屋久島フィールドワーク講座

「植物と森林」

<前半>

植物の垂直分布について

 前期植物班は標高の異なる3地域に幅10mの区画を斜面に沿う方向に設定し、標高によって植物種がどのように変化していくかを調べた。ここで対象としたのは1.3mの高さで直径5cm以上の樹木である。以下は結果と考察。
観察された植物は35種である。下の表に毎木調査での出現の様子を示した。横軸の記号は位置を示す。aは標高180m地点から100m、bは標高360m地点から100m、cは標高460m地点から50mの地域。標高差は各地域内で20から30m程。さらに各々の地域を10mずつに区切った。a、b、c地域は連続していないことに注意してほしい。

 表から、標高が変わるにつれて植物の種が変化していくのがわかる。特にヤブコウジ科のモクタチバナとタイミンタチバナ(図中太字)は、a7地点を境にモクタチバナからタイミンタチバナへと変わっているのが明らかである。イスノキは広い範囲に見られる。横縞模様にした5種はほぼa地域にしか見られず、標高の低いところに生える樹種であると考えられる。b0地点くらいから、スダジイ、サクラツツジ、アカガシ、ヒメシャラと新しい種が出現し、a地域とb地域で種構成が変化しているのがわかる。c地域ではa地域とb地域が合わさったような種構成になっている。縦縞模様にした種はほぼb,c地域でのみ見られ、横縞模様にした5種に比べ高いところに生息する種であると考えられる。最も標高が高いc4地点では、初めての針葉樹であるツガが出現する。

 しかし、先の表では各植物が各地点でどのくらい出現したかということがわからない。そこで、これらの植物から代表的な10種を選んで胸高断面積合計を見てみる。

 胸高断面積とは、木の1.3mの高さにおける半径の2乗×3.14値で、バイオマスの指標である。グラフの横軸は位置を示し、a0からc5までが1から25までの通し番号であらわされている。10までがa地域、11から20までがb地域、21から25までがc地域である。縦軸は各種の胸高断面積合計であり、用いた単位は平方cmである。優占種を調べるには相対胸高断面積合計(=各種ごとの胸高断面積合計/全種の胸高断面積合計)が重要であろう。しかし、今回の目的は垂直分布を見ることであり、割合よりも、それぞれの種の各観察地点における絶対量が重要であると考えたので、胸高断面積合計を用いて垂直分布を見ることにした。表2で見にくいところを次の別表に示す。

 イスノキは観察地域内ではまんべんなく分布している。フカノキ、モクタチバナ、バリバリノキはa地域で多く見られる。タブノキはa、b地域の狭い地点で固まって生息していて、c地域には見られない。フカノキは4本しかなかったが、20mをこす木が2本あったので断面積合計が大きい。
 先にも述べたが、ヤブコウジ科のタイミンタチバナとモクタチバナでは、種の入れ替わりが顕著にみられる。モクタチバナは30本以上あったが、全て15m以下であるから断面積合計が小さい。モクタチバナはa8地点より上で全く見られず、これに入れ替わるように、a8地点から、タイミンタチバナが現れはじめている。
 サクラツツジはb地域に入ったあたりから少しずつ現れはじめている(別表)。サクラツツジは10m程度の木が60本以上もあり、b地域以降、低木で最もよく見られた木である。モクタチバナ、タイミンタチバナとサクラツツジは樹高15m以下でよく見られた樹種であり、a地域とb地域では低木の種の変化がはっきりしている。
 ツバキはどの地域でも見られるがa地域に多い。ツバキの果実がリンゴにとても似ていたことが印象に残った。このような大きな種子を運ぶ動物がいるのだろうか、と疑問に思った。
 シロダモはc地域に多く見られる。ヒメシャラはb地域以降でみられたが本数が少なく断面積合計は小さい(別表)。唯一の針葉樹であるツガは1本だが30mをこす巨木であり、非常に大きな断面積合計となった。
 次はスダジイについて述べる。a地域で全く見られないスダジイが、b地域では非常に多く生息している。しかしこれは標高が上がった影響とは結論できないと思った。なぜならば、c地域でもスダジイはほとんど生育していないが、このように中間のb地域にのみ極端に集中して生育している植物は他に見られないからだ。また、スダジイの幼木はほとんど見られなかった。したがって、なにか高度以外の要因が強く影響している可能性がある。
 
 これらのことから、我々が観察した森林の種構成が高度の変化とともにどのように変化したのかまとめる。ここでは、樹高15m以下が多い木とそれ以上に高くなる木に分けて考えたい。樹高15mは木が林冠表面にでるかでないかの境であるからである。まず15m以下の木について述べる。標高の低いa地域ではモクタチバナ、バリバリノキが多く見られた。少し登ったb地域からは、この2種やショウベンノキがほぼ姿を消しタイミンタチバナ、サクラツツジが多く見られるようになる。また高度が上がるにつれモッコク、シキミ、クロバイ、ヒメシャラ等が現れる。サカキ、ヒサカキ、ツバキ、イスノキは観察地域全体で見られた。15m以上の木ではa地域ではフカノキ、ヤマビワ、タブノキが見られた。b地域ではスダジイ、マテバシイ、アカガシが多いが、これは高度による変化かどうかはわからない。最も高いc地域で多くみられる高木はシロダモ、ヤブニッケイである。そして最後にツガの巨木が一本姿をあらわす。このあたりが照葉樹林〜ヤクスギ林移行帯への入り口と思われる。我々が観察した地域内での垂直分布の変化はこのようなものであった。観察域の標高差をもっと大きくとればより詳しくわかるであろう。
 
感想
 毎木調査の実習中、植物種をほとんど憶えられなかった。だいたい、屋久島に来るまで植物をちゃんと見たことなどほとんどなかった。僕は飽きっぽい性格なので、動かない植物よりも動く動物にばかり目がいっていたからだ。
 森の中で、次から次へと植物が出現して、なにがなにやらさっぱりわからない。1分前に見たものも忘れてしまう。その度、自分の記憶力の悪さが嫌になって、自己嫌悪に陥る。そんなうちに、頭が回ってきて憶える気力も失ってしまう。このような繰り返しだった。
 こういうわけで、フカノキやタブノキを見分けることさえあやふやだったので、屋久島の森の垂直分布がどんなであるか考えるどころではなかった。だから、このレポートを提出するのが本当に恥ずかしい。
 
 秋になって、大学の植物園で植物の実習をすることになった。各植物に名札がかかっていたので、これなら自分にも憶えられるだろうと思い、見覚えのある種類から少しずつ見ていった。
 実習は2週間で終わって、植物園に行く機会が減ってしまったので、結局は身近な種をいくつか憶えただけだった。しかし、植物を少し憶えただけでとても大きなことに気づくことができた。今まで緑と茶色の物体にしか見えなかった植物が、一本一本違って見えてきたら、まわりが違って見えてきたのである。街路樹や庭木の一本一本が個性のある生き物であることがはじめてわかって、世界が広がったようであった。今まで、私は動物しか見てなかったので、世界の一部しかみえていなかったのである。植物も動物も全部見ないと世界を見ている事にはならないということを痛感した。 
 この年まで、こんな簡単なことに気づかなかった自分が情けないが、今気付くことができて、本当に良かったと思う。危うく世界の片隅だけを見て生きていかねばならないところだった。
最近、民家の庭木を覗く癖がついてきた。通行人に怪訝な目で見られたこともある。ついに私も屋久島で出会った奇人たちの仲間にいれてもらえそうだ。 

(文責  櫟木春理)


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