プログラム表紙のコレクション

 1974年7月16日、厚生年金中ホールでの28期の初ステージ。
プログラム   関大は、25期重森保氏の指揮でA.Lotti作曲C.Rossini編曲の「MISSA QUARTA」を上級生のみ、新入生も加わって堀口大学作詩清水脩作曲の男声合唱組曲「月光とピエロ」。中短は中村千栄子作詩大中恩作曲の女声合唱組曲「愛の風船」。合同ステージは指揮日下部吉彦先生ピアノ伴奏伊吹元子先生で、高野喜久雄作詩高田三郎作曲の混声合唱組曲「水のいのち」でした。
 1974年11月1日、28期初めての厚生年金の大ホール。関大は甲南に続いて2校目に登場。25期重森保氏の指揮で堀口大学作詩清水脩作曲の男声合唱組曲「月光とピエロ」を熱唱。残念ながら北村協一先生指揮の合同ステージのデュオパのミサより「クレド」は客席で聞きました。
 1974年12月10日、厚生年金大ホール。28期にとって初めての定演。定演というものの意味がわかりました。
プログラムは25期重森保氏の指揮で、A.Lotti作曲C.Rossini編曲の「MISSA QUARTA」、堀口大学作詩清水脩作曲の男声合唱組曲「月光とピエロ」。26期塚田邦裕氏指揮で映画音楽メドレー(大脱走マーチ  OVER THE RAINBOW  SEPTEMBER SONG  栄光への脱出)、近藤安个先生指揮で、高村光太郎作詩清水脩作曲の『智恵子抄』より「或る夜のこころ」・「智恵子抄巻末のうた六首」、最後に、中勘助作詩多田武彦作曲の男声合唱組曲「中勘助の詩から」を25期重森保氏の指揮で演奏しました。
 演奏旅行もありました。1975年3月11日高松市民会館での高松演奏会。
3月13日高新ホールでの高知演奏会。
プログラムは26期塚田邦裕氏指揮で、堀口大学作詩清水脩作曲の男声合唱組曲「月光とピエロ」、北原白秋作詩多田武彦作曲の男声合唱組曲「三崎のうた」。「フォープラッカーズ」(26期のT1西村正・T2岩江昭範・B1林義郎・B2塚田邦裕の各氏)によるステージ。最後は指揮は26期塚田邦裕氏で、中勘助作詩多田武彦作曲の男声合唱組曲「中勘助の詩から」を演奏しました。高知の客席は後々までも悪夢となって28期のトラウマとなりました。
 1975年6月24日、厚生年金中ホール。法政の兄弟達とは2年になって初めて会えました。
 関大グリーは、26期塚田邦裕氏指揮で、「トスティー歌曲集」よりAddio! Ideale La Serenata  L'Ultima canzone の4曲、北原白秋作詩多田武彦作曲の男声合唱組曲「三崎のうた」。 法政アリオンは、田中信昭先生指揮で、林 光作曲「Symposium T 諸家論叢第一」(声とアクションのために)、「Symposium U 諸家論叢第二」(男声合唱のために)を演奏し、合同ステージは、田中信昭先生の指揮で、間宮芳生作曲「合唱のためのコンポジション第六番」(1968年度アリオンコール委嘱作品)でした。
 演奏会に先立ち、合同曲の練習のために田中信昭先生が来阪され、実際練習が始まると、それまでの練習で作ってきた西洋風の音楽とは全く別物の音楽が立ち現れ、見る見るうちに統一された新しい日本の音楽が完成されていきました。まるで魔法にかけられたような感動を覚えたことを記憶しています。最近入手したスウェーデンのOrphei Draengarという男声合唱団のCDにコンポジション第六番の2がはいっていて、それを聴いた瞬間、思わず田中先生に指揮される以前の演奏を思い出しました。
 1975年10月28日、厚生年金大ホール。2年の時の関西六大学合唱演奏会。合同ステージに初めて載りました。関大は6番目、つまり、トリで登場。26期塚田邦裕氏指揮で津村信夫作詩多田武彦作曲男声合唱組曲「父のいる庭」を演奏。合同演奏は、福永陽一郎先生の指揮で草野心平作詩多田武彦作曲男声合唱組曲「富士山」。本当に気持ちのいい大驟雨でした。
 1975年12月7日、フェスティバルホール。26期塚田邦裕氏指揮で、「トスティー歌曲集」よりAddio!  Ideale  La Serenata   L'Ultima canzone の4曲と津村信夫作詩多田武彦作曲男声合唱組曲「父のいる庭」。近藤安个先生指揮三浦洋一先生ピアノ伴奏で、堀田善衛作詩團伊玖磨作曲福永陽一郎編曲男声合唱曲「岬の墓」。最後のステージは26期塚田邦裕氏指揮で、中村千栄子作詩石井歓作曲ソプラノと男声合唱のためのカンタータ「明日への足音」。次年度の定演を意識しながらの定演でした。
 1976年10月19日、フェスティバルホール。関大は第1番目に登場。27期下井田秀明氏の指揮で、福永陽一郎編曲の「チャイコフスキー歌曲集」を演奏。合同演奏は関屋晋先生指揮で、小林純一作詩中田喜直作曲福永陽一郎編曲男声合唱組曲「海の構図」。手書きの文字は、第3回演奏会実行委員の役得で手に入れた合同指揮の関屋先生の記念サインです。
 1976年12月12日、フェスティバルホール。プログラムは近藤安个先生指揮でWilliam Byrd作曲MASS FOR THREE VOICES,27期下井田秀明氏の指揮で、堀口大学作詩多田武彦作曲男声合唱組曲「人間の歌」、福永陽一郎編曲の「チャイコフスキー歌曲集」、伊藤海彦作詩大中恩作曲男声合唱とピアノによる蒸気機関車への讃歌「走れわが心」。28期にとって思い出の定演。
  1977年11月3日、フェスティバルホール。関大は5番目に登場。1976年度委嘱作品で、この日のステージが初演となる三好達治作詩多田武彦作曲男声合唱組曲「追憶の窓」を29期松川裕氏の指揮で熱演。

 人間にとって「追憶」という言葉は、時には悲しく時には甘く心にひびく。積極的でなく何か感傷的なこの言葉をいやがる人もいるが、古今東西のいろいろな詩や小説や音楽の上に「追憶」をテーマとした作品は少なくない。追憶の中に、過ぎ去ったものに対する浄化作用があって、それは今の人間の今の時間を一方から支えていたり、また人間の死の寸前に目の前をよぎる風のように、それはとおりすぎてゆく。その一コマ一コマは、まるで絵画のように人の心に深く残りつづけたりする。三好先生の詩のなかから、そうした、しっとりとした追憶の詩をいくつか選んで作曲してみた。数年前、私の組曲「三崎のうた」を実にしっとりと歌いあげてくれた関西大学グリークラブから、新曲を委嘱されたとき、何かその時の印象がうってつけだったので、この組曲を捧げることにした。        作曲家 多田武彦
            
  HPを作りながら、多田先生のメッセージを読むと、遠く現役時代を懐かしむ格別の思いが、胸中を去来するように感じられます。
 合同演奏は、朝比奈隆先生指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団の伴奏で、「オペラ名曲集」を演奏。そのアンコールが豪華で、15分もかかる「美しく青きドナウ」。「美しく青きドナウ」のオリジナルは男声合唱曲といことで、六連の前に「ウィーンの夕べ」のコンサートに六連そろってお座敷出演したことも思い出です。思えば合同指揮の朝比奈隆先生には、打ち上げまでお付き合いいただき、当時すでにお年の割にはお元気などと失礼なことを考えていましたが、後々世界最高齢の現役指揮者としてご活躍になるとは思いませんでした。改めまして先生のご冥福をお祈りします。
 1978年1月11日、厚生年金大ホール。プログラムは、近藤安个先生指揮でANTONIO LOTTI作曲MASS AD 3 VOICES AEQUALES,29期松川裕氏の指揮で1976年度委嘱作品三好達治作詩多田武彦作曲男声合唱組曲「追憶の窓」、D.ドネリー作詩S.ロンバーグ作曲北村協一編曲ミュージカル「THE STUDENT PRINCE」より、伊藤海彦作詩大中恩作曲福永陽一郎編曲「島よ」でした。現役最後の定演でした。
1974年9月9日、森ノ宮の大阪府立青少年会館文化ホール。大阪府合唱連盟主催の演奏会。愛泉高校音楽部・羽衣学園高校合唱班・コードリベット・コール・合唱団京都エコーとともに出演。25期重森保氏の指揮により、日本民謡より「最上川舟歌」、「ソーラン節」、「斉太郎節」他を演奏しました。
1975年7月7日、岡山市民会館での中国短期大学フラウエンコールとの演奏会。関大は北原白秋作詞、多田武彦作曲の男声合唱組曲「三崎の歌」を26期塚田邦裕氏の指揮で演奏。中短は折茂郁子作詞、大中恩作曲の女声合唱組曲「船に乗る日の近づいて」を長岡代志子氏の指揮で演奏。合同ステージはフォーレのレクイエム。エレクトーンのアクシデントは演奏会というライブ特有の一発本番の怖さをつくづく経験しました。
1976年3月14日、福井市文化会館での福井演奏会と1976年3月16日、中電ホールでの名古屋演奏会。津村信夫作詩、多田武彦作曲、男声合唱組曲「父のいる庭」と「ごめんやす グリークラブです! −グリーあれこれ−」と銘打ったステージと草野心平作詩、多田武彦作曲、「草野心平の詩から」を27期下井田秀明氏の指揮で演奏。福井の賛助出演はカーネル合唱団。萩原英彦女声合唱曲集より6曲を瓜生完二氏の指揮で演奏。名古屋の賛助出演は金城学院大学グリークラブ。童謡歌集より5曲を森田真紀氏の指揮で演奏。このページを書きながら調べたのですが、金城学院大学のHPのクラブ紹介にグリークラブは載っていませんでした。2000年までの活動はあったようなのですが?
1976年6月14日、都市センターホール。28期の東京初ステージ。グリーは、草野心平作詩、多田武彦作曲、「草野心平の詩から」と福永陽一郎編曲、浅井康子先生のピアノ伴奏で「チャイコフスキー歌曲集」から5曲を27期下井田秀明氏の指揮で演奏。アリオンは、田中冬二作詩、多田武彦作曲、男声合唱組曲「北陸にて」を伊藤冨美雄氏の指揮で演奏。1970年度アリオンコール委嘱作品、三好達治作詩、三善晃作曲、男声合唱のための「王孫不帰」を田中信昭先生の指揮、田中瑤子先生のピアノ伴奏で演奏。合同ステージはこの日のための合同編曲委嘱作品、外山雄三編曲「黒人霊歌集」を田中信昭先生の指揮で演奏しました。外山先生から楽譜がなかなかいただけず、5月に東京まで出かけてお願いした事を思い出します。
1977年6月25日、豊中市民会館大ホール。グリーは、北原白秋作詩、多田武彦作曲、男声合唱組曲「雪と花火」を29期松川裕氏の指揮で演奏。ミュージカル THE STUDENT PRINCE より6曲を浅井康子先生のピアノ伴奏、29期松川裕氏の指揮で演奏。アリオンは、1977年度委嘱作品、三善晃編曲「ルフラン」を田中信昭先生の指揮で演奏。同じく1977年度委嘱作品、福永陽一郎編曲、A PAUL SIMON SONGBOOK から5曲を伊藤冨美雄氏の指揮で演奏。合同演奏は、1970年度アリオンコール委嘱作品、三好達治作詩、三善晃作曲、男声合唱のための「王孫不帰」を田中信昭先生の指揮、田中瑤子先生のピアノ伴奏で演奏。


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