ADHDの子への援助を考える
−情緒障害特殊学級担任として−
1,情緒障害特殊学級はこれでいいのか?
小学校で情緒障害特殊学級を担当して5年になります。当初は,自閉傾向のある子やコミュニケーションの難しい子が在籍しており,その指導で手が一杯でした。いわば,在籍の子どもだけを指導するという「固定の情緒障害特殊学級」だったわけです。県内の情緒障害特殊学級はほとんど,その形態です。なぜか。在籍の子どもが重度化しているからです。
しかし,私自身,ここ2年ほど,在籍の子の指導だけでなく,通級の指導にも積極的に乗り出すようになりました(「固定と通級の両方やるという形態」です)。理由はただひとつです。地域に情緒的な問題を抱えている子どもたちへの相談機関がなかったからです。ない以上,誰かがやるしかありません。とは言っても本当に担当者は大変です。一週間の指導時間は35時間(在籍5時間,通級30時間)!!。他に随時,教育相談が入ったりします。ある種の使命感に支えられて,やっていますが,いつまでもこのやり方ができるわけもありません(肉体的にも精神的にも限界に近づいている)。
ア,通級を切って在籍だけにするか,
イ,在籍を指導して,余裕があれば通級をやるか(これも在籍が本業という立場です)
ウ,在籍もやる,通級もやる(どっちも本業である)
今はウの立場で仕事をしていますが,在籍の子どもの障害の程度が重くなったり,加配(他に講師の先生が入っています)の措置がなくなれば,アになることだってありえます。いえ,そもそも,在籍の子どもが卒業したら,情緒障害特殊学級はなくなります。通級もなくなるのです。「在籍の子どもいかんで,情緒の通級が変わってくる」という不安定な立場,おわかりいただいたと思います。これは通級の親の立場にたてば,たまったものではありません。「せっかく,ここに通級して子どもが良くなってきたのに,来年は通えるかどうかわからないですって。では,どこに通えなければいいというのか。」と嘆くのは当たり前でしょう。それを解決する道は,在籍の子どもがいなくても通級が安定してできる体制,つまり,情緒障害の「通級指導教室」を作ることしかないと思っています。
現在,県内には,情緒障害の通級指導教室はありません。必要性を認めている人はたくさんいます(行政担当者でもそういう人がいます)が,取り組みになっていません。組合での論議も不十分です。この道を踏み出していかないと,ADHDやLD,高機能自閉症等の軽度の障害の子どもたちへはどこにいけばいいのでしょう。親も子どもも行き場を失ってしまいます。他の都道府県の取り組みに学びながら,青森県も次の段階に進んでいきたいと思います。
2,私の勤務している学校
本校には,現在四つの特殊学級があります。
ア,知的障害特殊学級
イ,情緒障害特殊学級
ウ,難聴特殊学級
エ,言語通級指導教室
アは在籍の子どもだけの指導です。イからエは,通級もしています。通級している幼児,児童はイ,ウ,エの3教室合わせて現在70を越えています。
年齢層は下は2歳から。上は小学校の高学年くらいまでです。範囲も管内(黒石市,南津軽郡の町村,合わせて,南黒地方と呼んでいます)をほとんどカバーしています。いわば,南黒地方の特殊教育センター的な役割を担わされているといってもいいかも知れません。他に南黒地方にはこういう相談機関はありませんから。
3,日常のADHDの子どもへの援助
(1)通級指導
ADHDの子どもへの直接的な指導,援助は,主に通級指導の時です。基本的に一週間に一度,90分ということでやっています。試行錯誤的にやっていて,迷い迷いながらという部分が大きいのですが,継続していく中で,これまで通級指導で大事にしていきたいなあと自分なりに思っていることは次のことです。
・意欲づけ,励ましを大切にすること。
これは取り立てて,当たり前のことなのですが,一週間に一回,何かの予定 をつぶして来るわけですから,子どもには,「また,来たい。あそこに行くと ,楽しい。」という思いを持たせることが何よりも大切になります。ADHD の子どもたちはたいてい,いろいろな場面で注意叱責をうけて,自信をなくし たり,意欲がない状態で来ることが多いので,なおのこと,そう思わせるよう な工夫が必要です。ただ,机に向かっての活動だけでなく,ゲームや,パソコ ン,トランポリンなどの運動も取り入れながら,活動にめりはりを持たせるよ うにしています。
・すべての指導場面を家の人に見てもらうこと。
子どもだけ指導室に連れていって,お母さんは待合室で待たせるというよう なことはしないということです。情報公開ともからんでいるのですが,できる だけやっていることをオープンにすること,自信がないならないなりにこちら の手の内を全部見せて,一緒に考えるという姿勢をとろうと考えているためで す。もちろん,百聞は一見にしかずで,実際に私と子どもが関わっている場面 を見ていただいて,お家での関わりのヒントにしてほしいという意味合いも大 きいのですが。
・お家の人の話を聞く時間を必ずとるということ。
通級の時間は初めから最後まで全部,子どもへの指導一辺倒ということでは ありません。前半は子どもの指導が中心,後半は子どもを遊ばせて,お家の人 の話を聞くということが中心になることが多いです。お家の人が抱えている悩 みはさまざまです。母親の場合ですと,旦那や姑のぐちもそうとう大きな度合 いをしめることがあります。そこまで,寄り添う必要があるのかということを 言う担当者もいますが,私は寄り添う必要があると思います。ADHDの子ど もへの指導,援助を考える時,その子だけの援助をどうするかという視点では 解決できないことが多いと思います。もはや,「家族援助」という視点がない と,ADHDの子どもへのアプローチは片手落ちではないかとこのごろ特に思 います。
(2)連絡協議会
これはADHDの子どもが在籍する保育園,幼稚園,小学校などの担任と情報交換する場として,設定しているものです。前期と後期の二回あります。前期は一学期に実施しています。こちらに来ていただいて,情報交換します。園や学級での普段の様子を伺ったり,こちらからはADHDについての情報を提供したりしがら,今後のことを話し合います。後期は二学期にやります。この時は,こちらで通級指導を受けている子どもの様子を実際に見ていただく場になっています。この二回だけではとうてい,情報を交換する場としては少なすぎるのですが,どうその時間を確保するかで頭を悩まします。
(3)現地指導
現地指導は,私が所属する園や学級に子どもの様子を見にいき,担任の先生と情報交換することですが,実際にはなかなかやれていません。日常の通級指導がたてこんでいるため,ほとんど,出ていけないというのが現状です。あと,旅費の関係もあったりします。今年度は数回というところです(それも第一土曜日や第三土曜日に行くことが多いのですが)。
(4)現職研修
これは今年度に入ってから,始めています。所属する園,学校の方で,職員全体でADHDやLDの勉強をしたい,という要望があった際,こちらで出向いて,いろいろな事例をお話ししてきたりしています。出向いていくことで,その園や学校とつながりが深くなり,連携がスムーズにすすむということがあります。また,ADHDの子を抱える担任はやはり大変ですから,孤立しないよう,職員全体に理解してもらうという意味でも出向いてお話しすることは大切かなあと思っています。
(5)情報化にかかわって
昨年から,本校の特殊教育部はホームページを立ち上げました。まだまだ,つたない内容ですが,県内の他の特殊教育部に先駆けてやったという意味では多少の自負心があります。アクセス数は少なく宣伝不足の感もあるのですが,今後,各種の情報をのせていきたいと思っています。メール等での問い合わせも少ないながらあったりしています。特殊教育部のスタッフルームには,回線につながれたiMACがあり,通級の際,自由にお母さんに使ってもらっています。有用なホームページは積極的に紹介するようにしています。もちろん,子どもたちもインターネットで興味があることを調べるために使ったりしています。
4,いろいろなケース
(1)薬物療法がうまくいっているケース
ADHDは薬物療法が有効だといわれています。「薬を使うことで,子どもが少しでも良くなるなら使うべきだ。」と考える人から,「できれば使わないで何とかしたい。」と考える人までスタンスはさまざまです。ただ,言えることは,ADHDと診断されたことで,子どもに無理な要求をしなくなった,子どもに寄り添えるようになったとある母親は言います。さらに薬を服用することで落ち着きが増し,成績も良くなり,母子関係も改善されたというケースはいくつか経験しています。
ただ,薬がほとんど効果がないケースもあるので,その場合は薬に頼ってもだめなのではないかなあと言う場合もあります。
また,専門の病院に初診で行く時は私の方でやった知能検査や社会性の検査等の結果や担任の先生につけてもらった普段の様子の行動チェックリストを書面にして,お母さんに渡して,持っていってもらっています。
(2)母親への援助が必要なケース
これは大変です。ADHDの子を持つお母さんほど,精神的に追い込まれやすいケースはないのではないでしょうか。「お前のしつけが悪いから。」と周囲から言われる。自分もそう思って自信をなくす。すると,子どもはますます,言うことを聞かなくなる・・・。通級指導の時,子どもはほおっておいて,お母さんの話を聞くことに終始する場合もあります。みんな孤立していて,自分の悩みを持っていく場がないというのが共通しています。お母さんをどう援助していくか,家族をどう支援していくかまで踏み込んでいかざるを得ないというのは決して例外的なケースではありません。
(3)二次的な問題のおそれがあるケース
いったんは行動面がよくなったので,低学年で通級をやめたけど,高学年になったら,また,問題がふきだしてきた。ADHDの症状に加えて,反抗挑戦的な行動も目立ってきたというようなケースです。いったん,症状として良くなっても,周囲の配慮が足りなくなっていくと,ぶりかえしてきます。そうなると,親の担任への不満,担任の親への不満もつのってきて,さらに悪化するケースもあります。親と担任の話し合いの場はお互いの不満を出し合う場となり,うまく収拾する人がいないと大変なことになります。そんな場合でも,合意点を見つけていけるようにすることが必要です。
(4)学校体制が問われるケース
ADHDやLDの言葉は大分,小学校の現場に浸透してきています。しかし,実際,症状の強いADHDの子を目の当たりにすると,どこからどうしていけばいいのかわからなくなるというのが現実だと思います。他の子どもの指導もありますし,その子だけに特別に関わってもいられないということもあります。よって,その子をどう指導していけばいいのか,学校体制で考えていくことが必要なのですが,ここがなかなか難しいところです。担任は,自分の力がないからだと自信をなくしがちです。学校体制で取り組んでいくとなっても,小学校はそれほど,学校体制で一人の子どもを指導,援助するノウハウは持っていないのではないか(これは自分自身を含めて)と思います。どんなにきれいな役割分担表を書いても,それと,ADHDの子どもが良くなるというのは距離があるような気がします,
5,連携が必要なADHDの子どもたち
ADHDの関係の本が最近,随分出版されています。発達障害の中では,珍しいのですが,一般書としても出されていたりします。これは,それだけ売れる,ニーズがあるということの反映なのでしょう。また,いろいろな進歩,成果が次々と出てきているということなのかもしれません。ADHDの子を持つ親は必死ですから,実によくそれらの本を読んでいます。あるお母さんが,「でも,ADHDやLDという言葉さえ,担任の先生は知らないんだよね。」とがっかり言ったりします。父母の意識が先を行っている。学校が後追いしている,そんなことは少なくないように思います。われわれ組合員だってそうです。いろいろな相談活動をしている中に,ADHDだと思われる子のケースがあるかもしれません。その時に,学習していないと,アドバイスの内容次第では,(例えば,受容一辺倒ではうまくいかないことがあるとか,お母さんを追い込んでしまわないようにすることとか,医療との連携が必要なこととか,相談機関の情報を持っていることとかの知識がないと)子どもの行動を悪化させてしまうケースだってないわけではないと思います。
ADHDの子どもたちの援助を考える際に最も必要なことは連携だと思います。ADHDの子どもたちはいろいろな人の中で,生きています。それぞれの人たちがもっている情報がともすれば,それぞればらばらにあって,うまくつながっていない。連絡調整して,すすめていく舵取をする役目の人がいないということになりがちです。そうなると,被害を受けるのは子どもであり,親です。通級担当者は,いろいろな情報をよりあわせて,その子,その子に合った方向を関係者に指し示していく,そういう任務にあるのではないか,そう思う昨今です。
6,今後,必要なこと−取り組まなければいけないこと
(1)相談機関を充実させる
親が,自分の子どもがADHDではないかと思った時,どこに相談にいけばいいか,そこの相談場所では何をしてくれるのかがはっきりしていることが必要です。現状ではとても足りません。担当者の数も増やさなくてはいけません。これは教育の分野だけの話ではありません。医者にしても,ADHDの子どもを見れる医者が少なすぎます。そいういう意味では担当者の専門性の向上も急がれます。条件面の改善にあたっては教組の果たす役目は大きいと思います。
(2)親の会を組織する
これが一番今必要だと思います。絶対必要です。親が声をあげることが何よりも大事です。現状ではADHD,LDの子を持つ親はみな孤立しています。親同士をつなぐ取り組みに今私のできる範囲から取り組み始めています。
(3)関係者の学習の場を作る
教育,医療,福祉の分野がかきねを越えて,ADHDやLDの勉強をする自主的な集まりを作っていく必要があります。通常の学級の先生をまきこみながら,幅広くゆるやかに作っていこうと考えています。