天気図が、様子を変えた。
小笠原高気圧に代わって、大陸から低気圧がやって来る。
僕は朝、窓を開けて、風に秋を感じた。
いつの間にか、あの蝉も鳴きやんで、僕は取り残されたようにベランダに立っていた。
朝刊の文化欄に、秋海棠という花のことがでていて、秋が来たという事実をようやくもって認めた。秋に咲く、海棠(薔薇の一種)。白黒で載っていたその小さな花は、名前から想像したよりもすっと可憐な花だった。
ちらり、ちらりと虫が鳴く。
昨日、都心の公園で薮蚊に刺された痕が、うっすら赤くなっている。
それさえ、夏の名残を惜しんでいるみたいに見えるから不思議だ。
どんよりと曇った空が、鉛色のあの街の空を思い出させる。
実りの秋を迎えているのだろう。
夏の終わりに、あの街へいったとき、稲穂がゆったりとたれていたのを思い出した。もうすぐ、稲刈り。
そして、君は初雪の日を待ちながら、自動車を走らせている。
僕があの街を出てここにこようと5年前に決心したきっかけになった街に、昨日偶然行ってきた。
僕は5年前、この街が自分の街になることを憧れて、あの暗い街を出ようと思った。夜、イルミネーションがともって、僕は人混みを一人で歩きながら、胸が踊って、ここなら、何かが変わる、変化が起きる、自分が変われる、そんな予感がして、決心した。
君はまだあの街にいる。
明日は十五夜だという。
庭先の土には、蝉の幼虫が光を求めて、うがった穴があちこちに、ぽかりと開いている。
その、蝉。ベランダの隅に、風に飛ばされてきた抜け殻に混じって、死骸まで転がっている。
植えこみのにしきぎは、あんなに緑にかかやいていたのに、どこかしらかすんで、売りきりの夏物も、秋物の前に元気がない。
暑さに弱い僕も、しばれる冬を前に、君を想って憂欝になる。
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