NM氏メモリアル

「ジャンボ鶴田の死」と「Nさんの死」

ーN・M氏メモリアルに寄せてー2000年06月07日

「病院でなく、家で死にたい」。そんな患者家族の希望をかなえるため、近ごろは「在宅ホスピス」という終末期医療の形があります。Nさんが「信頼できる主治医」として選んだのがペインクリニック小笠原医院(群馬県高崎市)です。限られた命の時間を生きる日々、Nさんとその家族は「先生と会えてよかった」と心から感謝しました。これに対し、同医院の小笠原一夫院長(53歳)は、Nさんの闘病姿勢と人物印象について、「病気と闘い抜き、自分らしい死を受け入れた人」と回想し、次の一文を綴っています。
いかにすれば、ひとは、やすらぎと安心のなかで旅立つことができるか。そのために医療側は何をすべきなのか。良心的な医療者の立場からの追悼メッセージです。

〜「『ジャンボ鶴田の死』と『Nさんの死』」〜
                ペインクリニック小笠原医院・小笠原一夫記

「彼のことは今でもリスペクト(尊敬)している。彼のアクセプタンス(受け入れる事)の力は、彼は病気になってしまった現実を受け入れ、もうリングに上がれない現実、他の選手よりも先に引退しなければならない現実を受け入れ、自分の身体の絶望的な情況を受け入れた。そして、悲しみを自分のなかにしまいこみ、それを多くの人々に知らせることなく、静かに戦い続けた。なんて高いクラス(品格)を持った人物なのだ」
 
彼とは、つい先ごろマニラで肝臓移植手術の最中に亡くなった元全日本プロレスのエース、ジャンボ鶴田選手のことであり、語っているのはジャンボ鶴田の現役時代の好敵手、スタン・ハンセンである。
 
ジャンボ鶴田は、現役のピークの時期に肝炎になってしまい、プロレスを断念し、数年前から、筑波大学大学院で体育学を学んで九九年二月からオレゴン州立大学で客員教授として研究、教育生活をスタートしていた。その矢先の悲劇でした。
 
それに対するハンセンの追悼の言葉は、実に意味深く私は感動しました。命に対する対処の仕方は、実に人さまざまです。私が死にゆく人に対して、こうあるべきだというように、教えたり、導いたりは決してできないのだと考えています。

 ただ私は、私が未だ経験していない体験をしている人たちが、どのように道を歩んでいっているのかを見守る事しかできません。

 しかし、そのなかで、死に対する態度の差というもの明らかにあることは驚くべきこととしていくつも見てきました。

 それをハンセン選手がクラス(品格)と述べたのは実に至言です。もちろんそれは、年齢、性別、職業などとは全く関係ありません。むしろ、反比例しているようにすら感じます。人生において成功者でない人は、人生の競争のなかで、思い通りにいかないことがあり、受け入れ、諦めなければならないことがあり、小さな幸せを喜ぶことができるという性質を持っているのではないでしょうか。逆に、成功者は、常に右肩上がりの人生しか想定してこなかったためなのか、上手に負けることや諦めることが下手です。

 いのちの限界に直面したときの粛然とした身嗜み、作法を身につけること、アクスプタンス(受け入れること)の力をつけ、クラス(品格)を上げることは私たち全てにとって大事な課題ですね。

 三十九歳の若さで骨肉腫(軟部腫瘍)、肺転移で逝ったNさんは、そのような心得を備えていた方でした。死の直前まで、自分の姿を皆さんに知っていただきたいと自宅のベッド上でノートパソコンのキーを叩き続けました。Nさんのホームページをぜひ御覧になってみてください。十分なお答えのできない私に代わって答えてくれると思います」

(C)2000 KIYOSHI YOSHIHARA