R の成長記録 -5- 4歳3ヶ月~

2001年5月(4歳3ヶ月)

 ○身長 89cm ○体重 9.7kg
 予防接種 4月三種混合(DPT)百日ぜき・ジフテリア・破傷風混合 第1期1回目接種

2001年12月15日

 21時頃重積 ダイアップ4mg使用 自力復活!

 忘れた頃の重積発作。普段発作がコントロールされてる分まとめてきたよ~という感じで衝撃は大きい。とにかく窒息だけは気をつけて時間を測り始める。長い1分。。。

 ぐったりととても疲れた様子だけど今回も自力復活。入院せずに済む。翌日の日曜日、週明け3日はさすがに園はお休みする。

30日午前中、熱は下がらず38.8度

 夕方になって上がり始める。 39.4度。ひぇ~強力だぁ。
 プリン1個。ポカリちょっと。
 ポカリはべぇ~って出しちゃう(;-_- 水分あまりとらないのも体温に関係するよね。たくさんだと吐いちゃうし。眠って体力回復させるしかないね。
 ヴェポラッブ塗る。ちょっと楽そう

31日午前1時 38.7度。

 水分補給も。ハナミズ少し。咳わりとある。
 シンドそうだけど動こうとはする。ヴェポラッブ塗る。

午前6時 39.1度。

 あまりシンドそうなのでアンヒバ使用。咳、多い。
 38.3度。 少し下がったものの再び上がってきた。( ̄^ ̄) ハナミズ多い。

 2001年の締めくくりは高熱でした。そしてもちろんお正月なんてありません。
 するどい幕開けになってしまいました。でも重積起こさなかったからよかった。強くなったね。

2002年1月

 発達検査 年齢が上がっているため発達の遅れの幅は大きく。
 専門家の観点からだとどうなのかな?と、毎回受けてはいるが決まり文句のような診断結果。
 誇張してくれなくてもいいよ~ 安心させようとしてくれなくてもいいよ~。でも何か見つけてくれたら嬉しいな。ま、短時間だしね。

2002年4月

  • 長い間、迷っていた障害者手帳を申請するため診断書受け取る。第一種二級という診断だった。
    自立歩行もできないし仕方ないね。
  • MRI、MRA 久しぶりの検査。とりあえず異常なし。
    やはり左側の内頚静脈は映らない。脳の浮腫などはなし。ACTHによる脳の萎縮はほぼ戻る。

2002年5~6月

  • 体格はやっぱり小さ目。 ○身長 90cm ちょっと  ○体重 10 kg ちょっと
  • 予防接種 5月三種混合(DPT)百日ぜき・ジフテリア・破傷風混合 第1期2回目接種
  • 予防接種 6月三種混合(DPT)百日ぜき・ジフテリア・破傷風混合 第1期3回目接種
    本来ならば一年の内に受けるはずだったDPT予防接種が受ける時に限って風邪をひいてしまったりして伸びに伸びて二年がかりに^_^; 2回目と3回目は連続で受けられなかったら最初から受け直しだったかも。
    無事に受ける事ができて一安心。
  • 念願の靴購入(12.5cm) と言ってもまだ歩けはしないんだけど通園や外出の時は履かせるように♪

2002年7月

  • 心エコー 心房中核欠損の孔は約4mm程。ちょっとだけ小さくなった。
  • 19日発熱
  • 水ぼうそう発症

2002年8月

 10日 午前2時~発熱 39.7度

2002年11月

 お腹にくる風邪が流行っていた。22日からついにきた^_^; 22日~30日。
 かなり強力。とても辛そうで可哀想。薬を飲む時のスポイトで水分補給。
 最後の方では私もしっかりとうつってしまう。大人でもシンドイ。

2002年12月

  • インフルエンザ予防接種
  • 就学のための健康診断

2003年1月

 7日 またお腹にくる風邪。前回よりは軽い。4日でほぼ完治

2003年2月

 就学健診の結果、自宅から近い知的障害の訓練を主としている養護学校入学を希望していたにも関わらず、自力歩行ができない事、重積発作が起きた場合すぐ病院で治療を受けられるよう通学バス往復4時間程(遠過ぎる~^_^;)の病院が隣接している肢体不自由の訓練を主としている養護学校の判定が出る。しかし翌年16年度から学区制が整い、そちらへ通ったとしても一年間のみ。結局は自宅近くの希望校に2年生から通うことになる。環境の大きな変化は避けられるものなら避けてあげたい。

 Rのためにはどちらが良いのか正直迷ってしまった。でもやはり知的発達の訓練を主としたい事、病院が隣接しているとはいえ受診した事が無い病院、通園中に重積が起きたことは無い事を考え希望校を変えるつもりは無いことを伝える。希望校から今受診してる病院までそんなに遠くないし。何かあった時すぐ駆けつけられる距離。あっちゃやだけど! でもやっぱりまだ迷いも。ホントにそれでよかったのかなぁ。。。

2003年3月

 無事に希望校に入学決定。
 一度判定が出てしまっているので「はいそうですか」って訳にはいかず、要望書を出し入学が決まったのは半日体験入学の二日前でした。^_^;
 判定出す方には距離とか翌年度から学校変わらなくちゃならないって事はあまり重要じゃないそう。
 重要じゃん!ね~

2003年4月

 入学前の家庭訪問で訪ねてきた先生は何とRが判定を受けた学校に前年まで勤務していた先生でした。Rに逢い様子をみてくれて「Rちゃんがどんなことしてくれるか楽しみです」と明るくパワフルな先生でした。今までのノウハウを活かし身体的と知的と両面から導いてもらえそうで、ここでやっと一安心。

2003年5月

 二日連続で夜じんましんが出る。(腕、足)

2003年6月

 これもまた迷いに迷って申請していた車椅子とバギー受け取り。広い学校の中をすべてハイハイで移動する訳にはいかないし、先生にずっと抱っこって訳にもいかないものね。必要だから仕方ないやね。教えてもいないのに結構上手に車輪を回し移動してニコニコしてる。
 少しずつ少しずつ車椅子を自分で押して歩けるように自力歩行ができるように、まずは2年計画でやっていくことに。

 案の定入学一年目は体調を崩し、お休みばかり。体温調整がうまくいかず発熱。朝起きると鼻血でスプラッタ状態^_^;
 朝方、何となくもぞもぞと寝苦しそうにしてるなぁと見てみると真っ赤っ赤なことも。。。
 薬の血中濃度の採血検査。貧血も無し。よかった。

2003年7月

 夏休み♪昨年まで通っていた園のサマースクール(主にプール)

2003年8月

 学校のサマースクール(学生さん達のオーケストラ) 一年生で学校で多分一番小さいから一番前の席。じっと見て聴いていたそう。いいかも。

 心エコー 心房中核欠損、大きさはほとんど変わりなし。将来的に手術は必要になると思うが普段の生活には何の制限も無し。
 一年後に心エコー

2003年9月

 PCWを使用したり手を引いてもらって毎日、教室と保健室までを歩く訓練も(入学当初から)今ではだいぶ喜んでしているそう。その場で立ち上がる事もちょこちょこ目にするようになってきたそう。嬉しいな。家でも時々していたのだけど体調崩した後から甘っえっこになってあまりしなくなってしまった。

 言語は「ママ、マンマ」くらい。まっすぐ瞳を見つめて発する声はハートを射抜くよ (*⌒ヮ⌒*) あとは「あ~」等。
 お風呂上りのご機嫌の時に「ぷぅ」お風呂を意味してるのかなぁ。
 全介護ではあるが、靴下を持つとちゃんと片足ずつ出してくれたり、袖に手を通したり、脱がせる時はバンザイ~ってしてくれたりかなり楽に。
 ビデオをしっかり観る事ができるようになり、画面を見て一緒に笑っていたり、好きな音が鳴ると笑っていたりする。
 「ビデオを観せて」と私の手をとりトントンと叩いたり、「観たい人は手をパチパチしてくださ~い」と言うとパチパチと拍手したりここに座ってねと椅子を用意するとちゃんと座るように。もっともビデオ始まるとすぐ移動して傍に行ってしまうんだけどね(笑)接近防止のサークルに鉄棒のように足をぶらぶらさせて掴まって観てます^_^;