盛岡競馬・上山競馬・小田原競輪

平成9年11月16日・17日・18日

 今回も広範囲にわたる旅打ちです。しかも旅には予定外のアクシデントに巻き込まれること
もありそれを楽しもうというお話です。

 今回は東北の2場を制覇しようというのが目的でした。ところが大阪から盛岡は非常に不便
なのです。空港は花巻の為盛岡まで1時間はかかります。新幹線は東京での乗り換えが不可
欠なうえ5時間はかかる。盛岡から上山までは遠すぎるがそう何度も東北まで旅打ちには行け
ない。飛行機とレンタカー利用がベストだが公共交通機関を利用してという私の主義に反す
る。結局鉄道を利用することにし、帰りに小田原競輪が開催していたのでこれを絡め予定を立
てたのでした。

 さすがに今回は始発の新幹線で東京に向かう。日頃東京へ行くのにのぞみに乗ることはな
いのだが5時間に及ぼうという今回は特別である。東京に着きそのまま乗り換え改札口へ。こ
の改札口を利用するのははじめてである。普段東京で乗り換えることがあればたいてい途中
下車するので直行することはまず無い。何も無くとも大丸で弁当を買ったりするわけだし。やま
びこに乗り換え北を目指す。こうして12時前にようやく盛岡に辿り着いたのである。やはり遠
い。駅前に国際カラーの観光バスが停まっておりバイザーの裏に盛岡競馬様と貼られている。
これが無料バスだろう。国際カラーというのは濃い青と白の塗り分けで国際興業グループの会
社によく見られる。国際興業バス本体は埼玉県で運行しており川口オートや戸田競艇の無料
バスでも活躍しているが緑とグレーと白の塗り分けなのでなぜこの色を国際カラーというのか
は知らない。発車まで時間があったので運転手と話す。このバス会社は岩手県交通という会
社で国際興業グループだそうである。「県」がついてはいるが岩手県の資本は入っていないと
いう。このような会社は他にも高知県交通などがあるがこれは太平洋戦争時に国策でバス会
社を原則一県一社に統合した為(燃料の不足等による対応と思われる)このような名前になっ
たのである。運送会社にも○○県貨物という会社名があるがこれも同様だろう。

 12時にバスは発車した。乗客は少ない。大丈夫かいなと思ったが盛岡駅は市街地とは川を
隔てて離れており川を渡り市街地のいくつかの停留所で停まり人を乗せていき半分くらいが埋
まった。バスは市街地を外れどんどん山間部に入っていった。対向車も少なくなった頃細い道
に入り山を登っていく。山の上には大きく開けており巨大な駐車場が見え、入場ゲートが見え
た。

 盛岡競馬場・オーロパークは外側にダートコース、内側に芝コースを備えている。このような
構造は日本唯一である。入場したところにブルーデル作の馬の銅像がありスタンドの屋根と並
べてみるとペガサスが羽を広げているように見える。スタンド内には市内のホテルがレストラン
を出しており裏には食堂の建物がある。残念ながら明日以降の軍資金の予定もあり両方とも
味わってはいない。無料バスで来る観客は少ないが大きな駐車場はいっぱいで日曜ということ
もあり家族連れでにぎわっていた。地方競馬といえば小回りで馬がバックストレッチを走ってい
てもはっきりと馬番を確認することができるのだがここでは無理である。特に1600メートルは
2コーナーのポケットからスタートするのだがこのポケットが長く伸びており実に800メートルに
わたってバックストレッチを走るのである。見やすさという点では他場に劣るが馬の全能力を発
揮できるという点では喜ばしいことだろう。それにしてもこの盛岡競馬は水沢競馬と交互に開
催されているが(主催者は同じ)小回りで古ぼけた水沢競馬場と広く新しい盛岡とでは全く違い
騎手も馬も戸惑うだろう。小回りの方が騎手の腕が上がることは安藤勝巳や小牧太を見てい
たらわかるが広い盛岡競馬場が地方在籍馬初のJRAG1馬、メイセイオペラを出したのも事
実である。どちらが地方競馬の為にいいのかは私にはわからない。

 旅打ちの場合前もって次の場の近くまで行っておく方がよい。特に車で移動する場合は不可
欠である。そんなわけでこの日は仙台に泊まることにし移動する。馬券をとっていれば新幹線
で移動したかもしれないが外したのとそんなに急いでいないということもあり普通列車で移動す
ることにする。本数は少ないがそのぶん接続はうまくいっている。乗り換えも一回だけだった。
一ノ関で乗り換えるのだがこの時のアナウンスは面白かった。「次は一ノ関、一ノ関です。この
列車次の一ノ関までです。御乗車有り難うございました。お忘れ物の無いようお降りください。
一ノ関から乗り換えの案内をいたします」ここまでは普通だったのだが次からが違った。「とう
ほぐすんかんすんのとうきょうゆぐわー・・・」ローカル線はこれがあるから楽しい。

 17日は雨だった。しかもかなり強く降っていた。そして上越新幹線で信号故障があり東北新
幹線のダイヤが大きく乱れていると放送していた。上越新幹線と東北新幹線はつながっている
以上影響は避けられない。まあ新幹線に乗るのは夕方だからまあ回復しているだろうと思い
山形に向かう。山形から上山競馬へ無料バスが走っているという情報を聞いたことがありそれ
に乗ろうと思ったのである。県境の山岳部を電車は進むが雨はますますひどくなっていく。県境
と書いたがここは市境でもある。仙台市と山形市は接しているのである。最近市町村合併が進
んでいるが今後はますますこんな例が出てくるかもしれない。
 山形につきバスターミナルについてみてあぜんとする。上山競馬の無料バスは1本しかなくし
かも朝の10時ごろでとっくに出てしまったいるのである。本屋で地図を見ると茂吉記念館前と
いう駅が一番競馬場に近そうだった。それでも徒歩10分はかかるだろう。しかもこの駅は無人
駅である可能性が高くタクシーが待っていることはないだろう。一駅先のかみのやま温泉駅な
らタクシーがいそうなのでそこまで行くことにする。雨でなければ当然歩きだが仕方が無い。普
通列車に乗り込む。茂吉記念館前駅は予想通りホームしかない無人駅だった。少し向こうの
道路には合羽を着た警備員が立っており競馬場までは予想より近そうである。しかし雨はやま
ずそのまま乗り続けかみのやま温泉駅で降り、路線バスとかないかなーと探してみたがなかっ
た。(駅を出て通りにバス停があるらしい。そこまで探す気にもならないくらいの雨だった)タク
シーで競馬場に向かう。1000円と少しだった。

 この競馬場は入場門とスタンドの間に屋根が無かった。結局は濡れるようになっているので
ある。新聞を頭に載せ走ってスタンドに向かう。内馬場には教習所のようなコースがある。内馬
場に駐車場がある競馬場は多いが教習所(元々試験場だったらしい)は見たことが無い。

 新聞を見るとここはどん詰まりのような馬ばかり出ていた。南関東とかだと元JRAの馬くらい
しかいないがここはJRAから大井に行きさらに高崎を経てここに来た、なんて馬が殆どなので
ある。JRAをメジャーだとしたらここは1Aクラスなのだろうか。そういえば南関や東海からJRA
に移籍しG1をとった馬は何頭もいるが(ハイセイコー、オグリキャップ、イナリワンetc)上山か
らJRAに移籍した馬自体聞いたことが無い。しかしこういう競馬場があることで競馬そのもの
が成り立っているわけで重要な役割を担っているのである。走らない馬は即処分、では可哀想
すぎる。

 帰る時も雨は降り続いておりタクシーも客待ちしていなかった。入場門のお姉さん(というには
だいぶトウが立っていた・・・失礼)からタクシー会社の番号を聞き携帯電話でかける。携帯電
話を持っていることにびっくりされる。もう既に1000万台普及しているといわれた頃である。か
みのやま温泉駅は新幹線つばさが停まるのでそれに乗って今日泊まる予定の横浜に向かお
うと思っていたのだがダイヤはまだ乱れており新幹線はいつ来るかわからない、という状況だ
った。仕方なく行けるところまで行こうとやってきた普通列車に乗り込み米沢まで向かう。米沢
から先は普通列車の本数は極端に少なくなりここからは進めなくなった。ここで新幹線を待つ
しかあるまい。米沢は上杉家の城下町で行ってみたい史跡が多くあるのだが来た列車に乗ら
ないと次はいつ来るかわからないので駅から外には行けない。ここで旅行をあきらめ泊まると
いう方法も考えたが明日ここから大阪まで帰らなければならないことを考えると躊躇した。

 1時間ほどたった時東京行きのつばさ号が山形駅を出たというアナウンスがあった。約30分
で到着するという。特急券を買い求め並ぶ。改札口は長蛇の列となっており東京までの立ちっ
ぱなしを覚悟する。そして途中で列車が立ち往生したらそこで降りようと決意する。つばさ号は
意外とすいた状態で入線してきた。しかしここ米沢で200人以上が乗ろうとしていた。こんな無
ダイヤ状態なら指定席に座っていても文句は言われないだろう(その座席の指定券を持ってい
る人はいるはずが無い。だいたいこのつばさが何号なのか車掌も知らない)と思いがらがらの
指定席に向かう。乗車したら「本日は普通車はすべて自由席として開放します」とアナウンスが
あり自由席からどんどん移ってきた。福島に到着したがしばらく停まるというアナウンスの後音
沙汰が無い。これはここで運休だな、せっかく座れたのに乗り換えか・・・と思っていたら運転士
の手配がついたので間もなく発車しますとアナウンスがあった。そしてそのまま大宮まで突っ走
った。大宮の手前で上越新幹線と併走するが真横を上越新幹線が同じ方向に走っていた。新
幹線同士が競走できる区間(新幹線の複々線)はここしかないが普段同時に走るようなダイヤ
は組まれていない。新幹線の競走という珍事はダイヤが乱れた時にだけ発生するのである。
大宮駅からは一緒になるのでどっちが先に発車するのか。必然的にここで調整することになる
だろう。予想通り大宮についたらしばらく停まりますというアナウンスが流れたので新幹線を降
り京浜東北線で横浜に向かうことにする。新幹線改札口で特急券に遅延のスタンプをもらう。
要は2時間以上遅れているので払い戻しなのだが降りた直後の新幹線の駅は混雑しているの
で他の駅で払い戻しをした方が便利である。但し会社(東日本と東海など)が違ったりすると嫌
がるのでできるだけ同じ会社がベターである。私は京浜東北線を降りた関内駅で払い戻しても
らった。

 18日はうそのように晴れ上がっていた。小田原に向かったのだが競輪場に行く前に箱根の
登山電車に乗ることにする。この鉄道はおそらく運賃は日本一高いだろうが観光電車と思えば
仕方が無い。観光電車だから箱根駅伝の時踏切で選手を優先したりすることもできるのだろ
う。現在箱根駅伝ではもう1ヶ所蒲田で京浜急行の踏切があるがこちらは電車を止めるわけに
は行かず遮断棹が降りたら選手が踏切の前で待っている。もちろんその間のタイムはカウント
されない。

 小田原駅に戻り見回すとこの駅は5つの会社の駅が一緒になっているのである。伊豆箱根
鉄道、JR東日本、JR東海、小田急、箱根登山鉄道が一つの駅に入っていてホームの番号も
すべて通しになっている。こんな駅も珍しい。小田原駅の北口から競輪場行きの無料バスは出
ている。バスは小型のライオンズバス(西武ライオンズのキャラクターバス)であった。ライオン
ズバスといえば関西では近江鉄道バスなのだがここは伊豆箱根鉄道バスである。もちろん本
家の西武バスのライオンズバスもあり多摩川競艇の無料バスで活躍している。どうして小型な
のかなと思っていたら道幅はかなり狭かった。競輪場までの距離はたいした事は無い。そして
レース終了後はこの無料バスは運転されないのである。なーんか、おかしいような。そういえば
立川競輪もそうだったな。

 神奈川県には4つの競輪場があるがここ小田原は33バンクということもあり他の3場とは大
きく雰囲気が異なる。3場が都会的な雰囲気があるのに対しここは全く地方の競輪場と同様な
のである。場内はどちらかというと手狭でごちゃごちゃした感じであった。かってここの記念は
お盆に行われており灼熱の中バトルが繰り広がれていた。それにしても盆も正月も無い(という
より稼ぎ時)競輪選手達は大変である。競艇やオートなら原則地元斡旋になるが競輪はそうは
いかない。かって正月は宅配便も休みだったので自転車を抱え混雑した新幹線に乗り込んで
いる選手のグループを見たことがある。

 最終レース終了後バスはないので歩いて小田原駅に向かったが狭い道は歩いて帰る人たち
で埋まっていた。なるほど、これではバスの運行はできまい。小田原駅からこだまに乗り込み
大阪に帰ったのだった。

 英語のトラベル(旅行)の語源はトラブルだとも言われています。とはいえ日本国内であれば
24時間以上遅れることはまず無いでしょう。プロ野球のドラフトで指名した選手の交渉期限が
翌年のドラフト会議の2日前までに設定されているのは日本中どこにいても24時間あればパ
レスホテル(ドラフト会議の会場)に来られるからなのです。これを逆利用しドラフト会議の前日
はどの球団でも交渉できると解釈した球団もありましたがそれはおいといて、と。

 旅慣れていないうちは余裕を十分に持ったプランを作り慣れてきたらトラブルに巻き込まれて
もそれを楽しむだけの余裕が出来てきます。余裕を持って行動していればなんでも巧くまわっ
ていくものです。これは旅行に限ったことではないのかもしれません。

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