”ゆ、夢....”
それにしてはあまりにリアルすぎた。
これが夢だったとしても、現実と変わりない。
見ている風景はカラーだし、触覚、嗅覚もしっかりしていた。
加奈は、思わず呆然として御付の女をみてしまう。
この女の言うには、天正12年、後の世で戦国時代といわれる時代らしい。
加奈は、二本松という2万石の大名の姫ということだったが、
周りを数十万石の大名に取り囲まれて安泰どころか存亡の危機にあった。
そんな中で、両隣の芦名家と伊達家が戦を起こす構えだった。
両家にしてみれば間に挟まっている小大名など、どうでも良かったのだろうが、
二本松家にしてみれば一大事であった。
加奈の父親だという、当主義継は芦名に下る算段をしていた。
理由は簡単で、伊達家当主の伊達輝宗の風評が悪かったからだ。
”芦名は、輝宗の子、伊達政宗に滅ぼされちゃうのに....”
加奈は、ふと歴史を思い出す。
”しかも、伊達輝宗ってドラマでは良いやつだったような気が....”
それは、奥州を制圧した伊達政宗の親ということで事実が曲げられたようだった。
「伊達輝宗は負けた武将の前でその妻を釜茹でにしたって言います。」
御付は、現代では考えられない事を話す。
「そ、そんな敵に自ら人質に行かせてくださいと、姫様自ら殿に...」
この時代の加奈は、自己犠牲の強い姫だったらしい。
”そ、それ私じゃない!!”
加奈はそうとも言えず、話を聞く。
その信念が通じ、加奈の父、義継は伊達家に人質の和平を申し込んだのが数日前であった。
そして、加奈が本物の姫と入れ替わる昨日、伊達輝宗の書状返答があった。
≪実娘の受け入れを了承する。二本松家の所領、一族郎党を保障する。 輝宗 印≫
ここまでは良かった。
≪但し、芦名に肩入れした責任を取ってもらう。
姫はこの鉄製の檻に入れ、首輪をして引き渡せ。明日、両国の境界線で待つ≫
との事だった。
書状には、伊達家紋が刻印された鉄檻と首輪が本当に運ばれていたと言う。
「....人質以下じゃない。」
加奈は、”やつ”に、とんでも無い世界に連れ込まれたことを認識した。
「それでも、姫様は”参ります...” と。昨日...」
御付は、顔を青ざめさせながら、加奈に語った。
「伊達家には、輝宗の趣味でこのような檻がいくつもあるとの事.....」
さらに、加奈が狼狽するような話を御付がする。
加奈は自分が犬の様に檻に入れられる姿を想像して身震いした。
「そ、そんな所へ行けないわ!! 昨日の私とは違うのよ!!」
加奈はもう我慢もできず、御付に向かって叫んだ。
「え?」
御付は、昨日と明らかに違う加奈に驚く。昨日は涙を浮かべながら私の身より家臣の身を案じていた姫だった。
そして御付の女は、加奈が思いもしない行動に出たのだった。
「で、出会え!! 姫の名を語る狼藉者!!!」
”そ、そんな!!”
加奈が御付の女に視線を投げたとたん、多くの家臣達が集まってくる。
あっという間に、取り囲まれた。
ただ、膠着状態になる。
取り巻いている家臣も、姫の顔を見忘れるはずも無く、狼藉者とは思えなかったからだ。
家臣達は大声を挙げた御付の女をも、取り囲みどちらが狼藉者か躊躇し膠着する。
「な、何事だ!!」
そんな中、家臣全員が低頭したと思うと、当主義継が現われた。
”ぱ、パパ!!”
加奈は、父親まで入れ替わっていると錯覚した。
城の奥での騒ぎなどめったに無いこと、伊達家との和睦の日であることから、
義継はいらだっていた。
「こ、この女は、姫様の名を語る狼藉者です。」
御付の女が義継に訴える。
ただ、義継が娘の顔を間違える訳も無かった。
「乱心したか!!」
義継は御付を睨む。
「み、見た目は姫様なんですが...」
御付は、そう言いながら、畳にひれ伏した。
その言葉を受け義継が加奈に声を掛ける。
「加奈よ、どうかしたのか?」
この世界で父親に始めて話しかけられ、加奈は思わず涙してしまった。
「ぱ、パパ。助けて。記憶が無いの!!元の世界に戻して!!」
そう言ってパパにしがみつく。
義継は、加奈の言葉に耳を疑った。
それは、加奈の記憶が無い事では無かった。
この世界では、父親、しかも二本松家当主に向かってタメ口は許されるものでは無かった。
しかも現代と違い、大名が娘と過ごす機会はめったに無く、悪いことに、加奈は側室が生んだ14番目の子に過ぎなかった。
「お、お前が乱心したか....」
義継は加奈に悲しそうな視線を向けた。
「そ、そんな! 乱心なんかしてない!!!」
加奈は必死だったが状況は改善しなかった。
「加奈、お家のため、もう後には引けないのじゃ。乱心した方がこれからの事を思えば....楽か..」
義継がつぶやく。
小とは言え、大名である義継の決断は早かった。
「この加奈姫は狼藉者なのでは無い! 乱心もしておらん! 気弱になっただけじゃ! 予定通り伊達との国境に向け出立する!
!」
当主の宣言が終わった。
当主の宣言が行われると、何事も無かったかのように皆が振る舞い始める。
加奈を疑った御付と、加奈は気まずい空気の中、また2人だけになった。
「加奈姫。 出立の準備をしましょう。」
御付は、まだ疑っていた。
ただ、御付は御付で人質に出す加奈が偽者であった方が準備をし易かった。
「い、嫌よ!!」
加奈はその場から逃げ出そうとする。
その時だった。
加奈の悲鳴を聞きつけたのか、隣の部屋の襖が空く。
そして、家来が数人加奈を取り囲んだ。
「や、やめて!!!!」
加奈が悲鳴を挙げたのは取り囲まれたせいでは無かった。
家来の一人が手に持っていた鉄製の首輪と、襖の奥に鎮座した檻を見たからだった。
”に、逃げられない...”
加奈には、糞重い豪華な着物だけで動くのもやっとだった。
ところが、家来たちは、加奈を取り押さえようとはしない。
それどころか、皆、加奈を取り囲むように、土下座をし始めた。
「..姫様!! お願いします!!」
「姫様一人では行かせません。私も切腹いたします。」
”こ、これなら、無理に入れられたほうがまし...”
加奈がそう思うほど、取り囲んでいる相手の必死さが伝わる。
「せ、切腹なんてしないでよ!!」
加奈が蒼白な顔をしている青年を怒鳴る。
対して加奈と年も変わらない相手だった。
その青年は、加奈にそう言われると涙を流しながら訴える。
「身重の家内がいるんです。 だ、伊達に攻められたら..輝宗のやつに家内が腹を...うっっつ」
加奈はますます追い込まれていった。
別の家臣が説明する。
「昨年の猪苗代の戦の際も、輝宗のやつが妊婦を集め重臣たちに、生まれてくる子が男か女かの賭博をするために、女の腹を...
」
恐ろしい世の中だった。
”なんで、こんな時の姫なんて!!”
加奈はうなだれながら、畳に転がっていた鉄の首輪を拾う。
そのまま、自分の首にそれを掛けるしかなかった。
”犬じゃない!!”
着物姿のかなの首には、似合うわけも無く、鉄製の首輪とその首輪から垂れている麻縄が空しそうに揺れた。
「こちらでございます。」
その声の主は、檻の扉を開ける。
加奈は何を言うわけでもなく、その扉に近づく。
入り口は小さく、とても立って入れる大きさでは無かった。
豪華な着物を着ながら、四つんばいの姿勢を取るしか無かった。
”犬...”
加奈は自分が本当の犬にさせられているようで悲しくなる。
「ガチャン。」
誰も何も言わず、扉が閉まった。
檻はそう大きいものではなかった。
身動きすることもできず、四つんばいのまま、家臣達の視線を受ける。
”見ないで...”
別に裸になっている訳でも無かったが、犬の様に四つんばいになり、首輪をしている姿を加奈は見られることが恥ずかしかった。
それからドタバタと家臣達が動く。
伊達に言われた国境まで移動する準備が始まった。
結局200名以上の軍団が集まっていた。
多くの者は、この意味を解っていたが、初めて檻を見ると見世物のように、檻の中に入っている加奈に視線を向ける。
”は、恥ずかしい...”
加奈は、首輪をしたまま、身動きすることもできなかった。
「出立じゃ!! 」
加奈の父親にそっくりな、二本松義継が号令を掛ける。
時代劇の大名行列さながら、国境に加奈は運ばれる事になった。
国境までの道のりは、2時間ほどだったが、加奈にとっては苦渋の時間だった。
道端には、乞食と思ってしまうほど、みすぼらしい格好をした農民たちが、視線を向ける。
「おまえらどけ!!」
農民に、武士たちが声を挙げる。
命令されると農民たちは直ぐにひれ伏すが、加奈を面白おかしそうに眺めていた。
「姫様、なんで、首輪してるんだ?」
「犬じゃあな。 姫様は。」
「伊達の殿様が、あの姫を弄るってはなしじゃ。」
「いいな。俺も弄ってみたいものだ。」
耳を覆いたくなるような声を加奈は浴びながら、すすむ。
2時間の道のりが、4時間にも、それ以上にも感じた。
そしてやっと、国境に近づく。
そこには、伊達家の紋所があがった数百の人が既に待っていた。
「義継!ご苦労。」
伊達輝宗が声を掛ける。
「輝宗どの、この度はこの和平...」
挨拶をしようとする義継を輝宗は片手で制す。
そして、いきなり加奈に近づいて来た。
脂ぎって小太り、しかもこの時代歯ブラシが無かったのか、異様な悪臭を放っていた。
”き、気持ち悪い...”
加奈がそう思った時だった。
輝宗が、にやにやしながらつぶやく。
「上玉じゃないか....ちょっと、乳だしてみろ。」
両家400人が見守る中、
それが、伊達家当主、輝宗の第一声だった。