某日のセットで珍しく勝った時、その中の一人が負け分のお金を持ち合わせていなかった。

ちょうど幸か不幸か、自分の勝ち分とその人の負け分を相殺すればトータルがプラスマイナス0になったって事もあって、
話の流れで自分がその人の負け分の一部…ちょうど諭吉さん一枚分を貸しにするという事になった。

自分はその人とは当時、特に他愛も無いメールを飛ばしあったり夜中にメッセで話し込んだりと、結構な?交流みたいなものがあった。
本当は金の貸し借りだけは、どんな間柄であってもしたくないって思いは心の奥底にはあったんだけど、上記のような事から自分の中では
「この人はよく知っている人&信頼の出来る人」みたいな感覚があったって部分と、結局無いものは無いし今更仕方の無い事でもあるんで、
最終的にはその人を信用して、やむなく負け分を貸しにするという事になった。

セットが終わって別れた後もその人から「ごめん、今度絶対返すから」という意味のメールも自分宛に来ていたし、
別に自分自身、そこまで金に窮々している訳でもなかったから…
今回は急に決まったセットだったし今更仕方がないんで返済はいつでもいいよ、ってな旨の返信をした事を覚えている。

その後、自分は帰省休みでしばらく東京を離れる事になり、必然的にその人とも一時的に連絡が途絶えるような形になった。
そして長い休みが明けた。

その休みが開けるとすぐにでも、俺はその人から「返す」って連絡が来るものかと思っていたんだけど…
その人からは、全く何の連絡もなかった。

ただそれでも自分は「仕事が忙しいんだろう」「精神的&金銭的に余裕がないんだろう」みたいな感覚でしか捉えてなかったし、
その本人がメッセを起動しておきながら、自分に何も話しかけてこないでそのまま落ちる事が続くのを尻目に見ても、
「…まぁ色々と都合があるんだろう」くらいにしか思わなかった(自分でそう思い込もうとしていただけなのかも知れないけど)。
それに貸した金の話を自分から切り出すのは気分のいいものじゃない。自分はあくまでも、その人の良心に期待したいって思いがあった。

そんなこんなで休みが開けてから一週間が経過したが、その人からは相変わらず何の連絡も無いままだった。


そのセットに一緒に居合わせて、その上で今回の事の詳細を知っているのは自分の他に泉さんだけだったんだが、
ある日、話の流れで偶然この件の話になった時に「そういえば貸した金返してもらった?」みたいな話題になった時があった。

自分が「金が返ってきてないどころか、なしのつぶてで…」みたいな話をすると、一瞬の沈黙の後に泉さんからも
「今回の件を丸投げしてしまった責任が俺にもあるから、俺の方からも強く言っとくよ」と言ってくれた。
まぁ俺のほうは別に返す気が無いならいいよみたいな感覚だったんだが、「そりゃ甘すぎる」と逆に諭されてしまった。まぁ確かにそうかも。

数日が経ち、またその(お金を貸した)人とメッセでオンライン状態が重なった時があったんだけど、やはり向こうの方からの反応はなかった。
このままじゃ埒があかないので仕方なくと言った感じで、自分から「ちょっと話があるんだけど」とメッセで会話を切り出した。

そうすると一応こちらが具体的に言う前に(相手から)今回の話を切り出してきて。
泉さんから言ってくれたおかげもあったんだろうけど、そして後はただひたすら、その人からの謝罪の言葉が繰り返されるだけだった。

自分はここで心底ホッとした事をよく覚えている。日々疑心暗鬼に思いながら、「もしかしたら返さないつもりじゃ…」とかいちいち考える事自体が
もう面倒臭くて気疲れして仕方がないような状態だったんだけど、この言葉で少しだけ自分の中の「重い荷物」が無くなったような気がした。

自分は返す意思があるなら別にいつでもいいやと思って、この人にもそう伝えたんだけど
その人の方から「いや、絶対に来週に返す」と言ってきたんで…そこまで言うなら、って感じで来週に会う約束を取り付けた。

そして来週のその当日を迎えたんだけど、こちらがメールを入れても電話を入れても…相手は電話には出ないし、メールの返信もない。
やっとメールが来たかな?と思えば当人ではなく泉さんからで、「今日」と書かれた件名の本文に書かれていたのは以下の一文のみ。

「金返ってこないに一票」


そして自分が連絡を入れてから2時間弱くらい経過した頃だろうか、ようやくその人から自分宛に電話が掛かってきた。
何でも仕事が忙しくて会う時間がないから今日は返せない、返済は来週まで待ってとの事だった。

…自分で指定しておいてそれかよ、もういつまでこんな事で気を揉まなくちゃいけないんだよ…とウンザリした気分にもなったが、
電話を切る間際の時の相手の声が軽く泣き声だった(ように聞こえた)ので、それ以上は自分から何も言う事が出来なかった。

結局、その時はその人の「本当にごめんね」と「また会おうね」の言葉を信用して電話を切る事にした。
ただ今にして思えばその時に「次に会う具体的な日と時間」を決めなかったのは、自分自身大きな間違いだったとは思うが。

そして時は流れて、言っていたその「来週」当日の一日前になった。
その人が突然Mixiにも出没しなくなって状態が分からなくなってしまったから、少し心配になった事もあってこんなメールを送った。

「今週の休みの日の予定はどう?休めそう?」

本当は「会う気があるならそろそろ時間指定とかなんか連絡があってもいいんじゃないの」みたいな事を言いたい気持ちもあったが、
俺はそれでもこの人の立場を尊重したいという思いがあって、ここではあくまで都合を聞く程度にとどめた。
それにもしかしたら、またどこか体調を崩しているのかも知れない。病気とかで入院している可能性だって無いとは言えない。
自分はただその人の具合を心配する気持ちの方が圧倒的に大きかったし、それ以外の事はあえて意識しようともしなかった。

だが…そのお伺いメールの返信が返ってくる事はなかった。
そして何の連絡も交わさない状態のまま、約束の「来週」当日がきた。

その日の夜になっても、その人からは何の音沙汰も…連絡一つさえ無い。
不安になって夕方頃にこちらから電話してみると、ワンコールだけの後に速攻で留守電に切り替えられてしまった。

…以前に電話した時は本人が電話に出なくても留守電にならずに、ずーっとコール音鳴りっぱなしの状態になっていたはずだ。
となるとこれは、「受け手が意図して留守電にした」って事になる。あなたからの電話は出ない、と意思表示された事なる。


……まさか………。


頭の中を支配する、嫌な予感。口が渇き出し、気分まで悪くなってきた。
なんか頭がクラクラして仕事も全く手につかない。俺はたまらなくなって席を外して、少しパニック状態になりながらもこんなメールを書いた。

「どんな理由があっても、理由がなくてもいいから、何らかの意思表示をしてくれる事を信じて待っています」

俺にとって、これはもう最後の言葉だった。
このメールに返信がないと、もうこれ以上俺から発せる言葉が残っていない。この人をフォローする事も、逃げ道を作ってあげる事さえも出来ない。


すると、驚くほどあっという間に返信が返ってきた。


MAILER-DAEMON **********@docomo.ne.jp 宛のメールはお届けできませんでした


愕然。

ただ呆然とするしかなかった。
頭も、目に映る景色も真っ白になって…何かモノを考えるという事が出来なくなった。
そして、手に持っていた携帯を開いたまま床に落とした事も…しばらくの間、気が付かなかった。

嘘だろ?
今までの発言が全部嘘だったなんて…
あの電話口での泣き声でさえ、嘘だったって言うのかよ…

それは、俺には一万円の価値がないという宣告以外の何物でもなかった。
俺との人間関係を維持するよりも一万円の方が大切、という事をここで高らかに宣言されてしまった。



俺は、ただ自分なりにではあったけど、この人の抱える病気の事をいつも心配していた。
メッセでも実際の会話でも、話をする時は少しでもこの人が傷のつかないような言葉で話そうと、自分なりに努力を重ねていたつもりだった。
自分の周囲の人間から「この人には気をつけたほうがいい」「この人は信用できない」みたいな事を言われる事も結構あったんだが、
俺はその度に「いや、そんな事はないよ」「この人は大丈夫」と内心擁護して、常にフォローしながら話を進めていたりもした。

そして今回も俺は、この出来事の寸前までこの人の身を案じていた。
具合が悪くなったんじゃないかと、身体に何かあったんじゃないのかと、ただひたすら心配を繰り返していた。

その俺の今までの言動と行動に対するこの人からの回答が、一万円持ってトンズラだなんてね。
笑うしかないよ、もう。どこまでも気がつかずに、ずーっと勘違いしていた俺は本当に大間抜けだ。


情けない事に、この「デーモンメールが返って来た日」はほとんど眠る事が出来なかった。
甦ってくる今までの記憶。それが全部嘘だったと考えるだけで、のたうち回りそうになる…。


この日以降、未だにこの人からは何の連絡もない。一言の連絡さえも、ない。
そして俺はこの人の連絡先を失った。唯一Mixiでの繋がりだけは残っているけど、こちらからメールを送っても返信はなくスルーされ、
この人の日記に書き込みをすると、日記ごと消されるという有り様。

そして繰り返される日記の内容は…もう、何と言うか…どうしても、何が何でも俺を怒らせたいと思ってやっているとしか思えない。

本当にもう疲れました。この人にしたって(自分の存在を)うざく思ってる事だろうし、この日記の公開でもう全てを終わりにしたい。
そして毎回毎回くどいくらいに人の期待を裏切ってくれる、人を不愉快にさせてくれるこの人に、最後にこれだけは言っておきたい。


…えっと、勘違いしないようにしてくださいね。
俺から見たら、あんたは被害者でも可哀相でもなんでもない。ただ人を傷めつけた、単なる加害者でしかないから。


さようなら、嘘つきさん。


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