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たっくんのこけももソーダ

 たっくんは、シラカバの林のなかをあるいていました。みきの白いシラカバが、ずっとおくの方までつづいています。
 けれども、林にはだれもいる気配がありません。
 たっくんの運動ぐつのそばのツユクサの葉っぱから、わかば色のアマガエルが、いっぴき、はねてどこかへ行ってしまいました。
 その日、たっくんはお兄ちゃんとけんかしてしまいました。お兄ちゃんの大切なアサガオのはちうえを、たっくんがまちがって、サッカーボールでわってしまったのです。いつも、お兄ちゃんはやさしいのですが、たっくんがあやまらなかったので、おこってしまいました。
 たっくんはほんとうはあやまりたかったのですが、お兄ちゃんがおこってしまったので、くやしくて、家をとびだしました。
 家のうらにある林は、ひっそりとしています。
 たっくんは、だいぶあるいたので、少しくたびれてきました。どんどんおくにすすんでも、だれもいないので、だんだんさみしくなってきました。
 やっぱり、アサガオをわってしまったのは、家にかえってお兄ちゃんにあやまろうかとおもいましたが、お兄ちゃんのことをおもいだしたら、ますますさみしくなって、とうとう泣きだしてしまいました。
「お兄ちゃん、ごめんなさい・・・・・・ひっく」
 そのとき、シラカバの林のむこうに、なにかが見えました。
 たっくんがちかづいてみると、それは一けんの丸太でつくられた小屋でした。
 ずっと林をあるいてきたたっくんは、少しつかれていたので、その小屋でひとやすみさせてもらおうとおもいました。
 小屋にはクリの板をシラカバの枝でふちどった看板に、「よませや」と赤い絵の具でかいてあります。
 なにかのお店やさんのようです。
 たっくんはおそるおそるドアを開けてみました。すると、スズのドアベルがからんからんとかわいた音ではじけるように鳴ったので、たっくんはおどろいて、立ち止まりました。
「いらっしゃいませ」
 女の子のこえがしました。
 見ると、お兄ちゃんくらいの女の子がくびをかしげるようにして、たっくんを見ています。
「いらっしゃいませ、よませやへ」
 女の子はもういちど言いました。
 白い、レースのししゅうがかわいいエプロンをしています。
 カウンターの向こうがわで、コップをあらっていたようでした。
「どうぞ、そちらにすわってください」
 にっこり笑った女の子は、たっくんに陽当たりのよいまどぎわの席をあんないしました。
 木のわくの窓からは、まぶしい光があふれるようにガラスを通してそそいできます。女の子のエプロンと同じししゅうをしたレースのカーテンが、その光をやさしくつつんでいるようです。
 たっくんはどういうわけか、お兄ちゃんのことを少し思い出しました。
 まどぎわには小さなももいろの花を咲かせたいい香りのする草が、水色のガラスびんに一本、さしてあります。その横には、ガラスびんと同じ色のビー玉が7つおいてあって、ときどきうるんでいるようです。
「焼きたてよ、どうぞ食べて」
こおばしい匂いがします。女の子が銀のおぼんに、焼きたてのクッキーをのせてもってきてくれたのです。
「レモンバームのクッキーなの」
 こんがりと、茶色に焼けたクッキーには、ところどころきざんだレモンミントがさわやかにかおります。
 おなかがすいていたたっくんはおもわず、むちゅうになって食べてしまいました。
「もう少しもってくるわね。ところで、ここはソーダのお店なの。でも、いつもはイチゴのソーダしか出してないんだけれど」
「イチゴのソーダ?」
 たっくんはイチゴが大好きです。いつも、おかあさんが買ってきたイチゴにミルクをかけて食べています。
 けれど、イチゴのソーダはのんだことがありません。
「だけど、残念だけど、今日はイチゴのソーダはないの」
 女の子はもうしわけなさそうに、いいました。
「イチゴソーダはね、うらのしゃめんのイチゴ畑でいただいたイチゴを、そらいろのくもりガラスのびんに入れて、ツユクサのあさつゆとアップルミントの葉をひとにぎりいれて、いちにち、まどぎわにおいて、たいようの光にあててつくるのよ」
 まどぎわの水色のガラスのかびんの中で、小さなあわが、ぷくぷくっとうきあがって消えていきます。
「ところが、そのイチゴをくれる、イチゴ畑のおばあさんが、うっかりかぜをひいてしまったの。だから、ことしはまだイチゴソーダはつくれないのよ。おばあさんがいないと、イチゴがちっとも赤くならないから。きのう、おばあさんにクッキーをもっていったんだけれど」
 女の子はとても心配そうです。
 でも、たっくんににっこりとわらうと、
「もうすこし、クッキーをもってくるわね」
と、いいました。
 こんど女の子がもってきてくれたのは、うすく焼いたクラッカーでした。そして、ウグイス色に銀の星のもようがかかれたビンと、花のかたちのスプーンももっています。
「どうやって食べるの?」
 たっくんがきくと、
「これはね、なしのジャムなの。これをすくって、クラッカーにのせて。とてもおいしいわよ」
 女の子にいわれたとおりにしてみます。
 なしのジャムは食べたことがありませんでしたが、アンズジャムのように甘くて、イチゴソースのようにやわらかいものでした。
「すごくおいしいよ、これ」
 うれしそうなたっくんをみて、女の子はふふっとほほえみました。
「これはね、まちのそばにある果樹園のなしよ。その果樹園の男の子がいつもおくってくれるの。そのなしを皮をむいてコーヒー用のサイホンにいれておくの。そうするとね、ねているあいだにしぜんにはっこうして、このジャムができるのよ。ねているあいだなのはね、なしって果樹園の男の子といっしょで、いがいとはずかしがりやさんだから、だれかがみていたりすると、はっこうしてくれないのよね」
 それから女の子はおもいだしたように、
「ところで、いま、イチゴソーダはないのだけど、じつはあとこけもものソーダがあるの。でもねぇ・・・・・・」
「どうしたの?」
「こけもものソーダはとくべつなソーダなの」
「とくべつ?」
 たっくんがくびをかしげると、女の子はうなずいて、
「こけもものソーダは大好きなひととのまないと、あじがぜんぜんしない、ふしぎなソーダなのよ。あなたにも大好きなひと、いるでしょう?でも、いまひとりだし、どうしよう・・・・・・」
 けれど、クラッカーを食べたたっくんは、のどがかわいていました。
「ぼく、こけもものソーダがのみたいなぁ」
「そうねぇ・・・・・・」
 女の子は、かんがえこんでいます。でも、たっくんがどうしてものみたいというので、とうとうもってきてくれました。
 こけももソーダはうすいピンク色で、ときおりあわがうかんでは消えてゆきます。ソーダのむこうには、しんぱいそうな女の子のかおがみえました。
「このこけももも、果樹園の男の子がくれるの。とうめいな三角フラスコ型のビンにこけももをいれて、山の万年雪とレンゲの花を二ふさいれて、ひとばん、月の光にさらしてあげるのよ。でも、大好きな人とのまないと、ただの水とおなじね。あなたも、大好きな人いるでしょう?」
「うん・・・・・・」
 たっくんはお兄ちゃんのことをおもいだしました。
 きょうはけんかしてしまったけれど、とてもやさしくて、たよりになるお兄ちゃんです。たっくんが大好きなお兄ちゃんです。
 でも、いま、お兄ちゃんはいません。
 お兄ちゃんがいたら、きっとこのこけももソーダはおいしいだろうな。
 たっくんはそうおもいながら、やっぱりためしてみることにしました。
 女の子がだしてくれたレモン色のストローをいれ、たっくんはのもうとしました。
 その時、
「ちょっとまって」
 女の子がいいました。たっくんはあわてて、のもうとするのをやめました。
「もしかしたら、あなたの大好きなひとがここにくるかも・・・・・・」
 女の子のこえとかさなるように、小屋のドアがあいて、ドアベルがけいかいになりひびきました。
「たっくん、たっくん、やっとみつけた」
 はいってきたのは、なんとたっくんのお兄ちゃんです。
 たっくんが大好きなお兄ちゃんです。
 けんかしてとびだしてしまった、たっくんをさがして、ここまでやってきたのです。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
 たっくんはおもわず立ち上がって、お兄ちゃんのところまで、はしっていきました。
「ごめんなさい、やっぱりぼくがわるかったんだよ。アサガオ、ごめんなさい」「いいんだよ、たっくん。アサガオはらいねんでもそだてられるもの。たっくんは、ぼくのたった一人のおとうとなんだから」
 お兄ちゃんはやさしく、たっくんのあたまをなでました。
「よかったわ。こけももソーダ、お兄さんのぶんももってくるわね。きっととってもおいしいわ」
 まどぎわのせきに、たっくんとお兄ちゃんはむかいあわせにすわって、こけももソーダをのむことにしました。
 ソーダはあいかわらず、小さな小さなあわをうかばせては消えていきます。
 大好きなお兄ちゃんとのんだこけももソーダは、あまずっぱくて、もりのかおりがしました。
 お兄ちゃんもたっくんをさがしていて、のどがかわいていたのか、ふたりともすぐにのみおわって、おかわりをしました。
 そして、お兄ちゃんも女の子がつくったクラッカーとなしのジャムをたべました。
「おいしかったよ、ほんとうにありがとう」
 かえりぎわ、たっくんは女の子におれいをいいました。
 お兄ちゃんもいいました。
「またぜひ、きてね。こんどはリンゴのソーダものんでほしいから」
 女の子はうらのにわでさいていたラベンダーをたっくんのうでいっぱいにくれました。
 おかあさんのようなかおりがする花でした。
 もうすぐ、日が暮れてしまいます。
 夕焼けにだいだいにそまったシラカバのみきをみながら、そしてお兄ちゃんと手をつないで、たっくんは家にかえりました。
 もしかしたら、あの女の子の大好きな人は、なしやこけももをくれる、果樹園の男の子なのかもしれない。
 たっくんはちょっとそうおもいました。
 いまでもたっくんは、きっと果樹園の男の子も女の子のことが大好きだから、あんなふしぎなソーダができるんだとしんじているのです。

end

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