浜名湖競艇・蒲郡競艇


平成7年5月3日・4日
 ゴールデンウィークや年末年始などはどこもかなり込み合います。料金も高いしどこにも行く
もんじゃない、と言われそうですがこの時期にしか休めないという人が多いのもまた事実でしょ
う。そんな時でも割合すいているのが新幹線のこだま号で座れない、ということはまずありませ
ん。後に盆や正月もない仕事になるのですがこの頃は普通のサラリーマンでしたのでGWはこ
だま号で行けるところ、静岡競輪、浜松オートといったところに旅打ちしたものです。今回は浜
名湖、蒲郡競艇編を。

 新大阪駅はどこも込み合っていた。切符売場は普段乗らない人が並んでいるので通常より
時間がかかり列はなかなか先に進まなかった。子供の泣き叫ぶ声にいらいらしながら並びよう
やく回ってきた窓口で新居町まで、と告げる。「は?」と怪訝そうな声。自分の会社(JR東海)の
駅くらい覚えておけよ。豊橋と浜松の間の・・・と告げようやくマウスを手にとり検索を始めた。ど
うもこういった知識のない駅員が多いようである。GWで応援に入っていたのかもしれないが。
いつだったか新幹線の車掌に「尾頭橋まで」と告げると「どこですか」と聞かれたことがある。私
は車内中に響き渡る声で怒鳴った。「名古屋の次の駅くらい覚えていろ」
 このころ新大阪発のこだま号は毎時2本あった。25・26番線のひかりホームは長蛇の列が
出来ていたが23番線から出るこだまは予想通りすいていた。それでも二人がけ、三人がけに
必ず一人は座っているという状態で新大阪を出発した。そして京都でかなり乗り込み三分の二
以上が埋まった状態になった。米原でのぞみ待ちをするので駅弁を買いに行く。名古屋で乗客
は入れ替わり同じくらいの混雑のまま豊橋についた。在来線に乗り換え新居町へ。

 新居は東海道の関所があった。浜名湖と海に挟まれた狭い部分に現在も国道1号線や東海
道本線、東海道新幹線が走り交通の要所でもある。こういう「避けて通れないところ」に関所を
置くのは通例でありここ新居は主に大名が江戸に残している妻子が国許に帰るのを防ぐ(出
女)目的が主で場合によっては全裸にして調べていたという。浜名湖を北に大きく迂回する「姫
街道」と呼ばれるルートもあり名神高速はこちらを通っている。姫街道にも当然関所はあった
だろうが車ならともかく徒歩なら数日はロスしただろう。
 そんな歴史ある場所に浜名湖競艇場はある。かっては弁天島というもっと海よりの場所にあ
ったらしいが色々な問題とアクアラング事件(海からアクアラングをつけて競走水面に入りピッ
ト係留中の4艇のプロペラを捻じ曲げるというとんでもない事件)などがあって現在地に移った
らしい。

 浜名湖競艇場は新幹線から見えることもありたいていの人が「ああ、あそこね」と答えるとこ
ろである。現在はお城(というかラブホテルか)のような外観の新スタンドが出来ているが訪問
時はまだ完成していなかった。何よりも広い競走水面が新鮮だった。向こう側は浜名湖だし競
艇場以外に近隣に高い建物は存在しない。せせこましく走っている住之江や尼崎とは大きく環
境が違っていた。
 GWということもあり場内はかなり混雑していた。指定席とは別にグリーンルームというエリア
(席は指定ではない)がありこちらに入る。東海地区にはなぜかこのグリーンルームがよくあっ
た。入場料は200円程度で椅子も一般席に毛の生えた程度だったがスタンドはガラス張りだ
った。おそらく冷暖房のあるスペースとして当初は開設されたのではなかろうか。
 このころの浜名湖といえば服部幸男だった。「水の上では先輩も後輩もない(CMの台詞)」と
まさに乗りに乗っており地元浜名湖では鬼に金棒、ピンラッシュを重ねていた。服部の出場す
るあるレースのオッズ(2連単)は服部からみの表が全て10倍以下、裏(2着)が2桁、服部の
絡まない組み合わせはすべて100倍以上というとんでもない状況になりそして期待に応えてい
た。
 この日は優勝戦で当然1号艇の服部は優勝戦インタビューに堂々と答え堂々と勝っていっ
た。その競艇場に強い選手を「○○天皇」と言ったりするがこの時期の浜名湖での服部ほどこ
の言葉にふさわしい選手はいないと私は思う。フライングでカンが狂い長い低迷期にあった服
部だが最近ようやくSGの決勝の常連にまで復活しており底を見た男の恐ろしさを発揮してくれ
るのではないかと期待している。

 この日は名古屋まで戻り翌日蒲郡に向かう。わざわざ戻ったのは名鉄に乗ろうと思ったから
である。蒲郡競艇場前駅は本線ではなく支線にあり本数はかなり少ない。競艇場の最寄り駅
であったのだが開催日以外は無人駅だったようである。で、東海道本線が三河塩津駅を隣接
して作り蒲郡競艇の広告でも「三河塩津駅から300メートル」なんて書いてある。見捨てられた
ような名鉄である。もっともJRにしたって1時間に2本しか普通は来ない。名古屋からなら新快
速に乗り蒲郡から無料バスでいく方が便利である。
 それにしてもJR(国鉄)は公営競技場の名前をつけるのを嫌がる傾向にあるようだ。例外は
富山競輪(競輪場前駅)くらいだろう。北松戸もかっては松戸競輪開催日のみ停車という臨時
駅だった。
 吉良上野介ゆかりの吉良吉田を通り過ぎ(といっても普通だから停まっていったが)ようやく
蒲郡へ。

 大きなスタンドが駅からも見える。わくわくする瞬間でもある。細い道を歩いていくとタワーが
ありこのタワーで4階まであがって入場するようになっていた。正面に入口らしきところはある
がシャッターは閉まっている。なんとも不便なことを、と思っていたらどうやらスタンドのすぐ裏を
大きな道路が通るらしい。それでタワーをあがって道路を歩道橋で越えて入場するスタイルを
作ったらしい。現在は道路が出来ているから何の不思議もないがなければとことん無意味に
思えるスタイルである。スタンドのすぐ裏が大きな道路といえばびわこを思い出すが今もってそ
こまで交通量は多くないようである。

 蒲郡も広い水面を持っている。海に面しているのだろうと思っていたが対岸は埋め立て地で
大きな駐車場になっていた。1マークの奥は駐車場に向かう道路になっており特にフェンスもな
くベンチまでおかれていた。このベンチに座ると真っ正面からボートがやってくるのだが水面が
広いのでそこまでの迫力はない。しかし無粋なフェンスや壁がないのはいい。1マーク側のスタ
ンドは住之江のように水面近くまで張り出しており選手は圧迫感を感じるのではなかろうか。
 食堂の1軒に入り豚汁の品書きがあったので頼んでみる。100円という値段が気になった
が。出てきた豚汁は八丁味噌仕立てで豚どころか具は殆どなく澄ましのようだった。まあ値段
が値段だから・・・・。食堂よりも売店で買った焼き鳥が旨かったのが名古屋を感じさせた。

 ナイターのある蒲郡のはこの後も何度か訪れていますが浜名湖はなぜかこの1回限りしか
訪れていません。新幹線から新スタンドを見るたび早いとこ再訪しようと思っているのですが。
2004年グランドチャンピオン決定戦時に再訪。「ふたたび行くと」参照。

浜名湖競艇ホームページ
蒲郡競艇ホームページ

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