新年度を向かえ、A製薬会社では、恒例の組織変更が発表された。
ただ、今年度は昨今の不況によってか、通常営業部門が主体の組織変更が、
研究部門にも及んでいた。

特に基礎研究部門は、主任研究員クラスが製品研究部門へと実利部門への移動が目立っていた。

「...移動?」
皐月は人事発表に自分の名前も並んでいる事に気付いた。
A製薬に入社して2年目、1年目はほぼ新人研修に近かったので、現在の部署に愛着は無かったが
、今回の人事異動が新人の自分にまで及んでいる事に驚いた。

もちろんA製薬は日本でも有数の企業であり、倒産の危機というわけでは無かったが、
創業者一族のオーナー企業であり、他社より素早いトップダウンでの大掛かりな配置転換であっ
た。

「基礎研第2グループ3課...」
皐月は今回の人事異動で研究員が2名移動になった基礎研への配属を命じられていた。
明らかに数合わせで、給料の安い新人と高額給与の社員との交換人事であった。

「私で務まるかしら..」
皐月は若干の不安を覚え、課の研究内容を把握しようと端末を操作する。

会社としては数合わせに過ぎないのかも知れないが、課としてみれば、相応の研究結果を求めら
れる。
唯でさえ研究員が削減されているため、新人だからと言って甘えられない情勢であった。

「アンチエイジングの研究...」
主な研究内容は、老化防止の基礎研究であった。
とりあえず、資料を集めると、新規配属先に皐月は向かった。


「おはようございます。 本日付で移動になりました桜木皐月です。」
無菌室を思わせる様な研究室に入ると皐月は白衣を着た先輩らしい人物に挨拶をした。

「おはよう。桜木さん。今日からよろしく。」
課長の堀切が桜木を待っていたかの様に答えた。

「は、ハイ。課長。」
皐月は堀切に答える。
”よさそうな人..”

皐月の堀切に対する第一印象は悪くなかった。
A社で30前後で課長に昇進するだけのことは外見からも想像に難しくなかった。

「課長だなんて..堀切で良いよ。今年からは課と言っても僕と君の2人しか居ない。」
堀切は自重気味の苦笑いを浮かべながら、頭を掻いた。

そして、二人だけの研究が始まった。

老化防止。それだけの事であったが、防止どころか、現象の解明もままならないのが実情である

それでも2人は限られた予算の中で研究を進めていた。

当然、結果の残らない研究部門に残業代など支給されなかったが、ほぼ自宅と研究室の往復だけ
の日々が続く。
それでも皐月は充実した日々であった。

入社2年目の駆け出しが、いっぱしの研究者と見なされている。
そして、先輩の堀切は、尊敬に値する明晰な頭脳と性格の持ち主だった。

それだけでは無かった、見れば見るほど吸い込まれる様な堀切の少年の様な横顔は魅惑的だった



「このラットの成績は先週より良いね..どうした、桜木さん?」

「あっ...はい。すみません考え事...」

”見とれてた...私”
皐月ははっとして、現実に戻る。

そして、実験用ラットの体温を測った。
「生後20日 メス 老化阻止率 118%です。」

”研究に没頭しないと...”
皐月は自分に言い聞かせ、作業に戻る。
そうでもしないと、堀切に吸い込まれそうだった。

「118%か...いい結果だね。」
堀切は満面の笑みを浮かべ自分の研究の成果に満足そうに笑った。

「はい。」
皐月も嬉しそうに反応し、笑いあう。

よく居る研究者の2人だった。
傍からみたら、恥ずかしくなるよな恋人同士の様であったが、当の本人達はまったく気付いて
いない。

皐月は、この充実した日々が長く続く事を祈っていた。
それから3ヶ月。

「ほぼ完成だね。」
2人はある程度の成果を実感していた。
ラットどころか、猿でも、チンパンジーでも良好の結果だった。

「女性ホルモンの増加が、非投与時の3倍だ。大成功だ。」

それは、会社から要求されていた結果以上の成果だった。
「これ以上は...」

ただ、堀切はこの成功に見合う喜びを見せなかった。
残された課題は臨床試験だけであったが、今までの動物実験で予算は殆ど使い切ってしまってい
た。

特に臨床試験は、動物実験より遥かに費用が掛かる。
堀切の研究はここまでだった。

「後は製品研究部に任せよう。」
堀切は未練を断ち切る様に、皐月に話す。
皐月と言うより、自分自身に言い聞かせる様だった。

「課長...」
皐月に取っても残念であったが、堀切の断腸の思いは、皐月にも解った。
皐月はこの研究に取り掛かってまだ数ヶ月だったが、堀切は10年近い研究の末に掴んだ成功で
あった。

製品研究部に任せるイコール、 業績、名声、否、研究者としての存在価値を製品研究部に持っ
て行かれるのと同じだった。

多くの基礎研究者に立ちはだかる壁でもある。
「...」

二人は成功に浮かれる事無く、久しぶりに早めに家路に着いた。
皐月は自宅に戻っても、研究の事が頭を巡った。


”私が、臨床試験に望めば...”
そうすれば、先には進める。 

ただ、それは危険を伴うと同時に、実験動物と同じ様になる事だった。
”できない...”

答えが出ないまま、時間が過ぎる。

研究室に出勤する。
珍しく堀切は居なかった。

「どうしたんだろう...」
皐月は昼過ぎまで、堀切を待っていた。

そして昼過ぎに突然、堀切がスーツ姿で、研究室に姿を現す。
白衣を付けずに現れた堀切は、上長へ予算の増加を願い出た様だった。

ただ、良い結果で無かった事は皐月にも手に取る様に解った。

「ごめん、皐月。駄目だった。」
うな垂れて、皐月の前に座った堀切が切なかった。
「どうにか....どうにかなるわ。」
5歳以上も年上の堀切の髪を皐月は撫ぜていた。

皐月は初めて堀切に名前で呼ばれた事も、初めて堀切に触れる事も、違和感が無かった。
”私...この人が好き?”

自分でも解らない感情がこみ上げて行き、すんなりと言葉が出た。
「私が、臨床試験に望むわ。」

口にした自分の言葉に後悔は無かった。

「さ、皐月..本当か?」

堀切が皐月を見上げる。
ただ、一瞬考えると拒否した。
「皐月には頼めない。何があるか...」

堀切が拒否してくれた事が皐月は嬉しかった。自分の事を気にかけてくれている。
それだけで十分だった。

「私も研究員です。 万全でないにしろ、命に別状がある薬品でも無いではないですか?
堀切さんは、研究の成果に自信がもてないんですか?」

「そ、それはそうでも....皐月。解ってるのか?」

皐月は、堀切から視線を逸らさず、頷いていた。



「それじゃあ、2週間の検体スケジュールを確認しよう。」
堀切と皐月は、臨床内容を精査、確認していた。

「まずは3日間の投与を行い、抗体上昇値の測定とたんぱく分解速度の計測を行う。」
堀切が文面を復唱した。
「はい。」

「10分毎に1mlを10mlの水と混和し、嚥下。」

「...。」
皐月はその指示に何も答えられなかった。
堀切の指示は、薬を水に混ぜて、10分毎に飲み干すと言うものであった。
これは、皐月に対する配慮だった。

研究者としての皐月はこれが間違いであることに気付いていた。
今回の薬品は、非常に弱い抗体であり、口から飲めば胃酸により、ほぼ死滅してしまう事は明ら
かだった。
逆に、注射等で血管投与する事も危なくできなかった。

”臨床をやるって、決めたのは、私...”
皐月は必死に羞恥と戦った。

「堀切さん。その投与では結果がでないと思われます。 チンパンジーと同様に、
被験者へは.....

皐月は言葉が詰まる。それでも必死に答えた。

..直腸への連続投与が必要ではないでしょうか?」

皐月の返答に堀切は絶句する。
「そ、それはそうだが、....」
堀切の返答をさえぎる様に、皐月が言い放った。

「成功したチンパンジーと同じ処置が被験者にも必要です。」

”研究成功のため...”
皐月はこれから行われる実験がどのような物か解っているだけに、羞恥で真っ赤になりながらも
、研究者としての成功、堀切の成功を望んだ。

それが悪夢を生むなど皐月には知る由も無かった。

「解った。皐月。 全手順は、チンパンジーと同様とする。」

堀切は覚悟した様に、書庫から、一冊のファイルを取り出す。
『チンパンジーへの動物実験手順』

皐月というチンパンジーへの動物実験が、会社には内緒ではじまろうとしていた。

「この表の機器、薬品の手配を。」
堀切が口火を切り、一覧表を手渡す。
「解りました。」
皐月はそういうと、2人は黙々と作業に入った。

”エタノール 100ml、メタノール100ml、アセトン10ml...”
薬品利用システムに皐月は仕様薬品を入力する。

会社の薬品は厳重に管理されており、明確に使用量を登録する必要があった。
ただ、そんな登録よりも、利用目的の入力が皐月にとって苦痛であった。

単に、ボタン操作だけであったが、これからの事を思うと不安になる。

利用目的: 動物実験
種別:   チンパンジー
種類:   メス
歳:    24

ボタン操作を入力後、堀切に申請した。

”次は機器...”

会社に許可された臨床であれば、病院の学術臨床棟を利用できるが、内緒の実験であり、
人権とプライバシーを守れる設備は得られない事を準備をするほどに実感する。

検査着や、プライバシー用のカーテン、それどころか、人間用の機器すら発注することができな
かった。
代用は動物用で効くが、検体者は自分であった。

申請を挙げると、さすが一流企業であり、一時間後には全ての機器、薬品がそろった。
申請物の中で唯一利用しない ララというチンパンジーとしては老齢の24歳のメスが檻の中で蹲
っていた。

”あなたには何もしないわ”
皐月はララに視線を投げると、

「準備完了です。」  と堀切に報告した。

「では、試験を開始する。 検体を作業台へ。」
堀切の声はかすれていた。
少しでも平静を装うように敢えて動物を扱う様な、研究者として、助手へ指示を出す。

「はい。」
皐月は、検体者であり、助手であった。
診察台にも程遠いステンレスの板の上に皐月は乗った。乗ると同時に、想像以上に羞恥が込み上
げていた。

四つんばいの姿勢で後ろから堀切に見られている。
服のままだったが、全てを見られている様な気がした。

”恥ずかしい...”

単純にそう思った。
堀切も同様なのかも知れない。

点滴を行うように、試薬を堀切がセットすると、ビニールのストローの様なチューブを何も言わ
ず、皐月に差し出す。

皐月も何も言わず、チューブの先を眺める。
二人の間になんとも言えない空気が流れていた、

まさか自分で臨床をするとは思っていなかった皐月は、普段通りのYシャツにジャケット、そこ
までは良かったが、下は、パンツであった。

白衣は机の上にあがる前に脱いでいたが、検査着などは無い。
”ここで恥ずかしがっちゃ駄目...”
理性で羞恥を押し込めると、パンツのフォックに手を掛け、膝下まで下ろす。

薄手のストッキングに真っ白なショーツが透けて見えた。
皐月が軽く後ろを振り返ると、片手にチューブの先を持ちながら、堀切は反対を向き、必死に皐
月を見ない様にしている。

皐月は感情を捨て、ストッキングも同様に膝下までずり下ろすしかなかった。
ただ、最後の真っ白なショーツは自分で下ろす事はできなかった。

「じゅ、準備できました。」
皐月が、堀切に合図すると、堀切が振り向く。

堀切の視線の前には、尻を突き出し、ショーツ一枚の皐月の姿があった。
覚悟を決めている皐月の白い尻は羞恥で小刻みに震えていた。