R の成長記録 -1-

1997年2月 R誕生!

 

正期産で産まれたのに1800gしかない低出生体重児でした。

低出生体重児のRお家へ連れて帰れる位までには1ヶ月半くらいはかかるって...

*低出生体重児

産まれた時の体重が2500g未満(2499g以下)の乳児を未熟児といいます。この中には早く生まれたほんとうの未熟児のほかに、予定日前後に産まれたのに体重の少ない、小柄な子供や、やせた子供も含まれています。そこで、このごろは、産まれた時の体重が2500g未満の赤ちゃんを、未熟児と言う代わりに”低出生体重児と呼ぶこともあります。(新編・家庭の医学より抜粋)

  この時、家族が婦長さんから受けた電話は「呼吸は自分でしてられるから、今のところは大丈夫でしょう。この先は何があるかわかりませんけど...」 1~2日様子を見てミルクが飲めなかったら点滴をして命をつなぎます、酸素の方はバッチリ管理してるから安心してくださいと医師は言った。でも予想に反してミルクを飲み始めた。「ただ小さいだけの普通の赤ちゃんでしょう」と○○大学病院の有名だと言われている医師が言った。 少し一安心...

  私の病室はベビールームのすぐ前。ボーーーっと保育器に入ったRを見つめていた。そこへ幼稚園くらいの子供とおばあちゃんらしき人が誰かのお見舞いにやって来た。子供は無邪気に「何であそこに入ってるの?何であんなに小さいの?」と言った。「小さいから入ってるんだよ、でも大丈夫。小さく産んで大きく育てればいいんだから。大丈夫、大きくなるよ。大丈夫」と私が母であるのがわかったのか、まるで私に言ってくれているように大きな声で「大きくなるよ、大丈夫だよ」と言ってくれた。何だかすごく救われた気がした...

  そしてまた別の日...今度は妊婦さんとその母親が自分達の赤ちゃんを嬉しそうに見ていた。そして、その後「あんまり小さくても気持ち悪いよね~」って...それってRの事?

*1997年4月 退院

  体重は3000g

*1997年6月 保健所で4ヶ月健診

  体重3990g

  あまり大きくなってないし、心臓に雑音があるし、成長が遅い、目の焦点も合いにくいと大きな病院で精密検査を受けるよう紹介状をもらう。私はこの医師とは気が合わないと思った。あやす時や子供の向きを変えたりする時、すごく雑な感じがして、言い方もちょっとキツイ気がした。

  翌日紹介状を持って大きな病院へ行った。ここのDr.Oは丁寧にRを見て、「大丈夫ですよ、発育も遅れてはいないし、目は少し斜視があるかもしれないけど、様子を見てればいいでしょう」と。そしてRに向かって「そんなバカでかい女の子にならなくてもいいじゃないねぇ」と言うとRは「はぁぁーー」と笑った。ただ、心雑音は少しあるので、念のためX線と心エコーは受けた方がいいと勧められ、受ける事になった。

*心房中隔欠損 (約7mmの孔が見つかる)

  先天性心臓病で左右の心房の間の中隔部分に孔があり、その欠損口を通して左心房から右心房へ血液が流れ込み、酸素を多く含んだ肺静脈血の一部がもう一度、右心室肺動脈を流れ、右心室肺動脈が拡大します。小児期には比較的症状が軽いことが多く、孔が特別大きい時意外は、普通に生活できるので手術は幼稚園や小学校へ入る前くらいまでにすることが多いそうです。孔は自然にふさがることも多いそうですが、ふさがらない場合は中年になってから悪化することも多いので孔が大きければ手術が必要です。心臓を止めての手術なので、大手術となるが、他の心臓病と比べると危険性は少なく、良い成績が得られているそうです。

*1997年7月 寝返り成功!

  生後5ヶ月

*1997年8月 ミルクをよく吐くようになる

  8月の始め頃からミルクを飲むたびに吐くようになった。一日一度も吐かない日はなくなった。そして、15日頃からミルクを飲みながら時々ビクンとするようになった。おもちゃで遊んだり笑ったりしなくなってきた...

*1997年8月末 少しの間呼吸停止!紫色になった

  ミルクを飲みながらビクンとし、吐き、呼吸が止まった。とにかく呼吸をさせようと背中を叩いたりした。すぐに呼吸をし始めてくれた。でもぐったりと眠りだした。すぐ、Dr.Oの病院へ電話した。心臓発作だと思った。一応この時はわりに冷静に様子を見ながら、手早く用意を済ませ自家用車で病院へ向かった。

  だが、救急科の医師は吐いたミルクが詰まり呼吸停止になってしまったようだと言った。そして、病院は満床の状態。帰って様子を見て、また起すようだったら明日連れて来てと言った。私は再び同じ事が起きた時の対処の仕方をしつこいくらいに尋ねた。医師は「あ~こんな不安な状態で帰ってもらうのもなぁ~、ちょっと待って」と小児病棟へ電話し始めた。その電話中に頭・両手・両足を体の中心へ引っ張られるような変な仕草をしてた。それを見た医師は今日の夕方にひとつだけベッドが空くからそれまで、待っていますか?と聞いてきた。もちろんイエスだよね!

  その後Dr.Oがこれは心臓ではないですね。念のため明日脳波を撮ることとなった。

  抗けいれん剤の坐薬を使ったせいか、心電図・心エコー・脳波は眠剤なしで受けた。この時から闘病生活が始まるなんて夢にも思ってなかった。すぐ帰れる...と思った。

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