準光速で航行する船を減速するには、事実上、外界からはなんら打つ手立てはない。
光速に近付くにつれて船体の質量は増加し、加減速が非常に困難になる。静止座標系から減速フィールドを予想進路に数光秒の距離に展開したとしても、通過するわずか数秒の作用時間では有効な効果が期待出来ない。並行して救出船を飛ばして推進フィールドを干渉させるとしても、同速度まで加速させてベクトルを同調させる時間が減速と同じだけかかる。もしも飛ばせたとしても、作業船の船内では同様な時間の遅延が発生し、船内の作業の時間が外界での数ヶ月にまで拡大するであろう。接近しようにも船の前縁には圧縮された星間粒子の乱流と衝撃波が出来、密度境界面では超高温のプラズマが荒れ狂っている。

みずほは待ち続けた。
幸いにも成績が優秀だったために奨学金の手配がついたのと、父親の残した資産が生活を支えた。普段は一切姿を見せなかった伯父が、色々と手配をしてくれた。
事故が発生した当初は幾度もマスコミの興味を引き、取材攻勢に巻き込まれそうになったが、学校と辺境監視局と親友がそれらからみずほを守り切った。経歴のはっきりしない父親の事については、何社かのエージェントが個人的なデータベースや辺境監視局にまでクラッキングを行ったようだが、綿密に構築されたダミーのデータを見せられて全て排除された。


減速の兆候が見られたとの吉報を受けた時は、みずほはもう高等教育レベルを卒業し、拡張レベルへと進んだ後だった。
みずほは自分の行く先を考えるようになっていた。
小さい頃から漠然と、父親の生まれた星を見たいと思っていた。
母親が駐在監視員を目指していたことも知っていた。
言語学の才能があり、発想の柔軟性に富むみずほが、今回のことで繋がりの出来た辺境監視局からのアプローチを受けたのは必然であろう。
駐在監視員ともなれば、文化や習慣の全く違う異境の地で独り、身分を隠したまま長期の任務に耐え得る強固な精神力も要求される。
それらは養われつつあった。



 おねがい*ティーチャー SS (before story)

 「失われし日々」 〜 4・再会 〜



外周モニターにはもう、異様な景色は映っていない。
近隣座標系に対する速度はもう星系内巡航速度まで落ちている、スピード違反で捕まる心配さえない。船体の異常も報告されていなかった。
「さすがに最新鋭の大型艦だわね。なんとか無事に乗り切ったみたい」
やっと独り言をつぶやく余裕ができた。

数分前に前方でパラレルスペースからの、複数のタッチダウン現象が報告されていた。0.1光秒ほど離れてベクトルを同調しようとしているらしい。
(助かったわ、きっと救助船団だわ)
通信回線を開こうとして右手のサブコントロールを見ると、まほが疲れて眠っていた。肩を揺すって起こす。
「ムニャムニャ、着いたの〜?」
「もう・・・。助けが来てくれたわよ。パネルをあけてちょうだい」
「う〜〜ん」
伸びをして体を起こしたまほの下から、通信回線の設定メニューを開いた。普段ならこれもまりえに『あの船と通信回線を繋いで』と一言命じれば済むのだが、この状態ではままならない。

宇宙船間で通常通信に使われる周波数を選択すると、空間擾乱の影響もなく繋がった。
通信モニターに表れた女性の姿に、はつほは息をのんだ。
見た事の無い・だが良く知っている姿から、聞いた事の無い・だが良く知っている声がする。
「おかえりなさい、おかあさん、まほ」
「ただいま。ずいぶんときれいになったのね。みずほ」
一呼吸置いて、はつほは落ち着いて答えた。
「おねえちゃんなの?」
まほの声には震えがあった。
「そうよ。まほは変わってないわね」
こうなる事は言われて予想してはいたが、目の前にするとやはり納得出来る事ではない。そのようになりたいと思っていた自慢の姉が、一気に大人に成長して自分だけ取り残された理不尽さを感じているようだ。頭で理解している訳ではない。

「あれからそっちでは何年経ったのかしら?」
聞きたくはない、しかし聞かずにはおれない質問。
「・・・、6年よ」
一呼吸置いて答えるみずほの表情には、その事を知って衝撃を受けるであろう二人の心を察した表情が出ていた。
「そう・・・、本当に永い間待たせちゃったわね。ごめんなさい、みずほ」
普段は、相手のちょっとしたミスから争点をひっくり返して自分の正しさを証明するはつほが、素直に謝まった。
母親から素直に謝られたのは、覚えている限り数回と無い。
「無事に帰ってこれたんだから、いいわ」
みずほも不可抗力と言う事態を知っている。なにより無事なのだから、この件はこれでおしまいである。

「ともかく、こうやって話してても始まらないから、そっちに移乗してもいい? お母さん」
何となく、照れくさい会話が始まりそうなので、それを船外中継する必要もないだろう。これから先は家族の会話だ。みずほはそう思って聞いた。
「ところでみずほ、その格好って・・・」
「うん、私ね。駐在監視員になったんだ」
「凄いわね〜。赴任先は決まったの?」
「お父さんの星」
何気ない会話の中に、大きな喜びがつまっていた。
はつほは心底うれしそうに微笑んだ。

「それじゃ、これからそっちに行くわね」
みずほの船がベクトルを変えて近付いて行く。モニターに映るその姿に、はつほは自分がかつて抱いていた夢が娘によって新たに始まることを感じた。

〜 私の一つの大きな夢は終わってしまったけど、新しい夢は叶いそうね。どんな事が起きるか判らないけど、幸せにおなりなさい、みずほ。 〜

〜 そして新しいはじまり 〜


Fin.




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