前にここまで送ったときは、とても風が強い日だった。
あの日は、少し微熱があったから、正直詳しいことは覚えてなくて、気がついたら家に戻ってビール片手にテレビの前に倒れ込んでいた。
今日はきわめてコンディションは良かった。
梅雨の入りがけで、空は君の住む町みたくどんよりしていたけれど、僕は少しはしゃぎ気味でハンドルを握っていた。
一昨日、君が自動車でやってきたときはもう少し手前まで、僕は電車で迎えに行った。
待ち合わせたのは環状線の料金所を降りてすぐのファミリーレストランで、以前二人で一度だけやってきたことがあった。いや、実を言うと、僕はその前に自動車で一人でここまで来たとき、寄ったことがあった。その時、ここのハンバーグステーキと冷凍莓牛乳がものすごく美味しかったから、どうしても君をつれてきたかったんだ。
僕はちょうど前の日が給料日だったから、交通費にも、外食費にも気兼ねすることなく、君と待ち合わせられた。
君から電話があったのは、12時半頃。
僕は前日遅くまで飲んでいたからくたびれていたのか、起きたのが11時頃で、顔を洗ってかなり遅めの朝飯を軽くとっていたときだった。
電話があってすぐ、僕は着替えて財布と定期をポケットに突っ込んで、家を飛び出した。そうしないと、電車に間に合わないから。なにしろ、田舎町に住んでいるから、電車の本数が限られている。
とまぁ、飛び出したのにもかかわらず、乗り換えの接続が悪くて、僕は結局途中の何もない駅で20分近くも待たされた挙げ句、ようやくJR線に乗り込んだ。
橙々色の電車が、河を越えたところで、僕は降りる。
自動車ではよくこの駅を見たけど、実際に下車するのは初めてだった。
だから、待ち合わせたレストランまで行き着く自信は余りなかったけれど、開けた南口の案内版をにらんで、ようやく所在地を掴んだ。
君にすぐ会いたかったのは本当だし、君と一緒にハンバーグを食べたかったからわざわざの足労は何とも思っていなかったけれど、もしもレストランに行き着けなかったらと、ほんの少し不安だったから、思わず鼻歌も出てしまった。
鼻歌を歌いながら、河を渡る風を感じながら、ハンドルを握る君の横顔を想像しながら、僕は歩道橋を渡り、目指すファミリーレストランに行った。
君はまだ着いていなかった。
電車の接続の悪さで、てっきり自動車の君の方が早いと思っていた僕は、拍子抜けしてしまった。
時間を潰そうと入った隣の本屋で、その日に出たばかりの雑誌を一冊読み終わったところで、君がきているような気がしてちょっとレストランの方向を見た。けど、もう一冊読みたい本があった、と思いだしたところで、僕は君に背中を叩かれて、しまったと思った。君に向かって苦笑いする。
山道を含め長時間運転してきた君を助手席に退け、僕がここからは運転した。
ハンバーグは美味しかったし、何よりも束の間でも君がきたから、僕は嬉しくて、渋滞する橋の上でも、苛立つことはなかった。
国道を走った自動車は、小さなイタリア料理屋の横から細い道を抜ける。
今日ははじめ、僕が運転した。
君が遠慮するのを無理言って、僕は環状線を終点の一つ手前まで走り、一般道におりた。
そして、駅への矢印標識が出たところで、僕は路肩に停車した。
野火止の郵便局の前。
ここからはお互い、一人で帰る。
僕は電車で、君は自動車で。
走って来る自動車の流れが切れるのを待って、僕らは一斉に自動車を降り、君は運転席へ、僕は歩道へと移った。
君が助手席側の窓を開け、僕のテレホンカードを指しだした。
本当は、わざと車内に忘れておいたんだけれど、君に出されては、受け取らない訳にはいかなくなって、不本意ながらも受け取った。
自動車がまた、向こうから流れて来る。
君がウインカーを右に出した。
乾いた音が、不思議と胸に染みて、手を振るのも忘れて、僕は自動車の後ろ姿を見送った。
すぐ、そこを曲がったところが、自動車道の料金所だ。
僕は君が曲がる前に、野火止歩道橋に昇り、もう一度君の行った方向を見たけれど、もう君の自動車はなかった。
残念ではあったけど、僕は何故だか不思議と気持ちよく、階段を降りた。
駅まで行ったはいいけれど、電車がちょうど僕の頭上、高架の上を通過して行ったから、電車を2本後らせることにして、僕はキャンピングカーを改造したような形のラーメン屋台に入った。外のテラスに座って、ビールを飲みながら、餃子とラーメンを食べた。期待はしていなかったけど、懐かしい味がして、僕は得した気分になる。
そういえば、その日の空気も、妙に懐かしい匂いがした。
住んだこともない町なのに、不思議なものだ。
運がいい日もあるもので、電車は結構こんでいたのに、次の駅で僕は座れた。
僕はそれから40分余りうつらうつらしながら、平野の旅を楽しんでいた。
向こうに、大きな高圧鉄塔が連なって見える。
あのうちのどれかは僕の家の方まで続いていて、そして君の家の方の発電所まで続いているにちがいない。
一昨日、僕が君に会ったあの町が近づいている。
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