滅多に雪の降らない僕の住む街に、夜のうち雪が積もった。
僕は翌日の夕方、その積もった雪の中に出てみた。
青白い雪の道を歩いた。
どこをどう歩いたのだろうか。
僕は突然広がった目の前に驚いた。
「・・・・・・!」
静寂の世界。
満ちかかった月だけが僕を見ている。
僕はもう一歩、雪原に踏み入った。
足元から、雪の冷たさが伝わって来る。
まだだれも足を踏み入れていないらしい。
真っ白なキャンバスに、僕の足跡だけが描かれる。
「こんなに静かなんだ」
僕はわざわざ口に出して言った。
そうでもしないと、僕の存在自体を否定されてしまいそうな気がした。
もう一歩踏み出す。
この銀世界が、夏には草原になるんだ。
そう考えると、狐か狸に化かされているんじゃないかとも思う。
そう、化かされてるんだ。
昨日の雪も、今の銀世界も、雪雲のほんのいたずら。
僕はそのいたずらの中に立っている。
僕は不意に、後ろにばったり倒れた。
白い雪に、僕の人型が出来る。
首に冷たい雪が入ってしまったけど、むしろ気持ちよかった。
雪の匂いってあるんだろうか。
あるとしたらそれは、小さい頃の雪合戦のことか、土のついた雪だるまの思い出。
僕は起き上がって、雪を今度は手に取った。
手袋を伝って、湿り気を感じる。
ダイヤモンドダスト。
樹氷。
それらを僕は実際に見たことがない。
でもきっとこの手を流れ落ちて行く雪の様なんだろう。
目を閉じると、今日もどこかで、吹雪に絶える囲炉裏の音が聞こえそうだ。
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