日本の闇の世界に、似合わない女性が、恐怖に怯えながら、たたずんでいた。
「今日から、Clubエメラルドでホステスとして、働くことになった、さくらさんだ!」
宏美さん。ルールと指導を宜しく。
指導料として1GOLDを出そう。
面倒くさそうに、していた宏美は、1GOLDと聞き、目を輝かせる。
「解りました。しっかり教育します。」
その返答を聞いて、支配人は、笑みをこぼした。
Clubエメラルド、会員制クラブと言えば聞こえが良いが、その筋が経営する非合法Clubだった。
会員は、身辺調査を行われ、膨大な会費を納入する代わりに、それ相応のサービスを提供される。
秘密結社と言った方が正しいかも知れない。
その業態は、会員を喜ばせるために、ある特殊なルールがあった。
そんなルールも知らず、さくらは、これから起こるであろう事に、
怯えながら、宏美と呼ばれた女性に頭を下げた。
それは、一月ほど前のことだった。
さくらは、ロンドンの大学に留学していた。
さくらの父親は、1代で、貿易の会社を興し、財を成していた。
さくらには、さくらの悩みもあったが、比較的裕福で、幸せに育ってきていた。
母親は、ミス”ほにゃらら”の称号をいくつか持つ美貌の主で、父親に見初められ、結婚した。
さくらも、母親に似て、モデルの様な、否、モデル以上の容姿、優しい性格を持ち合わせていた。
モデル事務所からも誘いがあったが、さくらの家庭は、そんなバイトなど、必要も無く、
高校を卒業して直ぐに、世界でも有数の私学に留学していた。
さくらは、何時もどおりに大学の講義を終え、大学を後にした。
「じゃあ、また明日。」
友人と校門で別れた。
「お疲れ様でございます。 お嬢様。」
深緑のジャガーがさくらの前に止まっていた。
運転手が、さくらのために、車のドアを開ける。
「ありがとう。」さくらは、運転手に挨拶をして、車に乗り込んだ。
”今日は、ショッピングでもして行こうかしら?”
さくらは、運転手に、お気に入りのショップに向かうように頼む。
「今日は、4番ストリートのお店によっていただける?」
「かしこまりました。」
運転手が答え、いつも通りのショッピングに向かうはずだった。
ショッピングは、何時もどおりに済む。
気にいたアクセサリーと、靴を店員に包むように指示した。
「さくら様、毎度ありがとうございます。」
店員が、さくらに挨拶をする。
さくらは、値段も確認せずに、クレジットカードを手渡した。
そのカードは、当然のように、父親の家族会員用 プラチナカードだった。
そこで、何時もと違う事が起きる。
「...さくら様..申し訳ございませんが与信が通りません。」
店員が、申し訳無さそうに、カードを差し出す。
「あれ?カード壊れちゃった?」
さくらは、クレジットカードを受け取る。そもそも限度額が無いカードである。
壊れて、磁気異常としか考えられなかった。
別のカードを差し出す。
「こっちでお願い。」
[.....通りません。」
結果は同じだった。
現金を持つことの無いさくらは、困ったような顔をする。
「今日は帰るわ。これはお取り置きしておいて頂戴ね。」
何事も無かった様に、さくらは、店を後にする。この時は、まだ異変に気付いていなかった。
車に乗り込み、自宅に到着する。
そこで、さくらは異変に気がつく。
「お嬢様!! 」
普段は、物静かな、執事が慌てて駆け寄って来たからだった。
「どうしたのそんなに慌てて。」
さくらは、執事に確認する。
「お、お父様が....お亡くなりに!」
その一言から、始まった。
それは、さくらを驚かせる内容だった。
父親の死は、自殺であった。しかも、母親も一緒に...
貿易の仕事で、大きな案件を請負い失敗してしまったとの事だった。
未だ信じることができなかった。
あんな強い父が...自殺など考えられない。
慌てて日本に戻ることを決めた。
慌しく、日本に戻ると現実だと言う事を認識した。
それは、自分の家に入ることができなかったからだった。
既に、さくらの邸宅は、借金取りに押さえられていたからだった。
さくらは、手持ちの現金で、ホテルを取り、対応を取った。
それからの数日の記憶が曖昧になるほど、忙しかった。
何時も手伝ってくれていた執事や、メイドは、態度を変え、給与の要求をしてくる。
債権者は、さくらを追い回し、葬式どころでは無かった。
そんな中、一人の男が、さくらをたずねる。
「お葬式も、まだと言うのに、世の中慌しい..」
その男は、優しくさくらに声を掛ける。
「ど、どのようなご用件で。」
さくらは、陰のある男に、若干の恐怖を覚える。
「私も、債権者の1人ですが、筆頭です。 お父上の借金の7割は、私からの物です。」
そう言いながら、証書をさくらに見せる。
その証書には、20億を超える金額が記載されている。
「こ、こんなに...私どうしたら。」
さくらは、筆頭債権者と名乗る男に、相談する。
「20億といっても、お父上にも財産がある。 これらの処分や、債権整理を一任させてくれ。」
さくらは、20億の借金の証書が、本物である事を確認した。
”どちらにしろ、筆頭債権者の、この男の一存で、自分の運命も決まる...”
一瞬躊躇したが、もう、さくらには、どうする事もできないことだった。
「お、お願いすることにします...」
さくらは、男に任せた。
その男、塩井は、それから、数日の間に、的確な処理をしていく。
最終的には、塩井に優位なように、債権を処理するのであったが、一方的では無く、
その他の債権者や、さくらの使用人は、それぞれ納得し、霧散していった。
その間、親族だけの葬式を、さくらは、つつましく送る。
父親が存命のときは、全く知らない人達まで親族だったが、借金を背負った自殺と言う事で、
無情にも、数名の親族しか集まらなかった。
”お父様...なんでこんな早く...”
さくらは、一人残され、これからの事を思案していた。
人生で働いたことも無い、預貯金や、資産は、既に、塩井に抑えられていた。
手持ちの少ない現金で、どの程度持つか...
さくらは、不安でいっぱいになった。
そんな中、塩井が、さくらに会いに来ていた。
「葬式も無事に済んだとのことだね..これからさくら君は、どうすんだね。」
塩井が、さくらを心配するように、話しかける。
”頼れるのは、この人ぐらい...”
てきぱきと債権を処理する手腕、丁寧な物腰、影が見え隠れしているが、さくらにとって、
頼れる...嫌、借金を背負う、さくらに近づいてくる人物は、塩井しかいなかった。
「当面は、落ち着きました。ただ、これから私はどうしたら良いのか...」
さくらは、塩井に、不安を打ち明けた。
塩井は、さくらを見つめ、一瞬確認するように、見つめる。
「さくらさん。 私にできることだったら、お手伝いしましょう。」
塩井の返答に、さくらの顔も緩む。
そのさくらを見つめながら、塩井が、本題を切り出した。
「今日、私が、お邪魔した件ですが、お父上の債権を処理した結果をお話しようと..」
そこで、塩井は、一旦、口をつぐむ。
「ありがとうございました。 お手数をおかけいたします..」
さくらは、父親の代わりに、塩井に、礼を言う。
塩井も、軽く頭を下げたものの、口調を強くした。
「借金と、資産を相殺した結果、約2億6千万円の債権が残りました。」
その言葉に、さくらは固まる。
”解っていた...”
解っていたものの、事実を付け付けられ、さくらは、愕然とする。
「いいずらいのですが、お父上が亡くなった以上、この債権は、さくら君が、引き継がなくてはなりません。」
「え!」
さくらの口から、驚きが出る。
そんなさくらを予測していたのか、塩井は、さくらを諭す様に言いくるめる。
「法律上、負の遺産も、相続する必要があります。ただ、遺産放棄もできるのですが、金額が、大きいので、
私としては、放棄されると言う事であれば、それ相応の報いを受けていただきます。」
塩井の目が、強くなるのを、さくらも認識した。
「む、報いって..」
さくらは、確認するように、塩井の言葉を繰り返した。
「債権者として、全身全霊をかけて、あなたの生活を成り立たせないように仕向けざる終えません。」
冷たく..そして確かに、塩井は、さくらに言った。
「遺産放棄されなければ、最低限の生活は、私が保証しましょう。もちろん返済に全てを優先していただきますが。」
”父の借金だもの...私が返さないと..”
さくらは、自分に言い聞かせる。
もちろん、塩井の言葉も信頼できると思う。全身全霊を掛けられ、自分が生活できるとは思えなかった。
「わ、解りました..」
さくらは、塩井に返答し、地獄の返答をしてしまった。
というより、さくらの選択によらず、塩井は、さくらの美貌を金に換える事にしていたのだった。
用意周到にも、遺産相続の手続き書を塩井は、用意していた。
その証書に、塩井は、捺印させ、手続き書の効力を発揮させた。
さくらが、社長令嬢から、塩井の隷嬢に変わった瞬間だった。