「い、いい加減にしろよ!俺に相談もなしにっ!絶対に認めないからな!」 にこやかに語る王妃の言葉を聞いた途端に目の前が真っ暗になったような気がした。 怒りに握り締めた小さな拳を震わせながら、大変見目麗しい少女は部屋を後にした。 輝く黄金の髪、透き通る青い瞳、なだらかな肩、豊満な乳房、細い腰・・・。 彼女を褒め称える言葉は尽きない。 だが。 贅沢に布を使ったシルクのドレスの裾捌きは非常に荒い。 しかも大股に歩く。 言葉使いは正に男そのもの。 そんな不思議な印象の彼女が震えるほど怒っている理由は ちょうど今日から一ヶ月ほど前。 王子が原因不明の高熱で倒れた。 3日も熱は下がらず、このまま逝去してしまうのではないかと噂された。 4日目の朝。まるで何事も無く熱は下がった・・・のだが。 その姿はまるで違っていた。 王も王妃も頭を抱えるばかり。 一粒胤の王子が王女になってしまえばそれも当然と言えただろう。肉体は完全に女性化し、男性体である名残は一変もない。 しかし太陽が稜線に沈めばまた王子に戻る。 この事を知ってしまったのは、その場に居合わせた王と王妃、宮廷医と。 見舞いに来ていた禁軍大将であり、王子の家庭教師兼お目付け役のアーロンの4人だけだった。 厳しく箝口令が敷かれ、部屋に入る者は制限されて。未だ面会謝絶とされた。 宮廷医が言うには恐らく呪詛であろうという。 正に頭が痛いことの展覧会状態だ。 王妃がポツリと呟いた。 「隠してしまうから、バレた時に大変なのよ。いっそ・・・。」 女性化してどん底まで落ち込んでいる当人そっちのけで4人の頭が寄せられて、密談が交わされる。 王が渋い顔をして納得した。 「うーむ・・・致し方あるまい。それでは病気療養で生まれた時から静養に出ていた姫が帰ってきたとすればいいのだな。・・・まるでわしの隠し子みたいじゃのう。」 「あら。今更一つや二つの浮ついた貴方の噂なんか、この宮廷では一日も楽しまれないことでしょうよ。御心配なさらなくてもよろしいですわ。」 少々浮気癖のある王に対しての王妃の態度は冷たい。 「しかし、できる限り「王女」は室内にこもっておいてもらわないと、王子と同一人物と知れたら水の泡ですよ?」 宮廷医が告げる。 再びの沈黙。 そうだわ、と手を打って王妃がアーロンに向き直った。分家筋であり、親戚になる故に王も王妃もアーロンには気安い。 「時にアーロン。貴方まだ一人身よねぇ?」 「ああ、そうですが。」 何やら話の雲行きが怪しくなってくる。 「私が懸命に薦める結婚話を延々と断る理由はあるの?王族の分家で家柄も申し分なく、そんなに素晴らしい剣の腕まで持っているのに。」 アーロンの手が自然に右目に触れる。 「先の大戦で負ったこのような傷がありますと・・・やはり女性には恐ろしく映るでしょう。それに完全に健康体とはいえませんので。」 王妃が持ってくる縁談の相手ははどれも身分の高い貴族の娘ばかりだ。目に見える大きな傷を負い、しかも右目には視力がないとなると断らざるをえなかった。 「そうよねぇ。普通の世間知らずのお嬢様は怖がってしまうわね。・・・今度、王女が宮廷に帰ってくるの。病気もだいぶ良くなったんですって。でもきっと豪胆で、貴方の傷を見たくらいでは驚きもしないわよ。花嫁にいかがかしら?」 「なっ・・・!」 その場にいる全員が固まる。 「あら、一生結婚する気もないんでしょ?入れ替わりに王子は私の実家である隣国に留学にでも行かせるから。病弱な姫を娶って、屋敷の奥にでも大事にしまっておいて頂戴。その間に呪詛の原因を突き止めるわ。」 確かに王宮で隠すよりも秘密が漏洩しにくいだろう。 「しかし・・・。」 「わしからも頼む。アーロン、王子の・・・いや今は王女か。あの子を預けられるのはお前しかおらん。」 尚も渋るアーロンに、王もそれしかないと踏んだのだろう。頭を下げてまで見せた。 王と王妃に頼まれては、分家の人間であろうとも所詮は一介の将。断れよう筈もなかった。しかもこれほどに懇願されては。 「・・・承知・・・しました。」 数日後、王子は留学に出かけ。入れ替わるように姫が帰ってきた。 噂は王邸内を真しめやかに流れたが、王妃の予想通り二日もしないうちに収まった。さらに大きな噂が流れれば小さな噂など消えてなくなるものだ。 『あの堅物で有名な禁軍大将が、王宮の離れに帰ってきたばかりの病弱の姫と結婚する。』・・・と。 「どういうことだよ!アーロン!!俺にもわかるように説明しろよ!!!」 ここは禁域にも似た、許された者しか入れない王宮の離れ。帰国したばかりの姫はここで生活をしている。姫の世話は口の堅い年老いたごく僅かの人数でしていた。 噂とは正反対の元気一杯の王女は顔を真っ赤にして男言葉で喚き散らす。 「これ以上簡単に説明のしようもなかろうが。」 順を追って説明した途端にこれだ。 「だからって別にアーロンと結婚しなくてもいいだろ?王子は・・・つまり俺は母上ンちに留学に行ったんだし、王女が帰ってきたなんて言わなきゃ良かったじゃんか!」 「文句は王と王妃に言ってくれ。俺に断れるわけがあるまい。それに・・・ティーダ、俺はお前が嫌いではないのでな。これと言って困ることはないが。」 ティーダと呼ばれた王子(王女?)は怒りで赤くなったのとはまた違った紅に耳まで染まる。 「そ、そりゃ俺だってアーロンのこと嫌いじゃないけど・・・。」 小さなころから、剣や勉強を教えてくれた兄のような存在なのだ。同性である上にそれ以上なんて考えたこともなかったし、女として結婚なんて思いつこうはずもなく。 「この国は至って平和だ。だが如何なる危険があるとも限らん。危険を分散しておくほうが安全だし、秘密はなるべく作らんほうがいい。」 「理屈は判るけどさ・・・。納得できないよ、俺。」 俯く姿は余りにも可愛らしく。 「そう心配するな。呪詛が解ければ全てが無かったことになる。・・・何があろうとも俺が守ってやる。」 近衛師団の長としての言葉を吐きながらも、裏には偽りのない本気が篭る。 幼い頃から見守り続ける王子に、在らざる心を持っている。だがこの気持ちを伝えることは永遠にはないだろう。 「ん・・・。ありがと。」 初めの元気はどこへやら。すっかり落ち込んでしまったティーダを何とか慰めようと考えた。 窓の外を見ればまだ日は高い。 「このところずっと外にも出ていないんだろう。少しだけ城下にでも出るか?」 その途端にぱっと顔を輝かせる。 「え?ホントに?行く!行きたい!」 その代わり。と釘を刺し、しっかりと正面から見つめる。 「当然だが王子は不在で王女しかいない。その格好で行くしかないぞ?」 うんうん、と首を縦に振る姿に苦笑してしまう。先程まで女がイヤだのと言っていたのが嘘のようだ。 「顔は出来るだけ隠しておけ。あとは俺の側から絶対に離れないことだ。いいな。」 幾らアーロンが剣を教え込んでいるとはいえ、今は女の腕力だ。万が一のことも考えなくてはならない。 「分かったッス!絶対に約束する。なぁ早く行こうよ!」 「・・・ついでにあと一つ。男言葉であまり大きな声で喋らんほうがいい。」 いそいそと出掛ける準備を済ませて、いざ出発という時。王妃が訪ねてきた。 「あら、お出掛け?よかったわ。元気になって。」 アーロンが後ろ下がり、無言で頭を下げ敬礼する。 ティーダは少しだけ城下へ行くんだ、と行き先を告げ。 「・・・行って来てもいい?」 と恐る恐る聞いてみる。普通でない身の上で外出しようといているのだ。止められる可能性も高い。 「勿論よ。貴方は元気なのが一番。どんな姿でも私の息子ですもの。・・・これ、そこの。こんな色の薄いベールでは駄目よ。顔が見えすぎてしまうわ。もっと色の濃いものを持ってらっしゃい。」 側で控えていた老婆に命じ、ティーダのベールを外してやりながら後方で控えたままのアーロンに声をかける。 「もうすぐ親子になろうかというのに、そんなにしゃちほこばらないで欲しいわね。」 外出許可も貰って満面の笑顔のティーダが今度は紅くなる。 「やめてくれよ、母上・・・。だって、その、偽装結婚なんだしさ。」 「ほほほ、でも親子になることには変わりなくてよ。アーロンは私と年が本当に近いのよね。貴方に母上と呼ばれたくない気もするわ。」 彼女は18歳でこの国の王に嫁ぎ、19歳でティーダを生んだ。今現在36歳なのだから当然だといえよう。 「・・・恐れ入ります。」 アーロンもそれ以上言いようもなく。とりあえず敬礼を下ろした。 王妃である彼女は近隣諸国でも名高い美人である。 その豪華な金髪も、蒼い海のような瞳も、意外に豪胆で元気がいいのも。全てティーダに受け継がれている。 王が、『わしに全く似てないにも程がある!』とよくぼやいているのは周知の事実。 今、並び立つ二人は髪の長さが違うだけでまるで鏡のようだ。 王妃は自分が身に付けているサークレットを外し、ティーダの額に飾った。その上から色の濃いベールをかけてやる。 「やっぱり女の子も欲しかったわ。こんな風に私とサークレットを共有できるなんて夢のようよ、ティーア。」 「・・・母上に喜んでもらって嬉しいけどさ、女性用のサークレットはやっぱ嬉しくないかも・・・って。ティーアって何?もしかしなくても俺の名前?」 「素敵でしょ?貴女の名前よ。万が一『ティーダ』で返事しても聞き間違えました、で済んじゃうように考えたの。」 「確かに気が利いてるなぁ・・・。ティーアか・・・。忘れないようにしなきゃ。返事しないで終っちゃいそうだもん。」 王妃はベールを整えて顔を隠してやりながら、アーロンにも念を押した。 「アーロンもよ。外ではこの子は”ティーア”ですからね。呼び間違えちゃ駄目よ?」 ティーダは、アーロンに限ってそんなミスしないよな、と笑う。 「ンじゃ、行ってきます!」 この国の港は大きい。貿易も盛んで、沢山の異国の船も入港してくる。 その中でも一際目立つ大きな帆船が3日ほど前に入港した。あちらこちらが破損して修理するのが目的だと港の管理局には届けられていた。 やっと修理も完了し、あとは出航するのみ、という段になってクルー達は船長がいないことが気がついた。 「急げだ何だって言ってたのは頭のくせに、何で出航時間になって出掛けちまうんだ?あの人は。」 副船長の男が呆れたように呟いた。 「あの人の気まぐれは今始まったこっちゃないからなぁ。・・・仕方がないもう一度管理局に行って出航時間の変更をしてくるさ。」 やれやれ、と航海士が書類を片手に暫しの下船をした。 活気溢れる城下港町。馬の背にはティーダを一人乗せ、アーロンは手綱を歩きながら引く。距離を置いた後方からは三名の騎乗の兵士がついてくる。 二人の姿は珍しげにじろじろと見られた。だが禁軍の将であるアーロンは警護場所が王宮内ということもあり、名前は誰もが知る名将であっても意外に顔は知られていない。 馬上のティーダはあまりあちこちには行けないから、と言われているために、どうしても行きたかった場所をずっと考えていた。やはり行きたいところと言えば・・・。 「甘味屋さんと帆船模型を置いてる店に行きたい。」 アーロンが呆れ半分で了解、と告げた。 ティーダは船が大好きだ。 立場上滅多に乗れないからか。憧れを集めるかのように帆船模型を部屋に飾った。棚や机には置き場もないほどたくさん飾っているのに、まだ欲しいから、と言う。 とはいえ、模型を作るのは苦手らしいが、家臣が作っている様を飽きることなくいつも眺めていた。 馬上でゆっくりと揺られながら、ふと自らの手が目に入る。細くて真っ白い手。 元より大きい方ではなかったけれども、明らかに小さくなっている。そしてそれを見れば自然に目に入ってしまう男であれば絶対にありえない豊かな胸。自分に付いていないから見るとドキドキするんだ、と情けなくも自覚してしまう。 これから好きな店にアーロンが文句も言わずに連れて行ってくれるというのに溜め息がまた一つ零れた。 小さな模型店の前に到着し、アーロンがティーダに手を差し出した。 「・・・何?」 「お前・・・ドレスを着ていては一人で馬の上から降りれんだろう。」 本当なら自分の馬に乗って来て、飛び降りるのに。差し伸べられた手を暫し眺めて。無言でその手を取った。 ふんわりと抱き下ろして貰って、店のドアの前に立ち。 「ねぇ・・・。一人でゆっくり見てきてもいい?」 アーロンを振り返る。なんだか情けないことが山積みで悲しくなってしまった。自然に声のトーンも落ちる。 アーロンもまた、ティーダがまた少し元気をなくしてるの見れば承知するしかなく。ドアをくぐる後姿を見送った。 港で一頭の馬を拝借して。この広い港町にたった一軒しかないと言う模型店をやっと見つけた。 それなのに店の前には明らかに軍人だとわかる男が一人立ちふさがり、しかも距離をおいて三人の騎士までいる。 自らの立場上、余り軍人やらとは関わりたくない。 「ンだよ・・・ったく。折角見つけたのに・・・。」 仕方なく一本通りを回って、裏口へと周り。『通行料』を払って裏口から店内に入った。 「無理言って悪ぃな、オヤジ。急いでんだがどうしても一つ模型が欲しくってよ。」 「構わんよ。わしも入り口にあんな軍人に立たれちゃ商売にならんしね。まぁ、あそこにいるお嬢さんのお買い物が済めばどこか行ってくれるんだろうが・・・。」 「ああ?お嬢さんだぁ?こんな模型の店にかよ。」 見れば店には全くそぐわない高級なドレス。ベールの下に隠れてはいるがその額の上には豪華なサークレットが輝いていないか? 薄暗い店内で見えにくいのだろう。顔を隠していたベールを戸惑った末に少しだけ浮かすようにして外した。 『こりゃ・・・とんでもない極上品じゃねぇか!』 手土産の模型のことなど忘れ、表の軍人の視界に入らないようにしながら近づく。 「よう、オメェ模型が好きなんか?」 慌ててベールで顔を隠しながらこちらに振りむいた。 すぐ側で見れば、濃い色のベールも透けて見える。まだガキだがこの年の女にしては珍しい短めの黄金の髪、驚きに見開かれた青海色の瞳。小さな顔。 ![]() 思わず、荒い口調で話し掛けたにもかかわらず、物怖じしない態度。 純粋に欲しい、と思った。 情けないことが山積みで、気分が落ち込んでいても。やっぱり船は大好きで。 模型の箱絵を見れば、つい真剣に見入ってしまう。 でもこの店はいつもちょっと暗くて王妃に掛けられたベールが邪魔でよく見えない。どうしようかと悩んだけれども、少しだけなら、とベールを浮かしてじっくりと眺めた。 側に人が近付いていることも気づかなかったくらいに。 「よう、オメェ模型が好きなんか?」 声を掛けられて初めて気がついた。慌てて顔を隠しながら頷いた。 「そうか。じゃあ本物の船も好きか?」 重ねて尋ねられ、話すとボロがでそうなのでまた一つ頷いた。人好きのする笑顔を見せる背の高い男。 「これに似たでっけー帆船が今港に泊まってんだ。」 男が棚の上の帆船の模型を指差した。それは3本立てのマストでスピードが出るタイプの帆船。 「見に来ねぇか?俺はその船の船長なんだぜ。ああ、お望みなら中まで見せてやる。」 思わず背の高い男を見上げてしまった。なんとも魅力的な誘い。船に乗ったのはいつの頃だったろう。 その上、もうすぐ偽装とはいえ結婚させられてしまう。今以上に表に出ることは許されないだろう。 ドキドキと胸が鳴る。 「秘密にしてりゃ怒られねぇって。すぐ帰ってくりゃいいじゃねぇか。」 小さな悪戯をしようと誘われるような魅惑。ちらりと外を見れば変わらずにアーロンは立っている。 「どうする?無理にとは言わねぇぜ。オメェが決めろや。」 船を見ればこの目一杯まで落ち込んだ気分が少しでも浮上するかもしれない。 「少しだけなら・・・」 小さく頷いた。 「お、おい。旦那。そりゃまずいんじゃないか?いいとこのお嬢さんみたいじゃないか。勝手に連れ出しちゃ・・・。」 店の主の言葉に、男はにやりと笑い。 「おっと、肝心なことを忘れてたぜ。これが模型二つ分の料金な。ンでこれが・・・口止め料だ。無理しなくてもいいが、ちょっとぐらいは口を噤んで欲しいもんだぜ。」 先程ティーダが真剣に眺めていた模型の箱と、指差した模型を手にとって店の主人に耳打ちをする。目の前の机に模型代の銀貨とは別に、明らかに重そうな皮袋を置いた。 主がそっと皮袋を開けて目を瞠る。 「だ、旦那!いくらなんでもコリャ多すぎですよ。この店が丸ごと買えちまう。」 男は口に人指し指を当てて、静かにしろ、とゼスチャーする。 「構わねぇよ。んじゃーな。」 そっと裏木戸を開け、待たせてあった馬の首を叩きながら声を掛ける。 「帰りはちょっと重てぇだろうが頑張ってくれよ。」 手早く二つの箱を馬に括り付け、ティーダに向かって手招きをした。 「おい、行くぞ。」 言われるとやはり悪い事をしているという自覚が沸き、戸惑ってしまう。 どうしよう、と二の足を踏んでいると笑顔で再び誘われる。 「でっけー船だぜ。早々見れるチャンスはねぇと思うんだがな。おまけにもうすぐ出港しちまうしよ。」 「もう・・・行っちゃうんだ・・・。」 「俺が帰還すれば・・・な。ま、無理に来いと言ってるわけじゃねえし。」 今にも出立して行ってしまいそうになる姿に声を掛けた。 「やっぱ・・・見たい、から・・・行く。」 ティーダの言葉を受けて、男が破顔一笑した。まるで子供のような笑顔に、船を見に行くと決めた時とは違う動悸が聞こえた。 「良かったぜ。オメェに俺の船を見せてやりたかったんだ。」 言うが早いか。ティーダの腰を掴んで軽々と馬の背中に乗せた。 横座りに乗ったティーダの後ろに飛び乗り、あっという間に馬は駆け出す。 跨って乗っているわけではない為に今にもずり落ちそうになるが、掴む場所もなく。 「ちょっ・・・と!落ちるって!!」 目の前で手綱を握っている男の左手に縋りついた。 あ。悪ぃな、と腰に片手を廻され、広い胸に強く抱き寄せられた。その弾みでベールが外れ、共にサークレットも滑り落ちた。 「待って、サークレットが落ち・・・。」 「喋ってると舌噛んじまうぜ!」 馬はスピードを落とすことなく、落とした輝きは直様見えなくなってしまった。 待てど暮らせど店の中から出てくる気配は無い。 チラリと覗いても薄暗い店内はよく見えない。 しかしこれからは結婚という枷に縛られて、簡単には外出すらままならなくなる。それを思うと元気の有り余るあの王子が可哀想になり、つい甘やかせてしまうのだが・・・。それにしても余りに遅すぎる。 アーロンは耐えかねて店のドアを開けた。 そこには。会計テーブルの横で居眠りをする店の主しかいなかった。 居なくてはならない少女の姿は無い。 「起きろ店主。先程までいた姫はどこへ行った。」 焦りを出来る限り抑えて、眠る店主に声をかけた。 「ああ、すいません。わしは眠っていたもので・・・。何かあったのですかね、騎士殿。」 アーロンは無言で剣を抜き放った。薄暗い店内でも鋭い輝きを放つ剣を首に当てる。 「そうか。では永遠に眠る手伝いをしてやろう。見えもせん聞こえもせん目や耳を持っていても人生は面白くも無かろうからな。」 目は真剣で全く冗談を聞き入れる様子すらない。 店主が息を飲む。 「申し訳ありません、騎士様!止めたんですが、その・・・もう一人の客とこっちから出て行っちまったんですよ。」 指差す先は小さな裏口。 「・・・行き先は?」 更に首筋に突き寄せられる剣に店主は震えながら何とか声を絞り出した。 「み、港にっ・・・ふ、ふ、ふ船を見行くとか何とか・・って。旦那!本当のこと言ったんだから、剣を下ろしてくださいよう。」 本当に今にも泣き出してしまいそうに懇願する。 くるりと背を向け、剣を鞘に収めるのももどかしい。ドアを蹴り開け、馬に跨る。 不覚にも程がある。店の前に居れば他の客が入らないだろう、と思い込んでまんまと付け込まれた。 全速で路地を回り込み、先程の店の裏口から繋がる通りに出る。 港の方角は南。迷わず馬首を切り返し、容赦なく馬を走らせた。 路上に輝く一点を見つけ、強く手綱を引いた。 落ちた光を数人が取り囲み、手に取るでもなく眺めている。 「どうした。」 アーロンが馬上から声を掛けた。降りる時間すら勿体無い。 「ああ、騎士様。これを・・・。民間の者が付けるはず無い物だと思うんです。」 嫌な予感は的中するものだ。 そろりと手渡されたそれは。 『ティーダのサークレットに間違いない・・・。』 「これは俺の知り合いの姫の者だ。預かっていくぞ。何かあれば王宮庁へ来い、俺の名前はアーロンだ。」 言いながら再び港に向かって走り始めた。 「うわー。でっけー!」 港に泊まっている中でも一際大きい帆船。風に煽られてぼさぼさの髪を直しもせず、目を輝かせて見上げている。 「オメェ・・・結構口悪ぃな。」 苦笑いを堪える男の肩が揺れる。 しまった。見た目は女だった、と反省する間もなく男は言う。 「元気良くていいじゃねえか。中も見るだろ?」 ひらり、と馬上から降りてティーダに手を差し出した。 まさに手を取ろうとしたその時。 遠くから砂埃を蹴立てる一頭の馬が近付いてくる。 「ア、アーロン・・・?」 鬼気迫る顔で走り来る騎士は、馬上の姫を追いかけてきた可能性が高い。 男は一気にティーダを肩に担ぎ上げた。 「ちょっ・・・何やってっ・・・下ろせってば!」 「大人しくしてねぇと落っこちまうぜ?オメェら、速攻で出航だ!碇を上げろ!」 甲板上が俄かに騒がしくなり、男の前に縄梯子が垂らされた。 「やだって!放せっ!・・・アーロン!こっちだよ!!」 段々と近づいて来る男は既に馬上で抜刀している。 「ティーア!」 隻眼の男が叫ぶ。 ちっ、と舌打ちをして一旦ティーダを下ろし、ばたばたと暴れている体を自分に向かせた。 「すまねぇな。」 暴れるティーダの鳩尾に拳を当てる。 「く、う・・・アーロ・・・。」 くたりと力が抜けた体を改めて肩に担ぎなおし、縄梯子に足をかけた。 するり、と船は滑り出し、あっという間に離岸してしまう。 器用に片手で梯子を上がりながら振り向いた。 「よう、カワイコちゃんは貰っていくぜ。追えるもんなら追ってみろや!俺の名はジェクト。まさかテメェ俺を知らん筈はねぇよなぁ?」 今にも飛び掛らん勢いでアーロンは港のギリギリの位置で馬を止めた。 帆船の帆が開かれた。そこにはこの近隣では知らぬ者はいないヴァイキングの証。 「貴様・・・海賊か!」 「失礼な奴だな。俺たちはヴァイキングだぜ!海賊みてぇな小物と一緒にするんじゃねぇ!!」 声も姿も見る間に遠ざかる。アーロンは余りの悔しさと怒りに目の前が赤く染まる気がした。 「俺は禁軍大将、アーロンだ!覚えておけ、俺が必ず貴様の首を取ってやる!!」 がはは、と豪快に笑う声が聞こえた。 「テメェみたいに陸しか知らねぇ奴に俺の首が取れるか?!」 ジェクトの声が終らないうちに、ヴァイキング船から一発の大砲が放たれた。 アーロンが立つ近くの船に着弾し、爆風がマントを大きく翻えさせた。 燃え上がる焔がアーロンを赤く染める。 船はもう港を出るまでに離れてしまっていた。 「・・・この俺の手で必ずその首叩き落してやる。」 to be continued! |
「CRYSTAL WIND」の安藤蒼師様の小説、「Two Heart」第一段です。 元々はチャットからの何げないお喋りから生まれたのが発端。 それがどういう訳か盛り上がり、気が付いた時にはこのお話の元の形が出来上がったと言う次第なのです。 いや、ティーダの女性化ネタって異様に面白かったのですよ。 元から女の子を描くのが大好きだったもので。 それがこんな素敵なお話になるなんて、蒼師さんにはただもう感謝でございます。 ジェクトに攫われたティーダがどうなってしまうのか?アーロンはティーダを取り戻す事が出来るのか? 何よりも、ティーダに呪いをかけたのはいったい誰なのか。 ハラハラしてドキドキしてしまいます。 ティーダの女性化ネタを煽った張本人ではありますが、今はただの読者として楽しんでしまいました。 ああ…もう、続きが楽しみ〜。 |