紀行文25

カンボジア(シェムリアップ)

 行ってみたいところのひとつとして以前からアンコールワットを思っていたが、アンコールワット周辺を見て回るパックツアーがあり、それを利用して当地を訪れたので、その状況に触れたい。(当方らが利用したパックツアーの特徴は、徒歩による遺跡巡りと、山中にある渓谷遺跡まで見に行くツアーであった)
 アンコールワットがある地域はシェムリアップと言い、小さな町であることから国際空港はなく、ハブ空港からのローカル便を使用することになる。関空からのベトナム航空でホーチミンに入り、そこで乗り継いでプロペラ機でシェムリアップに着いた。シェムリアップ及びアンコールワットの位置関係をFig.25-1に示す。図中中央がアンコールワット、その左5kmに空港があり、下方(南)5kmにシェムリアップの町がある。


Fig.25-1 アンコール全図 (ゼンリン「ニューツアーガイド」より)

 シェムリアップの町は大きな町ではない。農村の中の中心的な町がアンコールワットが有ることから観光関連設備が整備されそれに伴って町が大きくなったようなところである。カンボジアは仏教国であるので、黄色い袈裟を身にまとった僧を見かけることが多い。民家で托鉢後、説法しているのであろうところが、Fig.25-2である。
 ところで、Fig.25-3の右の小屋は何と思われるであろうか。電気通信の発達していない国では公衆電話も多くない。その公衆電話は有線ではなく携帯電話が使われ、お店の人から借りて図中の小屋で通話し、終われば携帯電話を返して金を払うとのことであった。
Fig.25-2 僧の朝説法     Fig.25-3 携帯公衆電話BOX

 カンボジャはアンコールワットが大きな観光収入源である。観光客から観光料を徴収しており、アンコールワット地区等に入るには必ず納付済みパスポートが検閲される。Fig.25-4がチェックのためのゲートであり、その写真をパソコンポインタで指定した時の写真がそのパスポートである。これを提示できるようにしていないと、遺跡観光中に警察官風の人に問い正されることになる。(写真からも分かるように3日間でUS40$もすることから、当地の物価からすると高額)
Fig.25-4 史跡入場チェックゲート[パスポート]    Fig.25-5 アンコールトム内バイヨン寺院

 上図ゲートを通り、アンコールワットの横を通過して至ったところがアンコールトム南大門である。(写真編Fig.25-14) 鬱蒼とした森のなかに突然現れる石造門を見たとき、歴史の重みと自然の包含力を感じたところである。シェムリアップでの観光バスは小型車が多い。それはこの門を通過できる大きさにしたためなようだ。更に進むとアンコールトムのバイヨン寺院がある。(Fig25-5) 王朝衰退後は密林の中にあって人知れず建っていたが徐々に植生の影響で崩壊していったのであろう。100年頃前に公にされるようになり、以降調査が行われたが、40年前頃からは内戦となり、放置されたままであった。しかし最近は崩壊した石壁等もかなり修復され、観光客にとっては往時を想定できるようにまでになってきている。バイヨン寺院内で最も有名な石塔(四面像)がFig.25-6である。寺院内にはこのような顔を持った石塔が2〜30基あるようで、この地区の遺跡にもこの石塔が多く見受けられた。(観光土産店でこのミニチュアが各種売られている)
Fig.25-6 バイヨン寺院内四面像    Fig.25-7 アンコールトム勝利の門通過

 ところで今回のツアーはバスで拠点を回るだけでなく、遺跡巡りを徒歩で行ったのである。Fig25-7はアンコールトムの周辺遺跡を歩いて回っているところで、アンコールトム勝利の門付近の光景である。また、アンコールワット北東40kmにある渓流沿いに彫刻が残っているクバルスピアンにも行ったが、ここでは約400mの山に登る行程があり、その山中歩行がFig.25-8である。山中にはペンキで赤く塗った立木があったが、その目印より奥は地雷の危険性のある地域を示しており、このような山間でも内戦時には陣争いが行われたのであった。(パソコンポインタFig.25-8指定時出現写真) その山を登ったところにある小さな渓谷「クバルスピアン」には渓谷の岩盤そのものに彫刻がされている。そのひとつがFig.25-9であり、意味深長な彫刻も多数あった。
Fig.25-8 クバルスピアン登山路[危険マーク]    Fig.25-9 クバルスピアン渓谷の彫刻

 アンコールワット周辺の遺跡を見て感心したことが、石に実に細かな彫刻を施していることである。その傑作のひとつがバンティアイ・スレイで、その寺院全景は写真編Fig.25-13である。その寺院の門上部の彫刻がFig.25-10で、日本の木造寺院の欄間以上に精緻な彫刻が石壁になされており、その技術には本当に感心したところである。当寺院の内部で最も有名は彫刻がFig.25-11で、人物像が東洋のモナリザと言われているようである。以前は直近でも見れたようであるが触る人が多かったのであろう、今は残念ながら近くには寄れず双眼鏡で見なければならないのである。
Fig.25-10 バンティアイスレイの門    Fig.25-11 東洋のモナリザ

(アンコールワットは紀行文26で記述)

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