天体観測
bump of chicken
「いいだろう」
「・・・望遠・・・鏡?」
瀬戸口が来須の目の前に嬉しそうに差し出したのは、白い旧式の望遠鏡だった。
随分と年代ものに見えるそれは、その古さの割にきれいに磨かれ使えるように手入れがされている。
「倉庫の隅で眠っててね。昔はこんな物使う授業やなんかがあったのかな?見つけたんで使ってみたくてさ」
ほこりを取って磨いたら随分きれいになったと、嬉しそうに瀬戸口は説明する。
笑いながら瀬戸口は来須の肩に手を置く。
「じゃ、2時に校門で」
「・・・?」
「もちろん夜の、だから。じゃあ今夜。晴れるといいな」
そう言い残して、望遠鏡を肩に担いだ瀬戸口は来須を置いて歩いて行った。背中を見送る来須の表情は帽子に隠されて、窺い知ることは出来なかった。
深夜2時。
瀬戸口は望遠鏡を担いで時刻ちょうどに校門の見える角を曲がった。曲がった先には来須が当然のように立っていた。瀬戸口の口元が自然とほころんでしまうが、努めてそれを表情に出さないようにする。
「待ったか?」
「・・・いや」
来須の口数は少ない。しかし瀬戸口にはそれでも十分だった。余計な言葉は聞きたくない。一つの真実だけ聞こえればそれでいい。
「じゃあ行こうか」
二人はまるでずっと前からの約束のように肩を並べて歩き出した。
向かった先はいつも行く公園だった。昼には子供がいることもあるが、さすがにこの時間では誰もいない。鉄棒やベンチが人工の光に照らされてうっすらと浮かび上がっている。瀬戸口と来須は連れ立って公園の入り口をくぐった。
「どこがいいかな?」
問いかける瀬戸口に来須は無言で公園の中央を指す。
「そうだな」
瀬戸口は笑顔を返し、担いだ望遠鏡を邪魔な物のない公園の中央広場に下ろした。
立ち止まった来須が空を見上げるので、つられて瀬戸口も天を仰ぐ。雲はあまりなく青い闇ドーム状にが広がっている。星は地上の光にかき消され、あまりはっきりとは見えなかった。
来須は黙って顔を下ろした。そして瀬戸口に問いかける。
「どうするんだ?」
「まあ目的はこれを使ってみるってことで」
二人は少しかがんで望遠鏡に近寄る。目いっぱい脚立を伸ばしても、大柄な二人にはやはり足りなかった。まず瀬戸口が望遠鏡を覗き込む。
「・・・あれ?・・・あれ?」
レンズの向こうは真っ暗だった。ピントが合っていないようだ。調整しようと色々と触ってみるが、なかなか見えるようにはならない。
「・・・かしてみろ」
来須が首をひねる瀬戸口の肩に手を置いた。瀬戸口はおとなしく身を引く。来須はやはり瀬戸口と同じように様々なところをいじり始めた。時々レンズを覗き込んではまたあちこちひねり出す。そんな来須を瀬戸口は手伝うでもなく眺めていた。
「・・・いいぞ」
来須が顔を上げて瀬戸口を手招きする。瀬戸口が来須と入れ替わる。
見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込んだ。
そこにはどこかの写真で見たのと同じ光景が広がっていた。
「うわ、すごいな」
思わず瀬戸口は声をあげた。小さいつもりの声が公園の静寂の中に思いのほか響いた。瞬く光は強く輝き、微妙な美しい光を投げかける。
「望遠鏡使ったことあるのか?」
「いや。勘だ」
望遠鏡を覗き込んだままの瀬戸口に来須は答える。瀬戸口は向きを変え、違う場所を見ようとする。しかし向きを変えた途端、さっきのようにまたピントがずれてしまった。
「ここか?いや・・・?」
「ここだ」
手探りでピントを合わせようとふらふらする瀬戸口の手を来須がうながす。少しだけ触れた来須の手は暖かかった。
「・・・・・・すごいな」
「ああ」
言葉少なく会話を交わす。
「交代するよ」
しばらくして瀬戸口は来須と代わろうと望遠鏡から離れた。
「いや、いい」
「そう言わずにさ」
瀬戸口はわざと来須の手を握って引き寄せる。さっき少しだけ触れたこの手に、もう少し触れたいと思った。
そして自分だけでなく、この美しい世界を来須にも見せたかった。共有できるものも、時間もひどく少ない。少しでも何か、二人だけの間にあるものが欲しいような気がした。
「もう腰痛くて」
笑いながらうそぶいて老人のように腰を叩くと、来須は仕方ない、といった笑みを浮かべて瀬戸口と身体を入れ替えた。
望遠鏡を覗く来須を背戸口は見つめ、そして視線を空へとあげた。あと何回、こうして夜を過ごせるだろう。現実の明日がもう迫っているけれど、それは今は見ないことにしていたい。明日の今は何をしているだろう。
「流れ星」
「え?どこ??」
来須の声が背戸口の思考を中断する。
見えるはずもないのに思わず瀬戸口は望遠鏡を覗き込もうとした。
瀬戸口の動きに顔を上げかけた来須の唇とかがみ込んだ瀬戸口の唇が重なる。
瞳を空けたまま二人は一瞬時を止めた。
そして何事もなかったかのように身体を起こした。
「ちぇー、残念だったな」
赤くなってしまった顔を見せたくなくて、瀬戸口は来須に背を向けてわざと大きな声を出して伸びをする。暗闇で見えないとしても、来須に顔を向けられなかった。そんなに純情ではないはずなのに何故か動悸がとまらない。
「また今度見ればいい。・・・今日は帰ろう」
そう、言外にまた二人で来ようと来須は言い、望遠鏡を片付け始めた。
「ああ。そうだな。また見られるだろう」
瀬戸口は後ろから来須の肩を抱き、二人は公園を後にした。
~fin~
ぶつかる唇、という少女漫画の王道をこなしたくて・・・・・・(笑)。いや、だって夢でしょう(笑)?! 瀬戸口プレイ煩悩爆発中。
イメージはタイトルどおり「天体観測」 bump of chicken
2001/08/25 しゆうはやね