Button3 東北妖怪紀行・抄

東北妖怪紀行・抄

はじめの妖怪 | にばんめの妖怪 | さんばんめの妖怪

 妖怪に、会った。
 すごく、懐かしい妖怪だった。
 いままで、会ったはずがないのに、会ったことがあるような。
 むかし、日本にはたくさんの妖怪が、人々と共存していたなんていう話も、まんざら嘘ではないのかも知れない。
 そんなことまで思わせる、初夏の旅だった。

はじめの妖怪

 それは、東北旅行の2日目。
 夕方、平泉から遠野にやってきて、綺麗な駅舎にできたばかりのステーションホテルに泊まった。近くのスーパーマーケットで弁当とビールを購入後、まだ新しい匂いのするホテルの部屋で、フロントで借りた遠野民話に関するビデオを見ながら、得も言われぬ異国感に浸っていた。
「・・・・・・どんとはれ」
 ビデオの中のおばあさんは、囲炉裏端で物語り終わると、こういった。
「むかしさぁ、遠野物語読んだんだけど、さっぱりわかんなくて投げ出しちゃったんだよなぁ」
 連れのM君がこういった。
 そういえば、僕も。古本市で買ったのに、結局全然読まなかった。
「この民話、知ってる?」
 ビデオを見ながら訊いてみる。
「んー、なんとなくは」
 僕は、知らなかった。しょうがなく、フロントで手っ取り早く読めそうな絵本まで仕入れてくる。
「明日、どうやってまわろうか?」
「チャリンコ借りて、まずカッパ淵」
「ああ、有名なとこね」
 カッパといえば、僕のひいじいさんがそっくりだったという。だから、なんとなく、写真で見たひいじいさんみたいなカッパが、水浴びしてる姿を想像した。
「カッパに会うでぇ」
ゲゲゲの鬼太郎の愛読者であるM君は、すっかり会う気である。どこまで本気で、どこまで冗談なのか区別が付かない。 窓の外でワンマン列車が止まる音がして、駅の光が消えた。 明日の始発かな。でも、それまでに起きられる自信はまず、なかった。

 駅前のレンタサイクルで自転車を借り、走り出した。
 夏真っ盛り、まさしく夏休みの空だ。
 夏に妖怪ツアーなんて、いいじゃないか。
 わくわくしながらペダルをこぐ。妖怪の存在自体に半信半疑のはずのなのに、なんだか本当に会えそうな予感がする。
 でも、それは単に予感。なのに、『はじめの妖怪』に会ったのは、あっけないけども、それからすぐだった。
 なんの変哲もない、地方の町を抜け、観光地図をもとに、「キツネの関所」という所に着いた。こんな風に書くと立派な観光地に来たみたいだけど、とんでもない。車道に面した、単なる草むらだ。
 むかし、街道(僕らがこいできた道路らしい)の関所のようなところで、キツネがそこを歩く人々を騙した伝説があるのだという。
 けれど、草むらは草むら。勿論駐輪所はない。僕らは、自転車をガードレールに寄せるようにして止めた。それでも狭い歩道は、人が通るにも不便かも知れない。
 僕はそんなことを思って、歩道の先を見た。田舎道だから、人も通らないかな、と思ったんだ。
 向こうから、自転車に乗ったおじいさんがゆっくり走ってくる。
 ああ、邪魔になるかな。
 自転車に鍵をかけながらそんなことを思ったとき、声をかけられた。
「どちらから、来なさったんかね?」
 僕もM君も、ぎょっとして顔を上げた。
 こころなしか僕のひいじいさんに似ている、さっきの、自転車おじいさんだった。
 何時の間に、ここまで来たのか、オールドファッションな自転車を降り、僕らをじっと見ている。
「と、東京です・・・・・・が」
 M君が代表して答える。
 すると、
「それはまぁ、とぉきょぉといえば、・・・・・・」
と、おじいさんは語りだした。昨日のビデオのおばあさんに近いような遠いような訛で、はっきりいって、半分ぐらいしかわからなかったけど、どうやらおじいさんは僕らを観光客だと見て、いろいろと語ってくれているようだ。
僕らは呆気にとられて何も言えない。
「これから、カッパ淵へ?」
「あ、はい」
「だったら、カッパのおじいさんに会ったと、ノートに書きなさい」
 カッパのじいさん?
 ノート?
 状況のつかめない僕らは「はぁ・・・・・・」としか答えられない。
 でも、おじいさんは満足げに言い残し、僕ら二人に握手を求め、自転車にまたがって、遠野の町の方向に去っていってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
 なんだったんだ、あれは。
 僕らは、「キツネの関所」も忘れ、しばらくおじいさんを見送ってしまった。
 おじいさんの手は、ちょっと冷たい、でも骨張った感触だった。

 おじいさんの謎はまもなく解けた。
 がっかりするくらい、あっけなく解けた。
 噂の「カッパ淵」は、「キツネの関所」から、結構離れていたけれど、下り気味の道路だったから、さほど時間はかからなかった。
 お寺の境内に自転車を駐輪し、畑と畑の間を縫うように流れる小川に出た。この小川が少し澱んで、淵のようになっているところ。そこが、「カッパ淵」だ。
「なんだか、ただの用水路にみえる」
「うん・・・・・・」
 でも、淵の端に小さな祠があって、そこに陶器でできたカッパくんが腰掛けたポーズで安置されていたから、「ああ、やっぱりカッパ淵らしい」と思えた。
 突然、 M君が「あーっ」と声を上げた。
「おい、これ、あのじいさんじゃない?」
 僕はM君に促されて、祠の奥を覗き込んだ。
「ほんとだ、あのじいさんの写真」
 祠の奥に、大きく引き伸ばされた写真が一枚、額に入れて飾られていた。そこには、果たしてあのおじいさんが笑って写っている。
「なんなんだ、このじいさんは、いったい」
「あああっ、ノートもある。ほら」
 祠に、手垢にまみれた大学ノートと、黒い綴じ紐でつながれたボールペンが、場違いにおいてあった。ちょうど、観光地の喫茶店とかにおいてある、「思い出帳」のような感じだ。
 僕とM君は、顔を見合わせた。
「ほんとに、カッパのおじいさんだったんだ」
 M君がつぶやいた。
「キツネにつままれたような」とはよく言ったもので、僕らは「キツネの関所」でカッパに出会ったんだ。

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にばんめの 妖怪

 僕らが期せずして出会った「カッパのおじいさん」は、どうやら遠野の名物おじいさんらしく、最近では彼に会いたいがために遠野にやってくる観光客もいるという。いつも、「カッパ淵」でのんびりと座っているようだが、あの日はどうも市内に買い物でもあって、出かける途中だったということらしい。
「カッパのおじいさんに会ったと、ノートに書きなさい」
 僕らはおじいさんの台詞どおり、ほかの観光客みたいにノートに書き込むことにした。
 カッパ淵は僕ら二人以外誰もいない。
 畑の真ん中。
 セミも鳴いているけど、淵の水に吸い込まれるようで、気にならない。
 その淵が、時折「ちゃぽん」と音を立てる。
「・・・・・・んっ!」
 淵が音を立てるたび、M君は辺りに神経をとがらせているようだ。
「どうした?」
「カッパが、おれたちに隠れて、水遊びをしている音や」
 大真面目な顔して、M君が水面を見つめている。

 静寂だな。
 僕はM君がカッパを探している間に例のノートに書き込んで、ふとそう思った。
 ところが。
 僕がそんなガラでもないことを思ったせいなのか、その静寂に、奇妙な音が混じっていることに気がついた。
 M君も気がついたらしい。
 二人、何も言わず、淵の先の方を見た。流れでいうと上流方向にあたる。
 M君が何を期待してか、息を凝らしているのがわかって、僕は吹き出しそうになったけど。
 ぎぃー、ぎぃー・・・・・・
 木立の中から、聞こえるかすかな音は、やがてはっきりとする。姿もみえた。
 腰が曲がりかけた、おばあさんだった。
 じいさんの次は、ばあさんか。
 言葉にこそしなかったが、二人で思わず笑った。
 恐らくこの辺りの農家の人だろう。よくお年寄りが使う買い物カートを押していたから、奇妙な音がしたのだ。
 隣のM君は、カッパじゃなかったことにがっかりしたようだった。
 おばあさんは、ゆっくりとした足取りとは裏腹に、あっという間に僕たちのところまでやってきた。
 さっきのおじいさんといい、このおばあさんといい、なんだか僕たちの時間軸を無視した速さを感じる。なんだか、現実離れしてるよなぁ。
 僕たちは、黙って、そのおばあさんを見送ろうとした。
 ところが。
「どちらから、来なさったんかね?」
 ん??なんか、どこかで聞いたようなフレーズ。
 しかし、M君はそうは思わなかったらしい。
「と、東京です・・・・・・が」
 またもや、同じように答える。
 おばあさんはにっこり笑うと、自分の子どもが東京にいることを楽しげに語りだした。
 さっきのおじいさん、つまりかっぱのおじいさんは、一見して「変わってる」と思ったけど、このおばあさんは「変わってる」のではなくて、「観光客に親切な人のかな」と思った。遠野の人は観光客に優しいんだな、と。
 そのおばあさんが、突然、「トマトはいらんかね」といった。
 唐突さに、僕もM君も返事できずにつまった。
 おばあさんは、僕らの反応はよそに、カートのふたを開けた。
 カートの中には、スーパーのビニール袋でもなく、日用品のたぐいでもなく、たった5つ、トマトがそのまま無造作に入っていた。

 僕は、前言を撤回しようと思った。
 おばあさんは「変わってるわけじゃない」と思ったことだ。十分、「奇妙な人」だ。
 話によれば、今し方おばあさんの畑で取ったトマトなのだそうだが、カッパ淵でキュウリならぬ、トマトが登場するとはなんだか、奇妙な因縁(どういう因縁だか、わからないけど)を感じる。
 思わず沈黙してしまった僕らを、遠慮していると思ったのか、おばあさんはひとつ、ぐにゃっと変形して実ったトマトをカートから取り出し、僕の鼻先に突き出した。反射的に僕は受け取る。
「う、わー、つやつやしてますね」
 手にしたトマトは、とりたてだというのに、ワックスをかけたようにぴかぴかに光っている。形は変だったけど、大きくて、重くて、手触りも気持ちいい。
 僕のトマトを背後から覗き込んでいたM君にも、おばあさんはトマトを手渡した。僕のよりも丸くて整っていたけど、同じようにつやつやで大きかった。
 なんだか、ここでもキツネかカッパにでも騙されてるような、錯覚におちいった。

 おばあさんは、トマトを渡すと、あっという間に去っていってしまった。それまで、あれだけ話をしてたのに、不自然なくらいあっという間に。
 木立の中へ、おばあさんはカートをぎぃーぎぃー押して、姿を消した。姿が見えなくなると、あのカートの音も聞こえなくなった。カッパ淵は、もとのように静かになって、僕とM君が真っ赤なトマトを手に立ちつくしていた。
 が、自他共に認める食いしん坊のM君はさっそくTシャツでこすって、トマトを拭き、一口頬張った。
「これ、うまい」
 確かに・・・・・・僕もおばあさんのくれたトマトは美味しかった。青臭くて、それでいて甘酸っぱいような。
「騙されたのかな・・・・・・カッパとキツネに」
 少し空腹感があった胃が、トマトで束の間の満足をしている。でも、あのトマト、実は幻だったのかも知れない。
 僕は、残った深緑のヘタを思わずみた。
 あれっと気がついたら、手の中にあったはずのヘタがなくなって、お腹も元通り空いてる。
 そんなこともあり得そうだと思ったからだ。
 相変わらず、M君はカッパの気配を探っている。
「でもさぁ、妖怪のたぐいって、以外と目に見えない存在ってわけやなくて、普通に当たり前のような顔して、会ってるのかも知れんな」
 再び自転車でスタートするとき、自転車にまたがったM君がぼそっと呟いた。

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さんばんめの妖怪

 その日、僕らは炎天下の中、ひぃひぃーいいながらペダルをこぎ、遠野をまわった。東北旅行、といえば涼しい旅行だ、と思っていたのに、なんなんだこの気温は。東京よりもずっとキツイじゃないか。
 だから、宿に着いたら絶対にすぐに寝ようと思った。寝ようなんて思わなくても、すぐに寝られると思った。
 僕らは、遠野から次の目的地・金田一温泉を目指した。ここで一泊して、明日は青森に出るつもりなのだ。
 金田一温泉は、知る人ぞ知るスポット。何で有名かと言えば、「座敷童子」。
 「カッパ」の次は「座敷童子」。ついでに、旅行の最終日には、恐山まで足を延ばすつもりだった。
 妖怪好きのM君企画だから、しょうがない。M君は大学に入る以前、一度この金田一温泉に来たことがあるそうだ。
「ここの、旅館の一つに、座敷童子の出る部屋があるんや」
「その部屋に泊まったんだ?」
「いや、俺、小心者やから・・・・・・」
 小心者のくせに妖怪が好きとは、ねぇ。
 僕らは、夕暮れ頃、ようやく岩手県の北の端、金田一温泉に到着した。

 夕食は、離れに呼ばれた。
 感じのいい女将さんが、お膳で運んでくれる。
 昼はスーパーのパンですました僕らは、当然がっつくように食べ始めた。そんな食べ方をするのはもったいないくらい、美味しかった。
「ん?」
 M君はふと手を止めて、縁側の方を探るように見た。
「どうした?」
「いま、男の子が遊んでるような声がした」
 僕も耳を澄ますと、確かに「きゃっきゃ」というような、小さな男の子の声がする。
「でも、真っ暗だよ」
 縁側の外は既に日が沈み真っ暗で、その先に何があるのかもわからない。
 子供が外で遊ぶには、ちょっと不自然な感じ。
「ここに泊まってる、他のお客さんかもしれんな」
「きっと、そうだよ」
 座敷童子なんていうから、たかが子供の声に敏感に反応してしまう。
 僕もM君も、そう思って再び夕食をかっこんだ。

 女将さんに、
「座敷童子のことを、主人が話しますので、よかったらいらして」
といわれたので、僕とM君は外の自販機で調達してきた缶ビールを手にしたまま、促されるまま離れに向かった。夕食を食べた、そのふすま越しの部屋だ。
 高い天井に、大きな梁、そして、囲炉裏。
 囲炉裏端に、白髪混じりの老人と、浴衣姿の男性(浴衣が僕らが着ているものと同じだったから、お客の一人なのだろう)が座っている。
 僕らもその中に入れてもらって、座った。
 ご主人は、最初はお茶を煎れてくれたけれど、にっと笑うと「親戚の酒造で造ってる酒です」といって、日本酒を出してきた。
 酒に弱いM君は見る見るうちにタコのようになる。ついでに意識もかなり遠のくヤツだから、その後のご主人の話を覚えているのか知らないが、ひとしきり自己紹介のようなことをすると、ご主人は座敷童子の話を始めた。
「ここの座敷童子は、実は身元がはっきりしておるんです」
「身元、というと?」
「わたしのご先祖に当たる男の子なんですよ」
「男の子?」
 僕とM君は顔を見合わせた。
「あのう、変なことを訊きますが、今日こちらに男の子が泊まっているということはないですか?」
 M君は一時的に酔いが醒めたように、ご主人に訊いた。
「いいえ、泊まっていないと思いますが」
「じゃ、ここに住んでる方で男の子は?」
「いませんよ」
 僕らは突っつきあった。
 あの、夕食の時の声。
 まさか・・・・・・。
 M君はご主人に、夕食の時の話をした。
 すると、ご主人は笑って、
「あの部屋は、すぐ隣が座敷童子の現れる部屋ですからね」
 ちなみに、もう一人座している男性は、その現れる部屋に泊まっているお客さんだそうだ。
「うっわぁー」
 歓喜なのかよくわからない声を出して、M君はガッツポーズをした。
 よっぽど座敷童子に会いたかったらしく、M君はしばらく興奮状態から醒めやらぬという調子でいた。

 僕らが部屋に戻ったのは、結局日本酒一升をあけてから。
 時間は午前4時をまわっていた。
 外が白んでいるのがわかる。
 酒で案の定、へろへろになってしまったM君は、眼鏡も外さず、ましてや「座敷童子が夢枕に現れる」なんてことは考えもせずに、あっという間に寝入ってしまった。
 僕も、M君ほど酔っていなかったし、妙に頭が冴えていたけど、とりあえず布団に入った。
 カッパやら座敷童子やら、いろいろ出てくる日だったな。
 変な話だけど、今まで話し込んでたご主人も妖怪のたぐいだったのかも。それでも、全然不思議じゃない。朝起きたら、何もなくなってて・・・・・・。
 あ、今も枕元になにか立っているような気がする。酔ってるせいなのか、眠いせいなのか、それとも・・・・・・。
 僕は宙に浮くような変な気持ちで、浅い眠りに落ちた。

 M君は二日酔いだった。ま、当然だろう。
 僕も本調子ではなかったけど、とにかく電車の時間もあるし、起きあがった。
 夢に、座敷童子は出てこなかった。でも、カッパと死んだ祖母が出てきたような気がする。夢によくあるように、つながりや脈絡は見えなかったけど、今にも出てきそうな妙にリアルっぽい夢だった。
 すっかりはだけてみっともない浴衣からジーンズに着替え、タオルと歯ブラシを持って、洗面所に行く。
 洗面所の窓から、風一つなく暑そうな夏空が見えた。
 誰もいない洗面所。
 僕が蛇口をひねって、顔を洗おうとしたとき、洗面所の戸がきぃっと僅かに開いた。
 風?
 僕は窓を見たけど、窓は開いてはいなかった。
 なにかの弾みで開いたのかな。
 そう思った途端、戸はまた、きぃっといって、元の通り閉まった。
「お前、いま洗面所に来た?」
 顔を洗ってから部屋に戻り、M君に尋ねる。
「いや。どうした?」
 僕は今のことを話すと、
「他に誰かいたのと違う?」
「それはなかった。だって、スリッパ音とか足音とか、しなかった」
 M君はふぅんといってから、タオルを持って出ていった。
 と思ったら、三十秒と立たない内にM君はばたばたと駆け戻って来た。
「おい、あの洗面所の戸、バネが着いてるから、お前が見たみたいに少し開いた状態になんか、ならへんぞ」
 寝起きで、寝グセだらけのM君は、少し青ざめていた。

 朝食のため、明るくなった離れに行った。
 縁側の向こうも見渡せる。
「・・・・・・向こう、ただの草っぱらや」
 青ざめたままのM君が呆然と呟いた。
 確かに、丈の高い草が生えているのが見える。
「じゃ、昨日の男の子の声、ますます普通じゃない・・・・・・」
 朝食を終え、本当なら一風呂浴びたいところだけど、電車の時間があるから宿を出てタクシーで駅に向かった。
 M君は二日酔いか、寝不足か、はたまた座敷童子効果か、なんとなくぼんやりしている。
 僕だって、M君から見れば、ぼーっとしているかもしれない。
 ああ、なんだかキツネにつままれ放しだった。
 きっと、夏の光があたりの輪郭をあんまりはっきりさせるものだから、余計に騙されているような気分になるんだ。
 そうじゃないとすれば、やっぱり僕らは、妖怪達に化かされているに違いない。
 いまこうして見ていることも、妖怪達のまやかしなのかもしれない。

 妖怪が隣に棲んでいた時代。
 伝説を聴くたび、そんなことを考えていた。
 でも、妖怪はどこへ行ってしまったんだろう。
 M君は旅の後、むふふと笑いながら、こういった。
「東北には、まだ妖怪が生きている」
 ちょっと違うな、と僕は思う。
「東北では、妖怪が人間のような顔をして、生きている」
 僕らが出会った人たちが、果たして妖怪なのか確かめようはない。
 けれど、僕は夏の終わりにこう思った。
 今年はいい妖怪に出会えたな、と。

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