思い出の味十選
旅とサイクリスト

目次
  1.厚岸のホッキ貝
  2.オホーツクの焼きウニ
  3.三陸のホヤ
  4.湯瀬温泉の秋田小町
  5.タイのポン・カリー
  6.インドのチキン・ビリヤニ
  7.サヴォアのバゲット・サンド
  8.チロルのポテト・フライ
  9.ポルトガルの焼き栗
10.モロッコの羊頭

1.厚岸のホッキ貝

七月初旬の道東は、初夏とは言え気温が低く、宿では当然のようにストーブが焚かれていました。
厚岸から霧多布に至る海岸線では、北海道の風物詩のひとつ、昆布干しが行われていて目を楽しませてくれました。
霧多布の日本離れした風景には、息を呑むものがありましたが、それを眺めながらも、その日の夕食に出るかもしれない「ブッチャー寿司」なる物が、脳裏をかすめました。
道東に来たのは、人の噂で「寿司食べ放題の民宿がある」と聞いたのが気になって仕方が無かったからでした。
ブッチャー寿司は、その民宿で最後に行き着く究極の寿司で、当時聞いた話では、「未だに食べた者がいないらしい」という幻の寿司でもありました。
YHでは、ご飯を十杯食べたとか、十五杯食べたとかと競いあう、日本一周中の強者でも、そこにはたどり着けなかった、と言う話でしたから、私ごときには、到底たどり着けるはずもありませんが、お寿司が食べ放題というのは、それだけでも魅力的でした。
期待を抱きながら岬を離れて間もなく、「寿司民宿」と書かれた看板が、目に飛び込んできました。
私はそれを見て、
「民宿のお寿司より、民宿のくっ付いたお寿司屋さんのお寿司の方が、美味しいのに決まっているし、それに魚は、海に近いほど美味い」
と直感的に判断して、当初の旅の目的はあっさりと捨ててしまい、その民宿に飛び込んでしまいました。
通された部屋は、偽YHよりはまし、という程度でしたから、ますます気に入りました。

夕食のお膳には、北の海ですから種類は少ないながら、期待通り地物の鮮魚が並びました。
その中に、乳白色の地色にふちに赤みがさした、見た事の無いお刺身がありました。
舌に乗せると驚くほどの甘味があります。
板前さんに「これは何?」と尋ねると、
「厚岸のホッキだよ」と言いながら、大きな二枚貝を割ってみせてくれました。
その太り方を見ただけで、「今が旬」とわかるほどでした。
酢味噌和えもこのホッキ貝でしたが、わたの部分には、何とも言えない苦味がありました。
こんなのに出会うと、もう他の魚には目が行きません。
適当に作ってもらって、ホッキ尽くしを堪能させてもらいました。
この後何度か北海道に行きましたが、あの時ほどのホッキ貝には出会っていません。
どうもホッキ貝は、捕れる時期と場所で、味がピンキリのようです。

先頭に戻る
2.オホーツクの焼きウニ

その年は冷夏で、八月だと言うのにセーターが離せないほどでした。
道北の美深から廃線跡をたどりながら歌登温泉を抜けて、オホーツクの沿岸に出ると、激しい向かい風が待ち受けていました。
一時は、立ち止まっているだけでも、ブレーキレバーを引いて、びしびし当たる小石に、うつむかざるをえないほどでしたから、浜辺に焚き火を見付けた時には、一も二も無く吸い寄せられてしまいました。
そばにいた人に挨拶をして、あたらせてもらうと、焚き火の中に、ナンジャラ美味そうな物がくべられています。
トゲトゲの先が白く灰になっていますが、間違いなくウニです。
私はそれを見て、
「ああ勿体無い、生で食べたらどれだけ美味しいか」
と思ったのですが、それを察してか、その人は、
「美味ぇよ」
と言いながら、棒でその中のひとつを掻き出して、石で起用に割ってくれました。
流木の枝で中身をかき出して口に入れると、生ウニとは比べ物にならないほどの香りが鼻に抜けました。

あれから二十年数年がたちました。
あちこちで、ウニの稚描を養殖するようになり、手軽に生ウニが食べられるようになったのは嬉しい事ですが、勝手に捕ってはいけなくなりました。
「もうあんな焼きウニは食べられないのかな」と思うと、ちょっと残念ですね。

先頭に戻る
3.三陸のホヤ

その年の盆休みは、どうしても最後は仙台でタン焼きが食べたいと思い、青森起点、北上山地経由、仙台終点と言う、風に逆らうコース取りを考えました。
ところが、さあこれから北上山地というところで、折悪しく夏台風が来ると言うので、海岸線沿いに行かざるをえなくなりました。
その日は、朝のうちこそ青空がのぞいていたのですが、海沿いに出る頃には、風雨が激しくなってきたので、
「早い目に宿を探さねば」
と思ったのですが、ようやく、小さな港町に民宿の看板を見付けた時には、風にちぎれた小枝が、飛び始めるようになっていました。
トユからあふれた雨水でレインスーツから泥を落とし、尋ねて見ましたが、やはりと言うか、断られました。
さあ次を当たろうと、自転車の所に戻ると、窓ががらっと開いて、
「あらぁ、自転車で来たのかい。漬物ぐらいしか出せないけど、それでも良かったら泊まって行きな」
と声を掛けてくれました。
風呂から上がってしばらくすると、夕食が二の膳付きで運ばれてきました。
「えっ!」
泊めてくれただけでも嬉しいのに、こんなにしてもらうと、東北が大好きになってしまいます。
でかい毛蟹も、魚の煮付けも美味しくいただきましたが、一番驚いたのはホヤの酢の物でした。
それまでに何度かホヤをいただいた事がありましたが、これが同じ物かと驚くほどです。
食べた事が無い人も多いと思うので、どんな味がするのか、ちょっと説明してみましょう。
海鼠腸(このわた)の味をちょっと薄めて、磯の香りと渋味を足したような、と言えば、お判りいただけるでしょうか。
私は酒飲みじゃないから海鼠腸の味は知らないって。
いえいえ、私も酒飲みじゃないですけど、海鼠腸の味は知っていますよ。
炊き立てのご飯に、海鼠腸を乗っけて食べると、本当に美味しいですからね。
どうぞこの機会に、一度お試しください。
なになに、海鼠腸とホヤと、どっちが上かって?
あんた、海鼠腸と言えば日本三大珍味のひとつに、数えられる程の物ですぞ。
でもね、海鼠腸は日本全国、何処ででも食べられますが、本物のホヤは、海沿いの限られた所に行かないと、決して食べられないとい事を忘れてはいけません。

先頭に戻る
4.湯瀬温泉の秋田小町

八甲田山ろくを走った後、秋の味覚を楽しみながら、田沢湖方面に向かい、゚最後は乳頭温泉で締める、と言うのがあの時のプランでした。
花輪を過ぎたあたりで、ちょっと茶店に寄ったのですが、そこで耳寄りな情報を得ました。
「八幡平で、樹海ラインが開通した」と言うのです。
八幡平アスピーテラインは大好きな道のひとつですから、この樹海ラインについては、いつ開通するのかと、前々から心待ちにしていたのでした。
地図を見ると、手前に岩手方面に抜ける道がありますから、そこを通って樹海ラインを上ってくれば、乳頭温泉につながります。 高速道路が上を通っているのが気になりますが、まぁ仕方が無いでしょう。
ところがその道に入ってみると、峪筋を走る静かな道で、おまけに両サイドがぶな林ときていますから、
「思わぬところで拾い物をしたなぁ」と、悦に入っていました。
その日は、湯瀬温泉の共同湯に浸かってキャンプ、と決めていたのですが、共同湯に行く途中、民宿の門灯がやけに暖かく感じて、吸い寄せられてしまいました。
折りよくキャンセルが出たと言う話で、温かく迎えられました。
共同湯から戻って食堂に行くと、二人分余っているからと言って、夕食の品々が全二重で並びました。
「やったね!」
でも、本当に驚いたのは、この後でした。
おかみさんが、大きなお櫃のふたをとった途端、部屋中にご飯のかぐわしい匂いが充満したのです。
「うわ〜、何これ」
と、思わず口からついて出ると、
「昨日から新米に変わったんだよ」と教えてくれました。
普通なら、宅配を頼むところですが、ココは水が違いますし、おまけにかまどで炊いたご飯の香ばしい香りが混じっていますから、
「持って帰っても、こんな風には炊き上がらないだろう」
と思って、頼まなかったのですが、今となっては、本当に後悔しています。
宿の領収書ぐらい残していたら、何とかなったんでしょうけど、それすらも無し。
いつかまた、もう一度、あそこへ行くしかないのでしょうかね。

先頭に戻る
5.タイのポン・カリー

何度目かのアジア行にして、始めてバンコックに入りました。
バックパッカーの溜まり場、カオサンでは、ツーリストに媚びた味がして、ちょっとがっかりしたのですが、一歩外に出ると、美味しい物がゴロゴロしていました。
そんな中で、一番のお気に入り地帯となったのは、バンコックの中心駅、ファランポーンのそばにある中華街でした。
海鮮屋台やフカヒレの姿煮、ツバメの巣に干しあわびと、何でも揃っています。
特に海鮮屋台で食べる、活け蟹や海老の炭火焼きは何ともいえません。
そんな焼き蟹を食べるのに夢中になっている時に、何ともかぐわしい匂いのする一皿が、私の横を通って、隣のテーブルに運ばれてゆきました。
「あれは何ぞい?」
と思ってよく見ると、蟹の炒め物のようです。
注文主は、私のただならぬ視線に感じたのか、にっこり笑いながら、蟹の一片を小皿に取ってくれました。
もうこうなると、焼き蟹などを食べている場合ではありません。
「コートー」(タイ語で、「ちょっと」とかいう意味です)
店の人を呼んで、子持ちの蟹で作ってくれるように頼みました。
日本の蟹は雄の方が美味しいと思いますが、こちらの蟹は、子持ちのメス蟹の方が美味しいようです。
後で料理の名前を尋ねると、「ポン・カリー」と教えてくれました。
日本語に直訳すると、蟹カレーという意味だそうです。
それまで私は、大都会だと言うだけで、バンコックを毛嫌いしていましたが、宗旨替えです。
今まで、なんと勿体無い事をしていたのでしょうか。
以来私の頭の中では、東南アジア行きイコール「ポン・カリー」という図式が、出来上がってしまったのでした。

先頭に戻る
6.インドのチキン・ビリヤニ

インドに行くと、大好きになるか、大嫌いになるかのどっちかだ、と言われますが、私はそのどちらでもありません。
好きな所も嫌いな所もありますからね。
嫌いな人の話を聞くと、食事の不味さを、真っ先に上げる人が多いですね。
でも、私には、そんな事は関係ないですね。
どんなに不味くても、走るために必要なら、食べられますし、それに不満を感じても我慢が出来ます・・・と、自分に言い聞かせているのかな?
ココまで書くと、もうお察しの事でしょう。
はい、確かにインドの食事は一般的に単調ですからね。(特に田舎ではね)
それでも、もう一度食べてみたいと思う物は、いくつもあります。
そんな中で、「チキン・ビリヤニ」は別格中の別格であります。
まず始めに、これがどういう料理か簡単に説明しますと、ビリヤニは、ナッツや干し葡萄などが入り、ターメリックやサフランで風味が付けられた、インドの炊き込み御飯で、晴れの料理という事になります。
チキン・ビリヤニはそのビリヤニの下に、特別マイルドに炊き上げられた、スペシャル・チキン・カレーが隠れているのですが、普通のカレーやマサラに入っている、出し殻状態になっているチキンとは別物です。
はっきり言ってこの炊き込み御飯、スペインの海鮮パエヤと互角かそれ以上と断言すれば、信じてもらえでしょうか。
「私は嘘を申しません」と言っても、政界に打って出る積りはありませんから、本当です。
材料だけ想像しても、とても勝ち目は無いとお思いでしょう。
でも、ビリヤニには大きな武器があるんです。
それは何を隠そう、お米です。
インドのお米と言うと、ちょっとバサバサした長粒米が主体ですが、そういう長粒米の中にも色んなお米があります。 たとえば、インドでは、ボソボソしたお米を、湯取りで炊き上げる所が多いようですが、こちらは、ご飯粒の周りに水分が沢山付いていますから、しっかり手でこねないと、水臭くて食べられた物ではありません。
しかしビリヤニに使われるお米は、まったくの別物です。
小粒で、素晴らしい舌触りがあり、なかなか良い香りまで持ち合わせています。
このお米だけで、新鮮な海産物に対抗してしまうのです。
え、そんなに味を付けているのに、どうしてお米の香りまで判るのか?って。
あんたは鋭い。
確かに、スパイスの入り混じった香りの中から、お米の香りだけを判別するのは、ほとんど不可能かも知れませんが、実はこのお米、ギーライスでも使われるので、それでわかるんです。
ちなみにギーは、インドのバターですが、西欧のバターとは、製造工程が若干異なるようです。
ただ残念な事に、元々が晴れの料理だという事もあってか、何時でも何処でも食べられる、という物ではありません。
大きな町に入った時に、運が良ければ見付けられる、と言う感じですから、もしこれからインドに行かれるのでしたら、ぜひともお探しください。
絶対に期待は裏切られませんから、インドに疲れた時などにも、お勧め出来ます。

先頭に戻る
7.サヴォアのバゲット・サンド

フランスアルプス中北部に、サヴォア・モンブランという地方があります。
その中でもグルノーブルの東方一帯は、百キロ四方ほどの地域に、二千メーター以上の峠だけでも十座近くと言う、ヨーロッパアルプス切っての、峠の宝庫です。
私はスイスの峠を越えた後、故上村直巳が(当事は存命中)アルバイトをしていたと言う、モルジンヌのスキー場を経由して、憧れのサヴォア・モンブランに突入しました。
モンブラン山群の勇姿を拝んだ後、アヌッシー湖の手前にある小さな村のBARで、チーズと生ハムとピクルスの入ったバゲット・サンドを頼みました。
こちらで言うバゲット・サンドは、あの大きなフランスパンを二つに切り、横にナイフを入れて切り開き、そこに具を入れますから、デカイです。
大きく口を開けて、がぶっとかぶりつくと、まずパンの香りが鼻を突き、続いて何とも言えないハーモニーが・・・アレ?
バゲット・サンドは何度か食べていましたが、コンなのは初めてでした。
まずパンが違いますが、それは知っていました。
サヴォアのパンは美味しいのです。
少ない経験ながら、バゲットと言っても、地方地方で味が微妙に異なるように感じていましたからね。
たとえば、ある地方では塩味に特徴があり、また別の地方では若干粉くさく感じたりとかね。
そしてご当地サボアのパンはと言うと、バターの風味が特に優れているように感じていたのです。
しかし、それだけではありませんでした。
チーズにはナッツのような風味があり、生ハムには奥深い味わいがあるようです。
私はそれが確かめたくて、チーズと生ハムを単品で注文しました。
チーズはエメンタールでしたが、大きな気泡には、小さな白い点が無数についています。
チーズ屋さんやスーパーで、時々そんなエメンタールを見かけていたのですが、それらは値段も高く、きっと売れ残って、古くなった物だと思い、敬遠していたのでした。
生ハムもまったく味の奥行きが違います。
それを確かめて、またバゲット・サンドをほうばると、たえなるハーモニーが更に美味しく感じられるのでした。

先頭に戻る
8.チロルのポテト・フライ

ジャガイモ位と思うかもしれませんが、世の中には、どんな食材にも負けない位、存在感のあるジャガイモがあります。
私がその事を初めて知ったのは、フランスのグルノーブルからオーストリーのチロルまでという、アルプス縦走ツーリングに出かけた時の事でした。
残るは後一日となり、既に二十あまりの峠を越え、残る食事の回数を数えて、一食一食を大事にしたいと思っていました。
そういうわけで、それなりのレストランに入り、チロル料理を注文して、料理が来るのを待っていたのですが、その時に、近くに座っていたイタリア人カップルの女性のところへ、ウインナーシュニッツェル(ビーフカツレツ)が運ばれてゆきました。
女性がその料理を食べ始めると、男性の方が真剣な表情で、執拗に尋ね始めました。
「旨いか」
 あんな揚げ物に、旨いもへったくれも無いだろう、と思いながらも、見るとは無しに見ていると、この男の関心が、ウインナーシュニッツェルに向かっているのではなく、付け合わせのポテト・フライに向かっている事に気がつきました。
 私自身、ドイツ語圏で食べるジャガイモが、相当美味しいということを、知ってはいましたが、それほどまでとはね。
でも、そうと判ると、私も確かめずにはいられませんから、ウエイターを呼んで、ポテト・フライを注文しました。
 しばらくして、ウエイターが私のテーブルに、ポテト・フライを持ってきた途端、彼がしつこく聞いていた訳が、私にも理解できました。
食べてみるまでもなかったのです。
その香りがすべてを語っていましたからね。

先頭に戻る
9.ポルトガルの焼き栗

灼熱のアンダルーシアを抜けて、ポルトガルに入ると、気温がぐっと下がりました。
国境近くには、コルク樫の林が続いていましたが、剥いでいる所を眺めていると、おとぎの国に紛れ込んだのかのような錯覚を覚えました。
港町ナザレの焼きイワシは、獲り立てのイワシを炭火で焼いて、ライムをぎゅっと絞って食べるのですが、大根おろしが無いのが、唯一の難点ではあります。
話はちょっと反れてしまいましたが、少しばかり関係があります。
その街で、そんな焼きイワシの匂いが漂っているような、路地を歩いている時に、焼き栗の良い匂いがしてきたのです。
どこかなと考えるよりも先に、私の目がそれを見付けていました。
真っ黒い服を着たおばさんが、ナイフで生栗の腹部から、数ミリ程度の幅で皮をはぎ取り、炭火の上に乗せられた缶々に、無造作に放り込んで行きます。
そしてその栗は、缶々の中でころころと転がされながら、こんがりと焼きあがって行くのです。
もう匂いだけでたまらなくなりました。
私は値段を尋ねた後、その倍のお金を渡しました。
もう味が保証されているのも同然ですからね。
おばさんは、新聞をとんがり帽子にぐるぐるっと巻いて、その中に栗をたっぷりと入れてくれました。
ナイフのおかげで、栗は簡単に割れます。
口に入れると、栗その物の味が何とも言えません。
本当に良い素材を、極シンプルに調理した物は、技巧の限りを尽くした物にも勝る、という事を、この時に痛感させられました。

先頭に戻る
10.モロッコの羊頭

モロッコの中央部に、フェズという古都があります。
日本で言うと京都に匹敵するような古い都ですが、京都と違う所は、メディナと呼ばれている旧市街が、城壁に囲まれ、その内部が入り組んだ迷路のような道で出来ている事です。
また、フェズのメディナは、北アフリカ一の規模を誇るそうですから、ちょっとやそっと歩いたぐらいでは、飽きる事はありません。
その日はそんなメディナで、一日中当ても無くほっつき歩いていたのですが、ある食堂街で、カバブの匂いに誘われて、一軒の食堂に入りました。
私はそこで、何品かの料理を注文して食べていると、腰に大きなナイフを差した、砂漠の民ベルベル族の大男が、なにやら新聞紙にくるまれた物を、両の手で抱えて入って来ました。
ジロジロ見るのはちょっとばかり怖いので、ちらちらと様子をうかがっていると、その新聞紙の塊から、なんと羊の頭が出てきのです。
え?店先にそんな物は無かったぞ!
私はもう、それが食べてみたくて仕方がありません。
とにかく、羊の頭というのは、この地では最高の食材なのです。
私は勇気を出して?その男の前に行き、ゼスチャー混じりで、それが何処で買えるのかを尋ねました。
男は最初、訝るような表情を見せていたのですが、私のゼスチャーが通じたのか、手真似で場所を教えてくれました。
そこは、店を出て直ぐにある、大きな金属製のビンを二つ並べただけの屋台店でした。
そこの親父にふたを開けてもらって、ビンの中をのぞいてみると、茹で上げられた羊の頭がゴロゴロしています。

先ほどの食堂に持って帰り、新聞紙を開いたまでは良かったのですが、さあ、どこから食べよう!
ハッキリ言って目玉はちょっとスゴイです。
でもね、マグロの頭と比べれば同じような物か、と思い直して、適当に食べ始めました。
食べてみると、どの部位もそれぞれに特徴があり、なかなかの物でしたが、脳みそにたどり着いた時には驚かずにはいられませんでした。
まったく予想すらもしていなかった味がしたのです。
と言って、知らない味では在りません。
それどころか、大好きな物の味とそっくりです。
それがどんな味かと言うと、ふぐの白子に卵白を混ぜたような、と言えばお分かりいただける事でしょう。

こんなに離れた所で、こんな味に出会うとはね!
やっぱり、物の味と言う物は、食べてみん事には、判らんもんですね。

先頭に戻る

HOMEE-MAIL