光の植物園 ・・・夏の匂い
むせかえるような暑い夏の日。
僕はまたあの植物園へ行った。
こんなに暑い日では、この温室内の方がずっと涼しく感じられた。
きっと植物たちの水分のおかげだな。
僕は一人こんなことを考えてから、温室内のテラスの方に行った。
テラスの白いテーブルに一人腰掛け、彼女はいた。
なにをするでもなく、ただ、周りの木々草々を眺める。
そしてたまに、そばの手のとどく葉を触れ、目を閉じる。
彼女は植物と話しているんだ。
ふっと素直になってすべてを植物たちの流れにまかせる。
すると、植物たちの鼓動とともに、話し声が聞こえる。
彼女に以前話しかけたとき、そう言っていた。
僕も試しにやってみたが、わからなかった。
しかし、彼女にはわかるのだろうか。植物の声が。
たまに、手を、頬を葉に茎にあてたまま、彼女は笑う。楽しそうに。
僕はうらやましかった。
彼女の真似をして、また目を閉じて大きな葉に自分の頬を埋める。
やはり、その‘声’は聞こえなかった。
でも懐かしい匂いがした。
ああ。この匂いは。昔。原っぱに寝っころがったとき。
朝。畑へ行ってとりたてのきゅうりを両手一杯に抱えたとき。
裏の森で迷ってしまったとき。
・・・・・・あのときの匂い。
故郷に帰ろう。
僕はそう考えると、閉じていた目を開け、触れていた葉を撫でた。
ありがとう。
彼女はいつの間にかいなくなっていた。
隣の温室に移ったのだろうか。
僕は出口へ向かった。
彼女はきっと、夏のあいだはずっとここにいるのだろう。
Copyright (c) arinomi workshop , 1999
All Rights Reserved