2001.09.09-09.25
うそも方便

 長年勤めていた会社を退職して,家で新しい仕事を始めて以来,電話はあらかた筆者が受けることになった。仕事の電話は言うまでもないが,それ以外に家内の知り合いとか,間違い電話とか,財テクの勧誘など実にさまざまな電話が掛かってくる。よく掛かってくるのが,ピザの注文である。有名なピザチェーンのDピザの番号と筆者の自宅の番号が近いらしくて,多い日には日に何回も掛かってくる。そのたびにいちいち断るが,注文を受けてやろうかという気になることがある。
 着物のMという店をご存知だろうか?多分ご存じないと思うが,先日この店から着物の購入を勧める電話が掛かってきた。家内がいないかというので,何の用かと聞くと,たんすに埋もれている着物を高価で引き取るので,この際,新しい着物を買えという。家内を出してもまず注文しないと思う。そこで
「家内は,着物には全然関心ないよ。いつでも洋服で通しているからね」
と応えると,この際,礼服や訪問着を作ったらどうかという。6点セットで38万円するところを,特別に28万円にするという。そこで
「そうは言ったって,訪問着でも何でもすべて洋服で,着物は1着も持っていないよ。勧めても無駄だよ」
と応えたところ,娘はいないかと聞く。
「いることはいるんだが,こちらも着物はまったく着ないよ。礼服も訪問着もすべて洋服だよ。去年,ばあさんが死んだんで,喪服も買ったばかりだけど」
というと,それなら訪問着はぜひ着物にしなさいという。
「去年,いとこが結婚したので,そのとき洋服を一揃え揃えたばかりなんだ。だから全然要らないの。それに先月,会社をリストラされたんで,今はそれどころではないんだ。ところで何とおっしゃったけ」
「着物のMです。リストラというのは冗談ではありませんか?」
敵もこの程度では引き下がらない。なんだかんだと食いついて離さない。仕事に疲れて休憩していたところなので,もうしばらくお付き合いすることにする。
「会社を辞められたばかりなら,退職金をたっぷりもらわれたんではありませんか?」
「それがね,年が年だから,退職金は大分前にもらって,手許にはほとんど残っていないんだ。3年前,定年を3年延長してくれるというから,喜んでいたんだけど,突然,もう明日から来てくれなくてもよいということさ。まぁ,昨今の経済情勢を考えると,無理のないところもあるんだがね」
「一体どんなお仕事をされていたんですか?」
「エンジニアだったんだけど」
「エンジニアだったら,すぐにまた仕事みつかるんじゃない」
「それがねぇ,造船なんだ」
「造船ねぇ。造船じゃしょうがないわね。造船のほうは悪いみたいだから」
「そうだろう。まぁ,そんな次第で先立つものがないんだから,しょうがないね」
「そうね。でも気を落とさないで頑張って下さいね」
「ありがとう。そういってもらうと,多少慰められるなぁ」
「くれぐれも頑張って下さいね。じゃあ」
 上の話は,筆者にとっては嘘であるが,こういう経済状況だから,世の中にはこんな話は少なくないであろう。そういう意味では,まんざら嘘ではない。世の中の一つの実相を理解していただきたいと思う。
 こういう勧誘の電話が掛かってくると,平然とガチャンと切ってしまうのも心が痛む。一般的に言って,電話で勧誘するのは大変だと思う。好きでやっている人はあまりいないであろう。それぞれそれなりの事情があってのことであろう。
 勝手に電話して来て,何か買えというのは無茶な話である。大体は怪しげな話であるから,だまされないようにしないといけないが,あまり邪険にすると,大変後味が悪い。
 そこで,しょうがないから上の述べたようなやりとりをすることが多い。この手の他愛のない嘘は許していただけると思うが,いかがであろうか?嘘も方便というではないですか?
終わり


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