月刊エッセイ       11/18/2002


■  パソコンなんて信じないぞ



 

 長年、愛用してきたワープロが壊れ、予備機のラップトップ・ワープロを使うしかない状態に追い込まれたことは、少し前の「本岡類の今」に書きました。しかし、ラップトップではさすがに使い勝手が悪く、仕方なしにパソコンで原稿作成することを決意しました。今までメールやインターネット用に使っていたパソコンに加え、もう一台購入して、執筆用に当てることにしたんですね。
 なぜ、パソコンを執筆用にしていなかったのかの理由は、私がオアシス・ワープロの「親指シフト」なる特殊な入力法を採用していたことの他に、パソコンというやつが、どうにもイマイチ信じきれなかったからです。

 よく困るのが、画面がフリーズすることですな。なんで凍ってしまうのか、さっぱり理解できないのに、突然、機能停止状態になる。ワープロだったら、こんなことはまずありません。そういえば、三カ月ほど前、ホームページの字体が、何も操作しないのにまったく別なものに変わってしまったんです。結局、理由がわからないまま、元の字体に戻しましたが、気持悪いよなあ。

 それから、ウィルス攻撃を受けて、原稿をメチャクチャにされてしまうなんてのも、想像するのも恐ろしい。そういえば、この夏、初めてのウイルス(KLEZとかいうんだそうです)攻撃を受けたんですよ。
 私のパソコンにはウイルス・バスターズが入れてあるんですが、それが「自動では駆除できませんので、手動で取り除いてください」と警報を発したのです。見れば、送信者名に「naoko 」なる名前が載っている。知らんぞ、そんな女。これはウィルスに違いないと削除すると、すぐにまた警報発令。なんと、今度は「sanae 」さんがいるではないですか。次から次へと敵の襲来です。
「第1エリアに使徒侵入。エヴァ初号機、発進用意!」
 なんてエヴァンゲリオンを気取ってみましたが、内心はけっこう焦っていました。誰がウイルスを送りつけてきたんだろうと、過去トラブルを起こした相手の顔を思い浮かべたりしてね。
 しかし、冷静になって考えてみると、敵も甘いところがありましたな。今の時代「naoko 」「sanae 」なんて、流行りではないじゃないですか。これが「miho」とか「aki」だったら、知りあいに一人くらいいる可能性が高くなってくるし、「nanako」や「kyoka 」ならば、そんなことがあるはずないと思いつつも、男の性の悲しさで、メールを開いてしまうに違いありません。やめとこう。こんなこと書いたりすると、今度は「miho」さんや「nanako」さんウイルスを送りつけられてしまうかもしれない……。

 パソコンの得体の知れない誤動作やウィルス攻撃も怖いけど、それ以上に怖いのは、パニックに陥った私自身が誤った操作をして、作った原稿を消してしまうという危険性です。実際、つい先日、ワープロの予備機に慣れていないせいで訳がわからなくなり、うっかり100 枚の原稿の後半部分を消してしまいました。人間、理解ていない道具を前にすると、とんでもない行動に出てしまうことだって少なからずあるようです。
 私の年下の知人にNさんというライターがいます。ビデオが普及し始めた頃ですから、今から15、6 年も前になるでしょうか。Nさんは超過激な無修正の裏ポルノ・ビデオを手に入れたのです(当時はまだヘア・ヌードだって解禁されていなかったんです)。期待と興奮とで全身をはちきれんばかりにして帰宅したNさんでしたが、自宅に帰りついて、はたと気づきました。自宅にはビデオ再生の機器がないことを、です。
 ここで、ちょうどいい機会だからビデオ・デッキを買ってしまおうとか、ビデオ・デッキを持っている友人宅を訪ねてみようとか考えたならば、まだ冷静だったんでしょう。が、
〈見たい、見たい、無修正のあれを、少しでもいいから、今すぐ見たい……〉
 やむにやまれぬ思いに身を焦がした彼氏は、やってはいけない行動に打って出たのです。楊枝の先を使って磁気テープをずるずるひっぱり出した。そして、それを電灯にかざしてみたというのです。きっと、ビデオテープも8ミリフィルムも同じだろうという読みが、頭の中にはあったんでしょうね。結果はどうなったのか? あとで、Nさんは泣いていました。
「なんてバカを、僕はしてしまったんでしょう。見れなかったばかりか、磁気テープを元に戻すことができなくて、大切なビデオを使えないようにしてしまったんですよ!」

 怖いことは、他にもあります。パソコンで原稿を打つと、ついインターネットを利用しすぎるのではないかという怖さです。インターネットは便利な情報収集の手段ですが、落とし穴も少なからずあるようです。その一つは、インターネット情報の信頼性です。
 何年か前、推理作家協会の会報に新人作家のSさんが、こんなことを書いていました。今度、航空戦記物を書くことになった。そして、インターネット上で元戦闘機のパイロットだという方と知り合いになり、その方からいろいろな情報を得ている、と。
 それを読んで、ちょっと心配になりました。その方は、ほんとうに元パイロットだったのだろうか。もしかすると、単なる戦闘機オタクかなんかじゃないだろうか。単なるメールの交換などで情報を得るとするなら、騙されることになるんじゃないかと、新人作家のSさんのことを案じたんです。その後、Sさんがどんな小説を書いたのかは、私にはわかっておりませんが。
 インターネットのホームページ上の情報には、いい加減なものがけっこう多いと言われています。だいたい、このページだって、本物の本岡類が作っているものなのか、怪しいものですぜ。本物はパソコンなど触ったこともなくて、ホームページが作られているなんて、夢にも考えていなかったりして、ははははは。

 信頼度が怪しいものだとしても、便利だからと、つい使ってしまうのがインターネットであります。つい先日も短編小説を書いていて「栗の花」のことを調べる必要が生じ、Yahoo を検索したところ、5分もかからず、わかってしまった。おかげで、図書館に行く手間と暇が省けました。
 しかしね、簡単に得られる情報というのは、たいした情報ではないんですよ。私が簡単に得られるんなら、他の作家だって簡単に得られる。マウスをクリックすれば、誰でもその情報に行き着けるんです。
 インターネットだけではありません。市販の求人情報誌とか住宅情報誌に載っている情報は、“並クラス”のものばかりで、掘り出し物はほとんどないみたいです。数々のバイトをこなしてきた女の子が言っておりました。
「わりのいいバイトってのは、『この仕事、おいしいよ。次は、あんたやんなさいよ』ってぐあいに、知り合い同士で引き継がれてきて、情報誌には出ないんですよ」
 ちなみに、彼女は情報誌は利用したことがなく、仲間うちの紹介だけで、いくつものわりのいいバイトを得てきたと言います。
 引っ越しの大ベテランの私の体験からしても、「週刊賃貸情報」などに載っている物件は、ま、平均レベルの条件のものばかりです。以前、東横線の学芸大学駅から徒歩1分で、家賃も高くはないというマンションに住んだことがあります。そこは、情報誌で見つけたのではありません。不動産屋巡りをしていて、ある店のオバちゃんと世間話をしているうち、そのオバちゃんが突然、言ったのですよ。
「すぐそこの○○さんのマンション、一つ空きが出たけど、見てみる?」
 それが掘り出し物の物件だったのです。きっと、不動産屋のオバちゃん、私が怪しい人間でないかと、観察していたのかもしれませんね。
 つまりは、いい情報というのは、インターネットや情報誌では得られないものだと、私は考えてるんです。しかし、インターネットは便利なものだから、つい使うんですよねえ。

 今まででいちばん印象に残った取材は、奈良県在住の自然農法家・川口由一さんを訪ねて話を聞いた時のことです(「神の柩」の取材です)。川口さんの存在を知ったのは、もちろんインターネットなどではなく、ある自主映画会に参加したことが発端となっています。
 川口さんの畑では、野菜ばかりでなく雑草も生えてるし、さまざまな虫も飛んだり地を這っていたりして、生命の宝庫みたいなところでした。そんな中で、
「青虫は、どうしてキャベツの葉を食べてしまうか、わかりますか」
 そう問われて、私が返事に窮していると、
「畑の雑草をすべて抜いてしまうから、他に虫たちが食べるものがなくなり、仕方なしにキャベツの葉を食うんです。だから、私の田んぼや畑では、雑草をできる限り取らないとこにしてるんです」
 と言われて、目を洗われる思いがしました。こういった“情報収集”は、パソコンの前に座っていては、絶対にできませんよね。

 信頼性はイマイチだし、いつウイルス攻撃を受けるかわからないし、インターネット依存症にかかる可能性も否定できないし、パソコンを執筆に使うことは、いまだに抵抗があるんですけど、現に、オアシス搭載のワープロを店頭で見ることができないのですから、パソコンにオアシス・ソフトを入れて使うよりありません。信頼のおけない奴と、今後ずっとつきあうことになったわけですね。
 しかし、しかし、人生というのは、信頼性が推し量れない相手といっしょに暮らす旅路でもあるのです。私は猫のセナを可愛がっています。むこうも、こちらを信頼していると思いたいのですが、事実はどうでしょうか。
〈毎日、うまい刺身を食わせろってんだ、ニャーオ〉とか〈この飼い主、騙すのは簡単だニャー〉と、むこうは考えているかもしれません。
 いやいや、カミさんだって、何を思っているかわかりゃしないぞ。     〈早いところ、ベストセラー書いてくれないかしら。そしたら、私、そのお金で遊ぶんだ。たくさんベストセラーが出たら、ポックリ死んでもらって、私が財産を独り占めするんだ……〉
 そう思っている可能性だって……。
 人生は、そんなものかもしれない。そう考えて、この先、パソコンとつきあっていきたいと思っております。



著作リスト
HOME
本岡類の今
掲示板
プロフィール