Only 悠(you)

 

なにやら、意味深なコンテンツ?(笑)
いえいえ違います。
何か一つの事に長く夢中になるということのなかった私。
なのに、これほどまでに轟悠onlyになったのには
色々な理由があります。

小さなトラウマを抱えていた私の心を、その舞台姿で癒して
くれて、私の人生観までをも変えてしまった轟悠という人。
ここでは、何故私が「only悠」と言い切れるほどに彼女の
ファンになったのか……
そして轟悠という役者の何が、私の心を救ったのか……
そんなお話しを、少しだけ綴ってみたいと思います。

最終更新2003年1月1日

 

 

 

1・小さなトラウマ

2・潜む悲しみ

3・ビロクシー

4・小さな変化

5・動き始めた風景

6・かかる雲なしnew

7・桜前線new

 

 

 


 

小さなトラウマ

あなたは轟悠という名を聞くと、一番最初に何が思い浮かびますか?
きっとファンの皆さん、ひとりひとり違った思いがあるでしょう。

私の場合は、やはり「桜」を思い浮かべます。
舞台でも日本物などの場合、バックの桜と轟悠の姿は見事に調和するように思えます。

でもね、実を言うと私は、轟悠を知るまで桜が大嫌いだったのです。
桜が咲く頃になると毎年憂鬱になるくらいに桜が嫌いだったんです。
だから必然的に春も大嫌いでした。

何故、それほどまでに桜が嫌いだったのか……

それはね、桜に良い思い出が、なかったからなんです。
幼稚園から小学校4年生ぐらいまで、桜の季節というと悲しい思い出ばかり。

私は、12歳ぐらいまで父の仕事の関係であちこちの町を何度も引っ越しして
過ごしてきたんです。
で、またこれが新学期と重なる事が多く、必然的に入園式や入学式では
周りは皆知らない顔ばかり。

それはいいんですけどね…いるんだな…必ず。
地付きのボス的存在の男の子っていうのが。

でね、入園式草々に、そのボスが、なんの用もないのに子分を引き連れて
寄ってくるわけです。

そして始まるイジメ。
はじめのうちは女の子達が必死でかばってくれるんですけどね。
「なんでイジメルの!」とか
「仲良くしてあげなきゃダメでしょ!」とか

一生懸命に言ってくれるけど、結局は一人去り二人去り…
みんな泣いてどこかへ行ってしまうんですよ。
所詮は女の子ですからね、暴力には勝てませんから…
で、一人残された私は、髪の毛引っ張られたり、背中叩かれたりして
泣かされるというわけです。

今だったら絶対許さないんですけどねぇ…
なんてったって、その頃は大人しい静かな子でしたから…(いや、今だって…^^)

誰かが先生を呼んでくるまでは万事この調子でした。
そんな時に涙の中に浮かんで見えたのが桜だったんですよ。

私にとってもっと救われなかったのが、このボスが近所に住んでいた事。
近所の男の子全てを連れて歩き回ってましたからねぇ…

まぁ、あまり詳しくは書きませんけど、とにかく私にとって男の子とは
「私をいじめる為にこの世にいるんだ」と思わせるような存在だったわけです。

女の子はいつも優しくしてくれたんですよ。一度、お弁当を忘れた事がありましたけど
「あげるね」って言って、わけてくれた事もありましたからね。

で、卒園間近になってまた引越しで、小学校も、知らない子達と登校するように
なったわけです。
小学校っていうと集団登校ってありますよね。
その学校もありましたけど、私の入っていた登校のグループの6年生というのが
小さい子の面倒は一切見ないという、どうしようもないヤツだったわけです。
(もちろん男。しかも、またもや地付きのボス)

特に入学式の翌日は悲惨でしたよ。
グループの子ども達を並ばせるどころか、自分がさっさと先に全力で走り出す始末。
6年生が走り出すものだから、当然下級生も走り出す。
それでも高学年の子はついていけるからいいけど、一年生はそうはいきません。

皆、班長さんについて行かなければ!と必死に走るわけです。
当然私も走りました……
その結果……見事(?)に水溜りにスッテンコロリです。(前日は雨だったんですね〜)

まぁ転んだ私もドジだけど、その時、情け無い気持ちで立ち上がった私の目に入ったのは
やっぱり桜の木だったんです。

このくらいじゃ、どうって事ないように思われるかもしれないけど、もっともっと色々と
あって、新学期とか新年度とかいうと、いつもこんな調子でした。
たかだか数年なんですけどね、でもやっぱり悲しい体験というものは残るもんです…

でも、そういった悲しい思いをしたからこそ、自分が上級生になった時は
下級生に優しくしてあげてましたね。
悲しい思いをしたからこそ、他人の辛い気持ちがわかるようになったというか……
私と同じような思いを他の誰かにさせたくない。
そんな感じだったんでしょうね…我ながら面倒見のいい上級生だったと思いますよ(笑)

話しがそれた……

というわけで、悲しい思いをしている時に、いつも綺麗に咲いていたのが、桜だったんです。

そんなわけで、いつのまにか私は、桜を憎しみの目で見るようになっていました。
桜に罪はないと分かっていましたけど、桜を見れば悲しい事を思い出すので
とうとう桜が綺麗だとは思えなくなっていたのです。

毎年、春になって桜が咲くと鬱陶しくて鬱陶しくて仕方がありませんでした。

それでも中学ぐらいになると、そういった事もなくなり、何故か周囲の男の子は
優しい子が多くなっていました。
で、(世の中には優しい男もいるんだ)と思い、男嫌いも解消。

社会人になってからは周囲の男性が皆優しい人達ばかりになって男性を見る目も変わりましたが、
それでもやっぱり桜だけは好きになれませんでした。

そう、桜への憎しみは、とうとう私の心の奥深くに住みついてしまったのです。
(桜にとっちゃ迷惑な話しだ……)

そしてこれは、なんと結婚後も続いたのです…


 

潜む悲しみ

桜を見たくないのに、毎年春がくれば必ず桜は咲く。
私の視界に入ってほしくはないのに…
桜は、私を嘲笑うごとくに美しく咲き乱れる。

そして、人々はその下で楽しそうに宴を開く。
桜が美しければ美しいほど、私の桜への憎悪は増すばかりでした。

今から思えば、人を憎む代わりに、桜を憎んでいたのかもしれません。

幸い私の勤務先はお花見の習慣がなかったので良かったのですが
結婚後も桜にだけはソッポを向く始末。
もちろん、夫と花見をした事もありませんでした。

やがて長女が生まれ、少しづつ成長するようになると、ある不安が
私の頭を支配するようになりました。

娘を抱っこして散歩をする私の目の前を、小学生の集団が通り過ぎるたびに
子どもの頃の記憶が蘇り、わが子が私と同じような思いをするのではないかと
恐怖さえ感じるようになったのです。
そしてその思いは、娘が幼稚園や学校に通うようになるまで続きました。

わが子には私と同じような辛い思いをさせたくない。
そんな思いから、私は周囲の子ども達の中に積極的に娘を溶け込ませようとしました。
同時に、よその子に決して意地悪をしてはいけないのだという事も教え込みました。
被害者になるのもいやだけど、加害者になるのは、もっといやでしたから。

幸い娘は、私のように悲しい思いをする事もなく……
(悲しい思いをするどころか、女の子なのに男の子を引き連れて歩いていたのだった…)

もとい。(コホン)

こうして、わが子に対する不安は去ったものの、桜への私の憎しみは、相変わらず消える事はなく、
常に心の奥深くに、淀んだままでした。
(多分私は、一生この傷を抱えたまま生きて行くのだろう…)
そんな妙な決意さえ、持っていたほどだったのです。

そして結婚して10年が過ぎた頃。
ある日突然に、その人は私の前に現われました。
芸能関係の人に強く惹かれた事のなかった私が、何故か素通り出来ずに振り向いてみたくなった人。
そう、その人こそ、宝塚歌劇団雪組の轟悠だったのです。

 


「ビロクシー」


暗黒街の謎の男ギャツビーに仕える、執事ビロクシー。
私が初めて轟悠を見たのは「華麗なるギャツビー」の中の、このビロクシー役を演じている時。

出番も少なく、セリフもほとんどなく、ただ冷たい表情でじっとたたずんでいるだけ。
たまにあるセリフも無表情のままに、まるで人の心を捨ててしまった人でもあるかのように
冷ややかでした。(もちろん、そういう役だったんですよ。)


ところが、舞台に殆ど現われないそのビロクシーに私は強く惹かれました。
何故なら、登場する場面は少ないものの、その存在感はかなりのものであったからです。
(のし上がってやろう…いつかは…)そんなビロクシーの、冷たくも熱い野望がヒタヒタと静かに
伝わってくる。

このビロクシーという男が、どういった経緯でギャツビーの所へやって来たのか、お芝居の中では
当然ながら、まったく語られていません。

しかし、その過去は、ギャツビーと同じぐらいに謎めいているかのように感じられました。

私は常々、舞台に限らず、芸術に携わっている才能ある人々には、あまり現実的な存在感を
持ってほしくないと思っています。

もちろん、人が生きてゆくうえで、生活の温もりを感じさせてくれるのも必要だという事は
十分承知しているつもりです。
しかし芸術家とは、人に、夢や未知なる世界を見せてくれる職業。
(こういう言い方はあまり好きではありませんが…)

それゆえに、あまりにその人の生活が見え過ぎてしまうと、なにやら一瞬、舞台裏を見せられて
しまった観客のような気分になり、作品を鑑賞していても興醒めしてしまう場合があるのです。

そういった意味では宝塚歌劇団専科の轟悠という役者は、観る者にまったく生活感を感じさせない。
しかも、それが単なる格好付けに見えないのだ。

その徹底した自己の確立には、一ファンとしても頭の下がる思いがする。

そして、この生活感がないという印象は、舞台人にとって、かなりの武器となる。
何故なら、その舞台姿を一度でも観た観客は、(この役者をもっと深く知りたい!)というように、
役者に対して更なる欲求を感じるからだ。

つまり観客は、その役者を「知る」という段階から、その役者に「興味を持つ」という次の段階へ
進む事を余儀なくさせられる。

そう…これこそが、私が轟悠の前を素通り出来なかった一番の理由だったのです。

しかし、興味をもつと言っても、決して私生活がどうのこうのという訳ではないという事だけは、
キチンと付け加えておきます。(笑)

要するに、どの程度の舞台経験があるのか…これまでの出演作品はなにか。
また、次はどのような作品に登場するのか。舞台にはどのような姿勢で臨んでいるのか…等など
更に、これからまだまだ何かを見せてくれそうだという予感や、もっともっと色々な役を観たいと
思わせる独特の雰囲気。

それらの様々な要素が、最終的に私を自らの意志で東京宝塚劇場へと向かわせる事となったのですが、
この頃は、よもや、桜と轟悠が私の中で結び付くことになるとは、まったく考えていませんでした。

 

 

小さな変化

そもそも、私が初めて宝塚を観たのは、両親に連れられて東宝へ行った
5,6歳の頃。
その後も、たまにテレビ放送などで漠然と中継を見てはいましたが、
「綺麗な舞台だなぁ…」と思う程度で、それほど夢中になるという事もなく
また、他にも興味のある事もありましたから、
一時期、離れた事もありました。

しかし、前述の通り「華麗なるギャツビー」で轟悠を知った時から、
今までとは まったく違う感覚で、宝塚に興味を持つようになりました。

中性的な魅力を持った数々の宝塚の役者の中にあって、
決して中性的ではない…なんと言えばいいのだろう…そう、
(こりゃ、半端じゃないゾ…)というような
観ていて気持ちがビシッと引き締まるような感覚。
やるとなったら、とことん追求してやる! というような
怖いほどの深い拘り。

こうして、役者轟悠に魅せられた私は、画面の中の彼女を観るだけでは物足りなくなり、
やがて東京宝塚劇場へと、観劇に出向くようになりました。

そして、迫力あるその舞台姿に酔いしれ、感心するやら驚くやらの日々。
そうこうするうちに数年後、轟悠はついに雪組トップに。

トップとして初の大劇場での演目は、97年末の「真夜中のゴースト」(しかーし!これは東京公演なし)
東京でのトップ初披露は翌年、帝国劇場にて「春櫻賦」「レッツ・ジャズ」でした。

しかし、折角の轟悠トップお披露目ではありましたが、残念な事に、この頃私は家人の健康問題などで、
なかなか家を空ける事が出来ない状態になっていました。

そのため、この公演の観劇を諦めていたのですが、
「せめて一公演だけでも…」と家族が勧めてくれたおかげで、辛うじて初日だけは
観られる事になりました。

初日は4月3日。 
私は、ふと考えました。
多分…辺り一面、桜だらけだろう…皇居のお堀も…(御存知の通り帝国劇場は皇居に面しています)
偶然とは言え、大好きな轟悠の東京お披露目公演が、この季節になるとは…
応援している轟悠のトップ初披露だというのに、自分は相変わらず
あの花を憎悪の目で見つめることになるのだろうか…と…

まったく今思うと、どうでもいいような事をウダウダと考えていたものです。

そして当日、劇場へ向かう私の目に次々と飛び込んできたのは、案の定、満開の桜の木。
桜が大嫌いな私が、春爛漫の季節に、桜の花を目にしながら「春」と「櫻」をテーマにした
舞台に足を運んでいるとは……

その不思議な縁(えにし)に、深い感慨を覚えながらも、桜に対しては相変わらず無感動なまま。
ただこの時、あれほど嫌いだったはずの桜が、何故かいつもの年とは違って見える事を
私は視界の端で、確かに感じとっていました。

 

動き始めた風景

 

春櫻賦の中で轟悠演ずる謝名龍山は、故郷の沖縄から北の地へと、櫻と共に日本列島を
縦断して行きます。

とどめはラストの桜のボレロ。
ステージいっぱいに咲き誇る桜の前で雪組生が華麗に踊ります。
綺麗に揃った美しい日舞。

蝶の羽のように揺れる扇子と、轟悠の舞姿には心から魅了されましたが、この時の私にとって
舞台の桜は、あくまでもセットの一つであり、その美しさに酔うというまでには
決して至っていませんでした。(素直じゃなかったなァ…)

そして、この年の6月。
家族の健康問題も解決した私は、横須賀で雪組の地方公演「風と共に去りぬ」を観劇。
終演後の挨拶で轟悠が
「次はぜひ宝塚大劇場へお越しくださいませ。」と言っているのを聞いて、
すっかりその気になり、とうとう初めての大劇場行きを決めました。

さて、次の大劇場での雪組の演目は「浅茅が宿」でした。
轟悠さんのファンのかたなら、当然あのお芝居の幕開けをご存知でいらっしゃると思います。

(私は最近轟さんのファンになったので…)というかたの為に、ちょっとご説明しますと、
このお芝居は日本物でして、幕開けは「チョンパ」で始まります。

これは、予め役者が舞台に勢揃いしていて、始まると同時にパッと照明がついて総踊りに…
というもので、それはそれは、もう美しいものなんです。

「宝塚は初めて…」とおっしゃる方には、この「チョンパ」をお見せすれば、必ずやハマる事
間違いなしと、私は常々思っているんですけどね…

で、この「浅茅が宿」のチョンパでの背景が、見事なまでに……。
しかし……はるばる(でもないか…)出かけていった大劇場で、初めてこの幕開けを見た瞬間。
私は、これまでの桜に対する自分の拘りが、確実に溶け出していくのをハッキリと感じ取りました。
ラストで幕が下りる時も、桜と轟悠が舞台上で素晴らしい共演をするのですが、もうこの場面では
完全に轟悠と桜は私の中で一つになっていました。

あれほど憎んでいた桜の木だったのに……
私は、いつのまにか、今までにないような優しい目で、桜を見つめている自分に気がつきました。
春になると、視界に入らないようにと避けつづけていた桜の木。

そう……この時から、
私の心の中で、氷のように冷たく眠ったままであったあの桜が、轟悠という名の暖かい風を受けて
まさに生命を取り戻したのでした。

 

かかる雲なし

 

桜が美しく見える…物心ついた時から常に憎しみの対象であったあの桜が。
まるで、目の前にかかっていた重い霧が晴れていくかのように、私は私の心が
みるみるうちに透明な輝きに変わっていくのを確かに感じとっていました。

それはまるで、ストップモーションを掛けられていた景色が、突然動き出したような感覚。
無表情であった私の心の中の何かが、やっと暖かい表情を取り戻したかのような……
そんな不思議な感覚でした。

何を避けていたのだろう私は……何を恨んでいたのだろう…なんの罪もない、あの小さな花を…
こうして、初めて出かけて行った大劇場で、私は、自分の小さな世界、狭い心に、
やっと気づかされたのでした。

 

やがて、この年の暮れ近く、巷で突然に話題に上がったのが、次回作「再会」「ノバ・ボサ・ノバ」。
ファンの方々の間では、かなりの期待が寄せられていて、特に「ノバ…」は、名作の再演という事で
その盛り上がりは尋常ではありませんでした。

さて、「浅茅が宿」で大劇場に足を運んだ私は、ここで暫し考えました。
実は、次回作の事までは考えていなかったので、大劇へ再び出かけて行くつもりはなかったのです。

しかし、当サイトの「出会い」コンテンツでも述べた通り、「ノバ…」のチラシを見た瞬間に
一発で大劇行きを決意。

何故ならあのチラシの三人…イシちゃんは「来なきゃいかーん!」っと言っているみたいだし、
タータンは「ラララ〜♪来てね〜♪」と高らかに歌っている感じだし、
グンちゃんは「やってやるゾーッ!!!」(娘役なのに…ゴメン…)とキラキラ輝いているし。

やっぱり、あのチラシを見たら行きたくなりますよ。

あれを見た時、私はほんと、痛感しましたね。
ポスターに載るスターの役割、劇場までお客さんを呼ぶ責任というものを。
そう…ポスターで人を惹きつけるとは、どういう事なのかということを。
そして、あの三人は、見事にその使命を果たしていたんですよ。(感動した!)

さーて、ちょっと調子にのってしまったけど、二度目の大劇場行きを決めた時、
またもや不思議な偶然に気がついたんですね。

「再会」「ノバ・ボサ・ノバ」が大劇場で上演されるのは、1999年4月2日から。
そうです。またもや春爛漫の季節。

けれど、もう私の心に「かかる雲なし」(どっかで聞いたナ…)

もちろん、宝塚の歴史的作品の初日を、指折り数えて待ったのは言うまでもありせん。

 

 

桜 前 線

 

4月2日の当日。
関西へ向かう新幹線の車窓から見た風景を、多分私は生涯忘れないでしょう。

おりしも、桜前線が日ごとに北上していたこの頃、私が新幹線に乗り込んだ時は
桜が三分咲きでした。

それが、新幹線の南下と共に、車窓の桜は五分咲き、七分咲きと刻々と変化していくのです。
私は、窓の外を飛ぶように過ぎて行く綿菓子のような色の桜から、
一瞬たりとも目をそらす事は出来ませんでした。
そう…まるで小さな子どもが窓にしがみついて、飽くこともなく景色を見つめているかの
ように、次から次へと窓の外を過ぎて行く桜を追っていたのです。

その楽しさ。
桜を目で追う事が、これほどに楽しい事とは……
恐らく、世の中の殆どの人々にとっては、ごく当たり前とも言える春の風景だった事でしょう。

しかし私にとっては、今まで感じた、どのような感動よりも素晴らしいものだったのです。
轟悠が立つ雪組の舞台へ向かうというだけでも、心弾む旅路だというのに
車窓から感じるこの新鮮な感動。

轟悠を知らなければ、きっとあの時の感動は有り得なかったに違いありません。

そして本拠地の宝塚に着いた時には、桜は満開。
花の道の桜が、優しい色合いで私を迎えてくれた事は言うまでもありません。

更に開演前に入ったレストランで、私はこれ以上はないと思えるような嬉しい一場面に遭遇しました。

開演を待つ人々でごった返しているレストラン内で、唯一空いていた席が花の道を見下ろす窓際の位置。

暖かな光が穏やかに差し込む大きな窓には、今を盛りと咲き誇る桜。
次の瞬間、その桜の木が風にゆったりと揺れたかと思うと、美しい花びらが一斉に舞ったのです。
心が解き放たれるとは、あのような感覚を言うのかもしれません…
周囲の人々のざわめきが一瞬遠くなったかと思うと、桜の舞う、音無き音を私は確かに聞きました。

華やかなチラシに惹かれて大劇場まで来た私。

私を大劇まで呼んだのは、轟悠、月影瞳、香寿たつきの三人のチラシでした。

そして、そのチラシから受けた大きな期待に、全力を持って答えてくれた雪組の全生徒。
それらの全ての事柄に感謝をして、この文を終わります。

 


 何回かに分けて綴ってきた「Only 悠 」も、これでおしまいです。
私の駄文を最後まで読んで下さったかた、ほんとうにありがとう。