ま え が き

 変分法という学問の性質を一言でいうと,「深遠にして極めて実用的な学問」と言うことである。
深遠というのは,種々の重要な物理法則が変分原理の形で与えられることであり,物理現象を簡潔に表現するからである。極めて実用的というのは,境界値問題の数値計算に直接的に利用されるからである。計算機を使って計算するのに適したアルゴリズムを,提供してくれる。そのためか,変分法は変分学と,変分問題は変分原理という呼び方もされる。
 変分法により,解析的な問題である微分方程式が代数的な問題に変換されるので,計算機による数値解法が可能となるが,もう一つの有力な数値解法である差分法と比べて以下の特長がある。
(1) 微分の階数が低い。差分法の場合の半分になる。
(2) 連続性の要求が低いので,計算領域を自由に分割できる。
(3) 最大,最小原理の場合には,安定な数値的解法を与えるので,順方
  向の繰り返し計算が可能であり,大規模な問題の解を求めるのに適
  している。
 変分法の歴史は古く,17世紀のベルヌ-リ(T. Bernoulli)にまで遡る。古典的な変分法は,18世紀から19世紀にかけてオイラ-(L. Euler),ラグランジェ(J. L. Lagrange),ルジャンドル(A. M. Legendre)らにより発展したが,近年多くの分野に応用されて,その重要さが再認識されている。
 本書においては,変分法の持つ理論的な側面と,原理的な側面の両方をバランスよく述べて、その全体像を概観したい。
 著者は,大阪大学工学部において,学部学生に対して3年間にわたり,変分法の講義を担当した。最初の2年間は市販本をテキストとして講義したが,学生諸君にとって魅力的な講義ではなかったようである。さらに,試験の結果から判断すると,十分な理解も得られなかったようである。そこで,一念発起して自前のテキストを書き下ろすこととした。おかげで,著者の変分法に対する理解も深まり知識も整理されたので,学生諸君も大いに興味を持ってくれたようである。さらに,なるべく質問が出るように学生諸君を誘導したところ,かなり始めの段階で理解できていない者が多数いることが分かった。そこで,重要なポイントは,繰り返しいろんな角度から説明することにした。これらのことの結果として,3年目の講義はかなり成功したものと自負している。思えば,最初の2年間の学生諸君には申し訳ないことをしたと反省している。講義を行ったのは,第4章までである。第6章以降は内容が高度になるので,学部学生を対象とする講義には向かないものと考える。時間の都合で,第5章で述べられている固有値問題への応用についても講義できなかったが,第4章までに幾分の説明があるので,第4章まででも基礎的な部分は一応カバ-できている。
 大阪大学における講義を行うきっかけを作っていただいた大阪大学工学部の鈴木敏夫教授,松村清重助教授に深く感謝申し上げます。特に,鈴木教授から流体力学の例題を多くして欲しいとの要請があったが,それなりに努力したつもりであり,§6,§8および§9にそのことが特に反映されている。内容的にも,独自の物を盛り込んだつもりである。また,松村助教授から,非自己随伴型の境界値問題に関する強い興味が示されたが,今回はその内容を含める余裕がなかった。他日を期したいと考えている。
 本書はあまりポピュラ-でない分野での学術書であるので,商業出版物として流通を図るのにはいろいろと障害がある。これまでは,いやでも商業出版のお世話にならざるを得なかったが,最近の情報技術の驚くべき進歩と普及を利用すれば,他の道もあり得る。インタ-ネットを利用して,直接,読者に内容を伝えることもできる。あるいは,CD-ROMなどの磁性メディアを用いれば,わずかな費用で大量の情報を伝達できる。本書は後者によることにした。確実な情報の伝達が,極めて安価にできると考えたからである。
また,紙に書かれた情報ではなくて,電子化された情報を提供するのは,情報の交流,情報の再生産などが多いに促進されると考えるからである。例えば,著者と読者との交流,読者間の交流など,現在では想像できないようなコミュニケ-ションが起きてくるのではないだろうか?さらに,音声や画像情報も簡単に付加することが可能である。本書では実現されていないが,書物全体のおおまかな内容やイメ-ジの伝達には,文字よりも文字,音声,画像の複合情報で伝える方が適していると思われる。新しい知識を吸収することを山登りにたとえると,登り口やたどるべきル-トが見えてくるまで,案外時間が掛かるものである。音声や画像をうまく使うと,かなり効果的であろうと考えるが,いかがであろうか?
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1999年12月6日
著 者

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