Complex





南向きに大きくとった窓から差し込む光を浴びてティーダが身を起こし、けもののようにゆったりと伸びをするさまを見るのが、ジェクトは好きだった。
 時折気まぐれのように訪れる、意図しない目覚め。
 起こされても起きないとティーダがぼやくほどジェクトの朝は早くはない。でありながら、こんなときには目覚めてもさほど惜しくはなかった。何のことはないティーダがベッドを抜け出したあとの空虚な空間が許しがたくて、普段はそれを認める気になれず二度寝を決め込むだけなのだ。
 呼吸をすることがもったいないと思ってしまうほど、静けさに支配された時間を愛しむくらいのことをジェクトとてする。横に身を延べた愛人がいるのだから、更にその時間は甘やかなものとなった。
 ティーダを起こさぬようそっと体勢を変え、安らかに呼吸を繰り返す様をただ見つめる。
 普段驚くほどにその内心の感情をあらわにしてみせる瞳を瞼の裏に隠し、あどけなく眠るさまは微笑みすら誘った。同じベッドの中で演じた昨夜の媚態をまざまざと記憶しているだけに、更に愛しさがつのる。
 注視されていることも知らずただただ眠りを貪るさまは、ティーダをよりいっそう幼く見せて、今でもうずくように時折ジェクトを苦しめる甘い記憶を、彼の中から呼び覚ますのだった。
 発作的に抱きしめて、キスの雨を降らせ、自身の中にある愛情を表現したくなる。
 その甘い誘惑を無視し目覚める一瞬を心待ちにする自分が、柄にもないことをしていると意識しながらも身のうちにはひどく穏やかなものが満ちていた。
「う…」
 ティーダが小さな声を上げる。顔にまともに当たった光のためなのだろう、一瞬顔がしかめられた。
 静から動へとまさに切り替わる瞬間だった。

 震わせた瞼をゆるゆると開き、青い瞳を覗かせる様子。まだ完全には覚醒していないのか、幼子のように見守るジェクトへ軽く笑いかけ、ゆっくりと身を起こしながら筋肉を存分に伸ばす。
 朝日のまでをも取り込もうとするかのように、惜しげもなく素肌をさらすその様子はジェクトの欲目を抜きにしても美しいものだ。
 どことなく表情が柔らかいのは、まだ完全には頭が働かないからなのだろう。
「おはよう…」
 わずかに舌が回らな様子に、笑みが口元に広がった。
「気持ちよさそうに眠ってたじゃねえか」
 からかってしまうのは悪い癖だとわかっていながらもどうしてもそう口をついて出る。
 普段ならば突っかかってくるだろうティーダは、わずかに眉を寄せただけで、まだ満足していないのかジェクトの言葉を無視して首を大きく仰け反らせたあと右に左に首筋を伸ばしていた。
 そうしておいて見事な大あくびをして、眠そうな目をこする。
 そこにいたってティーダはようやく自分が見つめられていることに気づいたようだ。
「…なに見てるんだよ」
 目をこすった手がそのままジェクトのひげのひと房を遠慮なく引っ張り、さらにティーダは膨れて見せる。
 痛みに顔をしかめつつも、ジェクトは笑った。
 こんな時間が来るとは考えてもいなかったのだから、競りあがってくる幸福感はまるで宝物のように感じる。
 ジェクトのその様子にティーダが更にむくれる。子供じみたその所作に妙な喜びを感じ、ジェクトはシーツに付いたままだったティーダの腕を引いた。
「…なっ」
 他愛もないいたずらのつもりだった。
 ベッドのスプリングはティーダが倒れこんだ衝撃で、ジェクトまでをも揺らす。部屋に舞い上がったほこりは、差し込む日差しの中で光りながらゆらゆらと思い思いに揺れていた。
「なにすんだよ…ったく」
 当然のように返ってきた言葉にジェクトは満足げに笑った。
 こうでなくちゃいけない。自分のやっていることが子供じみているとわかっていながら、向けられた表情がひどく嬉しい。
「なにニヤニヤ笑ってんだよ、気持ち悪い」
 間近に迫った顔からは、先ほどのどこか触れるのをためらうようの美しさは払拭されていた。いつもの自分の息子だった。愛しくて愛しくて、禁忌を犯して手にいれたものだ。
 憎まれ口すらもその愛しさをますだけだった。
 意趣返しとばかりにティーダの身体を抱きこみ、組み敷いて唇を奪う。
 朝から交わすには不釣合いなほどに思う存分口腔を蹂躙し、声すらも奪って口付けを続けた。
 今このときまでまったくその気すらなかったはずだというのに、一度触れてしまえばのめり込んでしまう自分の現金さに苦笑する。
 逃げようとするティーダの顎を捕らえ、角度を変えて唇を合わせれば組み敷いた身体が震える。鼻に抜ける甘い声に、青臭くもジェクト自身も煽られた。
 ティーダが自分の手の中に落ちたことに満足しながら、その顔をよく見ようと顔をあげれば、まっすぐに見上げてくる青い瞳と視線が絡んだ。
 澄んだその視線に、さすがにどんな顔をするべきなのか戸惑ってしまったのは、相手が陥落したと思い込んでいたためだった。
「なに盛ってんだよ、朝っぱらから」
 出てくる言葉は容赦がない。しかも本当に呆れたような口ぶりだ。
「わるかったな…おめえがきれいだったからよ、つい嬉しくなっちまった」
 身体を離しながらつい情けなくもぼやく。
 そのとたんにティーダの表情が変わる。それは一瞬のものであったが、ジェクトは自分が失敗したことを知った。
 幸福感に浮かれていたんだと、言ったところであとの祭だっただろう。何よりも、するりとティーダはジェクトの下から抜けだした。
「おい、」
「メシの用意するよ。腹減った」 
 ジェクトに背中を向けたまま脱ぎ散らかした服を拾いティーダはそのまま部屋をあとにする。
 後を追おうと身を起こしたものの、結局はそのまま背中をジェクトは見送った。
「ちぇ…」
 舌打ちをしてそのまま枕に頭を落とす。視界には恨めしいほどに明るい部屋と、閉じられたドアばかりが映り、ジェクトはごろりと寝返りを打った。
 昨夜の汗の香りがわずかに残るベッド。
 でありながら先程までの、幸福のかけらが指の間からすり抜け零れ落ちてゆくような気分になる。
 ジェクトは褒めたつもりであったが、それはティーダにとってはなぜか触れられたくないものらしい。 特にベッドの上ではそれは禁句だった。どんな女でもそう言えば嬉しげにするというのに、ことティーダに向けてそれを告げれば、どこか悲しげな表情をするばかりだ。
 確かに男に向けて言う言葉ではないのかもしてない。それでもジェクトはそう思ったからこそ、口に出した。それを否定されたような気分でなにやら胸にはもやもやしたものがたまる。
 何度となく同じことを繰り返しているような気がしたからだ。
 ティーダに何を言えば喜ばせることができるのかジェクトはわからない。そもそも、時間がなさ過ぎるのだろう。焦ってはならないと思いつつも、どうしたって抱きたいと思う相手を喜ばせたいと願うのは、誰しも同じだと思うのだ。だがそれはたいがい空振りに終ってしまう。
「何してんだろ…俺」
 女に困ったことは、自慢ながら今までにない。さすがに結婚をしてからは減ったとはいえ、声をかければどんな女でも落とせる自信はあった。でありながら、今の自分はどうだ。ティーダの顔色に振り回されている。
 突っ伏して頭をかきむしり、ぼやいてる自分が情けなくなった。後を追えなかった自分にすら悪態をつきたくなる。
 端から見ているほどに、自分たちがうまく行ってないことが、なんとなく物悲しい。かつても、やはりジェクトが空回りしていたのが常だった。だからといってティーダの背中を見送ることに慣れているわけでもない。
「まったくよう…」
 言いながら勢いをつけて起き上がる。ことティーダを相手にすると、自分の判断なぞ役には立たないことがわかっていてなお、やはりじっとしていられる性格ではなかったからだ。
 シャワーを浴びてキッチンに出向く。
 シンクに向かって立っているティーダは何かを洗っているのだろう、水音が邪魔をしてジェクトの気配には気づかなかったらしい。
 すでにテーブルには、食事の用意がされている。そのどこまでも平和の象徴のような、様子になぜだか胸が痛くなった。
 白いテーブルの天板には朝日が降り注ぎ、ジェクトの目にはまぶしいほどだった。
 皿の上にはスクランブルエッグに火のよく通ったベーコンが並んでいる。添えられたサラダにはジェクトの好物のトマトが盛大に盛られ初めてそれを見たときにはよく覚えていたものだと、ジェクトを感動させたほどだった。
 ふと錯覚を起こしそうになったのは、まだ何も知らない幸福だった日々の幻想だ。再会することがかなわなかった女が同じように毎日朝食を用意していた。
 うずくのは、甘く苦い思いばかりだ。妻が用意したものを食べて育ったのだからティーダが似たような食事を用意することは当然なのだろう。でありながら、それを食べることにいつもジェクトは戸惑う。
 毎朝のように、ティーダは食事を用意する。かつての暮らしを再現するような行為だと思ったのはいつのころだろうか。ジェクトが面倒くさがってやらないのだからといってしまえばそれまでなのだが、一度気になれば刺さったまま抜けない棘のようにそれはいつもぴりぴりと痛みを発している。
 無視をするように足を踏み出し、そっとシンクの前に立つティーダを背後から抱いた。
 本当にジェクトの存在に気づかなかったらしいティーダはびくりと身体を跳ね上がらせる。
「お、親父?」
 体重を預けることでティーダの自由を奪い、その首筋に唇を落とす。
 自分とティーダの間にどこか無理があることはわかっている。それでも抱けば何とかなるだろうと思ったからこそ、ジェクトは手を伸ばした。
 口が達者なわけではない。となればこうするしかジェクトに方法はなかったのだ。
「な…やめろって…」
 手を服の上から這わせればティーダは嫌がるように身をねじる。ジェクトはそれを無視した。身に着けているTシャツをたくし上げ、肌を甘噛みした。
「なに盛ってんだって…あ…やだ」
 胸を触れれば声が上がる。さらには手を伸ばし下半身に触れる。
 ゆっくりと指をうごめかせればティーダが必死に逃れようと身を捻った。それを強引に押さえつけて、目覚めてすらいない性器に布の上から直接刺激を送り続ける。
 ごろりとティーダの手からジュースを作るつもりだったのだろう、オレンジが音を立てて落ち、流しっぱなしの水を跳ね飛ばしながら。排水溝へと転がる。
「やめ…なんで…」
 耐えるように俯くその顎に舌を這わせれば、喉から押し出されるように甘い声が上がった。
 覆いかぶさるようにして耳に舌をねじ込み、耳朶を甘噛みし、ティーダが喜ぶ場所を刺激し続ける。
 髪はまだしっとりと湿気を帯び、さわやかなシャンプーの香りがした。昨夜の汗を落とした肌を吸う。日に焼けた肌にはさほど跡は残らない。それでも強く吸えばわずかに鬱血の跡が残った。
 ジェクトの手の動きを押しとどめようとしたティーダの手がとうとうシンクのふちにかかった。抜けそうになる膝を支えるためなのだろう。
 ジェクトはティーダに気付かれぬように、含み笑う。
「あ…やだって…」
 耳に心地よいわずかばかり上ずった声。
 それを引きずり出すためにことさら強く刺激を与えれば、ティーダの頭が拒否をするように左右に振られた。
「我慢しなくっていいんだぜ…」
 耳元に囁きかければそれだけでティーダは身を震わせた。どのように感じているかはジェクトが刺激を与えてる肉棒が立ち上がっていることで、はっきりとわかった。
「なにを…あ、やめっ…」
 Tシャツにハーフパンツというラフない服装だったが、さすがに前が立ち上がってしまえばティーダはきつそうだった。布の上から刺激した手を離しボタンに指をかけ、さらには腿を足の間にねじ込んで、ティーダの足を開かせる。
「な…なんで…」
 掠れた声がジェクトの意図を問いかける。
 シンクにすがりながらも、身を捻りジェクトを窺おうとするそぶりすらティーダは見せる。
 それを無視して、ジェクトはティーダのズボンのジッパーを下ろしそのまま直接性器を握りこむ。
 声をかみ殺した気配があった。
 胸を愛撫していた手をTシャツの下から抜き出しそのまま上へと滑らせる。そして顎へと手をかけて、仰け反るように喉を晒させた。
 浮き上がった首筋に歯を立てれば、喉仏が上下をする。
 追い上げるために、乾いた手のひらで下生えを撫で性器を愛撫すれば次第に湿った音を立て始めた。ぬめりのある粘液を全体に塗りこむように上下に擦り立て、かりを刺激すれば、ティーダはとうとう抑えきれずに嬌声をあげる。
 ティーダの腰が揺れる。身を凭せ掛けるでもなく、ただジェクトの愛撫に耐えようとしたのはティーダの最後の矜持だろうが、それを許す気はさらさらなかった。
「く…ああ…だめ…」
 上がったティーダの声は上ずり震えていた。
 ティーダの呼吸が荒い。
 しっとりと汗ばみ始めた肌に最後に強く歯を当て、ティーダの声を引きずり出すとジェクトはそのままあっさりと息子を突き放した。
 ジェクトは数歩を下がり、驚いたように振り返るティーダに笑って見せた。湿った右手に舌を見せ付けるように舐めてみせる。
 ずるずると振り向いた姿勢のまま、シンクを背にしてティーダが床に座り込んだ。
 頬を染めながらも戸惑う姿は、しどけない姿とあいまって、なかなかに扇情的だ。
 ジェクトは再び歩み寄り、ゆっくりとティーダに視線を合わせるべくひざを折る。片膝をつきその顔を覗き込めば、荒い息を吐きながらティーダはもの言いたげにジェクトを見た。
 イきたいのだろう。無意識のうちに手で隠そうとしている性器が限界に近いのは煽り続けたジェクトも知っている。
 揺れる瞳を向けられて、ジェクトはそのまま押し倒したいという衝動を押さえ込んだ。
「イけよ。自分で」
 ティーダの潤んだ瞳が驚いたように見開かれた。
 せわしなく瞳が動く。ティーダの意図を察したように薄く笑みを浮かべながらジェクトはそのまま腰を落とした。床に直に座りながら、そのままティーダに視線を向ける。
「あ…やだ…」
 かすかに首を振ったようだったが、はっきりとした意思表示にすらそれはなっていなかった。
 さらに目元を朱に染め、荒い息を繰り返すティーダは、見られていることにすら興奮している。
潤んだ瞳を向け、懇願するように表情をゆがめて見せた時点で、あまりにもそぐわないキッチンの穏かすぎる光景がティーダの媚態をさらに強調していた。
「ヤダじゃねえだろう…それともやめて飯でも食うか?」
 ティーダの表情が揺れるた。羞恥と快楽というのはなんと似て非なるものだろうかと思う。恥ずかしさに俯きながら、隠しようのない欲望が萎えることすらないのだ。
「あ…できない…そんなっ…」
 ティーダのか細い声がジェクトをさらに呼ぶ。
「して……お願い…」
 一瞬衝動的に手を伸ばしそうになるのをジェクトは堪えた。
 ただ、ティーダを見つめる。快楽と期待に心を揺らしているのはティーダだけではなかった。欲しいと思うのは同じだ。だが今手を伸ばしてしまっては意味がないように思えた。
「見ててやるよ、ここで…」
 言えばティーダの表情が揺れる。
 後もう少しで極めることができたはずだろう。ひどいと責める色すら浮かべているティーダはしばらくの間耐えようとした。立ち上がろうとしたものの、さすがに力が入らなかったのかそれとも立つのも辛いのか再び床に座り込んだ。
 救いを求めるように向けられた視線に、薄く笑いながら、身を乗り出す。
 首筋へと顔を寄せ、耳朶を甘噛みし、力の抜けた腕を取る。
「え…やっ…」
 ジェクトはティーダの抵抗を許さなかった。自身を握らせ、その上から手を添える。そうして親指で先端を刺激する。
 上がった声とともに、ティーダのからだが揺れた。
 陥落したのは、早かった。
 幾度か間を空けて刺激をすれば耐えかねたようにティーダの手が動く。性衝動の強い年代に刷り込まれた快楽を無視することは難しいのだろう。一度箍をはずしてしまえば後はただティーダはジェクトの視線を断ち切るように、硬く目を瞑ったまま自分自身に刺激を送る。熱い息を吐き出しながら片頬を肩に押し付けるようにして、快楽を汲み出し続けていた。
 露になった首筋に舌を這わせれば押し殺した声が上がる。
「あ…やっ…ああ、やだっ…見ないで…」
 あえぎながら掠れた声で訴えられて、逆にジェクトは身を離した。
 キッチンのシンクに背を預け、立てた足を開いてティーダは自分自身を刺激し続ける。
 半ばまでずり落ちているとはいえ、服は身に着けたままだった。そうしながら羞恥と快楽に身を震わせる姿に、ジェクトは薄く笑みを浮かべた。彼自身も興奮している。わかっていてなお、手を出すでもなく、ティーダの姿を眺めた。
「あ、もうっ…う…あぁ…っ」
 薄く開いたままだった唇から声が漏れた。
 身体をこわばらせて、ティーダは欲望を吐き出す、白濁の液を床に散らしながら、荒い息を吐きながらも羞恥心のためにか、逃げるように身を捻った。
 顔を覗きめば、閉じた瞼から押し出されるように目尻に涙が浮かべながらティーダは半ば放心したように荒い呼吸を繰り返すばかりだった。
 その頬に、手を当てた。こめかみへと唇を押し付けながら、ジェクトはささやく。
「きれいだったぜ…おめえ」
 言ったとたんに荒いティーダの呼吸が一瞬止まる。
 閉じられていた瞼が開いたものの、それは期待したようにジェクトへと向けられなかった。さらに身を硬くし、逃げるように身体を丸めるその姿に、腹立ちにも似たものを感じる。
「何でだよ…お前、いっつもそうだ」
 あえて言葉を口に出したのは、心底そう思ったからだ。だが、いつもと同じような硬い態度を見てしまえば、声に自然と疲れた色がにじむ。
「やめてくれよ…もう…」
 ティーダがそう口に出したのは、しばらくの間があってからだった。
 強引にこちらを向かせるべきかと、ジェクトは悩み始めるころになってやっと口を開いたものの、やはりジェクトへと視線を向ける様子はない。。「何でだよ、俺は思ったまでを言っただけだぜ」
 だからこそ、否定するようなそぶりをされてしまえば、心が沈んだ。
 ジェクトはもともと言葉を飾ることなどできない。それを拒否されるのは、まるで自分の感情自体を拒まれているようなものだ。
 そう思ってしまうからこそ、ジェクトは余計に拘る。
「俺は…女なんかじゃない…」
「なに言ってんだ、当たりめえじゃねえか」 
 百も承知で、手を伸ばした。あまつさえ自分の息子でもあるのだティーダは。
 女にはない美しさを言っているのだとなぜわからないのだろうと、焦れたような気分で、ティーダの肩に手を伸ばした。
 だが、それは振り払われた。
「嫌なんだ、その言葉を言われるたびに、俺は身代わりなんだって思い知らされるんだ!」
 声はさほど大きくはなかったものの、その語調に、言葉を失った。
 ティーダは両のこぶしを顔に押し当てる。かすかに肩が震えたのは、泣いていたためかもしれない。
「なんだよ、そりゃ…」
 間の抜けた声しかでなかった。
 一瞬何のことだか理解ができず、ようやく意味を悟って口を開いたものの、なにを言うべきか自分でもよくわかってはいなかった。 沈黙が落ちる。それを破ったのはティーダだった。 身を丸めジェクトの視線を拒絶するように、顔を隠しながらティーダは強い口調でジェクトを責めた。
「あんた、おんなじこと母さんにいつも言ってたじゃないか。ここに来て、一番最初にあの人探しただろう!でも見つからなかった…じゃないか…」
 ジェクトは絶句した。
 ティーダの言葉の最後は、嗚咽が混じっていた。
 まさかそんなことを、考えているとは想像すらせずに、ジェクトはティーダを手に入れて有頂天になっていたといってもいい。
 ふと背後のテーブルに並んだ皿が思い浮かぶ。
 毎日のようにティーダが用意するそれ。かつての暮らしの再現のようだと思ったのは、あながち外れてはいなかったのだ。
「あいつの身代わりだと、思ってたのか」
 答えはなかったものの、そうであることは明白だった。
 怒りに一瞬頭に血が上りながら、胸を締め付けるものに言葉を失った。
 ティーダを抱くようになってどれほどの時間がたっただろう。
 その間にいつもそんなことを考えていたのかと思えば、ふざけるなと罵倒したかった。だがそれでいながら諾々と従うティーダの胸のうちを思わずにはいられない。
 思えば一度としてティーダはジェクトの誘いを拒まなかった。
「何で、拒まなかったんだよ…」
 どうしても口調はティーダを半ば責めるようなものになった。せめて一言でもそれを口に出していたならば、その誤解をジェクトは躍起になって先に解こうとしたはずだ。
「…そしたら、あんたほかのやつのところに行くじゃないかって…怖かったんだ…」
 いわれて、瞑目した。
 正直、屈託のない子供だと思っていた。自分にとっては自慢の息子で、ティーダはジェクトの誇りでもあった。
 だが、ティーダを抱いて、最初に思い知らされたのは10年というときの大きさだった。ジェクトの中では7歳の幼子でしかなかった子供が、行為に驚くことに慣れていた。
 誰が…という問いを胸のうちで噛み潰しながらそれでも手放すことができずに、ジェクトはティーダを抱き続けた。
 自分の鬱憤にばかりとらわれて、ティーダの屈託に気が付かなかった。いや、気にはなっていたものの、あえてそれには触れなかった。
 だがティーダの内心の吐露を聞いてしまえば後悔が沸きあがってくる。ただ、それだけではなかった。なんと言う告白だろう。ここまで自分が想われているとは正直、ジェクトは想像だにしていなかった。
 手を伸ばし、声を押し殺して泣くティーダを引き寄せた。
 抵抗しようとするのを、腕の力で封じ込め、すまないと謝る。
 言葉が足りなすぎたのだと―――。
 そしてジェクトにできたことといえば、相手をかき口説くことぐらいだった。
 愛してる、好きだ、すごく愛してるんだぞ、今はお前だけだろう、ほら毎晩ほとんどまっすぐ家に帰ってきてるだろうが、なんだよ信じらんねえのか、おうなんだったらケッコンシキやるかケッコンシキ、なんでそこで笑うんだよ、ったくじゃあ、禁酒だ禁酒―――。
 ティーダが吹き出してやっと、自分が本気で口説いていたはずだと言うのに、話が横道にずれていたことにジェクトは気づく。
 慌てて顔を覗き込めば複雑そうな表情を見いだした。
 なんだか切ない気分になり、そのからだを抱きすくめる。
「愛してる…本気なんだからな…」
 結局他にいい言葉など見つからずに、陳腐ながら唯一であろう言葉をただ続けた。
 ジェクトの肩口に乗った載ったティーダの頭が、一度だけ小さく揺れたのがジェクトにとっては救いと言えただろう。

 

 

 さすがに、ティーダの告白を聞いた後で食事を息子に作らせるほどには、ジェクトも人でなしではないつもりだ。 
 ティーダをベッドに連れ込み、ジェクトはティーダを夕方まで離さなかった。ティーダがまどろめばただ抱きしめ、目覚めれば愛の言葉をささやく。
 年をとり重ねた恋愛の分だけ、自分はもしかしたならば必要なことを捨ててきたのではないかと思うほどに、その一時は忘れていたような青臭さい興奮をジェクトにもたらした。
 空腹に負けなければおそらくは一晩中でも、ベッドの中にいたはずだった。それほどに、過ごした時間は甘やかで濃厚なものだった。
 さすがにこのままではまずいだろうとベッドから抜け出し朝食が並んだままのキッチンに降りて、ジェクト食事を作りに取り掛かる。ティーダはおろおろと手を貸そうとするのだが、強引に椅子に座らせた。
 ティーダからのリクエストは、ケチャップをかけただけのパスタとハムエッグだった。
 一瞬それはなんだと問いかけそうになって、向けられた表情に、かすかな記憶の断片が脳裏をよぎる。
 はるか昔に、たぶん一度だけジェクトがティーダに作ってやった料理がそれだった。
 甘酸っぱい過去の記憶に胸を締め付けられながらも、あえてそれを口に出したティーダの気持ちにこたえるべく、ジェクトはティーダの額に唇を押し当てると、鍋に水を注ぎ込んだ。

 

END


「GO FIRE」の山崎様のフリー小説を頂きました。

最初に読んだときから好きで好きで堪らなかった作品でした。
もちろん大好きなジェクティということもあるのですが、作中のティーダがえらい美人さんなのですもの。
とくにベッドの中で目覚めるシーンが大好きで、惚れ込んだあまりに発作的にイメージイラストを描いてしまったくらい。
文中の寝起きのティーダはその時のものです。
こんな素敵な小説に自分のヘタレ絵を載せるのはか〜な〜り迷ったのですが、思い切って載せてしまいました。

しかし…ティーダ、可愛いなぁ。
寝起きも涙目も何もかも好きだ。自分のティーダ好きを改めて再確認しちゃいました。

山崎さぁ〜ん、有り難う御座いました!!!


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