秘書は、何も言わずビルのエレベータに向かう。
歳は違うが、百合と秘書の2人の美貌に振り返る社員もいた。

2人はエレベータに乗り込むと最上階へ向かった。
最上階を示す数字がエレベータに表示されると、鉄製の扉が開く。

”何?この絨毯”
百合が驚いたのも無理は無かった。
オフィスビルとは思えない赤色の絨毯が敷き詰められていた。

ドキドキしながら百合は秘書の後に従った。
「トントン..失礼します。」
秘書が、専務室に入った。

中にはこちらも豪勢な応接セットが並び、その奥には役員卓が鎮座している。
そして、その役員卓に専務とおぼしき男が立っていた。
「茨木さん。狩森専務です。」

秘書はそういうと、端に退いた。
「は、始めまして。 2次採用いただいた、茨木百合です。」
何を言っていいか解らないまま、百合は狩森に挨拶した。

狩森は慇懃に手をあげ、百合に思わぬ返答をした。

「さすが、玲子が推薦してきただけあって顔も体もよさ気じゃないか。」

”か、体??”
百合は初対面の重役の言動に躊躇する。
”ま、まさか....”
百合は不安になり、事を確かめようと狩森に訪ねる。

「せ、専務採用なんて聞いてませんでしたが、どんな採用なんでしょうか..」
その百合の質問に狩森が大きく頷いた。

「単刀直入の質問だね。 玲子説明しなさい。」
玲子と言われたのは、横に退いていた秘書だった。

「はい。」
玲子は冷たい視線を百合に向け手に持ったファイルを開けた。

「茨木百合さん A社からの推薦で弊社の製品の専属モデルで採用させていただきました。」

”A社!!!”
それは悪夢の内定式をした会社だった。

「狩森専務。 A社からは、例のプロジェクトの誤発注を勘弁して欲しいとの事です。」
秘書が狩森に話した。
「ほお。そこまでの価値があるのかね、この子に。 玲子君」
まるで会社の部品を取り扱うような口ぶりだった。

”A社がらみ....”
百合に悪夢が襲う。
「も、モデルなんて聞いていません。 デザイン課じゃないんですか...」
百合が狩森に問いかけるが、秘書が顔をしかめ、百合の質問を遮る。

「価値はあると思っています。 茨木さんは撮影を投げ出したり、売れたら他社に乗り換えると言うこともないですし。」
「A社からは、推薦と共に、イメージビデオも頂きましたのでご覧になりますか?」

”い、イメージビデオ!!も、もしかして..”
百合はそれが何のビデオか推測し固まる。

「そのスクリーンに映したまえ。」
狩森が秘書に指示をすると、秘書がプロジェクターの操作をする。

悪夢の再来だった。
スクリーンに、リクルートスーツの上から検査着を羽織りブラウスを脱いでいる百合の画像が映っていた。
映像の中の百合は、そのまま下着を外す。
検査着に隠れ見えている訳ではなかったが、余りの羞恥に百合は戸惑う。

「と、止めてください。」
百合が秘書に詰め寄る。

”甘かった....”
百合はA社と同じ業界でこんなにも簡単に2次採用された訳を理解した。
制止する百合を秘書は無視する。

「専務。 この後、百合さんは半裸で男に跨った騎馬戦や自ら内診台で足を拡げるプロモーションもあります。」
それはおぞましい言葉だった。

「ぷ、プロモーションなんかじゃありません!」
百合は必死に訴える。

「じゃあ何なんだね。 この映像は?」
狩森が逆に百合に聞きかえした。

「と、盗撮されたんです。」
百合は必死に訴える。
「盗撮されたって言ったって普通、全裸で騎馬戦なんてやらないだろう?」
狩森が百合を否定する。

「や、やらないと内定取り消しと言われて...脅迫されたんです。」
百合は必死だった。

そんな中だった。
「話が違うわ。可笑しいわね。」
秘書が百合に話しながら、プロジェクターを操作した。



「どうしますか? 男子と合同で健康診断を受けてもらう許可ぐらしかだせません。
 また、女性向けの準備もしていないのですが、セクハラ等の訴訟はしないと約束してください。」

「...健康診断...受けさせてください。」



「百合さん。本当に良いの?」
その呟きに、百合は何も答えられなかった。が、最後の担当者の言葉が、厳しかった。

「自分で決めたことですからね。 会場で、お医者様に迷惑を掛けないで。
病院にお願いして、毎年、格安で受け持ってもらっているの。来年の事も考えてね。」



次々と、百合が肯定している映像を大型のプロジェクターで流す。
そして、決め手と言わんばかりに、秘書はファイルから一通の書類を出し、狩森と百合に見せる。

それは、A社に言われるがままにサインした健康診断の受診同意書だった。
それにサインした時には、男子と一緒の検診のセクハラ対策と言われて同意したものだったが、
秘書が指差す詳細の箇所を見て百合は驚いた。

小さな文字であったが、
・受診の模様を記録する場合があります。
とあり、それとは別の最後の場所には、
・受診結果表、記録に関しての版権は当社が所有し閲覧、発表、販売の対象とできるものとします。

とあった。

「そ、そんな...酷すぎる..詐欺よ!!」
百合は愕然としてしまう。
狩森は、その署名入り書類を一瞥すると、秘書に最後の確認をした。

「玲子、法務部は何と言っている。」
秘書はその質問を待っていた様にすらすらと返答した。

「この映像を配布、販売しても問題ないとの事でした。少々グレーな箇所もあるとの事ですが、
最悪の裁判でもA社が少々危険なだけで、仕入れた弊社はまったく問題にならないとの事です。」

”配布..販売..”
百合の顔面から血の気が引いていく。

狩森はそんな百合に悪魔のささやきを呟いた。
「弊社は、AV業じゃないから大丈夫だよ。 モデルさえ引き受けてくれればね。」
満面の笑みだった。

「嫌でも私はかまわんよ、このビデオをAV業に売ってしまえば金にはなる。
ただ、百合さんだっけ?まだ若いんだから、内診台に乗った自分のビデオがレンタルビデオ店に並ぶのは嫌でしょ?」

”嵌められてる....”
百合は顔面を蒼白にしながら、下唇を噛む。
怒りがこみ上げていた。

それでも、「その顔も良いね。」と、
狩森は笑っていた。

秘書は冷静に新しい紙を立ち尽くす百合の前に差し出した。

「百合さん、モデルの..あらごめんなさい。 社員の契約書です。署名の力は大きいですから、
今回は隅まで熟読してサインするかしないか決めてください。」

百合はその書類に視線を向けることもしなかった。
「サインしないと、...ビデオ売っちゃうんでしょ?」
狩森をそのつぶらで大きな目で睨みながら、百合が狩森に言い放つ。

「当たり前だろ?」

その言葉に、百合は応接セットのソファーに崩れるように座り、一方的な契約書に目を通すしかなかった。
”レンタルビデオ店....”
ビデオを借りに行った時に、こんな場所なんか無くせば良いと思っていた場所に、自分のあの、悪夢の様子が
並ぶと思うと何としても阻止しなければならなかった。

「えっ?」
百合は手渡された契約書を見て驚いた。
通常の社員と変わらない契約書であった。


貴殿を社員として採用する。
月給 :236000円  諸手当含む


百合は慌てて裏面を確認する。
白紙だった。

「はははは。」
狩森が大きな声で笑いながら立ち上がった。
「ただの社員の契約だよ。 人事には私から話しておく。知り合いの娘ってな。」
「デザイン課が希望だって言っていたよな。」

百合は混乱した。
”こ、この人...何を考えているの...”
百合は、近づいてくる狩森を見る。

その時、急に狩森の表情が鋭くなった。
「退職は許されないからな。」

そのまま狩森は、おもむろに、片手を上げ美人秘書の胸を掴んだ。
そして、その豊満な胸を明らかに強い力で揉みしだく。
秘書の顔が苦痛に歪むが、狩森の手を退かそうとはしなかった。

狩森も力を緩めようとはしなかった。
「退職は許さないからな。後は普通の社員と一緒だ。 返事は?」
百合に視線を向かわせながらも、秘書の胸を捏ね上げていた。

”こ、この人も?”
そう思ったが、拒否の権利など百合は持っていなかった。

「....はい。」
百合には、もうそう答えるしかなかった。

狩森は百合の返事を聞くと空いているもう片方の手を百合の胸に伸ばす。
百合もまた秘書と同じように、その手を避けることができなかった。

”嫌...”
百合は、自分の胸が、洋服ごとつぶれる感覚を味わう。
”なんでこんなやつに....”

そう思ったが、その手を振り払えなかった。
ただ、直ぐに狩森の手が離れる。

「いい心がけだ。下で待ってるからな。」
それだけを言い残し、狩森は専務室を出て行ってしまった。

”何なの...”
百合は急に力が抜け、呆然とソファーに座る。
「百合さん。」
声を掛けてきたのは秘書だった。

揉まれた胸のブラウスを直しながら、話を進める。
「もう解ったかしら?  この会社の事...」

玲子もまた百合と同じ境遇ということは理解できていた。
「専務の言うことに従っていれば、他は社員と本当に一緒よ。廻りもこのことを知らないわ。」
「専務にさえ逆らわなければ...」

玲子が俯いた。
「昨年、一人やめたのよ...そうしたら、あんな酷いことに...」
「あんなって?」

百合は思わず聞いてしまった。
「思い出したくない...」
玲子は話そうとしなかった。

「百合さん、もう時間よ。11時から来年の内定者の懇親会と配属先通知があるから101の会議室に行って。」
玲子が百合を催促する。
「ま、まだ就職するなんて言ってない...」

百合はまだ状況を理解していなかった。
「もう遅いのよ....」

玲子も、ぼそりと口にして専務室から出て行く。
「懇親会には、専務も出席するから。」


時間の針は、10:50だった。
”なんで私が...”そう思ったが、覚悟を決めるしかなかった。