好きまでの距離感〜暴走編、四〜

「近づくなって言われても、話しかけられたら答えなきゃ失礼だろうが。一応先輩なんだしさ」
「近づかなければ話もしない」
「あのなぁ…」

いったいどうしたんだこいつは。
桂一郎がこんなに誰かを嫌うのって、俺の知る限り初めてじゃなかろうか?

「何で先輩をそんなに俺から離したがるんだ?お前、まだ俺のこと疑ってんのか。それとも信用してないって言うつもりなんか?」
改めて問い返してやると桂一郎が複雑な表情を見せてきたんだ。
「和を信用してないんじゃなくて、先輩が信用出来ない」
「はぁ?」

マジでこいつが何を言いたいのかが分からなくて、思わず間抜けた声が出てしまった。
「先輩のどこがどう信用出来ないんだ?」
俺の問いかけに、桂一郎が速攻で答えてくる。
「あの人の性格」

…それは答えになっているのだろうかっていう気がする。
確かに先輩は軽い性格だろうけど、剣道部の主将に任命されているだけあって、それなりに周りから信頼とか頼りにされていると思ってたんだけどな。
桂一郎が出ている試合を見に行った時に、先輩の試合もついでに見る機会があったんだけど、流石というか貫禄の試合内容だったんだ。
普段のおちゃらけた態度とは裏腹で、冷静な態度と圧倒的な実力とを見せつけられて、やっぱり主将を務めるだけはあるなぁと関心した覚えがあったんだ。
あの軽い性格だって、見方を変えれば気安くて親しみやすいと受け取ることも出来るんじゃないのだろうか。
だからそれを桂一郎に言ってやったんだけど…。

「和に構わなければいい」という、身も蓋もない答えが帰ってきた。

なんだかなぁもう。
こいつのこれってば、もしかしてアレか?と今更ながらに気づいたことがあったんだ。
「お前さぁ、まさかだけど先輩に嫉妬してんの?」
だからそれを確かめたくて桂一郎に聞いてみたんだ。それに対してのこいつの答えときたら…。
「そうだ」の一言。

その答えには、こっちの方が赤面してしまいそうだった。
だって桂一郎ってば、照れるでもなく、真っ正面に俺を見据えて言い切るんだもん。言われたこっちが赤くなっちゃうくらいに。
普通は嫉妬してるのとか指摘されたら、慌てるとか否定するとかしないか?なのにこいつときたら、あっさりと認めるんだ。
こういう場合、俺は恥ずかしがればいいのか、嬉しがって見せればいいのか、マジでリアクションに悩んじゃう。

「あのさぁ、桂」
「先輩と和が一緒にいるのが気にくわない」

そこまで言い切るのか。
ここで反発して桂一郎の感情を逆撫でするのもどうかと考えたので、俺はこいつを安心させるべく背中を叩きながら約束してやったんだ。
「お前がなんでそんなに先輩を毛嫌いするのか理解出来ないけど、もういいから。分かったって。先輩にはなるべく近づかないから。それでいいだろう?嫉妬するなんて、お前らしくないぞ」
そう言って安心させてやったつもりなんだけど、どうやら桂一郎はまだそれでも不満らしかった。
「でも、先輩に話しかけられたら答えるんだろう?」
「そりゃあまぁ…。無視するわけにはいかないから」

さすがに無視はマズイだろうと思うから、正直に答えてやると、桂一郎が俺の肩を掴みながら真っ直ぐに覗き込んできながらこう言ったんだ。
「和が先輩と親しげに話したり、触られたりしたら、我慢出来ない」
「ああ…うん」

こうもあからさまに嫉妬されると、逆にからかう事なんて出来ない。むしろ、こいつの真剣さに体が引けちゃいそうなんだ。
「だから約束してくれ。なるべく先輩の側に近寄らないって。でないと…」
「でないと?」
「今度はもっと切れてしまいそうだ」

そう言ってあいつがまたも俺のことを抱きしめてきた。
脳裏には、さっきの桂一郎の暴走が過ぎってしまったんだ。
慌てて、あいつの背中を叩いて答えてやった。
「わ、分かった。分かったから。先輩には必要以上には近寄らないから。だから、お前も余計な気を回すんじゃないって。な、それでいいだろう?」

こっちとしては冷や汗ものだった。
なんとなれば、桂一郎が抱きしめたさいに腰を押しつけてきたんだもの。
こいつの本気を体で確かめさせられたような気がして、俺は大きく頷いてあいつを何とか落ち着かせようとした。

「桂、俺の言うこと聞いてるのか?」
「ああ」
「だったらもう、いい加減に離せちゅーの」

あいつに抱き込まれたままで怒鳴り、何とか逃れようとした。このまま抱きしめられていると、またやばいことになりそうな予感がしたから。
何度か同じ言葉を繰り返し、ようやく桂一郎が腕を緩めてくれた。その際にあいつが残念そうな表情を見せたような気もしたけど、あえてそれは知らない振りをした。
ここで下手に突っ込んだら、また堂々巡りの話し合いになっちゃいそうだったから。

その後は他愛ない話をして、俺は早々に桂一郎の部屋を後にした。

自分の部屋に戻って、俺は大きくため息を吐いていた。
久々に桂一郎に襲われて、貞操の危機っていうもんを味わってしまった。

今更ながらに、何であんな目に遭わなくちゃならないのかがまるで分からなかった。
確実に言える事は、桂一郎が思っていたよりもずっと嫉妬深いってことだろうか。
それと、遠藤先輩にはなるべく近寄らないでいようってこともだ。

明日からの事を考えると気が滅入ってきちゃいそうだったけどね。

…にしてもだ。
男の焼き餅は結構怖いもんだって、自分の体で実感してしまったよ。

そして俺は、再度大きなため息を吐いてしまったんだ。



暴走編、終わり。