電車での出来事
 それは家族で遊びに出かけた帰りの事でした。行きはリタリンを飲んで出かけたので、てっちゃんは静かに電車に乗っていられましたが帰りの分のリタリンを忘れてしまっので帰りの電車の中では静かにしている事ができませんでした。その為に私が他の乗客と起こしたトラブルの話です。

 帰り、マークンはそのまま私の実家に行ってしまったので、自宅向けに電車に乗ったのは私とパパ、ふっくんとてっちゃんでした。なんとか席を確保してパパと私の間に子供を置く形で座りました。案の定ふっくんは直ぐ眠ってしまってパパも眠りだしました。私の側に座ったてっちゃんはなかなか眠ってくれず落ち着かないてっちゃんに「眠りなさい」と促しながら私も起きていました。リタリンを飲まないてっちゃんはひっきりなしに何かをしゃべり続けます。例によって英語交じりの・・・・彼が静かにできないのは障害の為だと言って歩くわけにもいかず、かと言ってきつく叱ればパニック(泣き叫んで何を言っても聞き入れなくなる様子、暴力的になったりするともあります)を起こして事態は更に悪くなるのは解っていたので声が大きくなりすぎた時にだけ叱る程度でした。居たたまれない思いが私を襲います。そしていろいろな事を考えました。ジロジロと見るおばさんは何を思っていたんでしょう。あの視線は静かにさせられない私に向けられていたのでしょうか。それともてっちゃんが普通じゃない事に少しでも気が付いたんでしょうか。多くの乗客は本に視線を落としたままか眠っているか。無関心のように見えるけれど本当は心の中で何を思っているかわからないし・・・・。あれやこれやと少しでもてっちゃんを静かにさせよとう試みるも焼け石に水。ある程度のトーンのひとり言は許すと言う形がそれ以上騒ぐのを防ぐという他人にはなかなか理解してもらえないであろう方法しか私達にはなくなっていました。その時ふと、こんな思いをさせられても、てっちゃんをいとおしいと思っている自分に気がつきます。泣きたいような思いは変わらないけれど、これがこの子を普通の社会の中で育てようと決めた親の試練なら甘んじて受けようと腹をくくる自分がいます。リタリンの力を借りる時もありますが、あの薬は彼の目から輝きを奪います。夏休みに遊びに行く時に、そんな彼の様子を見るのはとても悲しいんです。行きの電車で感じたそんな思いと今の思いを比べて、どちらが良いかと言われても一概には言えないのですが、少なくとも薬を忘れちゃった事で得られた今のこの時間を受け入れようと思ったのです。

 そして、その時、少し離れた席の年配の男性が「いい加減に静かにしろ!」と怒鳴りました。てっちゃんはびっくりした目で私の顔を覗きました。私は「ほら、静かにしないからおじさんが怒っているよ。あやまらなきゃ」と言いました。てっちゃんが素直に「ごめんなさい」と言うと、その男性の「よし」と言う声が聞こえました。さすがのてっちゃんもひとり言のトーンがぐっと小さくなりました。この時、私はその男性に感謝さえ感じていました。てっちゃんの心の平静は特に私との信頼関係が大きく作用します。私にきつく叱られた時はその信頼関係がゆらぎ不安に襲われる彼はパニックを起こします。たぶん彼自信もそういう事態は避けたいのでしょう。私が叱っても真正面から受け取ろうとしません。真正面から受け取る事は不安に繋がるからです。もちろん家にいる時なら、どうしても躾たい事などはパニックを起こすのを覚悟できつく叱る事もありますが。目的が静かにしてほしいという時は得策ではありません。パパでも同じです。そんな時には他人から叱られるのが一番効果があるんです。ですから本当に良かったと思っていたんです。しかも私はその男性が私がほとほと困っているのを見かねて変わりに怒ってくれたのだと思っていました。ところが・・・・・

 ところがです。その男性は降り際に私達に近づき「英語なんて教える前に人に迷惑をかけない事を教えきゃだめだよ」と言ってきたのです。私の中で何かがはじけました。切れたんじゃないんです。確かにはじけたんです。なぜならその時私は「チャンスだ」と思っている自分や「彼には障害があるんです!」と車内に響く大声で叫んでいる自分を客観的に感じていました。しかしその後の「迷惑をかけたのは確かですけど彼はちゃんと謝ったはずです。何も知らないで思い上がった事言わないで下さい。」とまくし立てているうちに冷静さを失いました。気が付くと私はその男性の頬を叩いていました。

 少し暴走したのは反省しています。でも、知らなかったからという事だけで簡単に踏みにじられたくない日常が私達にはあるという事も解ってほしいんです。

 もう一つ、是非皆さんに知っていてほしい事があります。特にADHDの子と言うのは親でも判りづらい障害で、小さい時から落ち着かない事や皆ができる事ができない事で、いつも叱られて「ダメな子」のレッテルが貼られてしまったりするんです。そしてそれによって心がいじけて人間関係まで台無しにしてしまうような子になってしまうのです。一般的にジャィアン症候群などといわれるのはその為なんです。でも、周りが理解して上手に対処しフォローをしてあげれば少なくとも嫌われ者になるような事はないんです。思春期には鬱病を引き起こす子もいるんです。どうか、世の中にはこんな障害があるのだという事を知っていて頂きたいんです。知らなかったかったからでは済まされない心の傷を負う親子がいっぱいいるんです。
                           (Aug.2001)