキ科である。しかしその分布を見ると、これら3つの科では低標高で特に大きな割合を占めていたり、高標高で大きな割合を占めていたりと標高別に傾向がうかがえる。しかも、その優先する標高では非常に大きな値を示している。
 また、アワブキ科、モチノキ科、ウコギ科は低標高を中心に出現し、ヤブコウジ科、ホルトノキ科、マンサク科は中標高を中心に出現しており、ハイノキ科、ツツジ科、マツ科、シキミ科は高標高を中心に出現している。これらは出現した標高の幅が比較的広かった科である。
 その他のヤマモモ科、ミツバウツギ科、フトモモ科、カキノキ科、スイカズラ科、ミズキ科、スギ科は一つの標高帯にしか出現しておらず、その標高に特異な科ということができるだろう。そのなかでも、ヤマモモ科、ミズキ科、スギ科は構成比も大きくその標高帯で成功している科ということができる。
 以上より、科においても垂直分布が認められ、特に優占する科はどの標高でも限られている。
 しかし、同じ科であれば、生活形、フェノロジ−も似てくることが考えられる。そう考えると、各科のニッチは科同士で競争もしくはすみわけして与えられたものではなく、科内での競争によって各種に分割されたものの合算と考えたほうが自然である。その結果が図5に表れているとすれば、その図5の分布が直接に科の適応度を表すのではなく、その科を構成する種が科内で競争して勝ち取った結果、得られたニッチを科というカテゴリーで加え合わせたものが図5に表れていると考えることもできる。つまり、科で見る垂直分布という考えに一抹の不安も覚えるものである。よって、消極的には各標高間の科構成を見るにとどめるぐらいがよいとも思う。

6.樹木の生活形で見た垂直分布

 ここでは、出現種を常緑広葉樹、落葉広葉樹、常緑針葉樹に分けて各標高別にBA相対優占度を合算し、変化をみた(図6)。
 図6をみると、その傾向が明らかである。標高約400mまではほとんど常緑広葉樹で占められているといえる。それよりも標高が上がると常緑針葉樹が出現してきて、標高約750mからは落葉広葉樹が出現しだす。標高800m付近では常緑針葉樹が明らかに優占して、常緑広葉樹は急に少なくなる。
 ここで、標高460m−480mでの常緑針葉樹は1本のツガで構成されている。僕たちのチームが標高460m−480mを調査したのではないので、調査区の情報はデータからしか得られない。しかし、このコドラートの周辺にツガがなく、すなわち、記録されているツガが単独で存在していたならば、標高760m‐780mの調査地で常緑針葉樹がないことも考えあわせて、実質的に常緑針葉樹が優占しだすのは標高750m付近といってもいいだろう。
このように、このような簡単な区分による解析でも常緑広葉樹から始まって、落葉広葉樹・常緑針葉樹にいたる垂直分布が表れているといえる。
 
 注:常緑・落葉、広葉・針葉の別は、『日本の野生植物 木本 I 』(平凡社)と『日本の野生植物 木本 II 』(平凡社)によった。

7.BA絶対量で見た垂直分布

ここまでの解析で使われていた数値は、BAも材積も構成比、すなわち、各標高別の全体量に対するそれぞれの要素の割合であった。
構成比では、各樹種がそれぞれの調査地を100としたときにどれだけを占めているのか、標高間の相対的な変化をみることができる。しかしこれだと絶対的な量の変化は見て取れない。よって、絶対量は増加していても、他要素との関係で相対量は減少してしまうということも起こりうる。
そこで、ここでは数値に絶対量を用いて考えてみたい。そうすることによって、各標高でどの種もしくは科が、どれだけ存在するかが分かる。また、標高間でも比較してみる。

7−1.各樹種のBAの絶対値でみた垂直分布
 
標高別に各樹種のBA絶対量を表したのが図7である。ここでBAの数値は、「haあたりBAの常用対数値」を用いた。これは各種ごとにBAの合計を求めて、それをhaあたりに直して、その常用対数をとったものである。
 図7をみると、数値に常用対数をとっていることを考えても、どの種でも構成比でみた時よりも差がないと思う。一例をあげると、ツガなどは標高770m-800mと標高460m-480mでの構成比はずいぶん違うが(図4参照)、ここではほとんどその差がないことが分かる。
 また、haあたりBAの常用対数値で3.00を下回る種がほとんどないのをみると、どの種もしっかりとニッチを確保しているということができる。
 よって、この図7が示すことは、出現する種構成の変化には垂直分布がみられるが、植物体の絶対量では標高間での種の衰退もしくは進出をはっきりいうことはできないのではないかということである。

7−2.各科のBAの絶対値でみた垂直分布

標高別に各科のBA絶対値の合計を表したのが図8である。ここでは、「haあたりBAの常用対数値」を科ごとに合計したものを用いている。
図8をみると、やはり図5とはずいぶん違ったものになっている。図5では、ミツバウツギ科、フトモモ科、カキノキ科、スイカズラ科などがほとんどないのに対して、図8ではそのどれもが小さくない値を示している。さらに、すべての標高帯に出現していたブナ科、ツバキ科、クスノキ科についてみると、図5ではブナ科が大きな値を示しているが、図8だとツバキ科、クスノキ科が目立っている。また、標高770m-800mにおいて、図5ではツバキ科よりマツ科が多いのに対して図8ではこの関係は逆転している。
確かに垂直分布という視点では「7−1」に書いた通り、その科構成を見れば傾向がつかめるが、それだけでは分からない各科のそれぞれの標高での適・不適が図8から知られる。

8.樹高の垂直分布

 DBH≧5cmの個体について、各種の各標高における平均樹高は図9の通りである。例外的なパターンを示す種もあるものの、多くに共通する樹高変化のパターンは、160m〜200m区から360m〜390m区でピークをむかえ、これより高い標高域では大きな変動がみられないものであった。また、20m区ではヒメユズリハを除く全出現種が、種内相対的に低い樹高を示した。また、各標高域における全出現個体の平均樹高も、同様の変動パターンを示した(図10)。
 460m〜800m域で各種および全種での平均樹高がおさえられる原因としては、160m〜390m域に比して、風衝が強いこと、より急傾斜なことから降水による土壌栄養の溶脱がさかんであること、冬季により低温であることなどが考えられる。また、20m域では、沢沿いであることによる気温低下、薪炭材としての利用などが考えられ、また実際に見たところでは岩や礫に浅く土壌がのったような環境であったことも一因と考えられる。
 このように、樹高の垂直分布は160m〜390m域にピークをもち、高標高側に裾をひく変動パターンが一般的と言える。
 ここで一つ注意しなければいけないことは、樹高測定は観測者によって非常に誤差が大きくなるということである。その誤差は、数メートルになるときもある。よって、この図では、特に標高間の傾向に関しては不確実なところが含まれてしまう。特に、標高160m-200m、360m-390m、460m-480mと標高20m、760m-780m、770m-800mでは樹高の観測者が違うので、この間では特に誤差が大きくなる可能性がある。

9.低標高域および高標高域におけるDBH≦5cmの出現種

 標高差の大きい20m区、760m〜780m区、770m〜800m区にてDBH≦5cmの個体の出現種を調べた。20m区では30種、760m〜780m区で26種、770m〜800m区で24種が観察された。20m区は他の二区に比べ調査面積が小さく、小面積では検出されなかった種があった可能性を考えると、DBH≦5cmの種数がより豊かであるといえる。
 また、このうちDBH≧5cmでは出現しなかった種の数は、上記の順に20種(67%)、12種(46%)、10種(42%)であった。つまり、DBH≦5cmの個体しか見られなかった小径種は20m区で最も多かった。逆に760m〜780m区、770m〜800m区ではDBH≧5cmとの共通種の割合が高かったことになる。
 以上より、垂直分布においてDBH≦5cmの出現種数の豊かさを支えるものは、低標高域ではDBH≦5cmの種、高標高域ではDBH≧5cmの種で、それぞれ機構が異なると言える。

10.各標高における林冠と階層構造の推定

 今回の調査では、毎木調査の他にプロファイリングもした。そこには、DBH≧5cmの樹種について正確に、その樹形や枝張り、根本位置、樹高などがスケッチされている。
 樹高を専ら計測していた僕の目には、各調査地で林冠の凹凸の具合が違うように感じた。そこで、ここでは樹高データだけからその調査地の林冠のイメージを作成し、プロファイリングの図や、自分のイメージとどれだけ重なるか、もしくはずれるか検討してみる。
 イメージの作成は、次のような手順によった。ここで、どの樹木が林冠を構成するのかという問題について、3つの仮定の下でそれぞれ図示してみた。
 仮定1…各調査地で樹高の最大値と最小値の差をとり、その8割の高さを樹高の最小値に加えた。この結果でてきた数値(小数点以下は切り捨て)以上の樹高の樹木が林冠を形成すると仮定した。次に、該当する樹木を抜き出し、抜き出した樹木の平均樹高とその標準偏差を計算して図示した(図11-1)。
 仮定2…各調査地で樹高の最大値と最小値の差をとり、その5割の高さを樹高の最小値に加えた。この結果でてきた数値(小数点以下は切り捨て)以上の樹高の樹木が林冠を形成すると仮定した。次に該当する樹木を抜き出し、抜き出した樹木の平均樹高とその標準偏差を計算して図示した(図11-2)。
 仮定3…各調査地ですべての樹木(DBH≧5cm)の樹高の平均を計算し、それを全樹高の5割と仮定して、8割の樹高を計算した。この結果でてきた数値(小数点以下は切り捨て)以上の樹高の樹木が林冠を形成すると仮定した。次に、該当する樹木を抜き出し、抜き出した樹木の平均樹高とその標準偏差を計算して図示した(図11-3)。
 また、各調査地の全樹木の平均樹高と標準偏差を表したのが図11-4である。もちろんこの図11-4の平均値は、図10と同じになっている。
 また、標準偏差が表示されないグラフがある。それは仮説に基づく解析の結果、該当樹木が一本になってしまったことによる。僕たちの班が直接観測したのは、標高20m、760m-780m、770m-800mの3調査地である。しかし、その調査地で林冠が一本で構成されていたところはなかった。よって、こうしたグラフがでてきてしまう図の仮説は、問題があるといえる。
次に、僕たちの班が調査をした3つの値を中心にみていくと、もっともイメージに近いのは、図11-2である。これらの図に表れているように、照葉樹林帯の樹高は平均的に低く、かつ大きな突出木がないので標準偏差が小さいのに対し、スギ樹林帯では高く、特に針葉樹が突出するために標準偏差が大きくなっている。すなわち、照葉樹林帯の林冠は滑らかなのに対し、スギ樹林帯は凸凹しているといえる。
 プロファイリングをみても、樹高の凹凸は標高770m-800mのプロットが一番大きく、標高20mのプロットでは一番小さいので、この結果は支持される。
 凹凸の違いの要因として、構成樹種が常緑広葉樹なのか常緑針葉樹なのかといった違いが考えられる。常緑針葉樹は、突出しているので風の影響も強く受けることが予想され、確かに梢端折れも多く、それだけリスクが大きいと感じた。それでも突出するのは、常緑針葉樹の生き残り戦略であることや、樹木細胞学的にみた構造が広葉樹と違って厳しい環境に耐えられることなどが考えられる。これは僕が見た印象だが、常緑針葉樹は、葉の密度が広葉樹よりも疎に感じられ、それだけ風の影響が小さいと思われた。しかし、その葉の密度の小ささを補填するために光合成により有利な空間を占有しようと樹高を高くしているのではないか。
 また、里山の環境である森林については、人為的な圧力を強く受け、一斉林的性格を強くするので樹高がそろうとも考えられる。
 次に、図11-1、11-2、11-3と図11-4をみくらべると、明らかに違うところがある。それは、標高460m-480mのところである。図11-4では、標高200mをピークに標高約750mまで平均樹高は低下しているが、図11-1、11-2、11-3では、標高約750mではどの図でも低下しているものの、標高約450mでは図11-3が少し減少している他は増加している。よって、単純な平均と上記のような仮説では、表現される樹高が違うといえる。
 しかし、標準偏差の大きさの傾向は、図11-2と図11-4で似ている。図11-4は、低木もあわせた森林全体の階層がどれほど複雑かということを表していると思われる。なぜなら単層林ならば比較的樹高がそろって標準偏差が小さくなるだろうし、複層林ならば高木から低木まで様々な階層に樹木があることになって標準偏差も大きくなるからである。よって、この図は林冠の凹凸とは表すものが違う。しかし、森林の階層の傾向と林冠の凸凹の傾向とが似ているというのはおもしろい。林冠の形状は、階層構造を反映するのかもしれない。実際、メジャーでコドラートを設定するときに標高20mの調査地では視界が利いてスムーズに張れたが、標高770m-800mの調査地では方向を指している人が見えなく苦労した。
 すなわち、林冠がそろっていないと林冠が開放的になり、よって太陽光が林内に入り易く、低木層が成長できる。それに対して、林冠がそろっていて閉鎖的であれば、太陽光は林内に入りにくくなり、低木層は育ちにくいのではないか。
 ここで、3−6でも指摘したように、標高160m-200m、360m-390m、460m-480mと標高20m、760m-780m、770m-800mでは樹高の観測者が違う。よって、メートル単位での誤差が生じ得る。さらに、どの調査地も平坦地か尾根にコドラートを設置しているが、微地形的な影響も樹高に反映すると考えられる。しかし、各調査地内で見たときには、同一観測者が観測しているのに加えて、未記載樹木と記載樹木との差が分かるので相対的に誤差は小さくなる。このことから、各調査地内の傾向では、確からしさが大きい。

11.補:各標高帯における樹種の種多様度と鳥の種多様度の相関について

 僕は、屋久島フィールドワークの前半において『鳥の暮らし』コースを取っていた。鳥の暮らしの前半レポートとは別に、ここでは植物班のデータと鳥班のデータを勘案して考察してみたい。
 僕の予想では、植物の種多様度と鳥の種多様度とは正の相関があると思う。なぜなら、植物の多様度が高いと、それだけ林の階層や内部構造が複雑になり、鳥の餌となる昆虫が増えたり、鳥自身の生息空間も増えると思われるからだ。ここでは、植物班で得られた種多様度のデータと、鳥班で得られた種多様度のデータを使って調べてみる。
 鳥の暮らしでは、白谷雲水峡(標高約610m-890m/調査日8月3日)、西部林道(標高約147m-200m/調査日8月4日)、ヤクスギランド(標高約880m-1100m/調査日8月4日)、岳之川林道(標高約140m-300m/調査日8月5日)を調査した。各調査地における鳥の出現種に対する種多様度は、それぞれ1.80、2.16、1.16、2.00である(詳細は『鳥の暮らし』前半のレポートを参照)。
 植物班は、鳥班と同一調査地で観察したわけではないが、標高を基準に、鳥の種多様度指数と樹種の種多様度指数をまとめてみた(図12)。図の各プロットの標高は、調査地の標高帯の中間値を用いた。
 図12をみると、何ら相関は認められない。この要因として、鳥班の調査地設定の基準が林相だったのに対して、植物班では標高であったことが挙げられる。これによって、両者とも標高は似ていても林相が違い、これが鳥及び植物の多様度指数の相関にも影響したと思われる。
 

謝辞 後半植物班では、前半植物班のデータも借りて解析を行った。データを提供してくれた前半植物班のメンバーに感謝します。

松本典子  中村剛
久保由起子 森洋佑
井上健彦  久芳文香


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