「ゆ、百合さん。ぼ、僕は、百合さんの事が好きです。」
吉田が百合に思いをぶつける。
百合は、サークルでも、指折りの美人だった。
歳は、吉田より、3つ下だったが、自分より大人びた美貌と、少し冷たい視線に、吉田は、夢中になってしまった。
それに引き換え、吉田は、自分が、小太りで、女性に対し、魅力が無いことを知っていた。
それなのに、こんな無謀な告白をするのには、訳があった。
小中高校と、ほぼ、女性に相手にされることは、無かったが、大学に入ると、そこそこ、もてる様になったからだった。
吉田の親は、代々医者の家系で、吉田もそこそこ勉強した。
少し、合格点には足りなかったが、親の推薦で、医学部に入学し、今年卒業できる予定だ。
一般の医学生は、これから、インターン生として、激務が待ち受けていたが、
吉田の父親は、インターン先の大学の教授であり、医師免許は、取ったも同然であった。
そのステータスに、女性が群がるのは、当然の事かもしれなかった。
そんな吉田の告白に、百合は当たり前のように答えた。
「お断りします。」
百合は優しくそう言いながら、冷たい視線を吉田に向けた。
”なによ、親の七光りで、調子づいて! 鏡見たことあるのかしら”
百合は、自分でも、容姿には自身があった。
小学生の時から、年に、何回もこういった告白を受け続けてきたからだった。
吉田との違いは、百合は、母子家庭に育ち、大学にも、自分の奨学金で通っていた。
そんな生い立ちからか、百合は、いつも以上に、吉田を嫌悪してしまった。
アルバイトが忙しく、たまにしか参加できないサークルに、毎日のように通い、湯水のように、金をまいている吉田に、
何処か、嫉妬していたのかも知れない。
”どちらにしろ、もう会うことも無い。”
吉田は、今年卒業する。そうすれば接点も無い。
百合はそう思った。
「私は、自分の力で、人生を歩いている人が好きなんです。」
吉田にとって痛烈な言葉を残し、百合は、その場を立ち去った。
吉田にとって忘れられない、百合にとっては、次の日には記憶に無い出来事だった。
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それから、1年がたち、百合は、就職活動に入っていた。
アパレルメーカを志望し、その業界での大手企業の内定を順調に得ていた。
百合は、その美貌だけで無く、闊達で、すっきりとした性格は、何処の企業でも通用し、
書類選考で落ちた企業が、1社あったものの、面接に辿りついた企業からは、全て内定がでていた。
「何処の企業に入社しようかしら...」
他の就職活動中の学生とは、違う羨ましい悩みかも知れなかったが、百合も就職先を決めかねていた。
トップ企業は、業態、福利厚生も、何処も充実していたが、給与も横並びであった。
母親は、一流企業を進めるが、給与の面では、1.5流メーカの方が良かった。
「母に、早く楽になってもらいたい。」
母親だけに育てられた百合は、最後には、高い給与をもらい、母を楽にさせたいという気持ちが勝っていた。
「けど、どうして、10月1日なのかしら...」
当たり前の事とはいえ、全ての企業が、10月1日に、内定式を行う。
複数内定をもらっていても、この日に出席するか否かが、企業側の振るい落とし、いわば、意思確認の日だった。
百合は、いろいろ考えてみたが、結局、A社に入社する意思を固めた。
そして内定式の当日、10月1日がやってくる。
内定式の案内には、当日、食時会、健康診断、懇親会を行う事が記載されていた。
間延びしたスケジュール感があったが、そもそも学生を1日拘束するため、仕方ないと百合は思った。
百合は、ちょっとした緊張を保ちつつ、紺のリクルートスーツに着替え、A社に向かった。
A社のビルに入ると、内定式会場の案内がある。
その案内どおりに、ある会議室に学生達が通される。
A社の規模はそれほど大きく無く、内定式に参加した人数は、10人ほどで、女性は、4人だった。
しばらく、その会議室で、待っていると、司会の女性がスケジュールを発表する。
「皆様、内定式ご苦労様です。」
「まずは、食事を用意いたしましたので、同期の方々で歓談を頂き、懇親を深めてください。」
そう言って、司会は、部屋を後にする。
「始めまして、白木百合です。」
初めは、たどたどしい挨拶だったが、直ぐに10人は、打ち解けていった。
男性達は、内定式と言う事で、秩序を守っていたが、百合の美貌に、視線が泳いでいる。
そんな中、1人の女学生が、小声で、周りに聞こえないように、百合に話題を振った。
「昨日の健康診断、最悪。あんな厳しいとは思わなかったわね。」
百合は慌てて聞きなおす。
「昨日? 健康診断って今日でしょ?」
百合の返答に、女子学生も、驚きの表情をした。
「女子は、事前に受診って書いてあったわよ。」
そう言って、書類を出す。
その書類の片隅に、女性は、”指定病院での事前受診の事”とあった。
「ど、どうしよう...」
百合は、自分から血が引いていくのを感じる。
慌てて、百合は会議室を飛び出し、人事担当に確認しにいく。
「すみません。健康診断してないんですけど....」
その百合の言葉に、人事担当も驚いていた。
「白木さん、それじゃあ採用できませんよ...困ったわ。」
人事担当も、まさか健康診断を実施してこない内定者がいるとは思わなかったようだった。
「きょ、今日だと思っていたんです。」
百合が、必死に言い訳を始める。
”こ、ここで内定取り消されたら、他の会社の内定式も今日....就職できない!”
百合は、本当に動揺してしまっていた。
そんな百合を、可哀想に人事担当者が見守っていた。
「今日は、男子内定者の健康診断しか病院に、依頼していないんです。」
「白木さん...本当に申し訳無いけど、弊社には、縁が無かったと言う事で...」
人事担当者は、残念そうに、内定の取り消しを話し出す。
百合は余計慌てる。
「け、けど他の会社も、今日、内定式に出席しなかったら、入社できないんですよね。」
「残念だけど...」
人事担当者も、残念そうに、百合に返答する。
「どうにかならないんですか?」
百合がそう訴えているところに、人事担当の上役が騒ぎを聞きつけたようで、近づいてくる。
「どうしたんだい。」
人事担当者が、状況を説明する。
「うーん..例外として、男子と一緒に健康診断を済ませてしまえば今日、採用通知ができるよね。」
人事部長は、百合の美貌に見とれながら救いの手を差し伸べる。
「無理です。」
そう答えたのは、人事担当の女性だった。
「社則で、入社時の健康診断は、さまざまな診断を実施します。男性と一緒では、百合さんが可哀想...」
その意味が解ったのか、人事部長が、百合に選択を渡す。
「どうしますか? 男子と合同で健康診断を受けてもらう許可ぐらしかだせません。
また、女性向けの準備もしていないのですが、セクハラ等の訴訟はしないと約束してください。」
人事部長の意思決定に、百合は戸惑う。
「ど、どんな健康診断を一緒にやるのですか?」
就職が掛かっていても、百合は確認せざる終えなかった。
人事担当の女性が、一旦電話を掛けに行った。
少しして、人事担当の女性が、申し訳なさそうに、百合に報告する。
その内容は、百合が想像する以上だった。
「ごめんなさいね。」という前置きからだった。
「身体検査や、体力検査等、40を超える項目と女性は、婦人検診です。
医者の方からは、借用した体育館の会場設営が終わっていて、
どうにか検査は、可能だけれども、カーテン等の仕切りの準備は、難しいと...」
百合は目の前が真っ暗になる。
これから、職場で同期となる男性達とカーテンの隔ても無く、検査を受ける...
ただ、拒否すれば、就職ができない...
「1年、就職浪人したら...」
人事担当の女性が、百合にアドバイスする。
普通の子であればそうしただろう。
ただ、母子家庭で育ち、百合は、母に迷惑は掛けられなかった。
しかも、学校を卒業してしまうと来年から、奨学金の返済が始まる。
職も無く、収入が無ければ今まで以上に、母に迷惑を掛けると思うと、簡単には、就職浪人などできなかった。
”服とかで隠せば良い...ちょっとぐらいならしょうが無い....”
百合は、自分に言い聞かせ、人事部長に、返答するしかなかった。
「...健康診断...受けさせてください。」
人事部長は、百合の覚悟を聞くと、担当者に、手配するように命じる。
若干うなだれながら、人事担当者と、皆の待つ会議室に戻って行った。
「男性の皆さん、健康診断をこれから受けていただきます。女性は、ここで作文の課題をだしますので、
待機ください。」
そこまでは、皆、普通に聞いている。
「後、白井さんが、未受診とのことですので、男性と一緒に診断をしてもらうことになりました。」
その言葉を聞くと、その場の男性の目が輝きだす。
ただ、就職活動の最終段階である。
騒いだりするものは、いなかった。
「男性の皆さん。 急遽のことで、カーテン等用意できませんが、当社の品位を保った受診をお願いしますね。」
誰も、内定式という場所もあってか、一言も口を聞かなかった。ただ、これから起きることに、内心、狂喜していた。