ものを喋る犬
                    一色 浩(1999.12.23)

 I氏は自分のことを生まれついての教育者と思っている。民間会社の技術者で、教師を職業としているわけではないが、人を教えることに大変熱心で、また、その才能があると思い込んでいるのである。国立大学の非常勤講師を務めているが、講義の準備にはみっちり時間を掛ける。独自の教育論を持っていて、懇切に講義を行うが、その割に学生諸君の試験での成績はよくない。一人娘が、大学3年生になるが、小学生の頃から、英語や数学の勉強には根気よく付き合ってきたので、娘から相応の尊敬を受けている。

 I氏は一匹の雑種のメス犬を飼っている。生まれたばかりのときに近所の空き地に捨てられていたのを、妻と娘にせがまれてしぶしぶ飼い始めたのであるが、今では妻や娘に負けぬほどこの犬に愛情を注いでいる。英国のサッチャ−夫人が総理大臣の頃であったので、マ−ガレット、通称マギ−と名づけている。I氏一家にとっては、二匹目の飼い犬であるが、マギ−はとても賢い犬である。飼い主との付き合い方になかなかスマ−トなところがあるのである。

 最近、I氏が凝っているのはこの犬の教育である。お手、おすわり、たっち、おあずけ、ワン、ごろんなどはすでに卒業していて、目下教えているのは数の勘定である。指で示した回数分、ワンを言わせるのである。指を三本示せば、ワンワンワンである。I氏の根気のよさは自他共に認めるところであるので、犬の顔を見るたびに毎日毎日飽きずに教えている。指示どおりに吠えたらエサをやるので、犬のほうもエサ欲しさで必死に頑張る。
「マギ−ちゃん、おはようさん!」
「ワン、ワン、パパおはよう!」
「これはいくつかな?」
「ワン、ワン、ワン」
「よくできました。マギ−ちゃんは本当に賢いなぁ!」
「それじゃ、これは?」
こんな感じである。

 教え初めて、半年くらいになるが、最近はかなりうまく反応するようになってきた。ただし、本当に犬に数を数える能力があるかどうかは、判然としない。マギ−は賢い犬なので、I氏の体の動きや顔の表情を実によく読むところがある。I氏の顔色を見ながら、吠える回数を微妙に調整している節があるが、ともかく見事に反応する。しかもエサによってかなり反応が違う。何もやらなければ、そっぽを向いて絶対に反応しない。チ−ズが一番の好物なので、チ−ズがエサのときは、天才的なところを見せる。煮干ではまずまずである。

 I氏の夢は大きい。いま考えているのは、犬にものを喋らせようということである。犬の頭に、オ−ム真理教の信者が被っていたようなヘッドギアを被らせて、脳波を取れば、きっとなにか犬の気持ちを反映する信号が取れるはずだと考えている。この信号を分析して、人間の言葉に置き換えて音声合成装置で発声させれば、犬とコミュニケ−ションできると考えている。I氏はなかなかのアイデアだと思っているのだが、会社の同僚に話してもみんな半信半疑で、人によってはI氏の頭に疑いを抱く始末である。

 しかし、毎日毎日あきずに犬の訓練をやっていると、だんだん犬の気持ちが分かってくる。結構豊かな心を持っていて、なんとなくそれが伝わってくるようになる。最近のI氏は犬の笑い声が聞こえると思うときがよくあるようになった。最初は暇つぶし程度の軽い気持ちで始めたことであったが、今ではI氏に大きな喜びを与えるほどになっている。

 I氏は愛犬マギ−を愛してやまないのであるが、どうしても止めて欲しい習性がある。エサはたっぷりやっており、不自由させていないつもりであるが、マギ−には拾い食いの癖がある。しかも他の犬の糞を食べるのである。糞を見つけたらどれでも食べるわけではない。厳しい選択基準がある。排泄されたばかりのぐちゃぐちゃな糞ではいけない。よく乾燥していてからっとしたやつに目がないのである。一旦、口にくわえてしまったら最後、どんなことがあっても離さない。
「マギ―ちゃん、お願いだからそんなもの放しなさい!」
「知らない!あたし、こんなの大好きなの」
「いいかげんにしなさい!」

 こういう状況に遭うとせっかくの散歩も台無しである。自分が犬の糞をくわえているような不愉快な気分になる。犬は人間にとても忠実であるが、反面非常に強い心を持ってたくましく生きていることを思い知らされる。
犬と話ができたらさだめし面白いと思うがいかがであろうか?


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