特別な1日


全ての始まりは、一緒に暮らしている親父の一言からだったと思う。



ま、もうすぐ”あの日”な訳じゃない。
女の子が好きな男性にチョコを渡して、ついでに愛の告白なんかしちゃう日。
正直な話、今時の女の子がさ。その日だけしか告白出来ないなんて思うわけないじゃん。
ちょっとすれば女の子の方が積極的でさ、男の方が押されちゃうんじゃないかなって思うわけよ。俺としては。
これってば、結局はただのイベントだよなって。


でもさ、男としてはまるっきり無視も出来ないんだな。
やっぱり貰えれば嬉しいし、自分がそれなりに人気もあるんだな〜って実感するから。
だって俺もブリッツボールの選手なんてやってるじゃない?
それなりに人気も在ると思うし、実際のところプロスポーツ選手なんて人気商売みたいなもんだし。
だからさ、プレゼントの数なんてその人気のバロメーターだって思う訳よ。


去年はそれなりに貰いました。
俺ってば、結構人気あるじゃんって思って、優越感にも浸っちゃった。だってチーム内で、俺が一番多く貰ってたんだぜ。回りから、「やっぱ若いのは得だよな〜」って言われちゃったくらいだし。
結構いい気分だったんだ。
…そう、家に帰るまでは。

でも…家に帰ったら、その優越感もしぼんじゃったんだ。
何たって、親父が俺の三倍くらい貰ってたんだ。
も、凄かった。
だってトラックで運んでいたんだぜ。信じられる?
親父曰く「これでも途中で他の奴に分けてきたんだぜ」と偉そうに言ってくれるし。
だいたい俺にチョコを送ってくれた人っていうのは、若い女の子とか、年輩のおねーさんとかが多いんだ。(訳分からないけど、年上の男っていうのもあった)
でもさ、親父のファン層っていうのはまさしく老若男女なんだ。
派手なプレイスタイルで誤解されがちだけど、親父のプレイは見た目の割に堅実で、玄人好みもするらしんだ。
見た目の派手さに引かれるファンと、パワー溢れるプレイに引かれるファン。それに昔からの親父のファンが送るチョコ。
ちょっとファン層の厚みが違うって感じ。
それじゃあ、俺がチョコの数で勝てる訳ないよな。
そこまでは俺も認めるよ。
たかだかブリッツボール初めて数年の俺と、長い実績と経験、確かな実力を持っている親父との差っていうやつをさ。
でもさ、それをこれ見よがしに自慢することもないじゃん。一応、認めてやってんだから。
なのに、あの親父は言うんだよ。
「なんだぁ?お前はそれくらいか?」って。
更にだめ押しで、「大したことないなぁ」と。
マジ、むかつくよな。
その時には親父とは既にそーいう仲になっていたもんで、あんまりあの言い方が頭に来たから二週間ベッドから閉め出してやったんだ。
親父は何で自分が閉め出しくらったのか、まるっきり分からないみたいだったけどさ。
その無神経さも俺の怒りを誘うっていうことも分からないんだ、あのスケベ親父は。
ま、でも。二週間目で親父に無理矢理に居間で襲われて、お預けもそれからあやふやになってしまったんだけど………。



で、俺は何を言ってんだ?
…話が脱線しかけたみたい。



ともかくにそーいう色々な事のあった”あの日”な訳。
そして今年。
親父がここしばらく俺に遠回しに言うんだ。
「お前は俺に何もくれないのか?」って。
「何を?」って俺が返すと。
やっぱりこういう事は本当に好きな奴から貰うのが一番嬉しいよな…だってさ。
何言ってんだこのおっさんは?と、思ったよ。
俺に散々、色んなこと夜に(だけじゃなくて、たまには昼間も)仕掛けておいてさ。今さらチョコなんて欲しいのか、このスケベ親父はって。
そう正直、思った。
思ったから、それをそのまんま言ってやった。
そうしたらあからさまに残念そうな顔をするんだ。
「そんなに欲しい?」って聞いたら、マジで欲しいって言うし。


…けどな〜。
今さらって気もしなくもないじゃん。
一緒に暮らしてて、ついでに人様に言えない仲にまでなってて。
更にチョコ?
どう考えても恥ずかしいじゃん。
どーいう顔して親父に渡せばいいんだ。
その前に買うのも恥ずかしいじゃないか。
だから、言った。
「そんな事、出来るか」って。
恥ずかしい、うんぬんは言わなかったけどね。


それでこの話は終わりだと思ったんだ。
お互いに忙しい身の上だし。たかがチョコくらいでどうこう言うなんてと。
それがな〜、あの親父の性格を見誤っていたような気がする。
あれからさ、事あるごとに言うんだ。
「チョコ欲しいな〜」って。
幾らでも貰えるだろ?
親父クラスの選手なら、何も言わなくてもプレゼント何て貰い放題なんだから。
それを言ってやると、違うって言い張るんだ。
本当に好きな奴からのプレゼントは例え値打ちがあっても無くても、貰えるというその事実が嬉しいんだってね。

…確かに正論ですよ。
正論だけどさ。
正直な話、お前は十代の青少年なのか!って言いたくなっちゃった。
いい年こいて、何をこっぱずかしい事言ってんだ。この親父は!
しかもさ、それを真顔で言うんだ。
「お前からのが欲しいんだ」って。
はっきり言って、ちょっとぐらっとこなくもなかった。
それだけですんでいればね。
それに付け加える、親父の一言さえなければ。


「チョコと一緒にお前も食いたいな」だってさ。
それも出来たら、自分にリボンでも掛けて俺の上に跨ってくれれば最高だって。


当然のように拳で返してやったよ。
もちろん、グーで。


このドスケベ親父が!


けど…親父は諦めなかったんだ。
事あるごとに「チョコが欲しいな〜」って言うんだよ。
俺にグーで殴られても、無視されても、人の顔を見れば「チョコ」だもの。
たまにさ、スポンサーからとか、ファンの人が高い贈り物とか親父に送って来るんだ。
それを見て、「凄いね」って俺が言うと。
「こんなものより、俺が欲しいのはもっと別にあるんだけどな」って、意味深な顔をして言ってくれる。
「そうまでして欲しいの?」って俺が言うと。
「そうまでして欲しい」って返すし。

お前はガキか!って言ってやりたい気分だったよ。マジで。

なんだかもう、根負けしちゃった。
そうまでして欲しいって言う、親父のガキさ加減に。


はっきり言って、俺だって親父の言うことも分からないでもないし。
俺がやらない理由なんて、ただ恥ずかしいっていう事だけだから。
で、腹を括っちゃった。

じゃあプレゼントしてやろうじゃないかって。
しかもどうせやるなら、出来合えのものじゃなくて、自分で作って見ようって。
料理はさ、小さい頃からそこそこ作っていたからちょっとだけ自信もあったし。
…正直な話、この時期に自分でチョコを店に買いにいくのが恥ずかしいっていうのもちょっとだけ…頭の片隅にあったことも否めないかな〜って。


幸いっていうか、今は ブリッツボールはオフシーズン。
さらに幸いな事に、俺達のホームグラウンドのプールが改修工事とかで、丸々一週間練習も無いんだ。
一週間もあればチョコくらい何とかなるだろうな〜って、軽く考えていた。

それからお菓子の本買って、お菓子作りの道具を買って、準備万端整えたんだ。
ただ…お菓子作りの道具の段階で、既に読み間違えた事もあったんだよね。
何で、道具だけでこんなに一杯あるんだ?って。
はっきり言ってさ、丸々一式買いそろえなくちゃならなかったんだ。
家にあるもので賄えると思ってたけど、全然足りなかった。
使えるものと言ったら、ボウルくらい?
後はもう、量りとか計量スプーンとか、裏ごし機にヘラにその他諸々。
何もかも全部、新調しちゃった。


更に読み間違えた事は、作り初めてから。


チョコケーキを作ろうと思ったんだ。

親父、底なしの飲んべえの癖に甘い物も好きだから。
俺も結構甘い物は嫌いじゃなかったから、チョコケーキをね。
凄いのを作ってやって、驚かせてやろうかな〜って。

…ところが。
全然形になってくれないの。
まず、スポンジが固まってくれない。
あ、いや。固まってくれるんだけどさ、ちっともスポンジじゃなくてお煎餅になっちゃうんだ。
もうがっちがち。
スポンジの中身に芯があるのって…どう考えてもケーキじゃないよね〜。
手で千切れない、歯が立たないケーキは情けなさ過ぎる。
親父のいない間に、試行錯誤しましたよ。
だって見られたら、あの親父の事だもの。絶対調子に乗るに決まってる。
それにさ、こういうことって内緒にして置いた方が楽しいじゃん。親父のビックリした顔も見たかったから。


で、頑張った。
ず〜っと頑張りました。
でも…全然、駄目。
そうこうするうちに”あの日”は近づいてもくる。
このままじゃあ、絶対間に合わないって追いつめられて………。俺はとうとう、最終手段に出ちゃったんだ。
ケーキ作りを誰かに教えて貰うしかないと。

これはもう、泣きつくしかないってね。
だって自分一人じゃあ、絶対無理だって分かっちゃったから。
情けない話だけど電話でお願いしちゃったんだ。
「頼むから、作り方教えて」って。
電話の向こうの彼女は俺がケーキをっていう言葉に驚いていたみたいだったけど、快く承知してくれたんだ。
多分彼女なら、俺がいきなりケーキを作りたいって言っても根ほり葉ほり聞かないで教えてくれるんじゃないかな〜って。


そう…ルールーにさ。


そして当日。
俺は材料一式揃えて、ルールーの家にこっそり伺いました。
朝から作れば、何とか夕飯にまでは出来上がると思って。

親父はこの日は朝から取材やら、どっかのスポーツメーカーとかの契約やら、CM撮影とかがあって1日一杯つぶれるって言ってた。
でも、帰りはそんなに遅くならない。夕飯までには帰るとか言ってたから、じゃあ飯は俺が作ってるから外食なんかしてくんなよなって、送り出してやった。


親父を玄関で見送ってから、俺は急いでルールーの家へと向かった。


玄関先でルールーはにこやかに俺を迎えてくれたんだ。
「いらっしゃい、ティーダ。久しぶりだこと。最近、ちっとも家に遊びに来てくれないんだもの」
「うん…ご免。色々急がしくってさ。え…っと、お邪魔します」
ルールーは玄関で既にエプロン姿で俺を待ってくれていたんだ。
中へ入ると…妙に静か。
思わず気になって聞いちゃった。
「ワッカは?」
そんな俺の問いかけにルールーは笑顔で答えてくれる。
「彼は今日はお仕事。あなたはオフシーズンだろうけど、世間的には今日は平日で普通は仕事よ」と言う至極、当たり前の答えが返ってきた。
…納得。


でもまぁ、俺としては有り難いかな。
だってワッカがいて、俺がこれからすることを聞かれたら、上手く答えようがないじゃんか。
何たって作るのはチョコケーキなんだからさ。


二人でキッチンに向かっていく。
ルールーが袖を捲っている。
「さ、素早くやっちゃいましょうね。これからスポンジから作るとなると、手際よくやらなきゃいけないもの。ある程度の材料なら家にも揃っているから、美味しい物を作りましょうね」
頼もしいルールーの言葉に俺はホッとしちゃった。
ルールーって、見た目の割にスッゴイ家庭的なんだよね。
派手な化粧とか衣装とかで誤解されがちだけど、ワッカ曰く「彼女の料理の腕前は最高だ!」だってさ。
ワッカはな〜。ルールーにベタ惚れだから話半分に聞いたとしても、俺も彼女は料理上手だと思うんだ。
だから俺もケーキ作りをルールーに泣きついた訳なんだし。


で、それから二人で奮闘しました。
途中、ルールーにかなり罵倒されちゃった。ケーキ作りに関して。

「ああもう、材料はちゃんと量りに掛けなきゃ駄目でしょう」
「ほら、粉はふるいに掛けるの」
「チョコはまだよ!他にこっちを片づけてから!」
「泡立ては空気を入れるように。ただ力任せじゃ駄目なの!」

…なんかさ〜練習よりか、ず〜っと疲れるんですけど。

俺の悪戦苦闘ぶりを見てさ、ルールーがため息付いてた。
「どうしてケーキが作れないのか、よ〜く分かったわ」
…だってさ。
俺もそう思ったから、ルールーに恥を忍んで頼み込んだんだから。
そんな眉間に皺を寄せながら、言わなくったっていいじゃんか。
普通の料理とお菓子が全然別モンだっていうことはよ〜く分かったよ。これで。


そして…。
悪戦苦闘することン時間。
朝からキッチンで格闘して、夕方頃によ〜やく出来上がったんだ。
もう正直言って、疲れ果てちゃった。

お菓子作りってマジで体力、腕力勝負だって分かったよ。

二人の努力の成果のチョコケーキがテーブルの上に二つ。
何で二つもあるかと言うと…。
俺のを作るついでに、ルールーが自分の分もちゃっかり作ってんだ。ほっんと抜け目がないっていうか…。
思わず言っちゃった。
「ルールーからわざわざ手作りのチョコケーキなんて渡されたらさ、ワッカ今まで以上にルールーにメロメロになっちゃうんじゃない?」って。
そうしたら、ルールーが余裕の笑みで返すんだ。
「あら。彼が私にベタ惚れなのは今さらなのよ。これ以上惚れるなんてことはあり得ないでしょう?」


…だってさ。


野暮でしたよ。
何だか、いらない事言って更にあてられた気分。
これは早々に帰った方がいいみたい。


「じゃあ、ルールー。俺はこれで帰るね。ケーキ作り手伝ってくれて、ありがと。助かったよ」
「どういたしまして。あんたも我が儘な同居人がいて大変よね。このチョコケーキがイイ方向へ向かうことを祈ってるわ」
ビックリした。ルールーは何言ってるんだと思った。
「そ…それはどういう意味?」
思わず動揺して声がひっくり返った俺にルールーは意味ありげな笑みを返すだけ。
「別に深い意味なんてないわよ?今日は一緒にいられて楽しかったわよ。またいらっしゃいな」
そう言ってフフと笑うルールーに俺は送り出されるようにして、彼女の家を出たんだ。


マジ、焦った。
ルールーってばさ、もしかして何もかも知ってんの?って思ったくらい。
俺と親父の…関係とか。
彼女はそれ以上何も言わないし、聞かない。
こんな事、こっちからも聞くことなんて出来るわけもないし…。


大人の女の人って…怖いよな。ホント、そう思う一瞬だったよ。


それから家に帰ってたら…もう既に夕飯の時刻。
時計をみたら、イイ時間な訳。
ヤバ、と思ったら玄関の方から車の止まる音と誰かの足音。
ホント、ギリギリセーフだったんじゃん。
親父が大きな音を立てて玄関のドアを開けて入ってきたんだ。
「オウ。今帰ったぞ」
もう夕方だし、夜ともなれば結構寒いはずなのにこの親父ときたら黒いTシャツ一枚だけの格好。しかも下はダメージジーンズ。足下はスニーカー。
胸元にはシルバーアクセサリー、じゃらじゃら。
…元気だよな〜。
いい年の癖してさ。



「腹減ったな。飯はどうした?飯は」
帰ってくるなり、いきなりそれかい。
で、俺は無言でテーブルの上を指さしてやった。
今日、ルールーと二人で作った俺の努力の成果をさ。

俺が指さしてやった方向を見て、親父が目を細めている。
「何だコレ?」
案の定、親父は怪訝な顔。
だから言ってやったんだ。
「見て分かんない?」
「…ケーキか?」
当たり。でもただのケーキじゃないだろう?
「もしかして…アレか?」
最初、怪訝な顔をしていた親父の顔が見る間に綻んでいる。
そんな露骨に喜ぶな。こっちが恥ずかしくなってくるじゃないか。
照れもあるから、わざと俺はぶっきらぼうに言ってやる。
「もしかしなくてもアレだよ。あんた欲しいって言ってたじゃんか。だから俺がわざわざ作ってやったんだぞ。俺の手作りなんだから有り難く食えよ」
俺の手作り…と言う言葉に親父が更に驚いている。
「これをお前が作ったんか?俺の為に?」
…わざわざ俺の為って言わなくったっていいじゃんか。こっぱずかしいだろう!
「そうだよ。誰かさんがココ最近、欲しい欲しいって連呼するから作ったんだよ。あんたが欲しがったチョコだよ。有り難いだろ?だから味わってちゃんと食えよ」
わざと偉そうに言ってやったにも係わらず、親父はそれについては何も言わないんだ。
「ああ…そうだな」って答えるだけ。
親父のにやにや笑いが何だか不気味だけど、とにかくこれで目的は果たした気分だったんだ。
チョコと俺を見比べて親父が俺を手招きした。
「何だよ」
「ま、いいから来いよ」
そう言って俺を自分の側に来させて、親父が俺の頬に手を添えた。
その時はキスされるのかな…って思った。
でも、あいつはキスより恥ずかしい事を言ったんだ。
「ありがとな。マジ嬉しいぜ。ティーダ」
真顔で。しかも俺の目を見ながら、真剣に言ったんだ。あのドスケベ親父が。
一瞬で俺の顔に血が上ったのが自分でも分かったんだ。
「お…お礼なんて、いいってば。いいからさっさと食えよ。せっかくのチョコケーキなんだからさ」
ちょっとばかり、動揺しちゃった。
だって、あの親父が俺をちゃかしもしないで真面目にお礼なんか言うんだもん。調子が狂うったらないじゃんか。
しかも親父が更に畳みかけるんだ。
「ん?どうした。顔が真っ赤だぜ。ティーダ?」

うるさい。うるさい。

俺の顔を赤くした張本人が何、言ってんだ。
分かってて言うんじゃない。

「も、いいってば。それよりさっさと食えよ。俺が作ったケーキをさ」
いつまでも親父に茶化されるのも嫌だから、俺は親父にケーキを食えって催促してやったんだ。
でないと、親父の奴調子に乗って何を言い出すか分かったもんじゃないから。
ところがさ、親父が言うんだ。
「これは後でゆっくりとな」って。
「何で?」
俺のせっかくの力作をどーして後回しにするんだ?
そう言ったら、親父が言うんだ。
「お前のケーキはもちろん、しっかり味わうって。でもメインディッシュの前に食うことも無いだろう?デザートはちゃんと時間掛けて、ゆっくり食うもんさ」


メインディッシュ…。


親父のその言葉に俺はハッとしちゃった。
夕飯?
晩ご飯?

うわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜。


「お前が晩飯を作るからっていうから、スポンサーの誘いを断って帰って来たんだぜ。おかげで腹ぺこなんだ。夕飯はどうした?今日は何を作ったんだ?」
「…あ〜」
「どした?」
うう…。言いたくない。言うのが嫌だ。でも…でも…。
「………………忘れた」
「は?」
「だ、だから…ケーキ作りに夢中になって…夕飯作るの…忘れたんだ」
「はぁ?」
親父が呆れた顔をしている。
ま、無理もないと思う。
俺自身、馬鹿だと思うから。
ケーキ作りに神経いっちゃって、晩飯の事なんてすっかり頭から消えていたんだ。
ものスゲー恥ずかしかったけど、しょうがないからそれを親父にそのまんま言ってやったんだ。
だってどうやっても誤魔化すことなんて出来ないし…忘れたのは事実だから。
「つまり…今晩の飯はお前の作ったコレ(と言ってケーキを指さして)だけってことか?」
「そうだよ!忘れたもんはしょうがないじゃんか!」
殆ど俺は逆ギレ状態。
多分俺の顔はさっきとは違った意味でまた、真っ赤になっているんじゃないかと思う。
「あ〜そっか。そう言う事…」
言うなり親父、俺に背中を向けて肩を震わせている。
いつもなら豪快に笑い飛ばす親父が、声を殺して笑ってるんだ。

はっきり言って、そっちの方がむかつくだろ〜。

「何だよ。言いたい事があるなら、こっち向いてはっきり言えよ」
目元に涙浮かべて笑っている親父。
親父が俺の頭に手を乗せて、撫でてくる。
「いや、言うことなんてないさ。お前、可愛いぜ?」
そう言って更に笑っている。

ああもう、笑いたきゃ笑えばいいだろ。
俺のドジなんだもん。
まさか、こんなポカミスをするなんて〜。

親父が笑いながら言ってくる。
「で、どうすんだ?これから作るのか?それともデリバリーでも頼むか?」
「それは…」
もう時間も時間だし、これから作るのも何だかな〜。
はっきり言ってケーキ作りに気力を使い果たして、もう何もする気が無いって言うのも本音。
そんな俺の気分が態度に出たのか、親父が更に俺の頭をポンポン叩いた。
「ま、無理して作る必要もないさ。デリバリーでも頼むのもいいさ。メインがそっちでも、デザートにはお前の作ってくれたとっておきのがあるからな。な、ティーダ」
言っていることはスッゲー優しくて良いこと言ってくれてるんだけどさ、目が笑ってるんだよ。親父。
何だか、それだけで悔しい気分がまた再浮上しちまったじゃないか!


何だか悔しかったんだ。
せっかく苦労してチョコケーキ作ったのに、ポカミスをして親父に散々笑われて。多分、親父に何かで言い返してやりたかったんだと思うんだ。


後から考えると何であんなこと言ったのか、スッゲー後悔したんだけど、その時は何かで逆襲してやりたい気分で一杯だったんだ。
で、つい言っちゃったわけ。
「ふぅん、デリバリーね」
「何だ。不満か?」
親父が聞き返す。
「デリバリーもいいけどさ…メインディッシュは俺…っていうのも悪くないと思わない?」
「あ?」
俺の言葉に親父が目を丸くしている。

親父の奴、驚いたな。
俺がこんな事言うなんて意外だろ?

誓って言う。
俺は単に親父を驚かしてやりたかっただけなんだって。
けっして誘ったとか、そーいうんじゃなかったんだ。


でも…このドスケベ親父にこんなこと言ったらどうなるかって、気が付かない俺が馬鹿だと思った。


「…それも悪くないな」
親父、そう言ってにやりと笑ったんだ。
「え?」
あんた、腹減ってたんじゃなかったっけ?
そう言ってやったら、親父の奴しれっとして返すんだ。
「お前がメインディッシュなんだろう?だったら、有り難く食べさせて貰うだけさ」
「あ…でも…え…っと…俺も、腹減ってるし…やっぱデリバリーでもいいかな。そ、そっちにしない?」
腰が引けてる俺に、親父の身体が迫ってくる。
「腹が減ってるんなら、俺のミルクをたっぷり飲ませてやっからよ」


こ…このドスケベ!


すっかりその気になった親父にはもう、何を言ったって無理だって事は今までの経験から分かってる。
でも、あれくらいで簡単にその気になんかなるなよな!
もがく俺を親父はやすやすと掴まえて、お姫様抱っこで寝室へゴー。

そのまんま…つまり…やられたっていうか…食われちゃった。親父に。


ベッドでの親父はいつにもましてしつこかった。


どーしてチョコを作ったついでに自分まで食われなきゃならないんだ!
そう、思っても後の祭り。

しっかり、親父に食われちゃった。


その翌日の親父のコメントがまた腹立たしかったんだ。


「チョコもいいけど、一番甘かったのはお前かな」


もちろんそれに俺がグーで返したのは言うまでもなかった。






END


パラレルをやってまず思うことは。
果たしてザナルカンドにはバレンタインはあるのか?っていうこと。
ま、Xmasも正月も同じ事思ってたんだけど。

でも、ネタ的には美味しいんでついやってしまいました。
ただ、やっぱり上記の事は気になってしまうから、
文中にはバレンタインという文字は一切使っておりません。
しょうもない拘りなんだけどさ。

それにしてもコメディって、書いていて楽ちゅーか、楽しい。
正直、シリアスよりかは書きやすいです。



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