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Merry Christmas to you
街灯に照らされた道の向こうに、綺麗に飾りつけられた家の窓が見えていた。白い人工の雪を窓の隅にスプレーで吹きつけ、窓ガラスの真ん中には大きな星の形をした電飾が貼り付けられている。暖かそうな室内には、色とりどりの飾り玉をつけたツリーが枝を広げているのが見えた。暗く寒い冬の夜が、きらきらと輝く飾りに彩られて、見ているだけで心が躍るような眺めだった。
窓ガラスに鼻を押し付けて、暗い窓の外を見ていたティーダがアーロンに呼びかけた。
「ねぇねぇ、あーろん」
いつものように柔らかな髪を揺らしながら、ティーダが興奮気味に言葉を続ける。
「もうすぐクリスマスだね」
アーロンの頭の中で、クリスマスと云う言葉がくるくると意味をなさないまま廻っていた。
「クリスマス?」
ティーダが振り返り、キラキラと光る蒼い双眸を向けながら続ける。
「ひょっとして知らない・・・の?」
ウソをついても始まらないと思いながら、正直に云う事も何故か憚られて、曖昧な顔のままで唇を結んでいた。そんなアーロンをしげしげと眺めたティーダが、信じられないものを見るような目つきで問いかける。
「そんなわけない・・・よね?」
クリスマスなど、アーロンの生まれたスピラにはなかった。更に云えばここ暫くの間、外出するたびに目にする飾りが何の為なのか少しも知らなかった。ただそれを知らないと口に出す事も何故かためらわれて、何食わぬ顔をして過ごしてきたという訳だった。唇を尖らせてしばしジッとアーロンを見つめたティーダが、更に問いかける。
「あーろんはサンタさんとしりあいじゃなかったの?」
「サンタ・・・さん?」
「そう、サンタさん!」
眉間のシワを深めながら、アーロンが目を細めて答える。
「何故俺がそのサンタとか云う奴と知り合いだと思うんだ?」
パッチリと目を見張ると、ティーダが不思議そうにアーロンの顔を見る。
「だってぇ、あーろんがぼくとはじめてあったときにきてたふくって、サンタさんとおなじなんだよ?」
眩暈がしそうな思いを抑えて、とりあえず首を横に振り口を開きかけると、ティーダが少し唇を尖らせるようにして言い張った。
「あのふくって、あかいよね?それにあーろんブーツはいてたよね?ともだちにいったら、それはサンタさんとおんなじだっていうんだもん」
アーロンは、赤い服を着ていれば、それだけでそのサンタというものにされてしまうのかと思いながら呟いていた。
「サンタ・・・」
つぶらな瞳を訝し気にしかめると、アーロンの顔をまじまじと見ながらティーダが続ける。
「クリスマスの夜にえんとつからはいってきて、みんなにプレゼントをくれるんだよ」
そしてそのままジッとアーロンの瞳を見つめながら言葉を続けた。
「やっぱりあーろんって、せけんしらずなんだね?クリスマスもサンタさんもしらないなんて・・・」
激しく脱力しそうになりながら、アーロンが強張った顔を向ける。
「世間知らずなどと、子供のお前に云われる筋合いはないぞ」
ティーダが人差し指を突き出すと、アーロンの鼻先で振りながら諭すように続けた。
「おとなりのおばちゃんがいってたんだよね、あーろんさんはわるいひとじゃないけど、ものをしらないところがあるからって」
アーロンは、今度その隣人に会ったら、思い切りお礼を言うべきだろうと考えながらティーダに向かって云っていた。
「俺はザナルカンドの生まれじゃないからな・・・そのせいだ」
ティーダが胡散臭そうな顔でアーロンをチラリと見ると小さくため息をつく。
「そうだとはおもったけどさ・・・ってことは、クリスマスをするのははじめてなんだね?」
ダメ押しするようなティーダの問いに、言葉も無く立ち尽くすアーロンを哀れむように見ると、ティーダがきっぱりと云った。
「しんぱいしなくてもいいから。ぼくにぜんぶまかせて」
そしてブツブツと呟くように、
「まずはクリスマスのかざりだな・・・ちょっとさがしてくるからね」
と言い置いて、使命感を漲らせた小さな背中を見せながら、薄暗い物置へと走って行った。
異国の地の異習慣の行事だと考えていたのに、ティーダを目の前にしてみれば、そんな他人事で済ませられそうになかった。家族が揃っていた頃には、きっと一家で楽しんだのだろうと思えば尚更だった。ティーダが物置に入り込んでいる間に、アーロンは自分の間抜け加減を呪いながら隣家のドアを叩いていた。
隣家から戻ってアーロンが玄関のドアを開けようとした時、物置の中からティーダが声を上げてアーロンを呼んでいた。
「あーろーーん・・・たすけてぇー」
急いで声のする方に向かうと、そこには物が所狭しと積み上げられた中で、ガラクタに行く手を阻まれて立ち往生するティーダの姿があった。髪や鼻の頭に埃を被りながらも、両手に一杯の大きな箱を抱えて、それを落すまいと必死になっている。アーロンは躊躇する事なくティーダの持った箱を片手で引き受けると、もう一方の腕にしっかりとティーダを抱えてガラクタの中から助け出してやった。
「大丈夫か?これは俺がするべきだったな、すまん」
埃だらけの顔で大きなクシャミを三つしたティーダが、涙の溜まった目でかぶりを振った。
「だいじょうぶだってば!それより、ほらっ!」
足元に置いた箱の中から、薄いガラスで作られた色とりどりの飾りを取り出してみせる。
「これをクリスマスツリーに飾るんだよ。それからこれ!」
長いコードに豆電球が連なるものを取り出すと、アーロンを見上げてティーダが鼻の下を擦りながら得意そうに続ける。
「フェアリーのあかりさ。これをいちばんさいしょにツリーにかざるんだよ。おかあさんがいつもいってたんだ、『ツリーの天辺から始めて、根元まで枝の間に渡すのよ』ってね」
そして嬉しそうな笑顔になると、アーロンに向けて大人ぶった口振りで告げてくる。
「まだツリーをとってこなくちゃいけないんだよね。さっき、ものおきのおくにあるのがみえたから、こんどはあーろんたのむね?」
小さな手で背中をポンッと叩かれれば嫌もなく、アーロンは薄暗い物置に足を踏み入れていた。
暖かい居間の片隅に、人工のクリスマスツリーを置いて、周りにぐるりとフェアリーライトを廻らせた。一つ一つの小さな明かりが、点滅しながら枝の間に揺れている。伸ばされた枝々の先には、箱の中から取り出した飾りを吊り下げて行く。赤や金の飾り玉、金色のビーズ飾り、サンタクロースのブーツやソリを引くトナカイなど、どれも如何にもクリスマスの飾りらしい。その全てがアーロンにとっては初めて目にするもので、どれもひどく珍しかった。ティーダはと云えば、健康そうな頬を紅潮させて、瞳を輝かせながら嬉々として飾りつけに没頭している。そんなティーダの様子を眺めながら、この笑顔が消える時など来ないようにと願っていた。
「よしっ!あとはこのおほしさまを、ツリーのてっぺんにつければおわりーっと!」
金色に光る星の飾りを両手に掲げて、ティーダが爪先立ちしながらツリーの頂点を目指す。とは云え、ティーダの身長ではとても届くはずがなかった。アーロンがそんなティーダの脇に手を挟むと、ヒョイと持ち上げてツリーの頂上に掲げてやる。柔らかい髪がふわりとアーロンの鼻先を掠めて、伸ばした両腕の先に掴まれた綺羅星が、瞬くツリーの頂に舞い降りる。
「できたっと!」
ニコニコと笑うティーダを床に降ろすと、アーロンは部屋の明かりを最小限に落とした。ほの暗い部屋に、点滅する明かりを宿したクリスマスツリーが、暖かな輝きを投げかけている。
「ね?きれいでしょ?」
大きな手の平を、小さく踊るように揺れるティーダの頭に置いて、アーロンが答える。
「あぁ・・・きれいだ」
あっと云う間にクリスマスイブ当日になった。その晩、もう何度もベッドを抜け出したティーダがその度、
「起きている子供の所には来ないそうだぞ」
と脅されて渋々と布団を被り今度こそ本当に寝てしまった頃、アーロンが戸棚の扉をそっと音を立てないようにして閉めていた。その手には、綺麗にラッピングされた箱が載せられている。アーロンはツリーを飾った居間に戻ると、そのプレゼントの箱を暖炉に吊るした大きな靴下に入れる。そして、暖炉脇の小机の上に乗せられたトレイに視線を注いだ。そのトレイの上には隣人の教え通りに、ミンスパイと小さなグラスに注がれたミュールワイン、小振りのニンジンが並べられていた。アーロンは小さくため息を付いて、こってりとした複雑な味のするミンスパイを齧ってみた。慣れない奇妙な味のパイは、とても全部は食べられそうに無い。口直しのつもりで口に含んだワインはスパイスやハーブの香りがして、まるで薬のようだと思いながらもつい癖で一気に飲み干していた。最後に、生ニンジンのシッポをガリッと齧ると、自然の甘みが口中に広がった。隣人曰く、
「全部食べなくてもいいんですよ。ちょとずつ齧っておけば大丈夫」
との事で、サンタになるのも親及び後見人の役目と云う訳だった。
クリスマスの朝、まだ暗い内に目を覚ましたティーダが、興奮した様子でアーロンの寝室に駆け込んで来た。
「すごいすご〜い!さんたさん、ぼくのことわすれないでいてくれたんだよ〜」
ティーダの喜びを抑えきれない姿が、何時にも増して微笑みを誘う。まだぼんやりとする頭を振りつつ、グイグイと腕を引っ張られながら、アーロンは密かに小さな笑みを浮かべていた。
「ほらほらぁ!みてみて〜っ!」
ティーダが嬉しそうにプレゼントの箱を掲げて見せる。アーロンはフッと目元を綻ばせると、嬉しげなティーダに向かって云った。
「サンタを信じない大人にはプレゼントをくれないそうだな」
アーロンの言葉に、ハッと何かを思い出したティーダが、クリスマスツリーの根元に潜り込むと、小さな箱を引きずり出した。
「さんたさんをしらないあーろんに、プレゼントがくるわけないとおもったからさ・・・」
そう云って小さな手の平に載せた箱をアーロンに差し出した。
「はい!メリークリスマス、あーろん!」

小さなティーダが一生懸命に作ったと思われる箱を受け取ると、喉の奥にこみ上げてくるものを抑えてアーロンが呟いていた、
「・・・メリークリスマス、ティーダ」
−End−
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