自称司法試験受験生で、1年の後期から予備校や法職課程にも通っていたが、年齢的なものもあり(私は卒業時26才)、もはや遠回りはできないと考えて司法試験を断念した。しかし、せめて法律の知識を利用したいと考えたので、公務員試験を受けることにした。ただ、専門家志向があり、また、労働法のゼミに所属していることもあって、労働基準監督官にターゲットを絞った。ゼネラリスト的という印象のあった、国家T種・U種、地方公務員などにはあまり関心がなく、じっさい、出願はしたものの、受験はしなかった。
公務員試験の内容・形式については、各予備校のガイダンスに出席して情報を集めるのが効率的であろう。「情報収集」という点では、予備校に通ってさえいれば、黙っていても情報が入手できるので、それだけでもそれなりに利用価値があるだろう。
法学部の学生であれば、法律系の科目に関しては予備校で講義を聴く必要はないだろう。断片的な知識を整理するという役には立つが、それならば、自宅で問題演習をした方がよほど能率が上がる。
たしかに、公務員試験の出題は学部試験などとはだいぶ勝手が違い、条文や判例の知識が問われるが、それでも、法学部の普通の学生であれば普段からの知識で十分対応できる。法学部以外の学生が苦手にするであろう、諸学説に関する出題は、法学部の学生ならば逆に得点源にできるであろう。
経済系科目は法学部の学生にとっては、独学では厳しいと感じた。良い参考書があれば独学でもどうにかなりそうであるが、やはり、予備校や法職課程で指導を受けた方が遙かに効率がよい。実際にグラフなどを描いてみたりすることで理解が容易になるということもある。
一般教養系の科目にも同じことがいえる。数的処理の問題には独自のテクニックを身につけるのが結局は早道となるが、その手の解法はなかなか独学では身に付かない。実務教育出版から何冊か優れた参考書が出ているが、私にとってはそれすらも難解で、予備校の講義がかなり有効であった。
監督官採用試験独自の科目として、労働事情・労働法の論述試験がある。マークシート形式の試験の方は足切り程度のウエイトしかなく、この論述試験が事実上勝負を決める、といわれているが、後述するようにあながちいい加減な噂ともいえない。
もともと監督官採用試験じたいがあまりメジャーではなく情報量が少ないので、予備校などに問い合わせても結局はよく分からないことが多いであろうから、参考までに、私が体験した限りで分かったことをやや詳しく紹介する。
まず「労働事情」について。よく、「労働白書」を通読する必要がある、といわれているが、択一の「労働事情」の時事問題向けにはともかく、論述向けにはあまり役には立たないと感じた。むしろ、この科目(特に論述)の実態は「労働経済学」なので、「労働経済」の平易なテキストを図書館などで借りだして、斜め読みし、一通りの知識を身につけた方が良いであろう。読みやすいものならどの本でも良いと思う。
その他に、2冊の本が役に立った。
「日本的雇用慣行の経済学」八代尚宏(日本経済新聞社)は、国際化、高齢化、労働時間、賃金など雇用をめぐる諸問題が明快に論じられている。
「日本の労働政策」(労働基準調査会)は、それら諸問題について行政がどのように対応しているかを解説した本で、「問題点について行政はどう対処すべきか」という、公務員採用試験独自の視点から論述するのに大変役に立つ。特にこの本は面接試験まで使える。
次に、「労働法」について。学部試験や司法試験と比べてもっとも異なるのは、その形式であろう。いわゆる「一行問題」はほとんど出題されず、一つの論点について関連する細かい知識を数多く書かせるか、詳細な事例について関連する論点を挙げさせる形式の出題がなされる。いずれにせよ、「○○については必ず触れること」というように問題文の中で細かな指示がなされているので、事例式の問題の場合でも、自分で論点を探し出さなくても済み、結局は、知識を順序よく並べてゆけばよいというものである。
ちなみに、私の場合は、「解雇」について出題され、「営業譲渡」について必ずふれること、という指示がなされていた。まず「解雇」の定義を書いたあと、予告手当や営業譲渡の場合の問題点などの知識を解答用紙一杯にひたすら書き出していった。
法学部の学生であれば、「労働保護法」や「労働関係法」などの講義を受けていれば充分で、労働法のゼミに所属していれば得られる知識としては充分すぎるほどである。
他学部の学生であっても、なにも「労働法」菅野和夫(弘文堂)までは必要ではなく、「要説労働法」小西国友(法研出版)のような薄手の本を六法(できれば判例付き。「有斐閣判例六法」など)と併せて通読すれば足りると思う。
私の場合、経済系・数的処理は数問しか解答できなかったほど、択一式の出来が散々で、2日目におこなわれる論述式は受験するのを止めようかと思ったぐらいであったが、論述式で割と納得のゆく答案が書けたところ、最終合格までこぎ着けたので、論述式のウエイトがかなり高いという噂はある程度本当なのだろう。
公務員試験にも模擬試験が存在するが、私は民間企業と掛け持ちをしており、日曜日まで模試に割きたくないので、受験しなかった。しかし、特に論述試験では時間配分が割と難しいので、模試を受けてだいたいの感覚を掴んでおくのがよいのかも知れない。
筆記試験に合格すると、8月初旬の説明会(後述する9月末の説明会とは別)を経て、面接試験(と健康診断)を受けることになる。
「面接者カード」という、一般企業での「エントリーシート」を簡単にしたような用紙が前もって郵送されてきて、そのカードにしたがって面接がおこなわれる。志望動機や学生時代に印象に残っていること、などの項目について記入することになる。
ここでも、労働白書を読んで準備をするのがよい、といわれていたが、実際にはその手のことはほとんど質問されなかった(他の受験者も同じだったようだ)。むしろ、労働基準監督官の業務をどれだけ理解しているかが問われるように思う。
8月の説明会で配付される資料や先に挙げた、「日本の労働政策」に目を通すことはもちろんだが、面接対策の一つとして、最寄りの労基署を見学しておくと良いだろう。私は、浦和労基署に電話でアポをとって、監督官の方にお会いして1時間ほど話をうかがった。「どうしても指導に従わない使用者をどう説得しますか」という面接官の質問にも、その時監督官の方にうかがった話を踏まえてどうにか答えることができた。「この間労基署を見学させていただいたときに…」などと、面接の際にそれとなくアピールするのも良いのではないかと思う。
労働問題に関心を持ったのはどういうきっかけがあるのか、最近関心を持った事件にはどういうものがあるのか、といった質問もされるので、新聞や日常経験を通じて、自分の職業観を養っておく必要もあろうが、これは就職一般に通じることでもあり、監督官採用試験独特のもの、というほどでもなかろう。
9月上旬に最終発表があり、9月下旬に二回目の業務説明会が行われるが、採用を希望するなら絶対に出席した方がよい。詳細は書けないが、出席者は「出席者カード」に記名をして提出することになり、また、同じ日程で他の公務員の業務説明会が行われているという噂もある。
私の場合、5月の中旬に某化学メーカーから採用内定をいただいており、日程の都合上、内定式にも出席してしまっていた。結局、こちらは辞退することになったが、厳しい言葉を浴びせられることなど一切なかった分、かえって辛いものがあった。
このあたりは、就職課に頻繁に足を運んでアドバイスを仰ぐのがよいだろう。
ちなみに、10月初旬に内定通知書と意志確認書が郵送されてくるが、その際、意志確認書に「内定受諾」と記して返送すれば、原則として採用される、ようである。よくいわれる、名簿上位から云々というのは監督官採用試験については当てはまらないのではないかという気がする。といっても、あくまで私個人の感想なので、念のため。
男子学生に限った話であろうが、早大生であって、学生受けのする業種にこだわりさえしなければ、大学名の威光はまだまだ通用するので、一般企業の就職活動との両立はそれほど大変ではないと思う。
一般企業と掛け持ちするメリットとしては、面接慣れできるということ、公務員試験用の知識が、一般企業の筆記試験で大変役に立つ(SPI対策など不要になる)ということがあろう。
逆にデメリットとしては、特に予備校がよいなどをする場合に、時間の使い方が大変難しくなる、ということと(面接2社のあとに予備校、というのはさすがにきつかった)、企業の内定を取ってしまうとどうしてもモチベーションが下がってしまうことがあろう。
日程的にいえば、試験日が早い、監督官・国税専門官・都庁などよりも、比較的日程が遅い、国家T種・U種などのほうが掛け持ちしやすい。2週間ほどの差でしかないが、一般企業の採用活動がピークとなる5,6月の1,2週間というのが思ったよりも大きい。
今にして思えば、私の場合、監督官一本に絞ったこと、司法試験向けに多少勉強していたこと、労働法ゼミに所属していたこと、企業からの内定をもっていたので精神的に楽だったこと、など、いくつもの好条件が重なっていたので合格できた、というだけのことかもしれない。
ただ、面接試験で志望動機を訊かれた際、「トラブルが裁判まで持ち込まれ、労働環境が修復不能なまでに悪くなる前に、行政の立場で問題を早期解決し、あるいは問題の発生を未然に防ぎたい」と答えた言葉に嘘はない。労働基準監督官の仕事への熱意もまた、受験勉強を支えてきたものの一つだと思う。
しかし、なんといっても、一番大きかったのは、両親や就職課スタッフの方々のさまざまなサポートだったように思う。
最後になりましたが、これから公務員採用試験を受験されようという後輩の皆さんの健闘をお祈りいたします。