好きまでの距離感〜暴走編、二〜

そこは…嫌だ。
男の乳首なんか触って、何がしたいんだと怒鳴ってやりたかったのだけど、口を塞がれた状態では何も言い返せない。
あいつの体を押し返そうと手を突っ張っても、距離が近すぎて上手く力なんか入らない。しかもあちこち触られて、そのたびに腰が浮き上がるような感覚を感じて、力が抜けてしまうんだ。

「んぅっ…ん…」
唇の隙間から漏れる、僅かな声。かすれた息づかい。
その間も桂一郎は何も言わない。
何だかあいつ自身さえもせっぱ詰まった様子で俺の体を抱きしめてくる。
その思い詰めたような表情に不安感が増してくる。

唇が外される。
息継ぎさえも叶わないくらいに深くキスをされて、俺は大きく肩で息をする始末だった。
「は…ぁ…」
だけど気を抜けたのはその一瞬だけ。
あいつが腰を俺に押しつけたとき、股間にあるモノを感じてしまったんだ。

「…桂?」
嘘!ちょっと待てよ。冗談じゃないだろう?
だって、だってだよ。
この足の間に感じる堅いモノってば…あれしかないってことじゃないのか?
待てよ。こんな勢いのまんまでなんて、嫌だ。絶対に駄目だ。

「桂!お前、何考えてんだ。俺、こんなの嫌だってば。止せ、離せって!」
あいつの胸を叩いて、言葉で訴えて、何とか止めたかった。
こんな状況で、なし崩し的に桂一郎に抱かれたくなんてなかったから。
だから何とか思いとどまって欲しくて訴えたんだけど…。

なのにあいつは俺を抱く手を緩めることはしなかった。
それどころか、酷くせっぱ詰まった表情で俺を見詰めてきたんだ。
「和」
真剣な眼差しであいつが俺の名を呼ぶ。そして、こう続けたのだ。
「俺が…嫌いか?」
「は?」

一瞬、言葉に詰まってしまった。
この状況下で聞くことかと、逆に問い返したかった気分だった。
嫌いだと俺が言ったら、お前はこの行為を止めるのかって。

「き、嫌いだって言ったらお前はどーすんだ?」
だから声が震えがちになるのを押さえながら、こう切り返してやったんだ。何とかして、あいつにこの行為を止めて欲しくて。止めさせたくって。
すると桂一郎が真っ直ぐに俺を見下ろしながら、言ったんだ。
「俺はお前が好きなんだ」…と。

ぐっと息を呑んでしまった。
この場でそれを言うのは反則なんじゃないのかと反論してやりたかった。
「好きって…あ、あのなぁ…」
「お前だけを見ていた。お前しか欲しくない。和が欲しいんだ」
思い詰めたような表情。絞り出すような声。強く俺を抱きしめる腕。そのどれもが全てで、俺を欲しがっているのが分かるんだ。
普通だったらこれでほだされちゃうくらいだろうって気がする程に。

だけど、だけどなんだ。
桂一郎が俺のことを好きでいてくれるのは分かってる。俺だって好きでもない相手にキスとか体を触らせるのを黙って許せるはずがないんだってことも。
だからこそ、今の桂一郎は嫌なんだ。
俺の感情も何もかも無視して、自分の気持ちだけをぶつけてくる今の桂一郎がだ。

「相手の感情を無視してやりたいようにするのが、お前の好きなのか?桂」
ちょっと気分を緩めれば、涙が出ちゃいそうだったけど、ぐっと堪えてあいつを睨み付けながら言い放ってやったんだ。
すると桂一郎の腕が緩み、それから気まずそうに俺を見下ろしてきたのだ。
「和…俺は別に、そんなつもりで言ったんじゃ…」
「じゃあどんなつもりでこんな事を仕掛けてきたんだよ」
「和に他の男が触れたのが嫌で、だから…」
「だから?」
「だから触れたところ全部を消してしまいたいなって、思った」

…脱力してしまいそうだった。