「いらっしゃいませ。」
Clubのあちこちから、女性の声が挙がる。
待ちの客がいたのか、数人の男たちが入店した。
概ね、ほとんど男の格好は、スーツ姿だった。
素人が見ても、電車で見かけるサラリーマンのスーツとは仕立てが違う、
高級なスーツに身を包んだ男たちだった。
”い、いらっしゃいませ..”
さくらも、声を出そうとするが、声にはならない。
今まで、”いらっしゃいませ”と言われる事はあったが、自分が他人に奉仕することなど無く、要領が解らない。
”ど、どんな人がくるんだろう...優しい方が..”
さくらの懸念は別の意味で裏切られる。
さすが、Clubエメラルド、想像を絶する美女を集めていた。
入店してきた数人の男は、楽しそうに、美女達を選別していたが、
数人回ることが精一杯のようであった。
彼女たちも必死であった。その妖艶な美女達の誘いを断って、次の女性に移る方が珍しい。
”お客様...こない。”
さくらは、隅の方に誰も座らない意味が今更ながら解った。
”よ、良かった....”
これで恥ずかしい思いをしなくてすむ。
それと同時に、金貨を得ることができない。
悶々と時間だけが過ぎる。
時折、新しい客が入店するが、
中心部分に、座っていた女性達の多くが、客を得て、別室に移っていく。
”もう少し....”
さくらは、フロアーの様子を伺う。
このまま、中心部分の女性がほとんど別室に移っていけば、自分にも順番が回ってくると思った。
客が来れば来たで、何をさせられるか不安だったが、客が付かない限りこの店をやめるこんとは叶わない。
しかし、開店時に別室に移った女性が、事を済ませまた中央に戻ってきてしまった。
”だ、誰も来ない...”
別の意味で不安に襲われる。
Bクラスに落ちたら、真理のような半分奴隷のような事をしながら、生き延びるしかないと思うと、
さくらの不安はさらに増す。
結局、さくらの初日は、客が付くどころか、声も掛けられないまま終わった。
「おつかれ様でした。」
支配人が、女性たちを集める。
中心にいた女性たちは、片手で持ちきれない金貨を支配人に手渡す。
「美貴さんは、明日にでも2億になりそうえすよ。退店できそうですね。」
支配人が、美貴という女性に声をかけると、美貴は、うれしそうに微笑んだ。
「預け入れは、他にはいませんか?」
支配人は、急に表情を変える。
さくらを含め、数人の預け入れが無いグループに近づいてきた。
「美佐さん、今日で、マイナス20を超えます。そろそろ考えた方が良いですよ。」
支配人は、さくらには声を掛けることも無く立ち去り、さくらの初日の営業が終わった。
何事も起きなかった安堵と、マイナス会計になってしまった後悔を抱えながら、自分の部屋に戻る。
「お帰りなさいませ。」
部屋には、床に真理が正座してまっていた。
「あ、真理さんもお疲れ様。どうしてここに?」
さくらが、真理に声を掛ける。
「さくら様のお世話にさせていただくことができて...」
真理が涙目になりながら話を詰まらせる。
「真理さん。大丈夫?」
さくらが、気遣うように声を掛ける。
「も、もちろんです。 嬉しくて..今日はチップいかがでした?」
真理が、恐る恐るチップの話をする。
さくらは、真理の質問に、答えることができなかった。
真理は、さくらの表情から、それを感じ取ったようだった。
「そ、そうですか.....あ、明日は私を..呼んでください。お願いします....お願いします。」
真理が残念そうな声で返答してくる。
さくらは、真理の考えが解った。
Bクラスの子は、部屋の雑用をすることで、Aクラスの子から指名されることを待っている。
「わ、解ったわ。 明日はがんばるから...」
さくらは、真理に気を使って返答する。
「お食事をご用意しました。」
真理が、食卓を準備した。
「すごい量ね。」
食欲はあまり沸かなかったが、無理をしてさくらは食事を取る。
社長令嬢だったさくらには、当たり前の食事だったが、一般人からみれば、
豪勢なメニューだった。
さくらが、食事を終えると、真理は片付けをする。
真理は、ちらちらと時計を見ながら、忙しそうだった。
「時間が気になるの?」
さくらが真理に聞いてみた。
「....は、はい。」
答え辛そうだった。
「良いわよ予定があるなら、もう帰っても。」
さくらは真理に気遣いながら片付けを手伝おうとする。
「.....」
「.....」
2人は、黙々と現実を避ける様に片付けをする。
あっという間に、片付けが終わった。
「帰ったら何するの?」
さくらは、何の気も無く真理に声を掛ける。
真理の顔が強張った。
「2部の、B、Bクラスのショーに出ないと...チップが頂けないので..」
さくらは真理が何をするのか察する。
「だ、大丈夫?」
さくらは、真理に辛い言葉を掛けてしまった。
大丈夫な訳が無かった。
”変な事聞いちゃった...”
さくらが、後悔した時だった。
『コンコン』
ドアが、ノックされる。
さくらは真理から離れドアを開けた。
「真理がいるだろう。」
支配人だった。
「早く来なさい。 お前じゃ無くてもいいんだぞ。替えならいくらでもいる。」
その支配人の言葉は、真理を雷の様に襲う。
「今、今すぐ。」
真理が慌てて、支配人に付いていく。
2人が、さくらの部屋を後にしようとした時、さくらは、思い切って尋ねた。
「真理さんに、な、何をさせるんですか?」
支配人は、一言だけさくらに、言ってドアを閉めた。
一人部屋に残されたさくらの頭に、支配人の言葉がこびり付いた。
”SMショー”
さくらでも、その言葉の意味は解った。
もちろん、見たことも無かったが、真理がどういう目に合うのかなんとなく想像できた。
さくらは、真理が心配になる。
いや、本当は、Bクラスに落ちたらどうなるのかこの目で確かめたかったのかも知れない。
さくらは、意を決して電話を取る。
電話は、外線には掛からない仕組みだったが、総てを手配してくれる案内係につながる。
「ま、真理さんは、いつ戻ってくるんですか?」
電話の相手に要件を伝える。
「お調べしてご連絡します。」
電話の相手先は、そういって電話を切った。
さくらの行動は、支配人に伝わる。
「ほお。さくらからか。」
支配人は、頭をめぐらせる。
”見せしめとして、さくらにも見せておくのも良いかも知れない。”
支配人は、案内係にさくらに、会場に来るように連絡するようにと伝える一方で、
ショー担当にも連絡を入れた。
「さくらに、見せる。 ターゲットは、真理。」
そういって支配人は、受話器を置いた。
「リーん」 さくらの部屋の電話がなる。
「はい。」 さくらが電話にでると、会場に来るようにとの連絡だった。
「わ、私は、いつ戻るかって聞いただけです。」
さくらは、事態が急に進展していることに驚く。
”ま、真理さんのSMショーなんて...見れない”
そう思ったが、支配人の指示だった。
「解りました。伺います。」
仕方なく、さくらは会場に向かった。
さくらが会場に入ると、ステージには、既に、司会の女性が立っていた。
”ど、何処に行けば...”
満席ではなかったが、あらかた席は埋まっている。
男と女が半々だった。
女性は、Aクラスの子たちだった。
「さくらさん。ここに座りたまえ。」
支配人が、さくらを席にエスコートした。
「この時間は、女性はフリー時間。けど、お客様からのチップはもらえるけどね。」
支配人は、周りを見回す。
「さくら、君は店に収めるチップも今日はかせげなかったようだね。」
「....」さくらは何もいえなかった。
「ステージにはBクラスが立つ。これは拒否できないからね。さくらも1週間チップ無しだったら、Bクラス行きだよ。」
支配人は、優しい声で、さくらを脅す。
「まあ、それでもよければ、君に任せるけどね...お、始まる」
そのまま視線をステージに向けた。
「今日はClubエメラルドにようこそ!!」
ステージ上の司会の女が微笑む。
「今日のSMショー、M役の真理さんです!」
スポットライトが、移動し、メイド服に着替えた真理が浮かびあがる。
「この子はMでは無いのですが、私がSですので、大丈夫!」
失笑が会場に沸く。
そのまま、司会の女性がステージ上で、自分の衣服を脱ぎ始めた。
さくらは、何が起こるのか固唾を呑んで見守る。
司会用の黒いスーツの下から、黒いボンテージの衣装が現れると、会場からは拍手が踊った。
何処に隠していたのか、手には乗馬用の鞭を手にしている。
スポットライトを浴びた真理に近づき、真理の顎の下に鞭を挿入し、顔を上げさせた。
「見ない子ね。 シナリオどおりにやるのよ。」
そういって司会..AクラスでMの客から絶大な支持を得る麻子が笑った。
麻子は、このクラブの借金は、既に返し終わっていたが、その性癖のため居残っている子だった。
”綺麗...”
さくらもまた麻子の美貌に一瞬で引き込まれる。
可愛いという言葉が絶対に似合わない、冷たい美貌の麻子は、観客の視線を集めながらも動じない。
綺麗という視線は、麻子にとってみれば当たり前のことであった。
ましてや、震えながら涙を浮かべている真理など、麻子にとって見れば、
余興の道具、否、トイレットペーパーの様に、使い捨てで、水に溶けていく”物”だった。
「ほら真理。お客様に、お見せしなさい。」
その言葉で、SMショーが始まった。