2000.06.06
某年04月01日エイプリールフールの土曜日。昼にチャーハンを食べ、その
上にポテトチップを一袋食べてしまう。食べ終わるとすぐに完全な昼寝を決め
込んだ。眼が覚めると何だか胃がヒリヒリと痛む。特に胃の入口付近の一部が
突起物の様にヒリヒリと痛む。時計を見ると2
時間程眠っていたことになる。
胃が痛む等今迄に全く無い事なので一寸変だなとは思った。しかしまあ食べ過
ぎですぐ寝たからかとそのときは思った。
数日が経過したが、やはり胃の一部がヒリヒリと痛む。こいつは一度検査し
たほうが良いかなと思いはじめていた。丁度都合が良いことに毎年受けている
人間ドックを受ける日が、10日程に迫っていた。丁度この検査があるから何ら
かの異常があればこの人間ドックで分かる筈だと考え、検査を待つことにした。
人間ドック当日胃のレントゲン検査の順番に成った。いつもの様にバリュウム
を飲み体を可動ベッドでぐるぐる回される。数枚の写真を撮り終わり、立った
状態に戻る。胃の入口部を機械で一回押して最後と成るはずであった。所が何
回も押しては角度を変える何時もとは違う動作に入っている。何か変だなーと
思っていると、これで終わりの筈が再び体を傾けぐるぐる回す操作に戻ってし
まう。( 絶対におかしい、バリュウムが巧く胃壁に残っていない為再度体を傾
け撮りなおしているのに違いない、おかしいぞと思った。)
そして再び胃の入
口部を押す動作に戻った。暫く角度を変え数枚の写真を撮りやっと撮影が終了
した。何時もと動作が違い明らかにおかしい。何か異常があるなと思った。そ
れに押していた所は丁度、胃が突起状にヒリヒリ痛む場所だ。
まあ検査の結果はいずれにしても出るのだから待つか、と思った。
数日後に再検査で胃カメラを呑む必要があるとの通知が来た。案の定予想通
りだ。即胃カメラの予約の電話をし、翌日胃カメラを呑む事となった。胃カメラ
を呑むのは初めてである。洋服を診療用寝巻に着替えさせられ、喉に麻酔を
かける。麻酔と言っても濃縮液の様な物を喉に入れられ、飲み込まずに
5分間
うがいをしていろと言うものである。飲み込まずにいるのは以外に難しい。
5 分が経過すると何となく喉や口の中がシビレタ様に麻痺をしてきた。隣の診
察室からゲー、ゲコ、ゲコ、っと胃カメラを呑んでいる人の声が聞こえてくる。
どうも操作が余り巧く無い医者が遣っているようだ。
胃カメラの撮影室に入る。胃カメラはどうも古い太いタイプ(
直径12ミリと
9 ミリがあるらしい) のようだ。アンラッキー、結構苦しいかも。
喉の奥にスプレー状の麻酔を再度吹きかけられ、横になる。口にパイプ状の
噛み物をくわえさせられ、胃カメラを喉の内部へ突っ込まれる。麻酔は完全な
ものでは無く、突っ込まれると、案の定ゲー、ゲコ、ゲゴっと来た。外で聞こ
えていたのは正にこの声だと思った。
涙は出るは涎は出るはで、喉は苦しい。特に差し込み時と引き出し時が苦し
い。じっと胃カメラを止めている間はそれほど苦しくは無い。
初めに何らかの異常のある場合は、組織を採取する事、或いは切除する事、
写真を撮りそれを貰う事等を告げておいた。先ず写真を数枚撮っているのが分
かった。そして組織を採取すると言う。やっぱりなーと思った。ワイヤーを胃
カメラに差し込み、場所を探りあてている様子だった。はいそこだと看護婦に
声をかけている。二箇所から組織を採取した。胃カメラを抜き出し、(
これか
かなり苦しい) 作業は終了した。
写真を見せてもらう。八枚の写真が撮られていた。二箇所に異常があると言
う。一つは小さく胃のひだに隠れる様に丸い形の物があった。もう一つはかな
りの大きさの平たい風船の様な盛り上がりで、食道のすぐ下にあった。根元が
小さな赤い斑点状に出血に近い状態であり、血管も透き通って見える。盛り上
がりの頂部付近は胃の内部粘膜と同様の見え方で同じ組織のようだ。それにし
てもかなりの大きさだ。胃の収縮した通路の口径に遜色が無い位に大きいのだ。
双方から組織を採取したと言う。小さい方は先ず100%安全な物だと言う。こ
のでかいのは切る必要あるでしょうと聞くと、外見だけでは何とも言えない。
組織の判定を見て決めましょうと言う。これだけでかいんじゃ切る以外無いん
じゃないですかと聞くと、暫く間があって内視鏡でも切れない事はない大きさ
なので、、、、と言った。
採取組織の検査結果は丁度 5月の連休が挟まる為、5
月11日にならないと出な
いと言う。取り合えず待つしか無い。
家の家系はまさしく癌の家系である。従兄弟は40歳の時に胃癌で無くなって
いるし、伯父は胃癌で胃を全部摘出している。(
80歳を越えた今も元気だが)
一番上の伯父は癌で亡くなっており、両祖父も同様である。更に祖母迄もが同
様なのである。最後に父も癌で亡くなっている。これはイガン、血筋からして
胃癌だろう。唯一救いは未だ転移している様子は今のところ無い、と言う所だ。
胃癌だとは思ったが、心は冷静であった。やや大きいとは言え比較的早期発見
の部類だろうと推測できる。最悪( 小さい方も癌だとすると)
胃を全部切除摘
出して仕舞えば、後遺症とか命が無いとか迄には至らないと自分なりに判断で
きた。
おたおたしても仕方が無い。とにかく検査結果を待って切る事にするか。父が
生きていれば色々病院にもコネがあったが、今はコネは効かない。何処で切る
かが問題だ。近くの二つの大病院にするしかないのか、入院はベットの空きが
無いとすぐ出来無いとか言うのが、一番の気がかりではあった。
検査結果が出る迄に未だ 2週間あった。じたばたしても始まらない、又いくら
心配してみてもどうなる物でも無い、食えるうちに食って、眠れるうちに寝て
おくしか無いと心にきめた。手術と成れば体力も必要だ。
本人は食事も充分何時ものように出来、睡眠も普段と同様にとれた。家族に検
査待ちと話すと家族の方が落ち込んで、眠れない食欲が無いと言いはじめる始
末と成った。心配しても良くなるわけでもないし、最悪胃を全部摘出すれば命
に係わる事も無いからと、こちらが慰め役に廻る事となった。
パソコンを新型に買い換えようと思っていたが、最悪手術中の事故か何かがあ
った場合の事を考えた。主が居なくなってはただの箱と成って仕舞うわけで
購入は取り止める。その代わりにノートパソコンの交換用ハードディスクと
デスクトップ用CD-RW ドライブの安い出物を購入する。
いよいよと成れば身辺整理と遺言も必要か等とも考えた。自分専用の各種
電動工具類や資料、種々の部品(PC 用、車用、ラジコンヘリ等のおもちゃ)
等が
沢山あり使う人間が居なくなると何が何やら分からず後の始末か大変だろう。
続く