鈴鹿混声合唱団の歴史

(1987年--1998年)


熱い熱気の中で“すずこん”誕生

設立総会に集まった人々設立総会で加藤事務局長の説明

鈴鹿混声合唱団は1987年7月12日、11人の発起人が集まって鈴鹿混声合唱団設立を準備した。老いも若きも男も女も誰もが参加できる合唱団を造ってみたいとの熱意あふれる仲間であった。
「街に立派な会館があっても市外から招いた公演を鑑賞するだけでは市民文化にならない。」「市民の中に深く根を張った文化活動を合唱を通して広げたい」という大きな目標を掲げてのスタートだった。
翌年1月9日、鈴鹿市民会館で総勢270人もの多数の合唱好きの仲間が参加して設立総会が行われた。その後すぐに中央公民館で練習が始まった。練習会場は狭く大人数で熱気むんむんのなか、“すずこん”は産声を上げた。

初舞台は鈴鹿市文化会館のこけら落しで

1988年5月14日。140人の参加で「わたりどり」「大地讃頌」「河口」「早春賦」を歌った。
広い会場で多くの観客の視線にさらされて、それはそれは緊張と興奮そのものだった。
初舞台はあっという間の出来事だったが、この感激は明日への大きなエネルギーとなった。
続いて7月30>日芸文協設立総会アトラクションに参加。

演奏会と毎回の練習が合唱団を育て鍛える

アマチュア合唱団にとって多くの皆さんの前で発表できることが最大の喜びであり最大の技術向上をもたらす。
その基礎は毎回の練習あってこそ。人間味あふれる指導、熱のこもった指導、科学的でわかり易い技術部スタッフの賜である。
そして舞台最後の万雷の拍手は歌い手にとって大変うれしい。「又明日から頑張ろう!」って。
舞台で受ける大きな拍手は技術向上のビタミン剤になるのだ。 

地域文化を担う“すずこん”

地元鈴鹿の若者を励まし続けた“成人式”への出演

若いって事はとっても素晴らしい。百人を越える“すずこん”の歌声を新成人の心に響かせることができるなんてこんなうれしいことはない。歌う曲はどこの中学生も馴染みの深い「大地讃頌」。「母なる大地のふところに我ら人の子の喜びはある・・・」の歌詞もこれからを生きる若者に最適な言葉だ。
成人式に参加している団員の息子さんや娘さんへの最高の贈り物でもある。しかし現実は厳しい。我々合唱団が舞台で歌うとき多くの新成人は会場の外で大はしゃぎ。回を重ねるに従って「大地讃頌」に加えて、若者に流行っている時々の歌「愛は勝つ」「イノセントワールド」を選曲したが・・・・。
でも団員が若者に寄せる心は今も変わらない。
毎年数名の男女高校生新入団員が増えている。
おばさん団員もおじさん団員も大いに喜んでいる。
7年間続いたすずこんの”成人式”への出演はなくなってしまったが、若者を励ます気持ちは今も変わらない。
1989.1.15. 「大地讃頌」
1990.1.15. 「大地讃頌」
1991.1.15. 「大地讃頌」
1992.1.15. 「大地讃頌」
1993.1.15. 「大地讃頌」「愛は勝つ」
1994.1.15. 「大地讃頌」「遠い約束」
1995.1.15. 「大地讃頌」「イノセントワールド」

クリスマスコンサート

第一回Xmasコンサートポスター

第ニ回Xmasコンサート全団体総出演で「アイーダ」をうたう演奏終了後のロビーコールはまた楽しいひとときであった

 

1988.12.25

「日本叙情歌集」「母の声」「山頂から」他

1989.12.24

「アムール河の波」「日本の四季」「ポピュラー」「アイーダ」「ハレルヤ」他

1990.12.22

鳥の歌」「ローエングリン」

1991.12.20

「鐘の鳴る丘」「クリスマスイヴ」「アイーダ」他

前日にオケピットを開ける作業は重労働だった
すずこん”が発足して一年半後のクリスマス。鈴鹿の音楽団体白子ウインドシンフォニカと鈴鹿女声コーラスと“すずこん”の共催で「クリスマスコンサート」が開かれた。“すずこん”には吹奏楽と一緒の舞台だけに楽しみは倍増。ただ発足して間もない事もあって、思えば「アイーダ」の練習には指揮者から厳しい注文もあった。“すずこん”の独自舞台は主に“すずこん”指揮者桂宏先生が自ら作曲された曲を演奏。指揮者の思いと歌う側との呼吸がうまくあって、大人数の合唱の魅力に引きずり込まれていったのがこの頃だったように思われる。足かけ4年でこの企画は終わったが、今でもクリスマスが近づいてくると思い出す舞台であった。
【注】第3回、4回は団員総出で本番一日前に鈴鹿市民会館のオケピットを開ける作業が行われた。アマチュアの団体がこれを使ったのは初めてという事だった。

 


“出前コンサート”

盲学校の体育館で演奏、観客の息吹をじかに感じた

1990.11.11三重県立盲学校文化祭参加

「乾杯の歌」「こらからの旅路」「荒城の月」「フニクラフニクラ」「流浪の民」

1996.11.17鈴鹿市立深伊沢小学校文化祭参加

「農夫と土」「夕焼け小焼け」「虫の声」「もみじ」「歌声は世界のかなたに」「夢の世界を」「大地讃頌」
学校体育館での舞台は少々歌いにくい。文化会館でやるような静けさもなく外の種々の物音が秋の風に乗って聞こえてくる。しかし"すずこん"は平気だ。市民合唱の原点は「小学校への出前コンサート」の様な企画にあるのだろう。深伊沢小学校での演奏会では最後に小学生と一緒に歌った。 それまで観客席でもぞもぞ動いていた小学生の全身からほとばしり出る熱気ある声に“すずこん”の全員は"ふるえ"を感じ、なぜか涙がにじみ出た。 舞台に立った演奏者が同じ舞台の上で一緒に歌った小学生の声に感動したのだ。この感動は一生忘れられない。これぞ「合唱の原点」であろう。

“三重県合唱祭”──三重県で最大人数を誇る合唱団“すずこん”

1992年合唱祭記念

三重県合唱連盟企画の「県合唱祭」は毎年の参加となっている。初参加の68年6月“すずこん”は「合唱の技術はともかく県合唱連盟内で最大の人数を誇る」と言う事で大きな話題をさらった。当時「大きい事は良い事だ」が団に流行ったが、現在質の向上も併せて追求している。このとき造った緑の団の看板「すずこん」は以来合唱祭でおなじみとなった。

1999年合唱祭参加記念ー新しいポロシャツ登場

1988.6.19.

久居市民会館

「大地讃頌」「河口」

1989.6.18.

県文化会館

「あのすばらしい愛をもう一度」「青葉の歌」「出発の歌」

1990.6.17.

県文化会館

「こらからの旅路」

1991.6.16.

県文化会館

「荒城の月」「流浪の民」

1992.6.21.

県文化会館

「農夫と土」「水すまし」

1963.6.20.

県文化会館

「行こう再び」

1994.6.19.

県文化会館

「山頂から」

1995.6.18.

県文化会館

「生きる」「明日」

1996.6.16.

鈴鹿市民会館

「マニフィカート」

1997.6.08.

県総合文化センター

「夢みたものは」「アンジェリータ」

1998.6.14.

県総合文化センター

「星に願いを」「チムチムチェリー」

1999.6.13. 総合文化センター 「荒城の月」「浜辺の歌」

全国行事への参加

全国育樹祭1993.9.31国民文化祭への参加も特筆すべきものであった。特に国民文化祭では、新装なった三重県総合文化センターの舞台で全国からのお客様に、桂先生の作曲/指揮による「山頂から」「母の声」を披露できた事は団の歴史・団員の記憶にも長く残るであろう。

合唱団活動10年/総決算の演奏会

一回2時間の舞台を“すずこん”だけで演奏する事はなかなか大変な事だ。観客に楽しんでもらう事、合唱団が歌う事を通して観客に伝えたい事、歌う者自身が楽しむ事、いろんな思いが団独自の2時間コンサートである。子供の病気、受験生の母、老人を抱える家庭、仕事に追われるサラリーマン、力仕事で疲れる男、人間相手で神経使う仕事、そんな毎日の中からひねり出される貴重な練習時間。指揮者も団運営の役員もそれは同じ。こんな苦労を乗り越えられる“すずこん”ハーモニーのよさ。平常時の練習でさえ90人以上の出席率の良さは、共に歌う仲間への大きく豊かな信頼が根底にあるからなのであろう。

1991.3.24

「鈴混メモリアルステージ」「鈴混春を歌う」「世界愛唱歌の旅」「山に祈る」

1993.3.21.

「心の四季」「鈴混オリジナル・私のこの一曲」「土の歌」

1995.5.28.

「ふるさとの四季」「サッちゃん」「鈴混オリジナル・ジャパンポップス」「筑後川」

1998.12.16.

「ディズニー合唱曲集」「サウンド・オブ・ミュージック」「マニフィカート」「Feeling The 4 Seasons」混声合唱のためのカンタータ「大地讃頌」

第4回演奏会(10周年記念)プログラム

第一回演奏会・司会者井上さんと指揮者桂先生第一回「山に祈る」の「子を思う母の言葉」に皆涙した第二回演奏会で客席に手を振って答える団員

 


すずこん”のアクテイブな諸活動

百人を越える集団をうまくまとめていくのは組織的な力が必要。発足当初の運営体制を技術部と事務局を分けて役割分担を明確にして('89.1)運営はさらに向上した。団員相互の交流は練習時に発行される「すずこんニュース」や時々文集が作成される('89'90'95)。
大きなイベントや小さな楽しみも企画された。京都へバス旅行('89.5)、長浜へバス旅行('96.5)、団全体の忘年会、料理教室('89)、椿から小岐須桃林寺ハイキング('90.4)、山好き仲間の登山、ボウリング大会('91.2以来数多く) どれだけ人間交流が進んでも合唱団の質は向上しない。
合唱の本質は歌声造りにある。やはり指揮者の粘り強く適切な発声指導があったからこそであろう。

すがすがしい日に京都旅行京都でのお弁当の味は格別おいしい料理が出来上がって満足 文集「すずこん」第二集

毎回の各先生の発声練習に加えて夏の強化練習と青少年の森キャンプ場でのバーベキュー親睦会('90.8)('92.7)('94.9)や矢野洵子先生、大志万先生などを迎えての集中練習('90.5'93.3)('97.7)があった。
団員が厳しい練習を受け入れる素地は、'90.2の第三回総会では独自の演奏会を持ちたい事に加えて団の質的な向上をどのようにして図るかのグル−プ討議も行われた。
団員相互の恋愛から結婚へ至った三浦君竹田さんの結婚式('94.7)。阪神大震災に遭い宝塚の自宅で被災された海老本省三さんへのお見舞いに仲間が出かけたりもした。

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